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その日の夜。
わたしは冬馬さんを連れ、『天山ギルド本営』を訪ねることにした。
まだ仮加入だとはいえ、遅かれ早かれ大決戦では冬馬さんの力を借りることになると思うんだよね? だから早めに、挨拶だけでも、と思って!
「アリス、本当に1人で大丈夫なのですか?」
「うん! 大丈夫、大丈夫♪ 今日はただの顔見せだし、それに相手は天龍姫さんとミレネさんだからね!」
心配そうに言うランズベルナントさんの言葉を受け、わたしは満面の笑みで快活に返し、早速向かうことにした。
少しはGMらしい、しっかりとした所くらい見せときたいから。
それに向かうといっても、先ずは天龍姫さんにコンタクトをして、六大城への『招待』を受け、あとは暗転移動するだけ。なんだけど……やっぱり慣れてないし、何だかやる前から緊張するなぁ~……。
わたしがそうこう思っていると間もなく、天龍姫さんからの『招待』が直ぐに届いた。
それを確認して、わたしはホッと安心する。
《天山ギルド》は前回の決戦で、いともあっさり六大城の一つである天空の城を陥落させていた。
なので、前回同様にここを本拠地としている。
とはいえ、流石に財政の問題もあって、以前の様な豪華な絨毯などの装飾類はまだ城内に飾られてなかったけど。それでもやはり、六大城だけのことはある。うちの三階建てギルド拠点とは、大きさも桁も相当に違っていた。
何といいますか……正直いって、羨ましく思えるよ。
多くの天山ギルド関係者が集い居並ぶその先には、天のエレメント・女神ファリアが、優しげにこちらを見つめている。
「どうやら……噂は本当だったみたいですね?」
「ええ、全く。困ったことで……」
「は? あの、なにがですかぁ??」
女神ファリアの前にある階段で鎮座している天龍姫さんが、深いため息と共にそう零し、かなり残念そうな表情を浮かべ、それから困り顔でこちらを見つめていた。
それは、いつも見せてくれる優しげなものではなく。その綺麗なアイスブルーの瞳の様に、どこか冷ややかなものが感じられ、わたしを途端に緊張させる。
そしてその傍に座るミレネさんも、いつもの可愛いらしい感じのミレネさんではなく。ランカーである大弓のミレネさんの様相で、わたしの隣に立つ冬馬さんのことを、厳しい表情で遠目に見つめていた。
でも、何で??
ミレネさんは、動揺し困惑しているわたしの顔を見つめ、軽くため息をつき。その時ばかりは、いつものミレネさんの表情に変わり、口を開いてくれる。
「アリス様、今からでも遅くはないので。その者をうちのギルド《グリュンセル》に移籍させてください。
それで、万事解決致しますので!」
へ? なんで??
「ミレネ……。彼の身柄は、この天山で預かります。先日、会議の上そう決めた筈ですよ。それが一番だと、皆も納得していたでしょう?」
「残念ながら天龍姫様。それについては、このミレネ、まだ納得などしておりませんので……」
は? 何なに??
何が今、起きてるの???
わたしがそぅ疑問に思っていると、ミレネさんがわたしの方を見つめ、困り顔をして言う。
「アリス様は、まだご存知ないのかもしれませんが。うちのギルドと天龍姫様のところとで、この度ある協定を組みまして。
万が一、冬馬様が他のギルドのスカウトを受け入った場合には、そのギルドごと潰してでも奪い取ることに決めていたのです」
……え? えぇええー!!?
「わたし個人としては……アリスさんのギルドであれば、それはそれで構わないんじゃないのかしら? と思っていたのですが。
問題は他の……特に、被害を被ったギルドのメンバーがそれで納得してくれるのか……というところにあるものですから……。
つまりこれは、冬馬さんの保護、という意味もありますし。アリスさん自身の為でもあるのです」
「既に、うちのギルドメンバーの中には、殺気立っている者も居て!
アリス様、これは冗談ごとではないんです!! ここまでの道中、誰からも襲われなかったのは、幸いなくらいで……。
全く、黄昏の連中は何を考えているのか……油断も度を過ぎていて呆れちゃいます!!
もし、アリス様の身に何かあったら、絶対に許さん!!
特にフェイト! アイツから、先ずはぶっ倒してやる!!」
「え、いや?! あ、あの……!! それは単に知らなかっただけだと思うので…………は、ハハ…」
だってさ、わたしも今ここに来て始めて知ったくらいだもん……。無理だよ。
「だけど、何でなんですかぁ?? 同じギルド連盟体の仲間なんだから、別に問題は何もないと思われるのですが……?
