ゲーム、虚構か、真実か
朝、目覚めた時にその異変に気が付いたものは誰もいなかった。私は知らなかったが佐久間るいという子は部屋だけでなく校舎内の温室でも花を育てていたのだ。そのため、朝早くから学校に行くことが多かったらしい。
だから、朝佐久間るいを誰も見ていなくても不思議ではなかった。授業についても同じだ。授業に出る義務はない。出ても出なくてもどちらでもいいのだ。
だが、私はこのどこよりもわかりやすく、どこよりもハードな授業は受けたいと思っていた。わかりやすいのだ。ただ、大変なだけ。でも、絶対に自分のためになる。だから受けようって決めた。だって、勉強はできないよりできた方がいいのだから。多分だけれど。
ただ、授業についていくだけでくたくたになる。だから休み時間に何か他のことをしたいとあまり思えないのだ。だからこそ、一人朝から見ていないことに私だけじゃなく他の寮生も何も思わなかった。そう、自分のことでいっぱいなのだ。それに、他人は他人で好きに生きている。この学園はそういう学園のようだ。
2日目だけれど、私にはそう感じたのだ。
それに昨日は転校生である私を一目見ようと思っていたからなのかわからないが、かなり教室が埋まっていた。だが、今日は半分くらいしか教室に人がいないのだ。誰かが居ないと言っても誰も気にも留めない。教師も何も言わない。ただ黙々と授業が進んでいくだけだ。
那珂川さんは横にいるけれど、一樹は校舎内にあのおかっぱの黒髪の探偵を探すと言って歩き回ると言っていた。
そう、不思議と一樹は初日に比べて角がなくなったようにも感じられる。でも、朝はあの木の下にやっぱりいたのも事実だ。これだけ雪が積もっているにもかかわらずあんなところに毎朝いて寒くないのだろうか。
けれど、寮で朝ご飯を食べる時には「おはよう」って挨拶もしてくれたし、睨みつけにも来なかった。
才能を伸ばすという点ではこの学園は最高だ。数学、日本史、英会話、生物。午前の授業がようやく終わった。
待ちに待ったお昼休みだ。お昼は学食に行く。しかもお金がかからない。栄養管理をされた食事が出てくる。場所も4か所ある。昨日はミライが連れて行ってくれた。洋食しか出てこない学食。後は和食と中華とイタリアン。お金がかからないからと言っておいしくないというわけでもない。
どうやら、この学園には調理を目指したい学生もいるらしい。そのため、その学食はそういう学生のための練習の場でもあるらしい。
「ちょっといいかしら?」
那珂川さんにそう声をかけられた。何もしていないのになぜか背筋が勝手に伸びてしまう。笑っているのに、普通に声をかけられただけなのにまるで冷たいもので背中を撫でられたかのような感覚がある。
「はい」
「一緒にご飯を食べましょう」
そう言われた。断ることはできない。そんな雰囲気だった。歩いていく。言った場所はイタリアンの学食だ。那珂川さんがパスタとパン、サラダのセットを頼んだので同じものを頼んだ。向い合せで座る。蛇ににらまれる蛙の気持ちが良くわかる。多分こういう感じだ。食事はおいしいはずなのに味がしない。なんだろう。私が今食べているものは。カルボナーラのはずだがまったくわからない。こんなにこってりした見た目のはずなのにおかしい。そう思っていたら後ろから声がした。
「悪いな、待たせて」
そこに居たのは初日から私を目の敵にしている一樹だった。
「げっ」
思わず声に出てしまった。一樹は気にせず私の右側に腰かける。那珂川さんが言う。
「どうだった?」
「いない。あのおかっぱはいなかった。まあ、この校舎自体変なとこでもあるからな。なあ、お前。昨日どうやってどこに行ったのかちゃんと教えろよ」
一樹が私に向かってこう言ってきた。なんだろう。なんかムカついてきた。那珂川さんは静かなプレッシャーなのだ。静かに怖いのだ。だが、一樹は怖いというよりムカつくのだ。理由はわからない。
「昨日散々聞かれた通りよ。あれ以上私にはわからない。本当は探していなくてサボっていただけじゃないの?」
私はこう言った。なんかこれくらいの扱いが一樹には合っているように感じた。
「サボってねえよ。俺はお前と違ってどんくさくもないんだ。まあ、いいか。それよりお前」
「お前って呼ばないでください。私には宗像いおって名前があります」
なんかムカつく。なんでほぼ初対面のやつに『お前』なんて言われないといけないんだろう。
