不思議は、学園、それとも
朝は冷え込んでいた。昨日見た日記のせいでゆっくり眠れなかった。顔がつめたい。目を開けると木の板が目に付いた。
ああ、そうか。私はもうあの場所にはいないのだ。横を向き、カーテンをあける。まだ外は暗い。でも、そこにミライが立っていた。何かを探しているみたいだ。ミライがこっちを向く。部屋が暗くて表情が読み取れない。
「おはよう、かたっち。早いね。ってか、ひょっとしてうるさかった?」
そう言ってミライは電気をつける。眩しかった。目が慣れてくるとミライがすでに制服を着ていることがわかる。シックな黒のセーラー服。白いリボン。そのはずなのに目が行くのは違う場所だ。ミライはセーラー服の下にピンクのパーカーを着ているのだ。フードが出ている。
「かたっち、ひょっとして寝ぼけているの?」
ミライが私に近づいてきた。体を起こしたら頭をぶつけた。痛い。
「大丈夫、かたっち。どんくさ過ぎだよ。私部活あるから朝早いけどどうする?今からでもご飯食べられるよ。まあ早い方がご飯はおいしいし」
頭を抑えながらまだ勝手がわからないのでミライについて行くことを決めた。ベッドから出て着替える。
「さっき電気もつけずに何をしていたの?」
何かを探しているようにしか見えなかった。しかも机の奥を覗き込むようにしていたからだ。ミライが言う。
「ちょっと机の向こう側にヘアピン落としちゃってさ。私の髪って結構自己主張激しいのよ。だから力いっぱいしばってポニーテールにしているの。でもそれでもはねるとこはピンで止めるんだ。じゃないと爆発しちゃうから。かたっちはいいよね。肩までの長さにそろえているのに寝癖すらついていない」
そう言われてミライの髪を見ると確かに膨張しているように見える。寝癖がないのはきちんと乾かすからだ。というか、きちんと乾かさないと凍りそうだからだ。それくらい寒いのだ。私が前いた所はここよりも暖かかったはず。
こんなに凍てつく寒さを私は知らない。だから気合いを入れて髪をかわかしたのだ。それになかなか眠れなかったのだ。
あの日記のせいで。だからミライの行動も疑ってしまう。私は誰を信用すればいいのだろう。わからない。誰か一人でも信用できる人を早く見つけないといけない。それにすでにもうミライはヘアピンを探していない。
それに探していたのは私の机の方だった。あの日記は結局枕の下に隠したのだ。私のカバンもなんだかちょっと向きが変わっているように思う。私は向きを徹底して置いているのだ。もう、何もわすれたくないから。だから思う。
ミライはウソをついている。私はこの日記の隠し場所を考えなといけないと思った。ミライが探しているのがこの日記ならば特にだ。
でも、この内容。まだ中身を読めていないが私は不安しかなかった。
「もう大丈夫?行くよ~」
そう言ってミライは扉を開けようとする。追いかけるように扉に向かう。扉を閉めてから「ごめん、カバン忘れた」と言ってカバンを取りに中に入る。すぐに扉をしめて日記を手にしてカバンの奥そこにしまう。
これで大丈夫。私はこの思いを託されたのだから。だからちゃんとこの日記を読み進めたい。
「おまたせ~」
そう言ってすぐに走ってミライを追いかける。さて、今日はこのノートの隠し場所を決めないといけない。そう言って追いかけたミライはものすごい笑顔だった。
「ねえ、聞いて。今日ね、あたりの日だよ。ご飯食べよ」
そう言って食堂に降りるとブッフェスタイルだった。何が当たりなのだろう。ベーコンにオムレツ、卵焼き。海苔に佃煮。コロッケに唐揚げ。シャケの焼き魚にシャケのマリネ。ごはんに味噌汁。パンにスープ。サラダに煮物。全部取るのではなく和食にするのか洋食にするのか自分で選べるのか。
私はどうしても朝からパンを食べたいと思えない。だから和食になるように選んで行った。席に座るとミライのお皿には全部のおかずが乗っている。パンにご飯。味噌汁にコーンスープ。お茶にオレンジジュース。
「それ全部食べるの?」
「当たり前じゃない。食べないと体力持たないよ」
そう言って食べ始めた。びっくりした。ミライの体形を見る。そんなにがっしりした体形には見えない。そういえば部活は何をしているのだろう。周りを見ると何人か人がいる。でも遠巻きに私たちを見ているだけで話しかけてこない。
「ねえ、ミライって部活何をしているの?」
そう言ったミライは頬張りすぎて話せない感じだ。しばらくしてミライが言う。
