落ちる少女 少女はどこから、落ちた
「大丈夫?」
私はその声をうっすら聴いていた。どうやら倒れていたみたい。確かに世界が揺れて倒れたイメージがあった。でも、今の私は椅子に座っている。ただ、テーブルに突っ伏しているのだ。ミライが私の肩をたたいている。
「私、どうしたの?」
私は記憶が飛んでいた。時計を見るとこの部屋に入ってから2時間経過をしている。ミライが言う。
「覚えていないの?」
「うん」
ミライが言うにはこの2時間の間に理事長から質問を受けていたらしい。私も話していたという。話したと言っても実際に起きたことしか話しようがない。ただ、私が知らなったことはミライについてだ。
ミライはもう一度私に話してくれた。
「うん、私は授業が終わってから寮に戻ろうかと思ったの。ほら、昨日かたっちを探すのにクタクタだったから。
だからいつもは部活棟に遊びに行くんだけれど、昨日はそのまま寮に向かったの。その時に気が付いたの。忘れ物をしていたことに。まあ、どっちでもよかったんだけれど、まだ上履きを履きかえる前だったからいったん教室に戻ったんだ。
がらっと教室を開けた時に後ろから殴られたみたい。その後はあの旧文化棟に居たの。といっても、ずっと気絶していたみたいなんだけれどね。というか、昨日寝不足だったからそのまま寝落ちしていたみたいなの」
舌を出してミライはそう言った。私はどうしてこの2時間の記憶がないのだろう。私はそのことを言ったら横にいた那珂川さんがこう言ってきた。
「そうね、確かにちょっと話し方は変だったけれど、普通に会話していたわよ。私たちと同じ見たことしか話していなかった。けれど、あのノート。あなたが記憶を失くした時に持っていたノートの話しは違ったかしら」
ノート。私は病院で起きた所からの記憶しかない。自動車と自転車の事故だったらしい。でも、私には身元を証明するものが何もなかったらしい。カバンに入っていたのはノートが1冊と教科書が2冊。その教科書が高校3年生のものだったので私は高校生なのだろうという結論になった。ノートに「いお」と書かれているので名前だろうという話しになった。だが、何も覚えていない。名乗り出てくる人も、捜索願も出されることがなく、加害者であった方が私をこの学園に送り込むことを決めたのだ。
加害者の方はいつも怒っていた。偉そうにして、横にいた付き人なのか部下なのかわからない人にいつも怒鳴っていた。私は島流しのようにこの学園に転校をしたのだ。そう聞いている。私は存在をそのまま消されたのだ。だからあのノートはこの学園に転校する時に燃やされてしまった。
だが、あのノートに書かれていたのは授業の内容ではない。それは覚えている。那珂川さんが言う。
「そう、あなたはノートの中身は覚えていないと言っていたわ」
記憶がない。無意識のうちにあの内容を隠していたのだろうか。私は私がわからない。
「ええ、ごめんなさい」
私を睨みつけている一樹の目が怖かった。でも、あの内容は言えない。もし、あのノートが本当に、伊央星羅が書いたものだとしたら天井裏で見つけた日記なんて読んでいなくても内容がわかる。同じはずだからだ。
でも、どうしてこの学園、いや、この監獄島と言われる外にそのノートがあったのだろう。一樹が言う。
「お前は確実に島の外から来たんだよな」
「ええ、そうよ」
「ならいい。伊央星羅はこの島の外にいる。それがわかった」
そう一樹は言ったがまだ納得していないのがわかる。理事長が言う。
「伊央星羅さんは家庭の事情でこの島を出られたのです。伊央星羅さんのノートがこの島の外にあってもおかしいことではないでしょう」
優しいはずの言葉だか、まったく感情がこもっていないのが怖かった。理事長が続ける。
「今回の事件は佐久間るいさんは自殺。あなた方は何か白昼夢でも見たのでしょう。そういう事で決着です。いいですね。では、これでお茶会は終わりにします」
そう言われて理事長は立ち上がった。ミライが納得していない。ミライが言う。
「私は誰かに殴られてしばられていたのですよ。理事長。その解決はおかしくないですか?」
理事長が言う。
「いえ、おかしくありません。なぜなら等しくあなた方が嘘をついている場合問題はありません。それに、あんな夜遅くに寮の外にいるのです。規則を破っていることの自覚はありますか?処罰をされていない寛大な処置だと思ってください」
