3.予定は未定と言うけども。
†
うーむ、と腕を組んでタスクは考えた。
「一応確認なんですけど……もし俺がソレ断ったら?」
「別にどうもしないよ? 強制もしない。代わりを探して、タスクくんはちゃんと元の世界に戻してあげる――ただし、きみはそのまま死んできみの世界のあの世逝きだけど」
「えええ、そこは生き返らせてくれるとかさぁ」
「いやだから、死者の魂をゴニョゴニョするのはいいけど、生き物を直接ゴニョゴニョしちゃだめなんだって。だから、きみは断ったらあの世逝き決定なワケ」
タスクは溜息をついた。
別にタスクは自殺志願者ではない。世の無常を儚んでいる厭世家でもない。むしろ間もなく始まるキャンパスライフへの期待に胸がはちきれんばかりだった。どうせだったらめっさ美人の彼女を作ってあは~んうふ~んなことをしたいと願っていた口である。
具体的にはアレとかコレとか。
だというのに、自分がこのまま死ぬと判っていて、この誘いを断る手も無いだろう。
「いや、だからきみ、その歳でその趣味はどうかとオニーサン思うわけだよ」
「いやん! プライバシーの侵害反対!」
「だが断る!」
「!?」
そんな馬鹿な応酬をしつつ、タスクは思いついた言葉を口にした。
「いや、でもですよダンナ。確かにあっしにゃあこの話、断るこたァできやせん。ですがね、ちょいと考えて欲しいんでげすよ」
「またきみは中々どうして芸が細かいというか、持ちネタが多いというか……で、なんだいタスクくん?」
「異世界転生するにしてもこう……もうちょっと俺にメリットがあっても良いって思うんですよねー」
「つまり?」
「報酬の前払いです。っていうか、そもそも報酬ってあるんですかね?」
タスクは考える。
魔王を倒してきてよ、という依頼。
字面通りに受け取れば、それはゲームの勇者よろしく魔王と文字通り命のやりとりをしてこい、という意味に解釈できる。
というか、そうなる可能性が非常に高い。
殺したり殺されたり、痛かったり辛かったり、考えようによってはこのまま大人しく死んでしまう方が得でラクであるかもしれないのである。
「ふむふむ。タスクくんの考えていることはもっともだ。……では、持ち前の才能以外で、幾つか君に便宜を図ってあげよう」
「おっ。お願いします」
「まず一つ、きみの生まれる先を、ある有力な王家の三男にしてあげよう」
「三男? なぜ長男ではなく?」
「君は次期国王になりたいのかい? 王様って、思われている程楽な仕事でも無いよ? 大体内政チートできるほど産業に対して知識があるわけでなし。それとも遊び耽って国を傾けて後世の史家に笑われたい?」
「いえ、めっそうもございません。俺如き三男で充分でございます」
風のように身を翻して謙るタスクである。
「三男にする理由は、もう一つある。その王家の長男次男は、どちらも聡明で健やかだ。つまり、君がいてもいなくても、魔王の問題さえなければ王国は問題なく繁栄するはずさ」
つまり三男坊は、かなり自由で身軽な立場に居られるってことだ。
王族で身軽な立場……というのは、とても魅力的な立場だ。
「第二の便宜、白皙の王子様。女性にモテる顔立ちをプレゼントだ」
「……ほう、それはそれは」
「君はわかりやすいねぇ。鼻の下がてろーんって伸びてるよ」
「はっ!? なんて巧妙な……これが孔明の罠……」
「君の自爆だと思うけどね。ま、直系王族なんだから許嫁はほっといてもできるだろうね。側室を作るかどうかはご自由に」
「い、許嫁に……側室!?」
これはもしかして。
いや、貴族の義務の一つに血を残すというのがあるはず。
もしかしなくても――ハーレムを作ることも……?
タスクは期待に満ちた眼差しで青年を見た。
青年は力強く親指を立てて見せた。
タスクがすっと手を差し出し、二人は力強く握手を交わした。
「やんごとなき貴族のご令嬢たちとあんなことやこんなこと……果てはそんなことまで……!」
(あなたと出会えて、俺は本当に幸運な男だ)
「心を読むまでも無く只漏れだね。しかも本音と建前が逆だ。いっそ清々しいくらいだよキミ」
「いやだって、男に生まれたからにはさぁ! 見渡す限り肌色の!」
「オイリームキマッチョの漢たち?」
「それはいやアッーー!」
「人選誤ったかなコレは」
青年、まさかの苦笑いである。
タスクは知る由も無いが、下のステージに存在するタスクが、上の存在である彼にこのような顔をさせるというのはちょっとした偉業ですらある。だからどうしたということもないのだけれど。
「人選と言えば……どうして俺なんです? あ、いや、今更イヤッて言いたいんじゃなくて純粋な疑問なんですが」
「んー? 本当に単なる偶然。キミんとこの創造主から、あの時間に死んだ誰かだったら誰でもいいって言われててね。君とほぼ同時に死亡したのが、地球上に君のほかに七人いたのさ」
「その中からタダものではないオーラを纏った俺に白羽の矢が立った、と。流石俺。持ってるネ」
「いや、単純にキミの魂が俺が覗いていた場所から近かったから……」
「本当に単なる偶然だったァ!」
仰け反り絶叫するタスクである。
「ま、さておき第三の便宜と行こうか」
「あ、ちょい待ってソレ待って。お願いがあるわ」
青年の言葉を、タスクは遮った。
「お願いかい? 可能な範囲で善処するよ」