「じゃあ、宗像。この件にはもう関わるな。お前は部外者だ。それだけを言いたかった。だろう」
そう言って一樹は那珂川さんの方を見る。那珂川さんが言う。
「宗像さん。この件は私たちに任してください。私と一樹、後トモの3人で調査します。探偵についても、伊央星羅さんの事についても」
本当は関わりたくない。でも、どうしてか私には視線を感じる。誰かに監視されているという視線を。
「相手はそれで納得してくれるのでしょうか?」
私はそう言った。相手が誰を指しているのかはわからない。でも、確実に探偵が暴こうとしていることには犯人がいるはずだ。そして、誰かが犠牲になる。そういう噂だ。
「相手か。俺はあの探偵が怪しい。いきなり現れて信用しろって言われてもな」
一樹がそう言うのもわかる。私も怖かった。あの目が特に。見透かされているような目。でも、謎がある。あんなこと実現するのに一人でできることなのだろうか。那珂川さんが言う。
「あの会話を思い出してほしい。誘導されているだけよ。でも、確かに噂の通りの対応。間違いなくあれは『探偵』であり『死神』だと思うわ。だったとしたら信じてもいいのかもしれない。どうせ私たちには全くあの謎が解けないのだから」
私には伊央星羅の謎がわからない。だが、あの日記を見てしまったからだ。奪われた。私はあの日記をめくった所に書かれてあった事を話した。そう、
「私は殺される。その理由はここに書いてある。この日記を手にしたあなたには悪いけれどあなたも狙も狙われるかもしれない」
この内容についてだ。話した後一樹がこう聞いてきた。
「ほかは見ていないのか?」
「うん、見ていない。でも、犯人って言っていいのかわからないけれど、相手はそう思っていないのかもしれない。それに私誰かに監視されているように感じるし、それに初日の下駄箱に『ウソツキ』の手紙も入れられていた。怖いの。当事者じゃないのにどうしてこんな事にならなきゃいけないの」
言いながら本当に思っていた。当事者じゃない。こんなことに巻き込まれている場合じゃないのに。那珂川さんが言う。
「まあ、宗像さんも部外者扱いしにくいと言う所なんでしょうね。でも、困ったわ。もうすでに『死神』にまで出てこられているなんて。それに・・・」
「ちょっと俺に考えがあるんだ。まあ、あの『死神』が言ったことを信じるわけじゃないけれど、確かにあの星羅の事件を考えると寮内に何か知っている奴がいてもおかしくはないな」
そう言って一樹は席を立った。
「あ、午後は俺授業出るからよろしくな」
そう言って後は後ろ向きで手を振っている。何あいつ。あれってかっこつけているつもりなのかしら。そう思っていたら那珂川さんがこう言ってきた。
「でも、気を付けてね。この学校では人がいなくなることなんて珍しいことでもなんでもないから。ちょっと私は気になることがあるから午後は授業にはでないから」
そう言って那珂川さんも席を立って行った。目の前には冷めてしまったカルボナーラだけが残っていた。食べたけれどおいしくなかった。無機質で変な薬品の匂いがしたように感じたからだ。
授業中、教室にいる人は真剣に授業を聞いている。そりゃそうだ。サボりたければ教室にいなければいいのだ。
だが、その時に気が付いたのだ。そういえば、昨日座り込んでいた佐久間るいさんを見ていないと言うことに。授業が終わって誰に聞けばいいかわからずまずミライに聞いた。
「ミライ、今日佐久間さんって見た?」
「知らない。私あの子嫌いだし。でも、言われたら今日見ていないかも。だってあの子いたら私くしゃみするし。まあ、居ない方がミライ的には助かってるよ」
聞いて失敗したと思った。ミライは佐久間るいがイヤで私と同室になったのだ。同じ寮生で私が話しをしているのは後は一樹くらいしかいない。話しかけるのはイヤだけれど、気になったから聞いてみた。
「ねえ、今日って佐久間るいって見た?」
返事はそっけなかった。
「さあ、俺ずっと午前中あの『死神』探していたから知らん。とりあえずここにいないんだったら温室じゃねえの?」
温室があるんだ。気になったので私はその温室に向かってみることにした。校舎の外にあるらしい。一旦外に出ようとしたら寒くてあきらめた。どうにか校舎から近くまでいけないだろうかと考えたがまた迷子になりそうだと思った。
どうしてこの校舎には地図というものがないのだろう。ものすごく謎だ。誰も地図を作ろうとしなかったのだろうか。迷子になることを考えると寒い方がまだましなのではと思い結局外から行くことをきめ、下駄箱を開けた。そこにはまた手紙が入っていた。中にはこう書かれていた。
