-4-
「こんっ、バカたれがあー!!」
次の日のお昼ごろ。
わたしは弥鈴ちゃんを連れ、神社へとやってきた。
境内で掃除をやっていた弥鈴ちゃんの父・基輔さんに声をかけあいさつをすると、いきなりそう怒鳴られたのだ。
弥鈴ちゃんはわたしの隣で亀のように頭を引っ込めている。
「無断で外泊した上に、こんなにも可愛いお嬢さんに迷惑をかけおって! 今晩は飯抜きにするから、覚悟しとけっ!!」
「──ふあっ!?」
「ま、まあまあ~……」
可愛いと言われたのは嬉しいんだけど、育ち盛りの女の子に飯抜きは可哀想過ぎる。わたしは苦笑いながらも弥鈴ちゃんを擁護しようとしたが、2人の熱はさらにヒートアップ。
「無断ではない。ちゃあ~んと書き置きはしていったわ」
「ほぉ~……書き置きとは、コレのことか?」
宮司である基輔さんは、一枚の紙切れを開いて見せた。
そこには──ちょっと出掛けてくる──と、たった一言だけ書かれてあった………………わぁ~、ダメだこりゃ。
わたしは思わず頭を抱え込んでしまう。
「ああ、そうだ。十分であろう?」
「…………ほぉ、なかなかいい度胸だな、小童。罰として、明日の朝も飯抜きにするから、覚悟しとけっ!」
「──ふおっっ!!?」
「いや、あのっ、待ってください。昨晩泊まるように言ったのは、わたし達の方なので、本当に申し訳ありませんでした!」
「「──!?」」
わたしはそう言って深々と頭を下げた。
急に2人が静かになったので恐る恐る頭を上げてみると、弥鈴ちゃんの父・基輔さんが困り顔に軽くため息をつき口を開けてきた。
「まあ……こんなところではなんですから、どうぞうちへ上がっておゆきなさい」
◇ ◇ ◇
弥鈴ちゃんの家は、境内にある社務所の奥にあった。とても大きな時代を感じさせる建物。部屋数は10もあるらしい。
わたしは今、枯山水の見える二間続きの十畳部屋へ通され、お茶と羊羹を頂いていた。
「それにしても……とてもおおきくて立派なお屋敷ですねー」
「いやいや、ただ古いばかりでなかなか手入れも行き届きませんのでな。いつ倒壊するか、ヒヤヒヤしながら過ごしております」
「──と、倒壊っ!?」
わたしは思わずびっくりして建物内を見回してみたけど、とてもそういう心配はなさそうなくらい梁はしっかりとしている。
それにしても、先ほどまでとは随分と違い、基輔さんは大人の貫禄で目の前に座っていた。
「……あれの母は、あれがまだ2歳の時に亡くしましてな」
「え?」
基輔さんは、お茶をすすりながら急にどこか影のある表情をしてそんなことを言う。
「その頃ワシはまだ修行の身で、各地の神社へ訪れては色んなことを学んでおりました。
当時はまだ、あれの爺様もやたらとムダに元気でここの宮司をしておりましてな。2歳から6歳まであれは爺様が育てておったのですが、そのせいで口調まで爺さんに似て生意気になり、ほとほと困っております。おかげで、躾も行き届いておりませんのでな。喧嘩も御覧のように絶えません」
「そ、そうだったのですか……」
わたしは弥鈴ちゃんの過去を知り、急に切なくなった。あの無邪気な笑顔の裏側には、そんな過去があったのかと思って。
「昨晩は、あれがついにしびれを切らし、家出したのではないかと心配したほどです」
「そ、それは……本当に申し訳ありませんでした」
わたしが俯きそう言うと、急に手をサッと取ってきた。
「あれには、まだ母親が必要です! 可愛いお嬢さん、あなたもそうは思いませんか?」
「え? えぇ……」
凄い真顔…………しかも近い。
わたしが困り顔にも苦笑いそう答えると、基輔さんは更に顔を近づけてきて、ニンマリ顔で口をにゅ~とタコのように伸ばしてきた!?
「そうですか、ならば話は早いっ! では今直ぐにでも、《あれの母親》になってはくださらんかぁあ~♪
とりあえず、ちゅー! ちゅーからぁあ~」
「──いぃーっ!!?」
──ゴンッツツ!!
「こンの、バカ親父いーっ! アリス姉さまに手を出すでないっっ!!」
どこから現れたのか?! 弥鈴ちゃんが急に背後からやってきて、思いっ切り父親を弓矢でど突き倒していた。
「何をするか! 全ては、お前のことを思って!!」
「ウソをつけっ! 下心が丸見えだわい!! この、ド変態親父っ!」
「………………」
わたしは思わず頭を抱え込んだ。
今の話を一瞬でも心底信じてしまった自分がなんか悲しくなる……。
空をカラスが「あほーあほー」と鳴きながら飛んでいた。
「今日は、うちのバカ親父がすみませんでした。これに懲りず、またいつでも来てください!」
あれからわたしは親子喧嘩を呆れ顔に見届けたあと、屋敷を出て大鳥居までやってきた。
「うん。弥鈴ちゃんもお父さんと仲良くね!」
「それは……残念ながら難しいと思います。なにせ、普段からあのような次第ですから…。実に困ったことで」
あらら……。
でも、今となっては分かる気がする。あんなお父さんを持って、弥鈴ちゃんも大変だよ。
「弥鈴ちゃんも、いつでもうちに来ていいからねっ! 美味しい食べ物、たくさん用意しておくから♪」
「はいっ! ぜひ、そうさせて頂きます!!」
わたしはそこで弥鈴ちゃんと元気よく手を振り振り笑顔で別れた。
◇ ◇ ◇
「ただいま~」
「あら、お帰りなさい、アリス。遅かったわね?」
「え? 遅い?? だけどまだ夕方前だよ?」
「そうだけど…………来てるから」
「来てる? 誰が??」
「アリス姉さまっ! お帰りなさいませっ♪ お待ちしておりました!」
「ようっ! 遅かったなぁあ~。ワシの可愛い、マイハニー♪」
「………………」
わたしはそこに要る2人を見つめ……………思わず、目が点。さらに、白目?
──ぐはっ!!
【第三期】、第1章 《マイハニー》おしまい。
本作品に対する感想・評価などお待ちしております。今後の作品制作に生かしたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。