そう言って、理事長は奥に消えて行った。残された私たちは茫然としていた。
「ありえない。なんで起きたことに目を向けないんだ。伊央星羅の時だってそうだ。こんな決着誰が納得できると言うんだ」
一樹が怒っている。トモが言う。
「理事長の性格は伊央星羅の時で知っているだろう。今さら怒るな。処罰をされなかっただけましだと思うのが正しいのかもね」
私はそのセリフを聞きながらなんだか不安しかなかった。横にいるミライがこう言ってきた。
「ここ早く出たい。寮に帰ろうよ」
その意見にみんな同意した。この場所は理事長が居なくなったけれど、長く居たい場所ではなかった。
理事長室を出て寮に向かう途中に呼び止められた。軽快な軽薄なその声はこうだった。
「僕の依頼主の顔色が悪いようだが、その様子だと理事長の毒気にでもあたったのかい?」
気が付いたらそこにおかっぱの探偵がいた。いつもいきなり現れる。一樹が言う。
「なんだよ。今、お前の相手をしてられるほどの精神状態じゃないんだ。消えろ」
一樹は雪を蹴っている。でも、雪は飛ばない。今日は雪が降っていない。一部アイスバーンになっているけれど人が通る場所はきちんと雪かきがされているので歩きやすい。探偵が言う。
「君たちは何も学ばないんだね。言われてすごすごこのまま寮に帰るというのかな。嘆かわしいね。まあ、今回は結構ゆかいな展開だからサービスをしてあげよう。僕が見返りもなくサービスをするというのは珍しいことなんだよ。喜び給え」
そう言ってくるりと探偵がまわる。相変わらずその表情が読めない。笑っているのだが、作り物にしか見えないのだ。那珂川さんが言う。
「では、どういうサービスなのでしょうか?それを教えてもらえますか?」
凛としたその態度は安心が出来る。探偵が言う。
「おやおや、今回の事をどうとらえているのかな。まさか佐久間るいが自殺したなんで思っていることはないだろうね。
そんな馬鹿なことは誰が考えたってありえないのだから。それに、起きたことを考えるともう犯人もわかっている。
早くしないと犯人を捕まえる機会を失ってしまうよ。今回の件については、現場を抑えない限り白を切られるだろうしね。まあ、僕にとっては等しくどうでもいいことだけれどね」
相変わらずの話し方だ。トモが言う。
「それだけ言うのなら教えてもらえないかな。この事件の真相を」
だが探偵の返答は違った。
「どうして僕は真相を教えないといけないのだい。そんなに知りたいのなら今からもう一度現場に行けばいい。
君たちは現場にいて何を見て、何を見ていないのか考えてみればいい。仕方がない。僕も現場についていってあげようではないか」
私たちは寮ではなく、旧文化棟に行くことになった。
旧文化棟への入り口はロープで立ち入り禁止になっている。雪がまだ残っている所が多い。
「やっぱり立ち入りができないか」
一樹が言う。だが、探偵はこう言った。
「君たちは何を見ているのかね。そこに答えがあるじゃないか。君たちが見た佐久間るいの場所。それがすべてを物語っていることになぜ気が付かない。あまり僕を失望させないでくれ給えよ」
そう言われてもよくわからない。ここから建物までの間くらいに佐久間るいは倒れていた。思い出したくもない。今はその場所だけがきれいに片づけられている。那珂川さんが言う。
「あなたが何を言いたいのかわかりません。こんな離れた場所から何がわかると言うのですか?」
探偵は首を振ってこう言ってきた。
「仕方がない。僕がここまでサービスをしてあげるのだ。感謝するといい。それともこれから君たちが僕を楽しませてくれるというのかな。目の前の建物を見るがいい。4階建ての建物だ。1階の高さを3メートルとして4階の屋上は12メートルくらいなのだろう。そして、佐久間るいが倒れていたという場所は建物からどれくらい離れているのかい?」
そう言われて10メートルくらい離れているのがわかる。一樹が言う。
「それが一体どういうことだと言うんだ。そんなものは俺らは昨日も見た」
トモが言う。
「いや、おかしい」
トモは上を見ている。曇天だ。だが、雪は降ってこない。太陽の光が感じられないから寒く感じる。
「何がおかしいというんだ。トモ」
一樹が言う。
「ああ、おかしいよ。佐久間るいさんはどこから落ちてきたんだ?」
「そりゃ屋上からだろう。あんなドスンって大きな音が聞こえたんだから」
