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金曜の5時限目の世界史は、時間割の中でも最高クラスの苦行だ。

ぬくぬくとした気温と、昼飯の消化のために駆り出された頭の血液、そして何より退屈な授業によって、ほとんどの者はノックアウトされ、机にキスをしている。

その日、授業の終盤、耐久の限界を感じ、他の者と同じく机に突っ伏して眠りに落ちようとする俺を、黄色い声が呼び止めた。


「ねぇねぇ、動物園行こーよ。」


真後ろからの声の主は、紛れもない、都子だ。

だが俺に話しかけてる保証はないし、一刻も早くこの授業から離脱する使命がある。よってとりあえず無視。


「おーい。亮太ー。えぃっ!」

「イテッ!なんだよ!」


流石に名指しと消しゴムによる爆撃には屈するしかなかった。

それと同時にチャイムが鳴った。挨拶を済ませ席につく。


「なんだって?」

「だから、動物園行こって。」

「わけわからん。高校生で休日に動物園行くやつがいるか?遠足か家族旅行ならまだしも。」

「だから亮太に言ってるの、友達なんか誘えるわけないじゃん。」

「行かねーよ。それに俺あの独特の獣臭い感じが無理だし。」

「それなら大丈夫。動物園って言っても、鳥類園...っていうやつ?鳥しかいない所だから。そこにね、ハシビロコウが来るんだ!この辺じゃ珍しいんだよ?見に行くしかないよ!」

「ハシビロコウって全く動かないやつじゃん!目付き悪いし!」

「ちゃんと動くよ!確かに普段目付き悪いけど、だからこそ時々飼育員さんに甘えたりするのが可愛いんだよ~。」


都子は俺の家のすぐ近所に住んでいる。

幼馴染みらしいが、俺がその存在を確認したのは中学に入学してからだ。

小学生の時は、近所に同い年の女の子が住んでいることは知っていたが、登校班も違えば1度も同じクラスにならなかったので、一切の関わりはなかった。

しかし都子は俺のことをよく知っていて、どうやらもっと小さい頃によく遊んでいたそうだ..........覚えてねぇよ。


「お?また望月くんとデートの約束?うらやましいなぁ~リア充は~」

「ちがうよ!亮太とは腐れ縁なんだよ!むしろストーカーなんだよ!」

「お前から言ってきたんだろーが!」


クラスの女子の一人が茶化してくる。

昔から二人で出かけることはあるが、確かに高校に入ってからは以前より多い気がする。

最初は中学二年の時。

ちょうど母親が死んだ時期だ。

その時から、俺は一人暮らしをしている。

長らく単身赴任だった親父は、今まで定期的に家に帰るようにしていたが、一人で俺を養うことになったせいだろう、それから滅多に帰ってこなくなった。

元々共働きで、家事には馴れていたが、誰にでも面倒見がよく、比較的仲がよかった都子は俺のことをとても心配してくれて、学校生活や俺の身の回りのことまで気遣ってくれた。

そんな性格ゆえに、人望も厚く人気者の都子のおかげで、今までクラスで孤立することもなく過ごせている。

都子がこんな俺のために膨大な時間を費やしてしまったと考えると、感謝よりも申し訳ない気持ちの方が大きい。

もっともそれこそが、都子からの誘いを断れない要因のひとつでもある。

さっきの女子の言うとおりこれがデートだとしたら、これより申し訳なく恐縮なことが他にあるか。もしそうなら声を大にして全力で提案する。

" 都子様、もうこれ以上自分のために時間を浪費するのはお止めになって、どうか他に素敵な方を見つけられたらどうでしょう...... "

そもそもデートってのは「休日に男女が二人きりでそれっぽい場所に行くこと。」のハズだろ?

それって...いやそんなことはないが...だとすればこれはデートなのか...?

自分で仕掛けた地雷を踏みそうになったが、まぁ本人が違うと言ってるんだからそうなんだろう。


「そーれで? どうせ家で寝てるだけなんだから、行こーよ!」

「失礼だな!睡眠は人類の基本なんだよ!それに、俺にもやることくらいあるよ!」

「えー、絶対嘘だよ~。この前朝から電気のメーターほとんど動いてなかったもん。」

「なんでそんなもん見てんだよ!気持ち悪いわ!」

「生存確認してるだけだもん!孤独死しないように!」

「俺は一人暮らしのおじいちゃんかよ...」

「ねぇ行こーよ~、お願い!」

「しかたねぇな、ひとつ貸しだからな!」

「やったー!」


本当は休日にやることなんてない。

もっと言うと、できればあんな家には帰りたくない。

だれも居ない部屋の、まるで今朝まで使われていたような化粧台。

その上にある匂い慣れた香水の、妙に安心感のある香りに、この上ない孤独を感じさせられるだけだ。

貸しとは言ったが、本当は返してるに過ぎない。

この調子でいけば、一体いつになったら都子に借りた恩を返せるのか。

一生かかっても返せる気がしないな。

とんだ闇金融に目を付けられたもんだ......過払いとかで倒産しねえかな?

だがこのたちの悪い高利貸しと一緒にいると、孤独を忘れられる。

今までそれなりに楽しく学校に来れたのも、都子のおかげなんだ。


休み時間の終わり、6時限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。


「あたしも寝よー。昨日遅くまで起きてたんだよね~。」

都子が机に突っ伏しながら言う。


「おいおい、最後の授業くらい起きとけよ。これ終わったら家に帰れるんだしさ?」


俺はそう答えた...


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