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「詳しい事情はまだ不明ですが。どうやら、『天山ギルド本営』自体がうちへ宣戦布告してきたという訳ではなさそうです」
「ただ《連盟排除処分》を受けたことで、天山ギルド本営加盟ギルドを含めた多くのギルドが、うちを狙いPKを仕掛けて来ている。
特に《黄金の聖騎士団》《豪傑のバヌワーン》《朱雀妙音》3ギルドメンバーからのPKが激しいようなので、3ギルドのGMに問い合わせてみたんだが、口裏を合わせたかの様に『関知していない』の一点張りで。話にもならなくてな……って、アリス。ちゃんと聞いてるか?」
「あ…ぅん……──あ、いえ! はぃ。もちろん、聞いてます……フェイトさん」
わたしはライアスさんと別れ、まるで戦場のような市街地内の裏道を通り、ギルド拠点へと何とかたどり着いていた。
今は、ギルド拠点一階中央辺りにあるテーブル付きの椅子に座り。ランズベルナントさんとフェイトさんから、現状報告を受けている。
だけど……どうしてこんなことになったのか、わたしには未だに理解できなかった。
ギルドメンバーの多くが、傷を負い。中には、何度も倒された人も居る。周りから悲壮感が立ち込め、みんな不安そうな表情で、このわたしのことを見つめていた。
わたしが……わたしがここで、しっかりしないと!
そう思い、手をギュッと強く握り締めながらも、でも顔なんか蒼白で身体がガタガタと震え収まらない中。ライブチャットに、ミレネさんからの通信が入ってくる。
『アリス様! ここを開けてください!!』
わたしは直ぐに、開けるよう指示する。
ギルド拠点内へと入って来たミレネさんは、もう全身傷だらけで、装備品もかなりやられている様子だった。
「ミレネさん、その姿は……!?」
「アリス、ミレネさんはオレ達を救い助けてくれてたんだ。自ら、《グリュンセル》を脱退してまでな……」
「フェイト、お前はアリス様にあまり余計なことを…………──わッ!?」
わたしは、そんなミレネさんにしがみつきながら涙し、「ありがとう……」と心から感謝した。
◇ ◇ ◇
「なるほどな、大体の事情は理解できた。
要するに、オレがここへ来たことで、今回の問題になったって訳だな?」
「ああ、簡単な話そう言うことだ。この厄介者め」
ザカールさんとミレネさんが、そう言い合い。今は、ザカールさんが不愉快そうな表情をして、ミレネさんを遠目に見つめている。
だけどそこはザカールさんも大人で、そんなミレネさんのことはそれで気にした様子も見せずスルーし。フェイトさんとランズベルナントさんの2人に目線を移し、口を開いた。
「……で、その3ギルドのGMとはもう話し合ったのか?」
「ええ、特にその3ギルドメンバーからの襲撃が目に余りましたからね」
「ところが、『ギルドメンバーが個々の判断で勝手にやっていることだから、関知していない』と……何度頼み込んでも同じ返答をされるばかりで、全く話し合う余地がないもので…」
「そんなのは当たり前だ、フェイト! 今回の件、奴らが仕掛けたのだからな」
「「「──!?」」」
ミレネさんのその言葉に、わたしも皆も凄く驚き。ミレネさんを注視した。
「この際だから、誤解がないよう今の内に言っておくが。天龍姫様自体は、今回の《連盟排除処分》について、余り乗り気じゃなかった。
しかし……」
ミレネさんはそこで、わたしの方を見つめ、口を開く。
「『天山ギルド本営』GMとして、今回の処分を言い渡す他なかったのですよ、アリス様……。
ですから、どうかこのことで天龍姫様を恨まないでやってくださいませ!」
「…………」
わたしはミレネさんの話を聞いて、気持ち救われた気がした。
少なくとも天龍姫さん自身は、わたしを嫌ってやったんじゃないことが分かったから。
そう思うわたしの傍に居たザカールさんが、そこで軽くため息をつき口を開く。
「とは言え……どのみち単独で、大手3ギルドを相手にするのは無理があるんじゃねぇのかぁ?
