多角的に、世界は、存在する
朝起きると目につくのは板の目だ。一人の部屋は慣れているはずなのに、どうしてか私はまだ慣れない。体が疲れているのがわかる。睡眠が足りていない。そりゃそうだ。昨日は夜遅くまでかかってこの寮に戻ってきたのだ。
そして、今日も朝から理事長室でお茶会になる。お茶会という名の尋問だ。でも、あの尋問は、いや、あの理事長は真実がどうということではなくとりあえずの解決を求めてくる。今回はどういう解決になるのだろう。そう思っていた。
とりあえず、私は体を起こして服を着替えることを決めた。ピンクのパーカーは泥だらけで汗だくだったから着れそうになかった。今日はパーカーなしになる。そう思った。ミライとは短かったけれど友達だと思えた。信用できたかと言われたら返答が難しいが。
部屋を出て階段を降りる。食堂にサファイアが居た。バレッタをつけている。ちょっと傷ついているように見えたけれど。
「そのバレッタ見つかったの?」
私はサファイアに声をかけた。サファイアが言う。
「うん、ちょっと意外なんだけれど今朝トモからもらったんだ。でも、どこで見つけたのか教えてくれないの。でも、まあ見つかったからいい。まあ、でも、、、あ、これはいいか。じゃあ、私は行くから」
そう言ってサファイアは出て行った。今日の朝食は洋食スタイルだ。バターの香りがするスクランブルエッグにベーコン、クリームコロッケ、マカロニサラダ、コーンスープにロールパン。コーヒーを取って席に座った。
「おはよう」
振り向くとそこに那珂川さんが居た。那珂川さんが言う。
「昨日の宗像さんはおかしかった。あれはまるであの場所を知っているかのようだった。でも、私たちはこの島では学園しか知らない。あんな場所があったことも知らない。宗像さん。あなたは一体何者なの?」
それは私が一番思っている。私は一体何者なのだろう。どうしてこの島のことを知っているのだろう。
「おお、居たか」
そう言ってやってきたのは一樹だ。一樹が言う。
「なあ、トモを知らないか?」
「え?一緒の部屋でしょ。あなた達」
那珂川さんが言う。男子も相部屋なのか。一樹が言う。
「朝起きたらもう居なかったんだ。もう行ったのかな?」
そう言われて思った。サファイアはいつバレッタを受け取ったのだろう。昨日は夜遅かった。ならば今朝だろう。でも、私はトモに会っていない。ということは早い段階でトモは起きてサファイアにバレッタを渡していることになる。
わからないことだらけだ。どこにバレッタがあったのだろう。そして、どうしてそんな早朝に渡したのだろう。
「多分そうだと思う」
私はそれだけを言った。わからないことだらけだ。憶測で話して違った時困る。すでに私は困ったことになっている。那珂川さんが私を見る目が変わっている。一樹が言う。
「でも、俺は思った。伊央星羅は死んでいない。あのルートであの館に行ったはずだ。ただ、わからないことはどうして俺たちに黙って居なくなったということだ」
そう言いながら私は思った。あの館に入れたのだろうか。あの塀を乗り越えたのだろうか。いや、いつから鍵がかかって入れなくしていたのだろう。わからない。自分の頭の中がカオスだ。那珂川さんが言う。
「記憶が戻りかけているんじゃないの?教えて。この島で何があったのか」
思い出そうとすると頭が痛い。割れそうに痛い。
「無理させるなよ。おい、お前顔色真っ青だぞ」
そう言われて私は少し落ち着いた。呼吸がうまくできない。
「ごめんなさい。やはり思い出せない。あの場所。初めてじゃない。それはわかるけれどわからないことだらけなの。記憶がごちゃごちゃでわからない。まるで洗濯機の中で上も下もわからずにぐるぐるされているみたいなの」
「ごめんなさい。私が追い込んだのね」
那珂川さんにそう言われてなんとも言えなかった。一樹が言う。