「う~ん、なんて言えばいいのかな。まあ今日は朝からすることは雪かきだからね。じゃないとまずみんな学校にいけないから。かたっちも一緒にしようよ。結構楽しいよ。道を作るのとか」
そういえば、昨日いつのまにか雪が降り出していた。だから寒かったのか。そして、その雪は降りだすと積もる。雪かきなんてしたことがない。でも、雪かきって部活なのか?というかここで生活するのなら毎日必要なことじゃないのだろうか。ミライが続けて言う。
「あ、でも屋根は慣れないと危ないからかたっちは登らなくていいよ。屋根は私がやるからね」
そう言って力こぶを作る。そのミライの頭をお盆でたたくやつがいた。そこに居たのは金髪の男性だ。中性的な人。顔立ちは女性といっても通じそうだ。体も細い。そして髪も長めだ。ただ、制服が詰襟だから男子だとわかる。
「あ、おはようございます」
そう言いながら私はこの金髪の男性の名前が思い出せなかった。昨日一気に色んな人の名前を聞いたけれど誰一人名前を覚えられなかったのだ。
「ああ、おはよう。こいつの言う事は気にしなくていいからね。学校までの道でいいならすでに一樹が作り終えているし。だから問題ないよ。屋根はこれから私があがって雪おろしするからしなくていいし。それに雪かきするならもうちょっと早く起きてこなきゃね」
「ばれたか。トモ。ちょうどいいと思ったのに」
ミライはそう言って笑っていた。そう言ってフルーツやデザートのある方に歩いていく。
「まだ食べるの?」
「甘いものは別腹だから」
そう言ってミライは笑っている。
「教えてくれてありがとう。その」
いきなりトモと呼ぶわけにもいかない。そう思っていたら金髪の男性からこう言われた。
「まあ、名前とかあんなに一遍に自己紹介したら覚えられないだろうからね。私は源友則。トモって呼んでくれたらいいよ。大体私のことはみんなトモって呼ぶからな。後私は授業には出ないから。基本教室にいない。それじゃ、予定があるから」
そう言ってすぐに食堂から出て行った。ミライが来る。お皿にはケーキとヨーグルト、フルーツが山盛りになっている。
「あら、トモは行ったんだ」
「うん、雪下ろしだって。後授業には出ないからと言われたんだけれどいいの?」
私がそう聞くとまるでハムスターのように頬張っているミライが食べ終わってからこう言ってきた。
「え?当たり前じゃない。ここはそういう学校よ。授業は受けたい人だけ受ければいいの。それにトモは特別だから。トモはピアニストなの。だから毎日ピアノばっかり弾いているよ。聞きたかったら文化棟の音楽室に行けばいいわ。といってもピアノ専門の教室だけれどね。じゃあ、行きますか」
まるでイリュージョンのように山盛りのデザートをミライは食べきっていた。
「授業にでなくていいってどういうことなの?」
私はミライを追いかけながらそう聞いた。扉を開けるとやはり寒い。手に持っていたダッフルコートを急いで着る。ミライが前を見ながらこう言ってきた。
「言った通りよ。基本の授業はあるけれど、自分がしたいことに時間を使っても許されるの。そういう生徒は何人もいるわよ。まあサボっているだけの生徒もいるけれどトモみたいに特別な生徒は何人もいるの。自分の才能を伸ばすためだけに来ている人たち。そういう人たちもいるのよ」
私はそう聞いてびっくりした。
「でも、それだとテストとかは?」
「テストもない。私たちはただ日々を生活し、そして知らない所で評価をされていく。その結果に従うだけよ」
ミライはそう言って空を見上げた。通学路の一部にもモニターがある。大きなモニター。黒い鏡のように見える。色を失くした自分の顔が見える。
「授業も出ても出なくもてもいい。テストもない。そんなの天国じゃない」
私がそう言ったらミライはものすごい勢いで振り返ってきた。
「はあ?あんた本気でそう言ってるの?バカじゃないの。ここは天国なんかじゃないわ。地獄よ。私たちは閉じ込められている。外で何が起こっているのかもわからない。外に出ることだってかなわない。外に出るにはあの理事長の承諾を得るか、そう死ぬしかないのよ。ここはそういう所。
監獄と同じなのよ。誰が名づけたか知らないけれどここは監獄島って呼ばれてるくらいなの。地図にも乗っていない島。何もないのよ。この時期はあるのは雪だけ。娯楽も何もない。かたっちは覚悟しておくことね。娯楽がないということがどういうという事かを」
そう言ってミライは早く歩いて行った。
追いかけよう。私はそう思ったけれど溶けた雪が靴を滑らせる。どうやら私は雪の上を歩くのに慣れていないみたいだ。ゆっくりにしか歩けない。転びそうなのだ。というか転んだ。
