消える 居なくなる
「部屋にはいなかったよ」
サファイアのその声で私と一樹は今佐久間るいを探しているということを思い出した。一樹が言う。
「昨日と同じ場所をみんなで探してくれ。ただし、俺はもう一度温室に向かおうと思う。俺が昨日行った体育館にはサファイア、お前が言ってくれ」
そういうとサファイアが「なんで?」と言ってきた。一樹が言う。
「サファイアの探した場所はこの寮と学校までの道のりだ。その場所しかこいつは探しようがない。こんな暗くなってきた時間で別な場所を探させたらこいつが迷子になる」
そう言って一樹は私の頭に手を置いた。まあ、確かに迷子になる自信はある。けれど、ちょっと不思議だった。その疑問を聞いてみる。
「ねえ?誰もこの寮に残らないの?」
昨日私は気が付いたらこの寮の玄関にいたということだった。寮に残っているものがいたら私を発見した人がいたはずだ。一樹が言う。
「ああ、その場所にいたのはミライなんだが。ミライもいないな。あいつどこでサボっているんだか」
ミライだったのか。だから起きた時ミライの顔がすぐあったのか。
「仕方がない、この場所はお前に任せる」
そう言って一樹が私を指差してきた。まあ、待っているだけならいいけれど。一樹が言う。
「誰が来るかわからないから扉を開けて待っておくように」
「でも、いいな。その役割楽だもの。昨日なんかミライちゃんが『同じ部屋で心配だから私ここで待ちます』って立候補したんだよね」
ちょっとだけうれしかった。ミライがそんなに私のことを思っていてくれたんだ。
「わかりました。ここで待っています」
そう言って、寮を出ていく人を見送った。扉をあけているだけでこれだけ冷気が部屋の中に入ってくるのか。私は冷たい風を感じながら扉の近くに椅子を動かして座っていた。寒いおかげで眠くなることはない。顔がつめたくて痛いのだ。
外を見る。暗い。うっすらと電燈の光があるのがわかるくらいだ。そこまで雪は降っていないが、ちらちらと雪が降っている。
静かだ。そう思っていたら視界の奥からこちらに向かってくる人が見える。私は誰だろうと思って目を凝らしていたらそこに居たのは那珂川さんとトモだった。
「見つかった?」
那珂川さんがそう聞いてきた。私は首を横に振った。
「そう。部屋には?」
「いなかったみたい」
そう言うと那珂川さんは「確認しにいきましょう。何か手がかりがあるかもしれませんし」と言い出した。
「じゃあ、私がここにいるから二人は行ってきなよ。どうせ女子の方にはいけないからね」
そうトモが言ってくれる。金髪で女性っぽく見えるトモ。あの一樹みたいながさつじゃないから話しやすい。ただ、いつも教室にいない。一度でいいからピアノを聞いてみたいがあの棟に行けそうに感じない。また、迷子になりそうだからだ。
「じゃあ、行きましょう」
そう、那珂川さんは言うとすでに階段を上がり出していた。
「はい」
私は置いていかれないように頑張って階段を上って行った。
扉の前に立つと那珂川さんがノックをしてから扉をあけた。この寮には当たり前だが鍵なんてものは存在しない。だからドアノブをひねれば簡単にどこへでも入ることができる。
部屋の中は私の部屋と同じ間取りだ。当たり前か。窓があり、テーブルがあり、壁にはモニターがかけられていて、カバンが置かれてある。私物を持ち込むことができないのだから簡素な部屋になるはずだ。那珂川さんが言う。
「この部屋おかしいわ」
そう言って那珂川さんま窓を開ける。そして、テーブルの引き出しを開けて、カバンを開ける。一体何をしているのだろうと思った。
「やっぱりないわ。行きましょう」
那珂川さんはそのまま下に降りていく。何が起こったのかよくわからなかった。
「え?どういうこと?」
私は那珂川さんに置いていかれないように歩くだけで精いっぱいだった。
