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よくよく話しを聞いてみると、何てことはなかった。
数日前、たまたまこの学校の屋上でわたし達の話しが耳に入り。『まさか……』と思いながらも、それから岡部くんにそれとなくカマを掛けているうちに『これは間違いない』と確信を得て、自分が『カテリナ』であることを告白した。
そうして今日に至る。
何でも、お互いにそれが分かった途端、笑いが止まらなかったらしい。
今朝もそうしたA・F内の話しとかをやって、盛り上がっていただけなんだってさ。そこへ偶々わたしが通り掛かったから、良い機会だからと思って声を掛けようとしたのに、何故か逃げられた。
どうもそういうことみたい。
色々とありはしたものの、全てが誤解だったのだと改めて分かり、わたしは無意識にもニコニコ顔で帰宅する。
「ただいまぁ~」
「あら、お帰りなさい、アリス」
いつものように居間にいる母さんに声をかけると、母さんがにやけた表情でわたしのことを見つめ、何か言いたげな笑顔で口元を両手で抑えている。
理由はわからないけど、なんか凄い意味深だなぁ……。
「え、と……な、なに??」
「アリス、あなたGMになったって、本当?」
「は? あ……あは、あはは! いや、まぁ……単なる流れでそうなっただけなのですが…」
そういえば、母さんにはまだ言ってなかったっけ?
それにしてもこういうのってさ、自分で言ってて凄く気恥ずかしいものなんだねぇ?
なんだか思わず、頬が真っ赤に染まっちゃった。
「へぇー! 黄昏のGMといったら、なかなかのモンじゃないの! 大したモンだ。
だったら母さんが特別に、アリスにだけ貴重な情報をひとつ教えてあげる」
「え? 情報?? どんな?」
「まぁね、少しはGMらしいところ見せとかないと、あなただって格好つかないでしょう? だ・か・ら」
「え? なに、なに??」
「実はね……困ったことに、とある大切な人が今回のワールドリセットで南東から南西に飛ばされたみたいなのよ…」
「とある、人? 誰??」
腰に手を軽く当て、わたしにそう話す母に対しそれとなく聞くと。母さんは肩をすくめ、困り顔で口をひらく。
「……冬馬さんよ。あの、新道冬馬さん。
アリスも名前くらいなら、よく知ってるでしょう?」
「……あー! うん、知ってる!! あの冬馬さんだよね??」
第一期、最終戦となる大決戦で一度だけ会ったことがある。
天才的な戦略家で、みんなかなり苦しめられたからよく覚えている。その姿はとても色白で、スラリとした体躯をしていて、凄く笑顔の似合う優しい感じの人で……。
って、あれ? その人が、なんだったっけ??
「あの……それで? その、冬馬さんがどうしたの??」
「…………」
気になって聞き返すと、母さんがわたしを半眼の呆れ顔に見つめ、ため息をつきやれやれと口を開く。
「なんだか急に、アリスなんかをGMに選んだ黄昏のことが、心配になってきたわ……」
──ぐは! グサッ!!
「そ! そんな言い方は、あんまりなのでは……?!」
「……だって、事実でしょう?」
──再びの、ぐは!!
ぅわあぁあ~……もぅ泣ける!
そりゃあ、分かってはいたことなんだけど。流石にそぅハッキリと言われると、カクリと肩の力が抜け落ちてしまうよぉ~……。
「いやまぁ~、ダメGMであるのは自覚しておりますが……。でも、うちの場合は他のメンバーがしっかりとしているので、たぶん大丈夫!!」
というよりも、単にわたしがそう信じたいだけなのでありますが……。
「そぅなの? だけどギルドにとって、とても重要な情報を聞き漏らすなんて……GMとしてはとてもダメなことよ?
ギルドメンバーのためにも、もう少ししっかりとなさいね?」
──……うっ!!
「は、ハハ……はぃ。出来るだけそうします……」
これには流石に、何も言い返せないもんなぁ~? 参ったよ……。
「まぁ、いいわ……。実はね、その冬馬さんが移籍するのに失敗して、南西のどこかで未だ《特定のギルドに所属することなく、放浪し》隠れているみたいなの。
だから、つまり……ね? わかる??」
「わお!! ということは、うちの勢力が次からの《大決戦》で少しは有利になるってことになるんだよね? だよね!