「大丈夫?」
手を差し出されたので私はその手をつかんだ。すらっとした長身の女性。黒い長い髪。紺のハーフコートに黒ブーツを履いている。顔を上げるとそこにいたのは那珂川さんだった。
「那珂川さん、ありがとうございます」
「いえ、気にしないでください。それよりおひとりですか?加藤さんに宗像さんを職員室まで送り届けるようにお願いをしていたのですが。仕方ありません。一緒に行きましょう。ご案内いたします」
そう言ってくれた那珂川さんの表情は読めなかった。いや、無表情だったのだ。そこに感情が入っていない。どういう人なのだろう。私はわからなかった。
ゆっくり歩きながら進んでいく。茶色い建物が見えてきた。白くない建物だから余計に目立つ。
「あれが校舎よ。その奥に文化棟があるわ。何か特化したものを学びたいのなら文化棟に行けばいいから。ここは学年につき1クラスしかないし。後、私は午前中はクラスにいるから授業を受けるならサポートするわ。でも、クラスに来るなら覚悟しておいてね」
覚悟?意味がわからなかった。
「覚悟ってなんですか?」
「こんな時期に転校してくる生徒なんていないからよ。多分質問攻めになると思う。同じ寮だから、寮生も質問攻めに合うかもしれない。でもこの学校には『個人のプライバシーに干渉をしないこと』というルールがあるの。だから私は宗像さんに何も聞かないわ。あなたがどうしてこんな時期にこんな学園に転校してきたのかなんて。でも、ルールを守っている生徒ばかりじゃないから。では、私はここで。この右側が職員室よ」
そう言って目の前に下駄箱がある。私は持ってきた上履きを取り出した。那珂川さんが言う。
「ここは生徒数よりすべての設備は多いの。開いている場所はどこを使ってもいいわよ」
そう言われた。私は出来るだけ目立たない場所を探した。
職員室よりの近く。下から二段目。その場所をあける。何も入っていない。私はその場所を使うことに決めた。
上履きに履き替える。リノリウムの床を歩いていく。建屋自体はしっかりしているが古いのがわかる。そして、薄暗いのだ。
すぐ目の前に職員室があった。私は扉をたたいてから中に入る。
「失礼します。本日転校してきました、宗像いおです。よろしくお願いします」
何人かの教師が椅子に座っている。その時奥にあったモニターが明るくなった。
そこには灰色のフードをかぶった、まるで魔法使いのようなかっこをした人が映し出されている。顔は光の加減なのかよく見えない。いや、白い仮面をかぶっている。ただ、シャープな顎は見えている。モニターに映し出されたと思ったら教師が全員起立した。モニター越しに魔法使いがこう言ってきた。
「はじめまして、宗像さん。私はこのアリスの杜学園の理事長をしています。イレギュラーではありますが、私たちはあなたを歓迎いたします。宗像さんのことは、そうですね。杵築先生にでもお願いしましょうか。ちょうど学年担当でもありますしね。ではよろしくお願いします」
そう言うとモニターがまた真っ暗に変わった。電源が切れたのだろうか。わからない。どの先生が杵築先生なのかわからなかった。というか、ここにいる先生はなんというかつかみどころのない感じがする。いや、どこか生気がないんだ。やる気に満ちている教師ばかりというのも気持ち悪いけれどなんというかこの職員室自体がぬめっとしているのだ。
「宗像さん、こちらへ」
そう言って扉を開けて待っている人がいる。ループタイをした猫背の男性が立っている。歳はどれくらいなのだろう。40歳くらいなのだろうか。これくらいの年齢の人ってよくわからない。上と言われて怒る人もいれば下と言われて怒る人もいる。お腹が出ているわけでもない。髪は短いし若いのかもしれない。
「え~と、杵築先生ですか?」
「ああ、そうか自己紹介がまだでしたか。学年主任をしていて古典を教えています。成績は見せてもらいました。この学校の授業は特に苦にはならないと思います。退屈もしないと思いますが」
そう言って歩き出した。今日の一限目の授業はそういえば古典だ。退屈しないというのはどういう事なのだろう。とりあえず考えても仕方がない。ついて歩いていく。
校舎がかなり広いのがわかる。2階に上がるが使われていない教室があるのがわかる。奥に行くと3年生と表示が上にある場所で杵築先生は立ち止まった。扉を開ける。