下に降りるとトモが椅子に座っていた。目を閉じて指を動かしている。華麗に動くその指はものすごくきれいで、そのトモを見て絵になると思った。中性的なトモはまるで絵画から抜け出てきたみたいに見えた。
まるでトモの周りだけ世界が違うように見えた。トモが私たちに気が付いて目を開けてこっちを見た。私を見たのかと思ったが違う。トモはどこかを見ていたわけではないのかもしれない。優しい瞳。不思議と私はそのトモから目が離せなかった。トモが言う。
「どうだった?」
何がどうだったのだろう。特段変わったものは部屋になかった。那珂川さんが言う。
「何も残っていなかった。花も何もかも」
そう言われて私は思い出した。ミライが言っていたことを。
「今までの部屋最悪だったの。花だらけなの。もう壁いっぱいに花が並んでいるの」
言われて思い出した。あの部屋には壁いっぱいの花なんてなかった。一体どういうことなのだろう。ミライが嘘をついていたのだろうか。いや、そんなウソに意味はない。という事は誰かが花を持って行ったんだ。何のために。トモが言う。
「そうだね。私が思うには昨日のあの探偵が言ったセリフが関係あるのだと思うよ。でも、勝手な探偵だよね。勝手に現れたかと思ったら肝心な時にはいないのだから」
トモはいつの間にかあげていた手を降ろしている。あれはピアノを弾いていたのだろうか。私にはわからない。トモはどうしてそこまでピアノを弾くのだろう。授業にも出ずにずっと。それに探偵の言葉。何を言っていたのだったか。思い出せない。那珂川さんが言う。
「確かこんな感じだったはず」
「僕は君がそこまでして隠したい事には興味はまったくないからね。でも、隠すためにあんなにも花が必要だったのかい?」
「ですよね」
那珂川さんの言い方は少し探偵に似ていた。それが少し面白かった。トモも笑っている。トモが言う。
「まあ、そこは別に口調をマネしなくてもよかったのだと思うよ。でも、その言葉の後に佐久間るいが居なくなったとするのならば、何かを隠したかったのだろうね。そして、その隠したいものは誰かに奪われた。これはただの失踪事件じゃないだろうね。何かあるんだよ」
「何かって?」
私は一体何に巻き込まれているのだろう。
「それはわからないけれど、ただ、やみくもに探していたら私たちも巻き添えになるかもしれない。これは不本意だけれど理事長に協力をおねがいしないといけないだろうね。捜査はいったん打ち切ったほうがいい」
昨日の私みたいにどこかで倒れているとかじゃないんだ。でも、この寒空の中で大丈夫なのだろうか。そう思っていたら那珂川さんが私の肩に手を置いてこう話してくれた。
「ここは特別な場所なの。人がいなくなることはよくあること。色んな思惑がこの狭い学園にはあるのよ。後はその人がどれだけこの学園で重要なのかよ。冷たいかもしれないけれど、佐久間るいさんのことは私たちの手を離した方が私たちにとっても安全なのよ」
そう言った那珂川さんの表情は話している内容とは違って全く納得しているものではないのがわかった。ただ、佐久間るいさんは『こういう風』に言えるのは伊央星羅さんの場合は違うのだろう。わからないことだらけだ。
しばらくすると寮生がばらばらと戻ってきた。みんな疲れた表情をしている。ある程度集まったところで那珂川さんがこう言った。
「今回の佐久間るいさんの件は事件性があります。ただの事故や失踪じゃありません。だからこの件を理事長にゆだねようと思います」
そう言った時に一人を除く生徒は安堵した表情になった。
「もう探さなくていいんだ」
「まあ、それがいいかもな」
「これだけ探して見つからないんだ」
だが、一人だけ違う。一樹だけが納得していない表情をしている。一樹が言う。
「那珂川さん。聞きたいことがある。佐久間るいの部屋はもぬけの殻だったのか?」