今回の南西陣営、かなりの人材不足でみんな困ってたから助かるかも?
確かに凄い大ニュース! やったぁあー!! ありがとう、母さん! あとでログインしたら、皆に知らせて喜んで貰おうかな?
だってさ! みんなそのことを知ったら、きっと喜ぶよね?
…………って、あれ?? なんか違うの???」
「…………」
母さんは再び聞き返すわたしを、それこそ再びの呆れ顔で半眼に見つめていた。
でも、なんで??
「……やっぱり黄昏の将来が、急に不安になってきたわぁ…」
「あ、あのぅ~……意味がよく分からないんですけど? わたし、何か間違ってました??」
「……。天然もそこまでいくと、ある種の天性よね?」
──再々の、ぐは!
「あの、それってさ。どういう意味??」
「母さんとしては、もぅ十分なくらいヒントはあげたんだから。あとは自分の頭で考えて、なんとかなさぁ~い」
「そ! そんな意地悪なことを言わずに…………あ!?」
困り顔で聞いてる途中から、母さんの半眼と呆れ顔が返ってきたので、わたしは苦笑いつつも目線をそのまま横へとやり……聞くのを辞めた。
「あは、ハハ……手と顔を洗って、着替えてくるねー!!」
「はぃはい」
そんな訳で、手と顔を洗って、着替えて、ご飯って、たわいもない会話って、自分の部屋へと戻ると同時に深いため息をついて、呟く。
「結局……わたし、何を間違ってたんだろう?? まぁいいや……」
何しろ、あの冬馬さんが南西に居るんだよね? だったらそれだけでもぅいいじゃない。それの何がいけないの??
……あ、そうだ。このこと真中と太一にも教えて上げようかなぁ?
ついでに……岡部くんにも伝えておくかな?
今日の昼間の一件もあって、岡部くんのことを考えると、ちょっとこれまでになく意識してしまう。
そんな訳で、わたしはLINEを開いて真中に伝え、それから太一にはちょっとドキドキしながらハートマークを何気にニンマリ顔で付け足して送り。そのあと岡部くんにも……少しだけ悩んだけど、やっぱりハートマークは消して、簡素に伝えた。
やっぱり無理だよねぇ……今更だけど、真中の気持ち分かったかも?
それからいつものようにスマホをベッドの脇に置いて、勉強って、何気に小説のネタを考えたりもして、スマホの画面が光っていることに気づき手にとってみる。
『うわ! アリス、コレ凄い情報だよね? どうやって手に入れたの??』
『おそらく、この情報はまだ誰も知らないと思います。
アリス、大した情報源をもっていますね? 見直しましたよ♪(ハートマーク)』
『アリス、こりゃまた凄い情報だなぁあー!
直ぐにギルドメンバー全員に知らせ、総動員で捜し出すことにするから、良かったらお前もあとで来てくれ!!』
「…………へ?」
凄い情報なのかもしれないけど……何もそんなに慌てて捜すことなんかないと思うんだけどなぁ?
だってさ、もぅ既に南西に居るんでしょう?
それだったらそんな慌てなくても、大決戦では確実にうちの勢力に所属してる訳だし、一緒に戦略とか考えてくれるのは確定したようなモノだと思うんだよねぇ……。
わたしはそうは思ったものの、GMとして直ぐに行くべきって気がして用意することに決めた。
そんな訳で、わたしは早速ノートパソコンを起動し、A・Fセットを装着。そして、いつものように一つ一つチェックを開始!
目を左右上下に動かし“目”認証カメラ連動感度確認よし。“頭”も左右上下に動かし前面上下210度HDフル画面カメラワークの動作と感度確認よし。それから赤いラインの入ったセンサーグローブを装着し、手指を動かし動作感度確認。次に専用ボディースーツを着込み、ポンポンと軽く叩き衝撃の程度を調整確認。それから腰や身体をひねり動作感度共に良好確認。そして専用シューズを履き、軽く前後左右とクイック&クイックバックでチューニング具合確認。
「ヘッドギアよし!
グローブよし!
スーツよし!
シューズよし!
A・F起動よし!
ドリンクは必要ないので、レッツよし!」
そんな訳でアストガルド・ファンタジーの世界へ、わたしは通常ログインする。