プロローグ
多分、この物語は私が私を取り戻すための物語だと思う。いや、そうではないかもしれない。
あの時の記憶なんてどれが現実でどれが空想なのかも違いが私にはわからない。子供の時に「私は昔パリに住んでいた」と信じていた。
セーヌ川沿いを歩き、石畳の上を走り回り、エッフェル塔を遠くから眺めてはいつか登りたいと両親にせがんでいたのだ。あの時の匂いや空気を今でも覚えている。国には国特有の匂いがあるのだ。日本が醤油の匂いがするのと同じように。
そう、あのパリの香水と色香と埃と乾いた空気を覚えている。
だが、誰も私の話しを信じてはくれなかった。母親に言うと「パリどころかあんたはこの街から一歩も出たことがないんだよ」と言われた。
不思議にそう思っていたらある日部屋の片隅にあった本を見つけた。地球の歩き方と書かれてある。そこのページをめくっていくと自分の記憶にあった風景がくすんだ写真となってその雑誌にあった。
そう、私はこの雑誌を見て、その写真とそこに書かれてあった文字を読んでその世界に行った気になっていたのだ。
だから私は私の『記憶』を信じていない。
あの高校時代を過ごした奇妙な学園が本当にあったのか、私の空想の中だけの学園なのかわからない。
でも、学園の窓から見えた田園風景も、あの木も生えていない岩肌の山も、湿地帯も覚えている。
だが、記憶なんて曖昧なものだ。だって、もし本当のことだったとしてもそれを語り合う相手がいなければそれは存在していない事になるのかもしれない。
誰もが私という個体を認識しておらず、誰も私を知らない世界でひっそりと生活をしているとすれば、その世界に私がいないものになるだろう。
多分、ひっそりと誰にも知られることなく私が息を引き取ったとしても誰にも気づかれずにいるだろう。
そう、それが誰も踏み入れることのない場所だったとすればなおのことだ。
だからこそ、私は確かめたくなったのだ。あの日、本当に私はあの学園にいたのか、それとも、あれは空想の中だけの世界だったのか。
私は誰も、もう住んでいない『実家』に帰り荷物を整理している時に思ったのだ。
そう、当時書いていた日記があったからだ。それも、天井裏にしまってあったのだ。まるであの時と同じように。




