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1. おみくじ引いたらトラックどーん。

  †


 風が吹いて桜の花びらが舞う。

 薄紅色の花びらが風に撒かれて空へと広がる様を見て、彼は感嘆の声を上げた。こういう風景を見るにつけ、本当に日本に生まれて良かったと思う。


 季節は春。 

 彼――篠原|援〈タスク〉は大学進学で移り住んだこの街を散策しているところだった。

 一人暮らしを始めたばかりのアパートから大学までの道はもちろん、最寄りの駅やコンビニ、スーパーの位置といった地理を早めに調べておこう、思ったからだ。

 そして見つけたのがこの神社、というわけだ。

 小高い丘の上にあり、境内に隣接する公園にある何本かの桜は今まさに満開の時期だ。

 彼は今、その傍にあるベンチに座ってちょっと休憩といったところ。


 さて――。


 すっと息を吸い込んで、彼は手の中にある紙片を見た。

 帯状の紙を巻いて止めたそれは、おみくじだ。


 タスクはごく一般的な日本人だ。

 つまり、特別信心深いというわけではない。

 だけどやっぱり、盆には寺に参り正月には神社に詣で、クリスマスを祝ってバレンタインには誰かチョコくれないかなぁ、とソワソワする。朝の情報番組の占いも、自分のがちょっとは良い位置にあるとなんとなく嬉しくなる。

 つまりごく一般的な日本人であるタスクも、神社に来たりしたら、やっぱりおみくじなんかを引いてみたくなる。

 特にタスクは、大学に進学したばかり。新生活が始まったばかりなのである。であるからには先ほど引いてみたおみくじ(初穂料:百円)はまさに、これからの大学生活を占うも同然なわけで。

 

 神様、大吉とは言いません。でもせめて、小吉くらいでお願いします……!


 かつて中学生の時、正月早々大凶を引き当てたことがある身としては、今後四年間を占うおみくじに不吉な文字は見たくは無い。

 だったらおみくじなんて引くなよって話なのだが、それでもひいちゃうのが小市民・タスクという少年である。


 深呼吸して、よし! と気合を入れるタスクは、桜舞う公園のベンチで、そのおみくじに手を掛ける。

 そこはかとない緊張感を感じながら糊留め部分を慎重に剥がし、開いたところに書いてあった言葉は果たして――


「…………ナニコレ」


 『超吉』


 であった。



 †



「コレは一体なんなのでせう……」


 小首を傾げながら、タスクは参道の階段を降りていた。

 目の前にぶら下げたのは例のおみくじ。なんとなく、神社で木に結ばず持ってきたのだ。

 何度見返したところで『超吉』の文字は変わらない。

 タスクも世間一般的に日本人であるから、何度もおみくじを引いてここまで生きて来た。大学受験の時も引いたし、大吉から大凶まで全て当たったことがある。むしろ大凶は大吉より数が少ないらしいので、考えようによっては逆にレアモノらっきー、と言えるかも知れない。

 

 だが、『超吉』なんて流石に初めてだ。

 っていうか、『超吉』ってなんだ『超吉』って。


 近年は国際化の波が神社にも押寄せて来ていて、英訳があったりする。

 大吉だったらexcellent、中吉はgreat、吉ならgood、凶がbadで大凶はworst。そんな具合だ。

 とすれば超吉はなんだろう。やっぱりsuperか? それともultra?


「書いてあることもよくわからないしなぁ」


 『超吉』の下、概要の部分にはこうあった。


 ――善し悪しを超えて様々な出来事が身に降りかかるだろう。それを嘆くことなく目先に囚われず、ただ心に定めた信に従い力を尽くすことによって道は拓かれるであろう。


 各項目は、


 旅行:長くなる。心せよ。

 争事:頻発のため、備えるが良し。


 こんな具合だ。

 占いの類が抽象的なのは当然だが、それにしても今までのモノとは毛色が違う気がする。


「旅行って普通、日程を決めて出発するものじゃないの? 争いが頻発するのは嫌だし……」


 だが、タスクは知っている。

 おみくじとは本来、吉凶それ自体が重要なのではなく、各項目に書いてあることを受けて心構えをして生きるべきであるのだと(大凶を引いた時に調べた)。つまり、それらを念頭に置きつつ日々を丁寧に生きれば良いのだ、というのがタスクの解釈である。

 

「ま、なるようになるさ」


 参道を出て、目の前の歩道で信号待ちをしながら、タスクはいつもの口癖を呟いた。

 程なく信号は青になる。

 スピーカーから『とおりゃんせ』が流れるのを聞きながら歩き出しつつ、彼はおみくじを畳み直して財布に挟んだ。


 だから、気が付かなかった。

 飲酒運転の大型トラックが、法定速度も信号もぶっちぎって突っ込んでくることに――


「……えっ?」

 

 それが、篠原援という少年がこの世に遺した最後の言葉。

 彼の体は、儚い桜の花びらのように宙を舞った。



 

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