Cross Road .2
未だ自分の置かれている状況が理解できずにいる。
俺と都子は事故にあった。だが男の言うことが本当なら、俺達はまだ生きている。だが俺の返事次第では都子を殺すという意味なのか。俺達はいかれた連中の犯罪に巻き込まれてしまったのだろうか。それとも悪い夢なのか。後者であることを全力で願いたいが、なにせ男は多くを語ろうとはしてくれない。ともかく今は素直に従うことしかできないし、どのみちこの状況を打開して、想像しうる最悪のケースを避けるにはそれしかないだろう。
都子が死ぬ。
考えたこともない。
関係が永遠に続くとは思っていなかった。もちろんずっとそばに居ることが出来れば最高だけど、俺達はまだ未熟だ。状況は変わるものだし、お互いが重荷になる時が来るかも。
ただあまりにも突然に、しかもこんな形で別れが来るなんて思いもしなかった。
都子のことだ、その中に俺の姿が有ろうと無かろうと、これからの人生はきっと完璧だったろう。
事故だとしても、それが奪われてしまったのは多少なりとも自分に責任があるように感じてしまう。
そう思うと息が苦しい。
何よりも心残りなのは、一度も都子に「愛してる」と言えなかったことだ。
あの日、俺は彼女の気持ちを知った。
今ならはっきりとわかる。
俺も都子を愛していた、紛れもなく恋人として。
迷いと恥じらいから、言葉にできなかったんだ。
なぜか視界がぼやけてきた。
すると続けて男は言う。
「君は史上最高の人材だ。君ほどの適任者はそういない。そこで君の命を救い、なに不自由のない生活を保証する。その代わり君を仲間に迎え入れたい。世を捨て、一定の年齢になるまで、忠誠を誓い、与えられた仕事をこなすんだ。断れば君は死ぬ、あの"事故"でな。どうだ?」
「死ぬか、それとも奴隷になるかって?ふざけるな !」
「奴隷ではない。君の一生は保証される。確かに自由は制限されるが、それも永遠ではない。」
「お断りだ!それより都子は?助けられるのか?」
「彼女は救えない。死ぬ運命にあるんだ。生存者の数を操作することはできない。」
こんな理不尽な提案があってたまるもんか、生と死を二択で選ばせるなんて。
死ぬのは怖いが、こんな野郎には屈したくない。
それにわざわざ死ぬはずだった命を救われてまで、都子のいない世界で得体の知れないもののために働く義理はない。
都子はそれほどの存在だったんだ。
いや待てよ。
男はこれを"取引"だと言った。そして俺を史上最高の人材と。
どういう意味なのか、何故なのかはわからないが、相手は俺を仲間にしたがってる。
これが本当に対等な立場における取引なら、交渉だってできるはずだ。
これ以上、大切な人が死ぬのは嫌だ。
「これは取引なんだよな?だったら俺は都子の命を要求する。都子さえ救えば、何だってやってやる。」
「何度も言うが生存者の数を変えることは禁じられている。お前は本当に、自分にそれほどの価値があると思うのか?」
「無ければあんたは俺を救わないし、こんな必死に話を持ちかけても来ないだろ?」
一瞬、男の唇の右端が、心なしか上がったように見えた。
「良いだろう。例外を認めてやらんこともない。ただし、お前の存在は消える。そして一般社会との関わりを完全に断ち、一生を死人として過ごすことになる。彼女に会うことも出来ない。いいな?」
今さら何を言われたところで驚かない。
断れば俺も都子も死ぬんだ。
答えは一つしか無かった。
「取引成立だ。」
男はその答えを聞くと、横たわる俺の側から静かに離れて行き、そして視界から消えた。