緋色の将軍カルレイン2<上>③
「メルリア嬢?何故ここに……」
「兄が、どうしっても、ジョレツソウダツセンに、で……ると、言って、聞かな……い、も、ので!」
困惑している国王に、ハァハァと息が上がりながらも懸命に答える少女。
軍部で彼女を知らない者はいない。
メルリア・ユーグリフ。
第二部隊を纏める≪緋将軍≫カルレインに真剣勝負を挑んだ令嬢。
家族は皆が王国の重要人物として働いており、父は国王唯一の騎士にして王家の相談役グレイグ・ユーグリフ、長兄は近衛騎士団団長アレク・ユーグリフ、次兄は王国軍第四部隊≪蒼将軍≫ケルン・ユーグリフという王国屈指の武闘一家の生まれである。
前屈みにへたり込み両手を床に着けた少女に慌てて騎士が駆け寄る。
「引き返すと言いましたよね!?」
「ご……め、なさ……い」
騎士は彼女が背負っていた荷物を引き剥がし、肩で息をする背を摩る。
「きちんと『無茶なので待ってて下さい』と言えば良かったです……」
辛そうな少女を見て顔を顰める騎士に、彼女は不格好な笑みを向た。
そして、息も絶え絶えに背負っていた『荷物』に呼びかける。
「ケルン兄様!つ……き、ました、よ!!」
「うっ……ありがとう、リーア…………」
『荷物』ーーそれは≪蒼将軍≫ケルン・ユーグリフだった。
「ケルン……!?一体どうしたのだ!?」
「申し訳ありません陛下……」
一応礼と詫びが言える状態だったらしい≪蒼将軍≫だが、声は実に弱々しいものだ。普段の彼とあまりにもかけ離れた姿に国王も動揺が隠せない。
「食当たりと聞いた。何を食べた?」
「母の……手作り菓子を、少々食しまして…………」
「アレを食べたのか!?」
会場に衝撃が走った。
≪蒼将軍≫の母親であるミリア・ユーグリフは大の甘味音痴である。その所為か、彼女の作るお菓子は不味い。非常に不味い。どれだけ不味いかと言うと、第四部隊全員が三日は再起不能になる程不味い。実際、一度軍部にお菓子が差し入れされた事があり、事実を知らない第四部隊の隊員達が他部隊にお裾分けしてしまうという事件が起きた。食べた者は部隊関係なく撃沈し、症状が酷いと五日間も動けなかった者もいた。
軍部が数日間、お通夜の様に静かになった。
この恐怖の体験は『魔の一週間』と呼ばれ、新人には必ず語られるようになったのは言うまでもない。
「よく生きていたな……」
「ユーグリフの男子は壮健な身体が取り柄ですので」
感心したように呟く王に、にっこりと笑う≪蒼将軍≫。
しかし、顔は疲労に満ちている。
「顔色が悪いな。直ぐにでも王家専属の医師に見せたいところだが……しかし、どうしたものか」
≪蒼将軍≫が欠席するのは問題無い。
だが、第四部隊の順位は?
据え置くか、隊長を出席させ変動させるかーー。
その時、
「遅れて申し訳ありません!第二部隊、只今帰城致しました!!」
≪緋将軍≫カルレインの声が闘技場に響いた。