教室の中は7割埋まっていた。そこには那珂川さんもミライもいた。後私のことを嫌っているあの男子生徒、名前は覚えていない。というか名乗ってもらったのかも覚えていない。あんな失礼な奴は知らないし覚えなくてもいいと思った。確かに言っていたけれどあの金髪のトモは教室に居なかった。杵築先生が言う。
「え~と、すでに聞いていると思いますが今日からこの学園に転校してきた生徒がいます。では、宗像さん。自己紹介を」
杵築先生に言われて私は教卓の前に移動する。自己紹介。私は何を言えばいいのだろう。
「え~と、宗像いおと言います。よろしくお願いします」
本当は宗像という苗字は好きではない。けれど、どうしてもこの名前、「いお」では呼んでもらえないのだろう。だから、それ以降は言わないでいた。それだけで十分だ。というか、私には話せることがそうないからだ。
「それでは、席は」
そう杵築先生が言うと那珂川さんが立ち上がり「私の横が開いていますのでどうぞ、この横で」と言ってきた。
私は歩いていき那珂川さんの横に座った。
「では、授業をはじめます。では、まずプリントを配りますので、、、」
そこからの授業はびっくりだった。問題、解説。問題、解説。短時間のうちに徒然草を片っ端方進めていくのだ。しかも問題形式なのだが圧倒的に時間が少ないのだ。
けれど横にいる那珂川さんは普通に解いている。私も古典は苦手ではないけれど、この速さにはついて行くのが必至だ。これなら確実に学力が上がるのはわかる。でも、他の授業もこうなのだろうか。気が付いたら授業が終わっていた。終わるとすぐに私の周囲に人が集まってきた。
「ねえ、宗像さんはここに来る前どこに住んでいたの?」
「両親は何をしている人なの?」
「どうしてこの学園に来たの?」
質問攻めだ。だが、その横で那珂川さんが机の上に教科書を勢いよく置いた。音がする。皆が那珂川さんを見る。
「皆さん、この学園にはルールがあるのをご存知ですよね?他人のプライバシーに首を突っ込まないという」
「でも那珂川さんも調べていますよね。伊央さんのことを。だったら私たちだっていいんじゃないんですか?」
目の前に居た女の子がそう言った。横にいた那珂川さんの雰囲気が変わる。
「お願い、私が笑っている間に言うこと聞いてね」
その那珂川さんの笑顔は怖かった。
「行こ。また後で話しをしようね。宗像さん」
これは助けてくれたのかな。
「ありがとう。那珂川さん」
そう言った那珂川さんに歩いてきたのはあの私を嫌っている男性だ。
「那珂川さん、悪かったな。本当なら俺が蹴散らす方がよかったんだろうな」
「いいよ、一樹。気にしてない。それに、私たちが伊央のことを調べているのは本当のことだから。でも、」
那珂川さんはそこまで言って立ち上がった。何かを気にしてなのか何を見たのか私にはわからかった。教室の後ろの方の席に私と那珂川さんは座っている。この近くにいるのは私くらいだ。後は後ろにある黒板とロッカー、後はモニターだ。どこにもこのモニターはある。変な感じがする。
私のことを嫌っている一樹という男性が先に教室を出る。それを追いかけるように那珂川さんも出て行った。しばらくして私の周りに人が集まってきた。
「何あの態度。寮でもあんな感じなの?」
そう聞いてきた。目の前にいる女の子は栗色の髪をしている。マッシュルームみたいな髪型だ。
「あなたは?」
「私?私は岸里悠里、悠里って呼んで。んで、宗像さんはどこから来たの?」
質問に答えていく。でも、私の答えに真実は何もない。何もここでは語れないからだ。私には私を語ることができないからだ。
「ふ~ん、そうなんだ。宗像さんも大変なんだね」
なんか見透かされたようにそう言われた。悠里が言う。
「でも、あの寮って色んな噂があるものね。でもあんなに調べたいのなら探偵に頼めばいいのに」
そう悠里が言った瞬間に周りの空気が変わった。
「探偵って?」
「そう、この学園にいるらしいの。どこかに。いやどこでもなのかも。どんな謎も解き明かす名探偵。でも、嫌な噂が一つだけあるの」
そう悠里が言う。周りの子が「やめなよ」と言い出す。中には耳をふさいでいる子もいる。悠里が続ける。
「別名死神という名なの。だって、かかわる事件は絶対解決してくれるけど、絶対誰かが死ぬらしいから。あいつらも本当に真実を知りたければ探偵にお願いすればいいのに。誰かを生贄に出したら真実を知ることだってできるのにね」
そう言った悠里の顔はものすごくいい笑顔だった。チャイムが鳴る。
私の机の横は開いたままだった。けれど授業は関係なく進んでいく。そういう学園なんだと私は知った。




