~エピローグ~
私の前に一人の女性が座っている。出会って喫茶店に入って覚えていたあの話しをしたのだ。こんな話しをしても受け止めてくれるのはあの学園を知っている人だけだ。
その中性的なその風貌にショートヘア―、パンツスタイルは知らなければ男性と間違えるかもしれない、彼女なら受け止めてくれる。そう信じていた。
「まさかあなたに呼ばれるとは思っていなかったわ。それに面白い話しをありがとう」
目の前の女性がそう言う。
「そうかい。でも、あの学園での記憶が本当にあったことなのか知りたいと思ったんだよ。そんな時君のことを偶然知ったからね。ところで、君のことはなんと呼べばいい。あの頃と同じように伊央星羅と呼べばいいのかな?」
「そうね。私の名前はそれしかないから。それともう一人来るわよ。あの学園の卒業生は」
まさか。そんなことがあるわけないと思った。あの学園を卒業して『あんなこと』があったのに会いたいと思うなんて人がほかにいると思えなかった。
「おまたせ」
そう言って待ち合わせ場所に現れたのは小柄で黒髪を肩までそろえた女性だ。肌が白い。
「君は?」
顔を見て確かに知っている顔なのに思い出せない。彼女が言う。
「そうね、私の名前は宗像いおよ。そう言えば思い出してくれる?」
小柄な女性がそう笑っている。
「どうしてここに。だって君はあの時」
そう、私が確かに殺したはずだ。そして回収されたはずなのだ。『アイツら』に。なぜここに彼女がいる。宗像いおがこう言ってきた。
「そうね。私はあなたを探していたの。まさか、あなたから連絡があるなんて思ってもみなかったから。ねえ、あなたでしょう。
あの出来事を裏で操っていたのは。皆が調べたはずの伊央星羅がいた部屋に日記を隠したのは。私にウソツキのメモを入れたのは。何がしたかったの。あなただけ行動がおかしかったの」
宗像いおの言葉に私は気が付いた。周りを見る。周りの人間がすべて疑わしく見えてくる。
「何のことかな。昔のこと過ぎてもう覚えていないよ」
嘘を言った。とりあえずこの場所はまずい。私はそう思った。伊央星羅が言う。
「あなたはいつも言っていたよね。スペアだって。だからこそ、あんなことをしたのね。でも、思い出して。あなたがしたことを」
私がしたことだと。ただ逃げただけだ。あの時逃げてボートに乗り本土まで行ったのだ。そこで伊央星羅に再会したのだ。
「何を言っているんだい。私は何もしていないよ」
「ええ、何もしていないから問題なのよ」
そう宗像いおが言ってきた。
「だって、あなたはトモでしょ。ピアニストの。孤高のピアニスト。そのプレッシャーについていけなくて薬におぼれた。だからあの旧学園後に引き取られたの。あの場所は薬物依存者の隔離場所なのよ」
言っている意味がわからない。だったらどうして私はどうしてここにいると言うんだ。
「あなたの治療はまだ終わっていないのよ。ほら腕を見せてごらんなさい」
伊央星羅に腕をつかまれる。めくられた腕には注射針の跡がある。
「あなたは自分で自分の記憶を改ざんしている。あなたはスペアなんかじゃない。思い出して。あの学園に来る前のこと。覚えているはずでしょう」
学園の窓から見えた田園風景も、あの木も生えていない岩肌の山も、湿地帯も覚えている。
いや、おかしい。あの学園は塀に囲まれていた。田園風景も湿地帯もない。私の記憶は何だ。どこから来ている。
「記憶を塗り替えたのか?そうなんだろう?」
私は手を振り回した。
「なあ、くれよ。あんたらなら持っているだろう。同じ仲間なんだから」
そう言って私は手を伸ばした。
「あきらめなさい。あなたが話したその学園は空想よ。今あなたが私に話した内容もおかしいと思わないの?」
私には意味がわからなかった。
「あなたの視点よ。あなたはさっきの話しの語り手ではないの。あなたは別の語り手の視点で話していたのよ。確かに実際にあった話しがモデルになっている。でも真実じゃない」
伊央星羅が私を見つめてくる。宗像いおも言う。
「そう、あなたが話したことは一部はあったこと。でも、あそこは学園じゃない。病棟よ。そして、あなたは勝手に自家製麻薬を作った。いつも一人でピアノを弾くと行って誰からの目からも離れたの。そうでしょう」
違う。違う。違う。そう思っていたら携帯がなった。携帯を取り出す。テレビ電話だ。取ると画面には黒髪でおかっぱ、肌の白い赤い口をした女性が写っている。
「やあ、ひさしぶりだね。また僕を楽しませてくれ給えよ。君の妄想は僕の琴線に触れるんだよ」
携帯を切る。だが、街にあるモニターや反射する面にあのおかっぱの少女がうつりこんでいる。
「どうしてだ。どうしてあのおかっぱの少女がいたるところにいると言うんだ」
私はあわてて周りを見た。伊央星羅が言う。