「だったらさ、俺の両親にさ……なんかして上げてほしいんですけども」
「……へぇ。ご両親に? なんでまた」
「いや、だってさ。折角大学進学の金出してもらっておいて学校通う前に死にましたじゃ、親不孝の極みじゃん。でもさ、考えてみたらラッキーじゃん、なんか創造主とか凄い立場の人に直接お願いできるとかさ。だったら、三つの便宜のうち一つくらい、両親の為に使ってもバチは当たらんてなもんでしょ」
腕組みをして、青年は考えた。
「さっきも言ったけど、俺たちの立場じゃ、生きた人間に直接どうこうすることって禁じられてるんだけど」
「直接でなければどうにかできるってことでしょ?」
「それに俺、君の世界の創造主じゃないし」
「俺を貸し出してもらったってことは、交渉はできるってことでしょ? この通り、お願いします! なんだったら王子様もモテ顔もいりませんから! この通り!」
ガバッと、タスクはベッドから降りると床に土下座した。
「…………」
青年はタスクの後頭部を見下ろしながら考える。
僅かな間の逡巡があったが、すぐに答えは出た。
「わかった。あの方にお願いするだけのことはしてみよう。それ以上の事を約束はできないが……」
「充分です!」
「じゃあ、話はまとまったな。俺は君のご両親について話を通す。君は王子様に生まれ変わって勇者として魔王を倒す」
「あれっ、王子様の話はナシなんじゃ?」
きょとんとした顔のタスクに、青年は肩を竦めて見せた。
「報酬の前払いだよ。第三の便宜についても、考えていることがあるからそれを渡そう」
「ありがとうございます!」
タスクは再び、頭を床に擦りつけた。
その姿を見て、青年は思う。
もしかしたらあの方は、最初からタスクを選ばせるつもりだったのではないだろうか、と。だって死亡者の時刻指定したのあの方だし。問いただしたところで答えは得られそうもないが。
†
それからしばらく後。
青年の世界について軽くレクチャーを受けたタスクは、ベッドの上に直立していた。これから彼は新しい世界へと旅立ち、そこで生まれ変わるのである。
「だから生まれ変わってすぐにどうこうってことはない。タスクくんが幾ら存在力が凄くても、生後二カ月で魔王を倒すとか流石に期待してないよ」
「乳児に魔王討伐をさせるとか、虐待ってレベルじゃないですね」
それでは普通に虐殺である。
青年の話では、タスクが生まれてからおよそ十六年後、同じ大陸の西の果てで魔王が生まれる――ハズである。
「確定情報じゃないのは、まだまだ変化の余地があるからだよ。風が吹いたら桶屋フライハイ効果って言うだろ」
「不況で桶屋が飛び降り自殺ですか? 多分ソレ言わないと思いますけど。余計なことはせずに、魔王が出てくるまで体鍛えてろってことは理解しました。ま、なんとかなるっしょ」
「じゃあ、よろしく」
「よろしくされました」
二人がそう挨拶を交わした、次の瞬間青年が指を鳴らす。
瞬間、タスクの体が、スルッと力を失った。まるで水で出来た人型のようにカタチを失い、ベッドへと落ちる。そこで溜まるのではなくベッドすら透けて更に落ちていく。
落ちていく。
落ちて――
どこまでも――
そして、浮上する。
タスクの意識は浮上し、まさに深い眠りから目覚めるように。
タスクは、目を覚ました。
(ここは――ちゃんと生まれ変われたのか、俺は?)
目を開き、辺りを見回す。
だが、何かがおかしい、ということにすぐに気がついた。
タスクは赤ん坊として転生した筈だ。そうすると聞いている。
だったら目覚めて目にはいるのはベッドとか乳母の姿とかだと思うのだが……ここは、どこだ?
薄暗い場所だった。
それなりに広さはあるように見えるが、雑多な印象が先につき、よって手狭さを感じる。ガラス瓶やビーカー類、何かの鉱石が転がったテーブル。床を這う何かのケーブル。
そしてそれらと自分を遮る、透明で湾曲した板。
というか、巨大な筒の中に、タスクは入っているのだった。薄く緑に明滅する粘度のある液体に、全身を漬からせて。
身体を見下ろしてみれば、どうにもおかしい。
生まれたての赤ん坊というのは大体、もっとちっこくてプニプニしているモノのハズだ。
だが、タスクが自身の肉体として認識するそれはもっと大きく成長している状態だった。少なくとも平均的な中学生並みの体格である。
そして。
タスクの居る筒の前に、一人の女性がいた。
黒髪の。
耳の尖った、翡翠の瞳を持つ、白衣を着た少女。
彼女と目が合った。
背中まで届く黒髪を持つ彼女は、じっとタスクの方を見ている。
数秒して後、彼女はペンを手にした右手を横に伸ばした。上下に振ったりヒラヒラとさせたり。
タスクがその手を視線で追いかけているのを確認して、彼女は手元の書類に何かをサラサラっと書きこんだ。
――彼女は一体何をしているのだろう。
というか、ここは一つ挨拶をするべきだろうか。
だとすればこの場合、最も相応しい挨拶とは何だろう。
こんにちは? こんばんは? はじめまして?
いや、取り敢えず――
「……おぎゃあ」
なんて赤ん坊らしく泣き真似をしてみたら、
「――君は何を言っているんだい?」
首を傾げられた。
こうしてタスクは、新たなる世界に生まれ変わった。
約束された王子さまではなく――サルの因子を組みこまれた、ホムンクルスとして。