Episode4 円卓会議②
前作「円卓会議①」の続きです。
止まらない論争を眼前に、クレインは深いため息しか出せなかった。
彼らにとってクレインからの質問など、どうでもいいらしい。
「あいかわらずってか。カリカリしたって何も解決しないっつーの」
「同感だね。まぁ、いつも通りカルレインが原因なんだよ」
「カルレインって……、ケルン?」
聞きなれた声に顔を巡らすと、いないと思っていたもう一人の同僚が円卓の席についていた。
「ケルン、いたのか」
「いたよ。さっきからずっと」
……のだが。彼は、それはそれは不気味なほど、静かに座っていた。
嫌な予感のするクレインだったが、聞きたい情報は聞けそうであった。
「で? カルレインがどうしたって?」
「会議を欠席するんだってさ」
「あいつが? 珍しいな」
「でね、さっきから代理出席のディオルキアス隊長に理由を尋ねてるんだけど、明確な答えが貰えてないんだよ……。ふふ、本当に口が固い……」
「あぁ、また言い負かされたのか……ってすまんすまん!」
途端、部屋の温度が下がり、辺りには苛立ちを含む凍るような冷たい空気が漂い始めた。顔は微笑を湛えているが、纏う気配は雪国のそれで、天井から氷の結晶が舞い降りてくるのではないかと思えるほど冷え切っている。
空恐ろしい。
(これ以上踏み込むと絶対に巻き込まれる!)
そう判断したクレインはさっさとケルンから離れた。
そして視界の端に捉えていた、部屋の隅で佇む少年の所へと足早に近づいた。
「クー兄、おはよ〜う」
ひらひらと手を振る彼は、この国では珍しい低身長と浅黒い肌を備えている。それに加え、紫黒の髪と紫の瞳という、これまた珍しい色をその身に宿していた。
アイザック。
旅人から将軍へ、異例の出世を果たした異国の少年である。旅をしながら技を磨いた実力者で、情報収集に長けていた事から第八部隊の目に留まり、彼等に請われて将軍となった。
この、朝から人懐っこい笑顔を浮かべる彼もクレインの同僚だ。
「おはよ。アイザックも元気そうだな」
「まぁねー。でも、姉ちゃんたちには負けるよ。クー兄も災難だったねぇ」
「ははは……ほんと参ったわ」
「兄ちゃんは人気者だから」
「まったくだ。あの三人はまだしも、ケルンだってカルレイン絡みだと喰いつくしな」
「ケル兄はオカンだから」
「母親ねぇ、ツンな世話焼きだろ。オトンは?」
「バル」
「バルグードか。妥当だな」
未だ会議室に現れていない、第一部隊の将軍を思い浮かべる。
白髪に白い軍服に白い外套。全身真っ白白すけな彼の、あの堂々とした姿勢と貫禄のある顔なら、確かに大黒柱としてはピッタリだろう。
「すでに軍部のお父さんみたいなもんだけど」
「そーだねぇ。側にいるだけで安心するよね」
「あの安心感に勝るものはないだろうな」
「うんうん。じゃあ、バルがお父さんでケル兄がお母さんということで!」
「本人たちがどう思うのかは知らないけど……で、そのお父さんはいつ来るんだ? 早いとこ、この混沌とした場をどうにかしてほしい」
「そろそろ顔出すはずだよ。陛下と一緒みたいだから、早く会議が始まるかもね」
「その方がありがたい。この空気に耐えるのはキツい」
「おれも嫌だ〜」
カルレインの所為とは言わないが、この状態で会議を始めたくない。
戦場じゃないのだから、気持ち穏やかに臨みたいのだ。
「ディオルキアス隊長も見舞いぐらい許してやればいいのに」
「いーや。兄ちゃんの現状を見るかぎる無理だよ。話し合いであの扉が開かれる可能はないね」
「……あいつ、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない」
アイザックはバッサリと言い切った。
その言い切りように、クレインは不安になる。
「心の問題って言ってたけど、原因は何なんだ?」
「妃殿下のイタズラ」
「あー……」
「度を越すとああなるんだってわかったよ。いまね、物で釣る作戦を決行中だから邪魔されたくないんだ」
「物?」
「うん。兄ちゃんが好きな物をぶら下げて部屋から出そうとしてるんだよ」
カルレインの好きな物。
とても違和感が、いや、違和感しかなかった。
(物に執着しないあいつの好きな物……? 物というか、特定の人物だったらわかるけど)
いまいちピンとこない。
「ちなみに好きな物って……」
「内緒!」
晴れやかな笑顔で答えられてしまった。こういう時のアイザックは口を割らない。こと、カルレインに関しては、何故だか判らないが尚更に。
情報漏洩など以ての外。これを仲間にも適用するのがアイザックだった。その徹底した情報管理能力があるからこそ、あの奇天烈集団と言われる第八部隊をまとめられているのだろう。
これ以上聞いてもはぐらかされるので、クレインは聞かないことにした。
その代わり。
「あとで見舞いにでも行くか」
「え、行くの?」
「行くな、と言われて行かない理由にはならないからな」
アイザックにニヤリと笑ってみせる。
その時、耳が扉ごしから聞こえてくる微かな足音を捉えた。
「まずは状況の確認をする、ってのは軍人として当然だろ?」
「クー兄って、こういう時しつこいよね」
「まぁな! ってことで、陛下たちが来たみたいだから、この話はまた後でな」
「はいはーい、わかったよ〜」
仕方がないなぁ……というアイザックの言葉を聞き終わる前に、クレインは円卓の席に着く。
あと少しで、陛下がやってくる。そうなれば、どのような形であれ、事は動く。
アイザックが気がついているかは判らないが、これだけ盛大に喧嘩をしている四人に、あの陛下が口を出さないわけがない。不思議そうな顔をしながら、理由を聞くはずだ。そうなれば、事の中心にいるのがカルレインだと知るだろう。
その時の、紫黒の同僚と黒の隊長の顔を想像して、クレインはいたずらっ子のように笑うのだった。