那珂川さんが答える。
「もぬけの殻ではなかったわ。でも、花がなくなっていた。匂いはかすかにあったけれど。後は鞄や服なども普通に残っていた。あの時とは全く違うのよ」
あの時が私にはわからない。私はここにいるけれど部外者なのだ。部外者なのに巻き込まれる。後でミライに聞こう。そう思って見渡したけれどミライがどこにもいないのだ。
「ねえ、ミライを知らない?」
私はそう聞いた。ミライは佐久間るいさんを嫌っている。花のせいだ。部屋にいるのかな。そう思った。いや、思いたかっただけかもしれない。那珂川さんが言う。
「そうね、いないわね。宗像さん。後で一緒に部屋に行っていい?」
「はい」
ただ部屋に那珂川さんが来るだけなのに緊張してしまう。
「では、解散だね」
トモが手をパンパンとたたいてそう言った。皆が動き出す。その中で一樹が私の方に向かって歩いてきた。その表情が険しい。なんで睨まれているのだろう。やっぱり一樹のことはよくわからない。一樹が言う。
「おい、お前あの加藤ミライと同室なんだよな」
なんでこう上から目線なんだろう。いちいちムカつく。
「そうだけれど、何?」
そう言うといきなり私の顔に近づいてきた。何が起こったのかわからなかった。キスされるのかと思った。こんなムカつくやつなのになぜか体が動かない。しかもこんなに周りに人がいるのに。わけわからない。目の前に唇が近づいてくる。そう思っていたら唇の軌道がずれていく。顔が右にずれていくのだ。耳元でこう言われた。
「ミライのことを信用するな」
そう言われても意味がわからない。一樹が私の表情を見て腕をつかんで共有スペースの端に連れて行く。
「ちょっと、痛いって」
そう言ったけれど、実はそこまで痛くはない。食堂の入り口まで連れてこられる。当たり前だけれど食堂にはこんな時間だから誰もいない。電気もついていない。怖かった。一樹が言う。
「ミライに気をつけろ」
「どうして?」
私にはその理由がわからなかった。一樹が言う。
「あの部屋に自ら行きたいというヤツなんていない。聞きたいことがある。ミライは何かさがしていないか、もしくは何かなくなっていないか」
そう言われて私は勘違いだと思っていたが思い当たることが確かにあった。
「あるんだな。やっぱりミライは何かを隠している」
そう言われて私はこう言った。
「あなたたちだって隠しているじゃない。私は知りたい。伊央星羅のこと。教えてよ。何があったのか。私だけ部外者なのはイヤなの」
私は誰を信じていいのかわからなかった。知らないからこそ余計だ。一樹が言う。
「わかった。じゃあ、話す。まず伊央星羅は俺の彼女だったんだ。だからいきなり何も言わずに居なくなるなんてことはない」
そう言った一樹の表情は悲しそうだった。そして、なぜか私はその言葉を聞いて胸が痛くなった。わからない。何だろ。この胸の痛み。いやひっかかりだ。何かが引っかかるのだ。一樹が言う。
「あの場所。あの木。ここから見えるあの木が俺と伊央星羅との思い出の場所なんだ。あの場所でいつも二人で語っていた。
だから今でもあの場所に行ってしまう。それに居なくなったあの日。あれはありえないのだ。不可能なんだ。だって、あの日、学園祭の日。伊央星羅は俺の目の前でこつぜんと消えたのだ。だからこそ納得がいかないんだ。なんだったら明日その現場につれていってやる」
そう言って一樹は去って行った。
人が消える。忽然と。伊央星羅も消えた。そして佐久間るいも。今ミライもどこにいるのかわからない。
少し前までの私なら人が忽然と消えていなくなるなんて馬鹿らしいと思っていた。でも、この場所、この学園に来てから思いは変わってしまった。私も消されてしまうのかもしれない。私はどこからか視線を感じた。誰かに監視されている。そんな思いがずっとある。