「まあ、俺は少しだけ安心できた。ひょっとしたら伊央星羅は殺されていたのかもしれないと思っていた。けれど、何かから逃げるために俺らからも逃げただけなのかもしれない。それならまだ納得できる。きっとあいつなら大丈夫。そう思っている。そろそろ行くか」
「そうね。あまり行きたくはないけれど。あのお茶会に」
だが、行った理事長室では席次は前とはかなり違う形になっていた。私たちはまだ理事長の思いを知らなかったのだ。
理事長室に案内されてびっくりしたのは4人が横並びに座る形で椅子がセットされていたのだ。円卓ではなかった。そして、一番奥にすでにトモが座っていた。トモは目を閉じて腕を少し上げている。指が動いているのでピアノを頭の中で弾いているのがわかった。トモが顔をあげる。
「やあ、先に来ていたよ。すでに席はこうなっていたから私は先に座らせてもらったから」
そう言ってまた目を閉じる。トモなりの精神の落ち着かせ方なのかもしれない。奥から理事長が出てきた。いつもと違って白い仮面ではなく灰色の仮面に変わっていた。目の部分がつりあがっていた怖く見える。
とりあえず私はトモの横に座った。私の横に那珂川さん、そしてその横が一樹だ。理事長が言う。
「君たちはどうしてあの場所にたどり着いたのですか?あの場所は特別な場所なのです」
口調がいつもと違う。優しさがない。カミソリみたいな痛さがある。空気がピリピリしている。まるでコップ一杯に水を入れて表面張力ぎりぎりの状態に見える。少しの衝撃であふれてしまいそうだ。怖い。私はそう思った。だが、誰も何も話さない。私はあきらめてこう聞いた。
「あの場所は何なのですか?私はあの場所を知っています。教えてください。あの場所について」
最後は声が消えそうになった。顔が隠れているのにあのつりあがったいつもと違う仮面が怖く見える。
「あくまでどうやってたどり着いたのか。その途中に何を見たのかを話すつもりはないのですか?」
ダメだ。これ以上語らないと決壊する。それが怖くてしょうがなかった。でも、探偵のことは話しても信じてもらえるとは思えなかった。そう思っていたら一樹がこう言いだした。
「掃除道具入れ。あの奥にある隠し扉から行きました。途中は何かありましたが俺らはとりあえず進むことだけに注意しました。洋館について中に入りましたがタオルとかを手にしたくらいです」
私も何も見ていない。理事長が言う。
「タオルは誰が取ってきたのですか?」
理事長は一人ひとりの顔を見ている。仮面から見える目は暗くてよくわからない。でも、血走っているのがわかる。トモが言う。
「私です。暖炉があった部屋にあった入れ物の中にあったので取り出しました。あまり引き出しもあかなかったので、開いた所から取り出しました」
そう言ったら理事長は少し落ち着いたのがわかった。理事長が言う。
「わかりました。では、あの場所について説明しましょう。この島を学園が購入した時には島には住民がいました。この島の管理をしていたのがあの洋館の持ち主だと聞いています。ただ、あの場所ではかなしい事故がありそれ以降封鎖しています。もう立ち入らないようにしてください」
そう言って理事長は手元にあるお茶を飲む。私たちの前にもお茶があるが飲みたいとは思えなかった。一樹が言う。
「あの場所に伊央星羅は来たのですか?教えてください」
一樹の顔は真剣だった。私ももっとあの洋館については聞きたいことがある。だが、私よりこの3人にとって伊央星羅の方が重要なのがわかる。理事長が言う。
「それがどう関係あるのですか?」
冷たい声がする。いきなり理事長の話し方が変わった。いや、戻ったと言う方が正しいのかもしれない。一樹が言う。
「あの日、文化祭のあの日。伊央星羅は忽然と消えました。だが、あの掃除道具入れの奥にある隠し扉を使えばあの洋館まで行けます。あの日伊央星羅は何かから逃げるようにあの場所にいったはずです」