確かにあの時私たちは音を聞いた。思い出したくもない音だ。トモが言う。
「私は物理は得意じゃない。というか私は授業すら出ていないからね。でも、考えてほしいんだ。普通飛び降りたら建物からそこまで遠くにはいけないよな。空でも飛べない限り。では、どうして10メートルも佐久間さんは離れた場所に落ちているんだ」
私は言いたいことが分かった。私も詳しくない。でも、この距離まで飛ぶにはものすごい速さで前に飛び出さないといけない。放物線を書いて落ちることを私は頭の中で想像した。探偵が言う。
「君たちは現場に居たにも関わらず何も見ていなかったのだよ。おそらく1階かそこらの茂みにでも隠れていたのだろう。
そして、君たちが建物の中に入ったらその場所に置いたのだろうね。後は時間を見て音を立てるだけ。おそらく君たちは誘われだされたのだよ。君たちを誘うにはたった一つの事を書きさえすればいいだけだからね。
さて、今回の犯人については佐久間るいがらみさ。君たちのこととは何も関係がない。でも、君たちも気がついているのではないのかね。
こんなことをする犯人が誰かと言うことを。それとその理由も。特にそこの君は」
そう言って探偵は那珂川さんを指差した。那珂川さんが言う。
「あなたはすべてを知っているというの?」
「僕は何も知らないさ。知っているのは君たちだろう。でも、早く行かないと現場を抑えられないよ。今なら学校に生徒は誰もいないはず。
だからこそその時を狙っているだろうね。僕はこの先に興味はないから後は好きにすればいいさ。まあ、落ち着いたらここでまた会おう。次はそうだね。伊央星羅が消えた謎でも説明してあげるよ。あれだって仕組み自体は何も不思議はないのだからね。まあ、君たちが勝手に謎だと思っているだけさ」
そう言って探偵はいなくなった。
「さあ、行きましょう。今は止めなくてはいけないですから」
那珂川さんがそう言った。私たちは生徒がいないはずの学校に向かった。
那珂川さんは教室には向かわずそのまま温室に向かった。温室の扉は開いていなかったはず。けれど、私たちが温室の前についた時扉は開いていた。那珂川さんは人差し指を口の前に持っていく。温室の中から声が聞こえるからだ。
ゆっくり近づいていく。ドアの前に立つとその奥に女生徒が4人いた。温室の中は一つの植物しかなかった。同じ植物。花の色は赤、白、桃色、紫だ。緑の葉っぱがめにつく。見たことがない植物だ。そして、その花の中央に女生徒がいる。その中に悠里がいた。
真ん中にある机で何かをしている。何をしているの?那珂川さんが言う。
「これが佐久間るいが隠したかったことなのね。ねえ岸里さん」
悠里がびくっとこっちを見る。周りにいる女の子がとろんとしているにも関わらず悠里の顔はそうではなかった。いや、違う。私が今まで見ていた悠里とも違う顔をしている。悠里が言う。
「あら。あなたたちもこれが欲しいの?ならばあげるわよ」
そう言って笑った顔は妙いいやらしく、妙にまとわりついてきた。
「これは何なの?」
私がそう聞いた。だが、その私の腕をミライがつかみ首を振る。悠里が言う。
「あら、そこにいるのは加藤ミライさんじゃないですか。確か花アレルギーとか言っていませんでした?だったら早くここから離れた方がいいんじゃないですか?」
確か、ミライはそう言っていた。でも、この温室の中に入って、一回もまだくしゃみをしていない。ミライが言う。
「私を巻き込まないで。私はあなたたちと違うのよ」
ミライは叫ぶようにそう言った。那珂川さんが花を見ながらこう言ってきた。
「この花はけしの花ね。そして、あなたたちが使っているのは大麻。そうよね」
大麻。麻薬。なんでそんなものがこんなところにあるのだろう。私は日常から離れすぎたその言葉にくらくらしてきた。私の腕を力いっぱいつかんでいるミライのおかげでまだこの場になんとか踏みとどまって居られる。気が付いたら私もミライをつかんでいた。悠里が言う。
「ええ、そうよ。だって、こんな何もない所での娯楽といえば限られているでしょう。結構学園内にも信者が多いのよ。だから大変だったの。佐久間るいがもう辞めたいっていうのを止めるのは。ねえ、加藤ミライさん」
悠里の顔がどんどん歪んでいく。ミライが言う。
「私をまきこまないで。私は不祥事にかかわることはしたくないの。私はここを出てもう一度のし上がらないといけないのだから」