なのに、どうして襲って来たりするのですか??」
わたしが困り顔にそう聞くと。天龍姫さんとミレネさんの2人は、軽くため息をつく。
「……何も、うちに関連した《連盟ギルド》だけが襲ってくる訳ではないんです。内外問わず、今は色々と事情があるもので……。
ただ此処でハッキリと言えることは、このまま放っておくと。そこにいる冬馬様に関連した問題で、アリス様ご自身や黄昏のギルドメンバーに至るまで危害が及ぶ可能性がある、ということなんです」
「──え?!」
わたしは、ミレネさんから心配気な表情でそう言われ。しかも手も両手で握り締められ、それで思わず頬が赤らんでしまった。
そのあと、ミレネさんも頬を染めつつ、軽く『コホン』と咳払いしてから口を開く。
「幸い、うちのギルド《グリュンセル》は 、《黄金の聖騎士団》《豪傑のバヌワーン》《朱雀妙音》 の3ギルドと独自の太い外交的パイプがあります!
なので、連盟外からの問題は無理にしても。連盟内部の問題については、これで十分解決出来るのです!」
「ぅわ! ミレネさん、凄いなぁー……」
《黄金の聖騎士団》《豪傑のバヌワーン》《朱雀妙音》といったら、『天山ギルド本営』でも屈指の大手ギルド。
何度か挨拶はしていたけれど、新参者のわたしなんかには、いつも余り良い顔を見せてくれないし。儀礼的な対応程度でいつも済まされるので、どうもわたし的には苦手な人たちなんだけど……。
「と、言ったところで……冬馬様は、うち《グリュンセル》で預かるということで、よろしいですね? アリス様♪」
「ミレネ……散々、それらしいことを長々と言っておいて、最後はまさかの『それ』ですか?
何度も言いますが、冬馬さんはうちで預かることにします。
アリスさんも、それでよろしいですね?」
「え? へ??」
「天龍姫様……申し訳ありませんが、再三申し上げましたように。そればかりは、とても呑めません」
「…………ミレネ。あなたも、なかなか良い度胸ね? このわたしに対し、この上、まだ意見をするつもり?」
天龍姫さんもミレネさんも、今にも闘い合う勢いだった。
上位ランカー同士の睨み合いほど、恐ろしいものはないよ……。
しかも、階段両側に別れ対峙している天山ギルドメンバーとグリュンセルのギルドメンバーが手に槍や弓を構え、こちらもまた壮絶な睨み合いを始めていた。
が、
「やれやれ……もぅ、いい加減にしてください」
「「──!!」」
そう呟いたのは他でもない、冬馬さんだった。
困り顔に、そんな2人を見つめている。
「あなた方のどちらが勝ったところで、私はアリスさんのギルドから暫く離れるつもりはありませんよ。
あと、もしもうちのギルドを狙うというのなら……自分はそれに対し、それなりの対応をするまでの話です」
「「──?!」」
冬馬さんは、しかしそれでも尚、2人に対し優しげに語り掛けていた。
が、その途端にミレネさんの表情が、ランカーである大弓のミレネさんの表情へと変わる。
「ほぅ……お前、それでどうするつもりだ? 黄昏の力程度で、うちのギルドや 《黄金の聖騎士団》《豪傑のバヌワーン》《朱雀妙音》を含めたランカー揃いに勝てるとでも思っているのか?」
「もし仮に……本気でその気があり、やるというのであれば……この『天山』もミレネ側に加勢することになりますよ。
冬馬さん、御覚悟なさいね?」
「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
流石に、わたしは慌てた。
だってさ、そんなの冗談じゃないよ! 勝てる筈もない。
「天龍姫さんもミレネさんも、どうかしているよ! 冬馬さんも、落ち着いてください!!」
「自分は落ち着いていますよ、アリスさん。慌てているのは寧ろ、あちらの方ではありませんか?」
「「──!!」」
冬馬さんの言葉を聞いて、わたしは天龍姫さんとミレネさんを直ぐに、『まさか……』と思いながら見た。
すると、尚更に凄く険しい表情を2人ともこちらへ向けていたので、驚く。
「お2人は前回の《決戦》で、この南西シャインティアに於ける勢力内情勢が実態としてどうなっているのか、もうお分かりになられた筈です。
違いますか?」
南西勢力内の……情勢?
「あ、あの……それは一体、どういうことなんですかぁ?」
「……」
ミレネさんは、その答えに困った様子を浮かべ。そして天龍姫さんの方は、悔しげな表情を見せていた。
そして軽くため息をつき、天龍姫さんは仕方なさそうに口を開く。
「実は……前回の《決戦》で、この天空の城の他に。地のエレメント・女神バヌファも、攻略対象としていたのです」
「……え?」
それは、初耳だった。
「天空の城は、御覧の通り見事に陥落させました。
ところが……同じ『天山ギルド本営』軍として地のエレメント攻略に向かわせた、《黄金の聖騎士団》《豪傑のバヌワーン》《朱雀妙音》のギルド3軍がまさかの大敗……」
た……大敗?!
あの、大手ギルドが……!? でも、どうして??
