4.異世界転生(ただしホムとして)
†
「ふむ……」
ペンの尻で額を掻きつつ、少女はタスクの方を見ている。
「何がきっかけなんだろうな? 14年もの間、何の反応もなかったというのに」
「14年?」
「しかも喋る。こちらの言葉を理解した反応を示した。意識ばかりでなく、理性と知識があるということは間違いないか」
二人はガラス越しに、互いに小首を傾げる。
タスクは現状の何もかもが判らない。
少女はタスクの状態が判らない。
じっとタスクの目を見ていた彼女は、呟いた。
「解剖してみるか」
「解剖らめぇ!」
タスクは叫んだ。
「だがしかし……判らないことがあったら、調べてみないことには始まらないだろう?」
「そうだけど! なんでいきなり最終手段に跳ぶの!? 他にもこう……色々あるでしょ、問診とか触診とか!」
「それで何も判らなかったら? ならかっ捌くしかないじゃないか」
「ならじゃねぇよ! 本人の許可無く捌いちゃダメだろ普通!」
「許可があればいいのか?」
「この場合はダメ!」
「君の事をかっ捌きたいんだ。頼む!」
「ダメっつってんだろう! 人の話聞けよ!」
「だったらやっぱり無断で捌くしかないだろうに。やれやれ」
「やれやれ、じゃねーよなんで捌く前提で話進めてんだよ、終いにゃ泣くぞ!」
「わかった。捌かない。かわりに開く」
「やるこた一緒じゃねぇか!」
「大丈夫。痛いのは一瞬だ。後は天井のシミでも数えているうちに終わるさ」
「始まったばかりの人生も終わるわァ!」
「まったく……聞きわけのない子だな、きみは。そんな子に育てた覚えは無いのだけどな」
「育てられた覚えも無い!」
タスクが叫ぶと、少女は「おや?」という顔を見せた。
「育てられた覚えは無いのかい?」
「いや、そりゃねーよ……って」
そこで初めて、タスクは彼女の事をちゃんと見た。
整った顔立ちに白い肌。翡翠を思わせる瞳が、長い黒髪の隙間からこちらを見ている。その即頭部から突き出すのは先の尖った形の耳である。
そして彼女は、白衣の様なローブを羽織っていたのである。
まるで科学者か医者の様な、とタスクは思った。
「そっか、育てられた覚えはないのか」
呟きながら彼女は手元の書類に何やら書きつけていく。
「じゃあ、自己紹介でもしようか」
その翡翠の瞳で、彼女はタスクを真っ直ぐと見た。ふと、悪戯っけのある頬笑みを浮かべ、こう続ける。
「私の名前は、クラサと言う。職業は王宮勤めの魔導錬金術師。でもって、胎を痛めた訳ではないが、一応きみの産みの親で育ての親だよ、ホムンクルスくん?」
ホムンクルス、と言われて辺りを見回したタスク。
「……ホムンクルスって、誰が?」
「きみ」
クラサと名乗る女性がタスクを指差す。
タスクは肩越しに後ろを見た。しかし、誰もいない。
「いやいや、そういうのいらないから。キミだってば、キミ」
「……俺?」
タスクも自分を指差すと、肯定。
「俺ホムンクルスなのォ!?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃないか……それで、尋ねたいんだが」
うろたえるタスクの入ったガラスの筒を、コンコンと指で叩いて、クラサ。
「私の造った新型人造人間。その中に入り込んだきみは、一体何者なんだい?」
†
青年――彼の言葉を信じるならば、創造主。
この世界にやって来る前に、タスクは彼と幾つかの約束事をした。
その一つに、創造主である彼のことを誰にも話さない、というのがある。
「何故って? なぜなら、あの世界には俺は存在しないからさ」
首を傾げるタスクに、青年は続けた。
「俺という存在が明確化すると、宗教っていう部分で歪みがでる恐れがあるからね」
であるから、青年は可能な限り表には出てこない。
その代わり、『神』と呼ばれる存在に対して指示を出したり影響を与えたりする。
「この場合の神とは、『より力のある存在』くらいに思ってくれれば大体それで合っている」
「唯一神の世界じゃなくて、日本やギリシャみたいな多神教ってこと?」
「唯一神を崇めている地域もあるんだけど、その唯一神も含めて俺がそれぞれに役目を割り振ってるのよ」
「唯一神とは何だったのか……」
「結局は舞台装置なんだけどね。世界を運営するための」
青年の話では、世界を運営するというのは、そこに住む人々により高い存在に昇華してもらうことを目指すことを言うらしい。
その手法の一つとして創造主である彼が直接導くということもできるが、それでは人々が甘えて成長できなくなるのだと言う。
「目的が遠すぎるんだよね。それで、世話されることに慣れてしまって停滞するんだ」
それを防ぐために段階を踏む。
その何段目かに当たるのが、『神』という存在なのである。
「人々が『神』を生活で必要としなくなったら、次の段階なんだけどね。とにかく、まだ俺の存在が明かされるのは、俺の世界にとっては時期尚早なのよ」
「ふーん、わかるよーな、わからんよーな」
「だから、タスクくん。生まれ変わっても俺の存在については、バラさないで欲しいんだ。多少だったら修正も効くだろうけど、勇者となって名声を得た君がそんなことを言い出したら難しいかもしれない」
「うぃ、了解しやしたぜダンナ」
「揉み手を止めなさい、揉み手を」
なんてやり取りがあったのである。
(さて、どうしたものか)
だからタスクはこれから、自分の身の上を説明するに当たって、青年――創造主の事を触れずに説明しなければならないのである。
地味に難易度の高い要求だ、とタスクは内心で冷や汗ものである。
(こうなったら、俺の口八丁スキルを発揮するしかない!)