3日間となれば、だ。決戦の次の日まで、ということなんだろ?」
「ええ……そうなりますね。何か対策を考える必要があります」
「そうだな……一時的に、他の連盟加入ギルドへ避難させれば、とりあえず被害からは免れるだろうし……」
「免れ……? あ、そうか! そういう手もあるんですね!!」
フェイトさんの言葉を聞いて、わたしは解決策を得た気分になれた。
けど、
「まぁな……ただ問題は、この現状で受け入れてくれるギルドがあるかどうか……。下手をすると、受け入れたギルドまでもが、巻き添えを喰うかもしれないからな」
「巻き添え……? まさかそんな……そこまでやるのかなぁ??」
フェイトさんの案は、わたしも凄く良いと思った。
でも、そのあとに続く言葉を聞いて驚いてしまう。
「それは有り得ると思いますよ、アリス様……。あの者達の狙いは、最終的にこの黄昏を潰すことにあると思うので」
「「──!!」」
そ、そんな……。
「……なるほどな。そうした手合いには、理屈なんか通じない、って訳か? 随分とたちの悪い相手だな、そりゃあー。
なぁ、冬馬。いつまでもそこで黙ってつっ立ってないでよ、何か秘策の一つでも、コイツらに与えてやれや」
「ザカールさん……」
そういえば、冬馬さんはずっと黙ったままだ。
わたしは今になって冬馬さんを見つめ、期待した。
が、
「ザカール……どうでもいいけど。君こそ、このギルドに滞在するのは今日までの予定なんだよね? 問題が更に大きくなる前に、自分のギルドの方へ一端戻った方がいいんじゃないか。
このままだと薔薇の騎士団にまで、迷惑が掛かるかもしれないんだよ?
それでもいいの?」
「「「──!!」」」
そ、そうだ……そう言えばザカールさん、今日までの予定だっけ? この混乱で、すっかりと忘れてた。
そのことを思い出しザカールさんの方を見ると、何だか急に思い耽った感じで悩み顔を見せている。
きっとこの場の空気で、ここで立ち去るのは気持ちとして躊躇われたのかもしれない。
わたしはそう感じた。
そして周囲のギルドメンバーの不安そうな表情を見つめ……わたしは同時に、みんなの気持ちを察し、瞬間的に考えた末に決意し、躊躇いなく口を大きく開く。
「あの、ザカールさん。そんな訳で申し訳ないのですが、今すぐにギルドから脱退して頂いてもよろしいでしょうか?」
「──な!? アリスこんな時に、お前っ!!」
カテリナさんだ。
今、カテリナさんが何を言いたいのかは分かる。
でも、本来関係のない人を巻き込む訳にはいかない。
それに……。
「他にも! このギルドから離れ避難したい人は、すぐに申し出てください。この場で言い出し難い人は、あとからメールでも構いません! 出来る限り受け入れ先を見つけ、対応しますので!!」
「「「──!?」」」
フェイトさんもランズベルナントさんも、これには目と耳を疑ったようで。わたしを驚いた表情で見つめている。
でも間もなく、理解してくれたのか。
「ああ、遠慮しなくていい。後からこのことについて、咎めるつもりもない。
状況が、状況だからな」
「……そうですね。GMアリスの言う通り、遠慮はいりません! これもまた、生き残る術ですからね」
ランズベルナントさんの言葉を受け、再びみんなざわめき始めた。
「だけど……アリスやフェイトさん達はそのあと、どうするつもりなんですか?」
わたしはギルドメンバーのその言葉を聞いて、フェイトさんとランズベルナントさんを見つめる。
2人とも、わたしに軽く笑顔を向けていた。
その時、何故か不思議と気持ちが通じた気がして。わたしは勇気一杯に、みんなに振り向き言う。
「もちろん、このまま残ります! まさか、ねこパンチさんから預かったこのギルドを……黄昏を、こんな形で投げ出したり、潰す訳にはいかないので!」
「ああ……当然、決戦にも参加するつもりだ。そこで3ギルドに痛い目を遭わせてやるから、安心をしろ。今回の仕返し、ってやつさ!」
「ハハ♪ まあ、そんな訳ですから。こちらのことは心配に及びませんよ!」
ギルドメンバーはそれで再びざわめき始め、1人2人と手を挙げ始める。
わたしは、その人達をチェックし、このギルド拠点から旅立つ姿を寂しげに見送った。
「……ふん、腰抜け共め。おい、ザカール。お前も早くここから出て行け! お前のせいで、この私がいつまでも黄昏にはいれないのだからな。さっさと出ろ。その巨体が妙に邪魔でたまらぬ」
「あ、ミレネさん。今なら枠が空いてるので、問題なく入れますよ?