「お前の秘密を知っている」
私の秘密。何のことだろうと思った。この学園で話していないことはある。けれど、それは誰かに知られるような事ではない。一体この手紙の差出人は誰なのだろう。
私は、次は失くさないようにと、きれいに折りたたんでポケットの中に入れた。
雪の上を歩く。さく、さくと音がする。踏み固められていない雪は怖い。足がずぼっと奥に入り込むからだ。だが、固められ過ぎた場所はアイスバーンになっていて転びやすい。
下を向きながらゆっくり歩いていく。温室が見えたが、そこに立っていたのは悠里だった。
「あれ?宗像さんじゃない。どうしたの?」
「悠里こそどうしてこんな所に?」
温室の向こう側に扉がある。あの扉から来たのだろう。温室までの道は踏み固められている。あのアイスバーンは転びそうだ。悠里が言う。
「ああ、ちょっとね。廊下を歩いていたら温室が目に入って。でも、いつもこの時間だと佐久間さんがいるのにいないからどうしたんだろうって覗きに来たの。やっぱり誰もいなかったね」
そう言って悠里が去って行った。扉の向こうに何人か女生徒がいる。ひそひそと声が聞こえる。
「あそこあけられそう?」
「ダメだった。鍵が頑丈だった」
そう聞こえたような気がした。私は温室の扉を見る。黒く頑丈な錠前が付いている。扉はガラスのようだが分厚くて押してもびくともしない。しかもすりガラスであるため中の様子がわからない。すりガラス越しに緑やピンク、赤といった色が見える。おそらく花なのだろう。扉は鍵のため開きそうもない。ガラスもびくともしない。
「何しているの?」
そう言われて私は振り向いた。そこには凛とした女性。那珂川さんが先ほど悠里が立っていた廊下付近にいた。その目が怖かった。なんというかまるで獰猛な獣のように見えたからだ。見間違えかもしれない。瞬きしてみると、いつも通りの那珂川さんだった。那珂川さんは私に近づいてくる。
「やっぱりここにもいないわね」
那珂川さんがそう言う。
「いないって?」
「佐久間るいがいないのよ。朝から気になっていたの。あの子サボる時もあるけれど、一日にどこかで授業は出ている。特に生物の授業は絶対に出ている、けれど、今日は出てこなかった」
「実は私も気になっていて。それでここまで来たんです」
そう言うと那珂川さんが少し笑顔になった気がした。
「私はこれから文化棟に顔出しに行くわ。今からだと遅くなるからこのまま宗像さんは寮に帰って。何かあったら寮にある電話に連絡するから。1階の広間にあるわ。そこで待機していて」
そう言うなり那珂川さんはまたあの扉の奥に消えて行った。私もあの扉から中に入りたい。でも、確実に迷子になる自信があった。私も迷子になるわけにはいかない。昨日の今日だし、今日は佐久間るいさんも居なくなっている。
私はゆっくり雪を踏みしめ歩いてきた道を戻った。
寮につくと広間に7名いた。そのうち顔と名前が一致するのは一樹だけだ。後は男性が4名、女性が3名広場でくつろいでいる。本を読んだりトランプをしていたり、将棋をしている。
将棋をしていた男性二人組のうち髪が長く目が見えなくなるくらい前髪を伸ばしている方がにやりとわらった。反対側の男性が頭を抱えて「やっぱり東には勝てない」と言い出した。
嘆いた方も髪は長いがヘアピンで髪を止めている。右側にかわいい花柄をつけて。顔立ちも女の子みたいだ。
「ちちち。倉科は間違えまくっているのだ。間違いにも気づけないから仕方ないのだ」
長い髪を揺らしながら東と言われた男性は面白く揺れている。変なの。私はそう思って一樹に近づいて、さっき那珂川さんと会って佐久間るいを探していることを伝えた。
私は見渡したが佐久間るいは見当たらなかったし、ミライもいなかった。一樹が言う。
「俺は結構早めに帰って来たけれど、佐久間は見ていないな。まあ、しばらく待っていたらそのうち帰ってくるんじゃないのか。でも、まあ、那珂川さんの頼みならここで待つか。でも、ただ待つのも面白くない。ここにこれだけ人もいるんだ。ちょっと遊ぼうか」
そう言って一樹は棚の上にあった赤と青の巾着袋を手に取ってこう言いだした。
「なあ、みんな多数決ゲームでもしないか?」
一瞬みんながきょとんとした。私も同じくきょとんとした。
ルールはこうだ。
・将棋の「歩」の駒をみんな手に持つ。