悠里がミライに向かって言う。
「だから、あなたは佐久間るいを切り捨てた。本当は知っていたにも関わらず。仲良かったんでしょう。あなたたち二人って」
ミライの目から涙が落ちた。ミライが叫ぶ。
「どうしようもないでしょう。だって、あなたがるいを追い詰めたのだから。今の私には何もしてあげられない。無力なのは罪なのだから。私がここに追いやられたのと同じ。無力は罪なの」
「どういうこと?」
私はミライに聞いた。ミライが言う。
「この学園では個人のことをあまり話さないようにしている。それには意味があるのよ。何か理由があってこんな学園に来ている子もいれば、純粋に能力を伸ばすためにこの学園に入学させられる子もいる。でも、一番はパワーバランスよ。親の権力の差がそのまま子に影響を及ばないようにするためなの」
悠里が笑う。
「そうね。私佐久間るいさんをこの学園で見かけた時ちょっとうれしかったですもの。知っている子だったから。そう、取引先のパーティーで見たことがある子だったから。だから言ってあげたの」
『私のいう事聞かなかったら私がこの学園を出たらあなたのお父様の会社との取引を全部停止しちゃうかも。そうなったらあなたの会社なんてなくなっちゃうかもね』
「そう言ったらあの子顔真っ青になって協力してくれたわ。見てよ。この温室。すごいでしょう。こんなにちゃんと育て上げているの。まあ、元々この温室にあった花がどこにいったのか知らないけれど」
そう言われて思った。佐久間るいは本当に花が好きだったのだろう。だから自分の部屋に持ち帰った。そこでミライが知ったのだ。でも、ミライは助けてあげられなかった。ミライは泣いている。友達なのに助けられない。しかも一緒に居たら自分だって巻き添えになる。悠里が言う。
「でも、本当に焦ったわ。昨日あのるいが私に意見してきたのだから。もう無理だって。ばれているって。そんなの関係ないじゃない。
この学園だって不祥事は困るのだから隠ぺいするわ。そう言っても聞かないからちょっともみ合いになったらあの子階段から落ちちゃって。でも、ちゃんときれいに処理をしてくれた。あんなに色々頑張らなくてもよかったんじゃないのって思っちゃうくらい」
私は怒りで震えそうだった。だが、私のその震えはもっと横でしがみついているミライがいるので収まった。
「なるほど。今回のことはそういうことだったのですね」
ここにいるはずのない声がした。振り向くとそこに理事長がいた。その横にトモと一樹がいる。一樹は笑ってVサインをしている。理事長が続ける。
「先ほど、水月さんと源さんから電話があり、温室に来るように言われました。事情はわかりました。この温室は今から封鎖します。それと、岸里さん。少しお話しをしましょうか。大丈夫です。この学園なりの処置というのもありますから安心してください」
言葉は優しい。だが、このプレッシャーが何かわからない。悠里が言う。
「あんた何よ。そんな変なかっこをして。どうして誰も気が付かないの。おかしいじゃない。バカじゃないの。そんな仮面なんかしちゃってさ」
「連れて行きなさい」
理事長は一人で来ていなかった。気が付くと黒いスーツ姿の男性が大量に現れて温室は封鎖された。理事長は私たちにこう言ってきた。
「今日起きたことは学園で処理します。あなたたちには賢明な態度が取れると思っていますから」
そう言って理事長は去って行った。ただ、私の横でミライだけが震えていた。まるで何かにおびえているかのように。
翌日。
教室から岸里悠里ほか数名がいなくなった。家庭の事情で急な転校になったと説明があった。そして、温室は封鎖された。
「不本意だけれどこれしか俺らに解決の方法はなかったからな」
一樹はそう言った。納得がいかない。でも、他の方法を私たちは知らなかった。だが、教師が次のセリフを言った時に私の頭の中は真っ白になった。
そう、ミライも転校になったのだ。何も言わずあの後居なくなったのだ。気が付いたら荷物もなくなっていた。
ミライは納得していなかったのかもしれない。いや、あの時目を大きく見開いて震えていた。何にミライはおびえていたのだろう。
「隠ぺいだろうな」
一樹がそう言った。この学園は普通ではない。私は改めてよく知ったのだった。そして、自分の身はやはり自分で守るしかないのだと改めて知った。