「そりゃ、そうでしょう。あなたの顔を鏡で見て見なさいよ」
そう言われて映し出されたのは黒髪をおかっぱの少女だ。
「なんだよこれ。おかしいじゃないか。僕は源友則だ。男性だ。髪も金髪だ。こんな顔をしていない」
伊央星羅が言う。
「そう、それがあなたの幻想なのよ。源友則という人間はいないのよ。そうじゃなきゃ、女子棟に忍び込めないでしょう。そして、女子棟の話しも言えない。間違えないで。あなたは源智子。あなたがスペアだというのは双子の存在におびえていただけよ。彼女はいつもあなたに気を使ってくれていた。さっきもそうでしょう。どうしてそれがわからないの?」
おかしい。何かが間違っている。どういうことだ。宗像いおが言う。
「あの場所であったことは伊央星羅の退院が早かったこと。それをあなたたちが受け入れられていなかったこと。そして、あなたは先生につめよった。実際は誰も死んでいない。ただ、けが人が出ただけ。あなたがしたことよ。覚えていないの?」
言われても思い出せない。金色のポール。でも、そんなものが人に刺さるのだろうか。一体何があったというのだ。
「血。そうだ。血が流れていた。あの記憶は本当だ。この手に残っている感覚も」
「そう、それがあなたがしたことよ。でも、誰も怒っていない。あなたはヒステリーになっただけ。私はもう許したわ」
そう言って宗像いおが腕をめくる。そこに傷がある。
「あなたが宗像いおをカッターで切りつけたの。傷はそこまで深くなかったけれどね」
わからない。それが真実なのか。
「じゃあ、私はどうすれば」
気が付くと私の両横には黒い服を着た男性が二人立っていた。
「ちゃんと治療をうけてまた会いましょう。待っているから」
伊央星羅がそう言った顔は笑顔だった。遠ざかっていく二人を私はただ眺めているだけだった。
「うまくいきましたね」
小柄な女性が中性的な女性にそう話す。
「そうね。でも、トモがあんなに暴走するなんてびっくりした。でもあんな内容よく信じたと思うわ」
「ですね。だって、実際トモは金髪だし、男性ですから。まあ、食事に混ぜていた薬も結構効果があったみたいですし」
「まあね。あの学園がしていることは機密だから。洩れたら困るから。まさか向こうから連絡してくるなんて思っていなかった」
「大事なサンプルですからね。私も細胞を提出した口だからすごく興味があって。まあ、トモに殺されちゃったみたいですけれど」
「そうね、モニターで見ていたわ。あれすごかったわね。でも、いいじゃない。私なんて政略結婚のためのクローンよ。でも、次はちゃんとしましょう。まあ、ここを本土と思ってくれたのは助かったわ」
「でも、本当死神とは言いえて妙ね。だってうちらのボスは検体が死なないとちゃんと動いてくれないし」
「早く報告書をあなた仕上げてよ」
そう言われて女性がノートパソコンを取り出す。
11月1日 検体ナンバー20451 個体名 宗像いお(仮)の記憶のクリーニングが終了する。一部不安定であるが実験に支障がないと判断する。
12月1日 検体ナンバー20451 個体名 宗像いお(仮)を実験場に合流させる。検体のうち 検体ナンバー37850 個体名 加藤ミライがモニターを隠す行動を取る。個別モニターの配備実施。
12月2日 検体ナンバー20451 個体名 宗像いお(仮)が予定通り探偵役と遭遇。ただし、その後探偵役の言動により 検体ナンバー 38479 個体名 佐久間るいが予定外の行動を取る。
12月3日 検体ナンバー 98432 個体名 岸里悠里に異変あり。検体ナンバー 38479 個体名 佐久間るいの強制停止となる。また、検体ナンバー 98432 個体名 岸里悠里の記憶に障害が確認される。投薬をし、経過観測を実施。
12月4日 検体ナンバー 98432 個体名 岸里悠里の視覚認識が戻っていることが確認される。そのため、強制回収。解体実施。検体ナンバー37850 個体名 加藤ミライも同様に強制回収。
12月5日 検体ナンバー00001 個体名 伊央星羅、検体ナンバー20451 個体名 宗像いお(仮)、検体ナンバー 00054 個体名 水月一樹、検体ナンバー 00124 個体名 那珂川さゆりの強制停止が確認される。同日 検体ナンバー 00254 個体名 源友則が逃亡。島内にて活動記録が確認されるが捕獲できず。
2月28日 検体ナンバー 00254 個体名 源友則がから連絡があり回収。これにて本実験のすべての検体の初期化が終了。再実験が可能となる。
「これで大丈夫ね 送信。初期化も完了できたしようやく実験再開ね」
女性二人は笑いながら店を去って行った。店の外は雪で白い。遠くには古びた洋館が見える。そして、その奥には城壁のような高い塀があるのだった。