・お題にそってYesなら赤にNoなら青にコマを発題者から時計回りに入れていく。
・発題者が駒の数を確認する。
・確認後駒はシャッフルして渡す。
「どうして駒をシャッフルするの?」
私は疑問だったから聞いた。一樹が言う。
「駒にもし傷があったとしたらその傷を確認すれば誰がどっちに入れたかがわかってしまう。これは誰がどっちに入れたかわからない代わりに本音で選んでもらうんだ」
そう一樹が言ったら奥に居た、高めにサイドテールにしている、黄色いリボンが目に付く、少し目がきりっとした女性がそう言ってきた。
「トパーズか」
「違うサファイアよ」
私はきょとんとした。本日何回目のきょとんだろう?なんでいきなり宝石の名前になったのだろう。一樹が言う。
「こいつは、泉谷サファイアって言うんだ。しかも漢字で青玉って書くんだぜ」
そんな名前つけられたくない。
「まあ、親がちょっと頭おかしいんだ。だから私のことは青って呼んで。まあ、サファイアでもいい」
でも、どうしてトパーズなのだろう。まだ首をかしげていたらこう言ってきた。
「こいつ名前がサファイアなのに黄色が大好きと来ているんだ。黄色に玉と書いてなんて読む?」
「きだま?」
それ以外に読み方があるのか。
「お前はバカか。黄色に玉と書いたらトパーズだろう。というか、今の流れで読めるだろう。んで、サファイアは乗り気なんだな」
「ああ、聞いてみたいことがあるからな」
そう言って笑っていた。
初めは普通のお題だった。
「実はここの授業にすでについていけていない」
すでに3名ついていけていないみたい。私は今の所大丈夫だ。でも、ちょっとでもサボったら追いつくのが大変そうだ。
次のお題はこうだ。
「実は異性として好きな先生がいる」
このお題の後に少し騒ぎがあった。
「あれでしょ。あの先生のこと」
「やっぱりそうだよね」
女性3人が騒いでいる。私にはわからない。まだ全部の授業を受けていない。今の所そんな騒ぐような教師がいたと思えない。結果は4名が気になる先生がいることがわかった。
「おい、誰だよ。1人絶対男子が入れただろう」
「おいおい、あり得ないだろう」
男子がそう言っている。一樹も同じように言っている。どういうことなのだろう。私にはわからない事ばかりだ。少し騒いだ後に次のお題が決まった。言っていたサファイアだ。お題はこうだった。
「私の宝物がなくなったんだ。その犯人を知っているやつ」
意味が解らなかった。けれど、結果1名知っていることがわかる。サファイアが言う。
「誰?教えて」
だが、誰も手を挙げない。一樹が言う。
「これはそういうゲームだろう。もし、気になるなら後で一人ずつ声をかけて行けよ」
納得いっていなかったようだがサファイアは「わかったよ」と言って黙った。
しばらく無難なお題が来ていた。だが、その次のお題はこうだった。
「実はここでは偽名を使っている」
周りが騒然とする。「おいおい」「それタブーだろう」そういう声がした。だが、結果は4名が偽名だということがわかった。一樹が言う。
「まあ、サファイアは違うな。偽名ならわざわざそんな名前選ばないだろうから」
「うるさい」
そう言って私の所に巾着袋がやってきた。何を言えばいいのだろう。思いつかない。悩んでいたら一樹が巾着袋を奪って「じゃあ、俺から行くわ」と言い出した。一樹が言ったお題はこうだ。
「伊央星羅を殺した犯人を知っている」
今までと違う雰囲気になった。空気が重い。サファイアが言う。
「おいおい、そのお題はダメだろう。それに伊央の件は」
「まだ終わっていない。俺は納得してない。回すぞ」
そう言って一樹は巾着袋を回した。私の所に来る時に電話がなった。びっくりした。
電話の近くにいた私は電話を取りに行く。電話の相手は那珂川さんだ。那珂川さんが言うには「佐久間るいはどこにもいない。だから昨日みたいに探してほしい」ということだった。
私はそれを一樹に伝える。一樹は少し残念そうな顔をして皆に話しをした。
「ゲームは終わりだな。じゃあ、みんなで探しに行こう。念のため佐久間るいの部屋も見に行ってくれ」
そう言ってサファイアと横にいた女の子が「わかった」と言って2階に上がって行った。私は巾着袋を手に取って中から駒を取り出した。
その時赤い巾着袋に1つ駒が入っていたのだ。それを私と一樹は見て固まってしまった。
まるで音が消えたように静かになった。みんな走り回って佐久間るいを探そうとしているというのに。