「相手ギルドにも、相応の損害を与えたそうですが。こちらの方が被害甚大で。戦力的に、元の状態にまで戻すのに2ヶ月は掛かるらしくて……」
「──に、2ヶ月も?! では《大決戦》はどうなるんですか??」
「……片腕を取られたようなものですから、大決戦でうちが主導権を握るのはしばらくの間、困難かもしれません……全くの油断でした。
泰然が居れば、恐らくはこんなことにならなかった筈です……」
「只でさえ、厳しい《大決戦》の戦いが予想されるこの時に……たかが《決戦》で、この様ですからね。正直いって、参ってます。
実を言うと……本来であれば、うちの《グリュンセル》も前回の《決戦》で、地のエレメント・バヌファへの攻撃が予定されていたのです……しかし」
「え?」
「実際には、アリス様の要請に従い、炎のエレメントへと向かったもので……。今頃になって、ギルド内とあの3ギルドとの間でこじれていて……かなり参ってます」
「──そ、それは……! すみません…」
凄く、申し訳ないことをしてしまったのかも?
だってさ! ミレネさんのギルドも攻撃参加していれば、地のエレメントでの攻防戦でこちら側が勝っていたのかもしれない、ってことになるんだよね?
きっとそのことで、大手3ギルドが怒ってるのかも?
……はぁ~。
「あ、なにもアリス様が謝ることなんかないです! そこはご心配なさらないでください。
ですがアリス様、それもこれも全ては、その者のせいなので。黄昏の中にその者をいま置くことは、ただそれだけでリスクそのものなんです!
地のエレメントでの最大の敗因は、冬馬様がそこに居て策略を練ったからだ、そぅ囁かれておりますので……」
……え?
だけど冬馬さんは昨日、少しでも感じの良いギルドに入りたいから、まだ慎重に撰んでる、って……。
だからまだ、どこのギルドにも所属していないんだ、って……あれ?
あれは、わたしの聞き間違いだったの??
天龍姫さんはそこでため息をつき、冬馬さんを見つめ聞いた。
「『そこに居た』、と聞いています……これは本当のことですか?」
「……だとしたら、どうします?」
「「「──!?」」」
わたしは、そう言った冬馬さんを遠目にも動揺し見つめながら、半歩ほどゆるりと後退った。
冬馬さんは、そんなわたしを困り顔にふっ……と見つめ肩をすくめ、いつもの優しげな表情のまま口を開く。
「だって……このままだとバランスが悪くて、毎週恒例の《決戦》そのものが、つまらなくなるじゃないですか。そう思ったんです。
少なくとも、あの時点までは…………ね?」
「あ……あの、それじゃつまり……」
「アリス様。つまりあなた様は、その者に騙されていたんですよ!
この男は、 ギルド《古龍王老》と《ダウンズヒル》《薔薇の騎士団》を主としたギルド連盟体『対・天山ギルド同盟』の元・構成員で幹部なんです!」
「か……幹部?」
「これらのギルドは、北西、北東、南東からこの南西シャインティアへ流れて来たランカークラスのメンバーを中心として結成されたそうです。
ギルド連合体の規模としては最早、うちとそう変わりありません。
それはどうやら……初手から我々『天山ギルド本営』が最大の『ギルド連盟体』として圧倒的上位に立っていたことに不満を持ち、裏で動き周り結成に至ったのだと聴いています。
……しかし何故か、冬馬さんはその後、そこから独り脱退しました。
噂だと今では、『古龍王老』の者達からPKの対象として狙われている、とも聞きます。だからこそ、わたくしのギルド内で確保し管理するのが一番なのです。
これは、彼の身の安全のためでもあるのですよ」
「いえ! ですからそこは、この《グリュンセル》が引き受けますって!!
こんな信用の出来ない男を、連盟本部に置いておく訳には参りませんので!」
そこでまた天龍姫さんとミレネさんは睨み合い、お互いに譲らない構えを見せていた。
だけど、その話を聞くと尚更、わたしには不思議に思えるよ。
だってさ! それなら『天山ギルド本営』全体で冬馬さんを保護すればいいんじゃないの? そう思うから。
わたしがそぅ思い悩ましげにしていると、冬馬さんがまた優しげな表情のまま口を開いた。
「お二人の気持ち、そして両ギルドの考えも、よく分かりました。ですが、その心配には及びません」
「「──?!」」
「自分は、今所属している黄昏の力を信じています。そして、黄昏を中心に無視することなく、困った時には助け合い動いてくれるのであれば、『天山ギルド本営』を裏切るような真似だけは致しませんから、どうぞご安心を。
ではアリスさん、そろそろ帰りましょうか♪」
「え? あ、はぃ……」
冬馬さんはわたしの返事を待つことなく、踵を返し、この天空の城からスッと離れた。
わたしは天龍姫さんとミレネさんに困り顔ながらも愛想笑いを浮かべ、「では、また来ますので!」と伝え離れることにした。