……でも、本当にそれでいいんですか?」
「あ…………っていうか、そんなの良いに決まってますって! それよりもアリス様は、人が良過ぎます。こんな時には、強引にでも!!」
「……いや、こんな時だからこそ。ギルドメンバーやGMとして上に立つ者の資質が問われ、分かることもあるものだなと……寧ろオレには思えたがね?」
ザカールさんだ。
ミレネさんは、そんなザカールさんを半眼に見つめている。
「ふん、生意気な奴だな……。どうせ出て行くヤツが、ごちゃごちゃと偉そうに言うな」
「ミレネさん……それ言い過ぎです。それよりもザカールさん、早めに出ていかれた方がいいと思いますよ? もしかすると本当に、薔薇の騎士団にも迷惑が……」
「ああ、滞在期間は今日までだったからな。言われなくても、そんなことは分かっている……」
わたしはザカールさんのその言葉を聞き、小さく笑むと静かに頭を下げ「お世話になりました」と真剣な思いで告げた。
「──が、辞めた。取り消しだ」
「は?」
「オレはこのまま、この黄昏に残ることに決めた。薔薇の騎士団は捨てる。それなりに思い出深く、名残惜しくはある良いギルドだったけどな……。
これなら問題はないだろう?
それに、アレを見てみな!」
「え??」
わたしはザカールさんに言われ、その先を見る。
そこには冬馬さんが居て、何やらブツブツと呟きながら真剣な眼差しで思案気に俯いていた。
「どうやら、優柔不断なアイツもこれで、いよいよ覚悟を決めたらしい。あれはな、毎回アイツが策を練る時のクセなのさ。
目算も妙に利くヤツだからな、つまりは勝算が多少なりとあるんだろ?
そんな訳でだ。オレは、ここに残ることに決めたよ。
……それに、何だか此処にいると毎日退屈しねぇーし。色々と面白そうだからなぁ~?
ハハハ!」
「…………」
わたしはザカールさんの言葉を聞いて希望を感じ、嬉しくて涙が溢れ零れそうになる。
そんなわたしの頭の上へ、ザカールさんは優しく軽く手を置き、「それにしても小さな身体のクセして、大したGMの器だなぁ?」と優しげな表情を見せ言う。
小さな……って、胸のことなんかじゃないよね??
わたしは何となく、法衣の前の方を軽く引いて自分の胸をため息交じりに呆れ顔の半眼で見つめた。
そして沢山のメール着信があることにそのあと気がつき、ドキドキしながら確認すると。そこには……『共に、ギルドが終わるその時まで戦う!』という内容のメールが多数寄せられてあって──わたしはついその場で、みんなに囲まれたまま嬉し泣きしてしまっていた。
【第二期】、第6章《GMとしての器》 おしまい。
感想、評価などお待ちしております。今後の作品制作に生かしたいと思います。