そう意気込んで望んだタスクだが……
「……なるほど。異世界転生ねぇ」
十分と持たなかった。
「それで創造主を名乗る存在に、キミは第三王子に生まれ変わらせてもらう予定だった訳だ」
「あい、そうですぅ……」
涙目で答えるタスクである。
もっとも流れた涙は身体を包み込む液体に溶けてしまうのだが。
大体よく考えてみたら、欲望ダダ漏れで生きていたタスクに、口八丁スキルなんて存在する筈も無いのだ。そんなものを有して入れば高校卒業まで恋人無しの人生など送っていなかったに違いない。
まず名前を尋ねられて、素直に答えたのがいけなかった。
「固有名詞を有しているということは、君には社会性があるということだ」
「誰が名付け親だい? 自分? ウソだね」
「なるほど。それにしてはキミは合理的に物事を考える事ができるな」
「才能? そんなワケは無いだろう。正直に答えてくれたまえ」
「ほほう、事故に遭って、気がついたら魂が?」
「だとしたらさっきウソを吐く必要なんて無いはずなんだけどな?」
「その割には冷静だよね。私だったらパニックになってるところなんだけど」
質問に対して答える前に、次の質問が三つ四つ飛んでくる。
慌てて答えるタスクだが、焦って前の答えとの間に整合性が取れてない。そこを指摘され嘘がバレる。
終わってしまって振り返れば、カマを掛けられていた部分もあったとタスクは思った。
だが、大方の嘘と矛盾を潰されて、最後にはタスクは正直なところを全て晒すことしかできなかったのである。
もっともタスクは気付いていないが、クラサはもっと前の段階から、それこそタスクと会話を始めた時からタスクの言葉に注意を払っていたのである。そんな状態で、タスクに勝ち目になぞ最初から有る筈もないのだった。
「なるほど、創造主。そんなものがこの世界の外にはいるのか……」
「うう、一応他の奴にはバラすなって念押されてるんですぅ……だからクラサさんもお願いしますぅ……」
タスク、涙目である。
しかしクラサは、平然と答えた。
「バラさない? 当然だろう。そんなことをほざいて回れば、私の立場が怪しくなる」
「え、そうなん?」
「このサイリーフェア王国は多神教の国だからな。唯一神オーベリアを崇めるオーベリア教とは折り合いが悪いから、創造主なんて言い出したらオーベリア教の回し者だと思われてしまう。オーベリアはオーベリアで唯一絶対の神だとされているから、別に創造主がいるなんてことを認めるとも思えない」
青年の話では、その唯一神とやらも創造主である青年の回し者であるらしいが、さておき。
「では、タスクは、いずれ生まれる魔王に対抗するためにこの世界にやって来たハズだった……ってことで良いんだな?」
「うい。その認識であってるっス」
クラサに確認されて、素直に頷くタスク。
ふむ……と、クラサは顎に手を当てて、少し考えこむ仕草を見せた。
「クラサさん?」
「さん付けはしなくて構わないよ、タスク。私もそうするから」
そう答えながら、クラサはタスクの入っているガラスの筒の根元にしゃがみ込んだ。なにやら操作をすると、タスクの足元からゴポリと大きな泡が幾つも湧き立ってきた。そしてタスクの全身を包んでいた液体がどんどん流れていく。
さほど時間も掛からず全ての液体が排出されると、ガラスの前面が音も無く開いた。
「ほれ、タオルだ。使いたまえ」
「わぷっ」
クラサがどこからともなく取り出したタオルを放り投げられ、顔面で受け止める。
そしてタスクは、ようやくというか何と言うか。
先ほどまで入っていたカプセルから一歩踏み出し、地に足を付ける。
「異世界――君からしてみれば、だが――に、ようこそタスク」
「えーっと」
「記念すべき新しい人生の第一歩だろう。折角だから何か言いたまえよ」
そこでタスクは、とっておきの一言を口にすることにした。
「おぎゃあ?」
「なんで疑問形なんだい? しかも使い回しじゃないか」
素で返された。