一樹はもう止まらない。そう思った。だが理事長の見えている口が笑ってこう言ってきた。
「では、伊央星羅くんは何から逃げたかったのかね。そして、あの洋館に行った後どこに行ったのかな」
一樹は答えられなかった。私が言う。
「船。あの洋館には船が1艇なくなっていました。船に乗って逃げたんじゃないですか?」
そう言ったら理事長がこう言ってきた。
「ほう。面白いことを言う。どうして船が1艇なくなったとわかるのかな。それにあの場所から一人で船にのってどこまでいけるのか。この辺りは潮流も激しい。あんな小舟で遠出をしたらすぐに沈んでしまう。
どうも話しを聞いていると君たちには罰を与えるとともにもうちょっと居なくなった伊央星羅について見つめ直す必要があると思いますね。
私は少なくとも彼女とはかなり語らいました。一人ずつ伊央星羅についてどう思っているのかまとめて意見を出しなさい。それと罰として後で図書館を整理してもらいましょう。どうやら誰かが図書館を荒らしたみたいなのです。では、まず伊央星羅についての意見を皆さんに話してもらいましょうか」
そう言って理事長は一樹に手のひらを向けた。口元が笑っている。何をさせたいのかわからない。でも、私の順番になってどう話せばいいのだろう。私は伊央星羅については何もしらない。知っていることは他人から聞いている感想だけだ。一樹が言う。
「俺はこの中だと一番伊央星羅について知っていると思う。俺は付き合っていたから。彼女は良く丘の上の木の根元に居た。
そこから見える景色が好きだと言っていた。俺もその場所に座ってみたらかすかに海が見えることがわかった。
塀で囲まれたこの場所で島以外が見える場所。あの場所が伊央星羅のお気に入りだった。彼女はこの学園の中で一番美しく、人気があった。彼女はこの閉鎖した学園を変える希望だったんだ。誰もが彼女にお願いをしていた。
願っていた。それを一身に受けていたんだ。それくらい強くて責任感ある子だったんだ。そんな責任感が強い子があんな途中で逃げ出すなんて思えない。何かがあったとしか思えない。だからこそ俺は伊央星羅が見ていたあの丘の上の木に立って彼女が見ていて景色を見ているんだ。
絶対真相を捕まえるって。そして、伊央星羅はどこかで生きている。そう信じている。どこかで誰かが邪魔をしてこの学園に戻ってこられないんだ。だからその邪魔な存在を退けてまたこの学園に戻ってきてもらいたいんだ。
皆もそうだろう。この学園に伊央星羅がいない。それは太陽のない昼間みたいなものだ」
だいたい聞いている話しと合っている。でも、私には違和感があった。そんなに人って強いのだろうか。那珂川さんが言う。
「一樹には悪いけど私は1年間伊央星羅と同じ部屋だったからわかる。伊央星羅は強いわけじゃない。
普通の高校生よ。皆の願いがプレッシャーになっていたわ。それを誰にも言えなかった。私は部屋で苦しんでいる伊央星羅を何度も見てきていたわ。一樹の想いもそう。伊央星羅はうれしかったかもしれないけれど、重かったとも思う。
私はそういう思いをもっと早く気付いてあげられたら変わったのではと思っている。だから私は後悔しかしてないの。
もっと私が伊央星羅のことに気が付いていたら。そういう思いがある。でも、だからこそ知りたいの。今、伊央星羅がどうしているかということを。次はちゃんと支えたいって思うから」
那珂川さんの話しを聞いて思った。そうだ。高校生がそんなに強いと思えない。皆の希望だなんて言われて、色んな願いを一身に受けたら壊れてしまいそう。トモが言う。
「私はスペアだからこそわかる。伊央星羅はつねに自分を大切にしていた。だが、それと同時に自分を大切にしていなかった。
だからこそ希望と絶望を受け叶えることと同時に、逃げ道を用意していた。伊央星羅は確かに特別だ。だが、それはすべての角度からみて特別であったわけじゃない。常に晴れでいられないのと同じで常に雨でもいられない。
多分伊央星羅は相手が望んだ顔を見せていたのだと思う。だからこそ、私は希望とか願いとかは伊央星羅に感じたことはない。ただ、僕の中で彼女は同類だったんだ。だから、私は自分のこれからを知るために彼女がどうなったのかを知りたい」
こう聞くと結果は伊央星羅を知りたいという事で同じだけれど、途中が違うことがわかった。理事長が言う。
「さあ、最後は君の番だよ」
私はそう言われてびっくりした。でも、3人とも待っている。私は語ることを決めた。
「まず、私は記憶がありません。確かに今徐々に断片的に思い出しかけてきていますが、それでも自分の名前もわかりません。
ただ、私には『いお』という名前だけが頼りでした。この学園にきて『いお』は特別だとミライから聞きました。そして、偶然手に入れた日記。私はあの『日記』を手にしてしまったため深くかかわりました。
正直私は会ったことがない人なのでわかりません。でも、日記に書かれていたことで読んだ箇所は2か所ですが、そんな強い人だと思えませんでした」
「4月1日 今日このアリスの杜学園に入学した。私は籠の中の鳥。いつ出られるのだろう。いや、死を待っているだけなのかもしれない。私はそういう定めなのだから」
「これは日記の冒頭に書かれていた内容です。伊央星羅さんは、彼女は死を受け入れている。でも次開いた場所。そのページはこう書かれていました」
「私は殺される。その理由はここに書いてある。この日記を手にしたあなたには悪いけれどあなたも狙も狙われるかもしれない」
「次は死を受け入れていない。もがきあがいています。彼女はこの学園で死にたくない何かを手にしたのだと私は思いました。それが彼氏である一樹なのかと思っていました」
ここまで言う一樹が頷いているのが横にいるにもかかわらず感じられた。でも、違うのだ。本当に一樹が支えだとしたら一樹にメッセージを残しただろう。いや、文化祭の最中に消えるとも思えない。とすると、違うのだと思う。伊央星羅は何があって、そして姿を消したのだろう。トモが言う。
「定めなんだよ。私も伊央星羅も。だからわかる。彼女はその定めから逃げたかったんだよ」
「その定めってなんだよ」
一樹が言う。私もわからない。トモはたまにわからないことを言う。トモが口を開こうとしたら理事長がそっと手を挙げた。
「お互いの認識のずれがわかったのだ。では、これから図書館に行って片付けてください。すでに泉谷さんが一人で片付けていると思います」
私は泉谷さんと言われてピンとこなかった。しばらくしてからサファイアの苗字が泉谷だという事を思い出した。
「では、お願いしますね」
そう言って理事長は奥の部屋に行った。私たちは理事長室を出た。雪道を歩く。しばらくして一樹がこう言ってきた。
「なあ、定めってなんだよ」
私も気になっていた。トモが空を見てため息をついてからこう言った。
「私はとある人のバックアップとして育てられているんだ。その人が事故になって臓器が必要ならば提供するし、その人にもしもがあれば顔を変えてその人の変わりに人生を送る。
それが私の役目さ。だからスペア。その人がピアニストだから私もピアノを練習している。それ以外の事は求められていない。
そう、私には自分の命や人生は存在しないんだよ。同じ雰囲気、同じ匂いを伊央星羅から感じた。確認したことはないけれど、多分そうだろう。私たちにはそれに、スペアであることの証があるんだ。まあ、それは機密だから話せないけれどね。
だから定めなんだよ。物心ついた時からそういう風に育てられているからね」
そう言ったトモの顔は無表情だった。私にはなんて言っていいかわからなかった。
会ったことのない伊央星羅はどんな人だったのだろう。初めのころとイメージがかわっていく。わからなくなっていくのだ。




