─7─
向かって来る敵軍を前に、わたしは〖女神アウラの宝玉〗を片手にスキルセットから召還魔法を選択し、極力小さな声で速読しつつ唱えた。
「で」
「ら」
「ふぁ!」
それに遅れ、光り輝く魔法陣が展開し、《防御全耐性魔法アップ》と《基礎ステータスUp》が発動。身が光の中に包まれ。更に、ファルモルが召喚された。
「ファルモル! あの者たちを薙ぎ払えッ!!」
ファルモルは頷き、前方の敵陣へと突っ込み辺りを燃やす。それによって、数名が絶叫を上げながら消滅。
「「「強い!」」」
その感想は、敵味方共にワールドチャットを介し、あっという間に伝わっていった。
これで、ユイリにもこちらの手の内は知れ渡っただろうけど。冬馬さんからさっき授かった、こちら側の究極の手の内は、まだバレてないと信じて頑張る!
「で」
「ら」
「あ!」
再び、《神気魔法・略式!》を用い。《防御全耐魔法アップ》と《基礎ステータスUp》と、今度は《アルカミック=コンティニュ・アロー!》を発動。
光り輝く弓矢で敵をロングレンジで射抜き、消滅させた。
「よしっ!!」
そうこうしている内に、敵軍は壊滅または敗走。すぐ様、ワイズヘイル城内へと侵入。これには相手も慌てているようだった。
「ワイズヘイル側は混乱してる。今がチャンスだ!」
「此処は私が!」
そう言って、天龍姫さんが再び大跳躍し、先陣を切った。
が、
「──!!? クッ……!」
その着地点に降り立ち、連続スキルを放った間際。天龍姫さんの腹部を、何かが貫通した!?
そして、そのまま壁に向かって勢いよく突き飛ばされる。
「天龍姫さん!!」
悲鳴に似た声をわたしは思わず発し、その相手が誰なのか確認する。そして、直ぐに青ざめた。
「……白き魔術師、ユイリ!?」
「クソ。もう来たのかよっ!!」
一瞬にして、皆が緊張するのを感じた。
「ほぉ……。随分と力を付けたようだな、アストリアの紅き召還術士」
「……ええ。それなりに、ね」
わたしは、冷や汗混じりにそう返した。そして、
「此処はわたしに任せて! 他の皆は、NPC城主を!! お願いっ!」と直ぐに指示を出す。
「わ、わかった!」
それを聞いて、ユイリは急に笑い出した。
「クックック、これは愉快だ。それなりに、と来たか……。しかも、此処は私一人に任せて、だと? これは随分と大きく出たものですね……」
そう零したあと、エメラルド色に輝く瞳を軽く細め、白銀の長い髪を軽く触り。そして、その色白の手に持つ聖獣水晶光が輝く杖を大きくかざし。同じく、白い肌の頬を笑ませ、形の良いその唇を横に大きく歪に開いてくる。
「愚か者が!身の程を知るがいいー!!!
『我が名に従えし汝らに、今こそ命ずる!
《火の隷:ファルモル!》』」
「で」
「ら」
「ふぁ!」
「──なっ!!?」
ユイリがファルモルを召還するよりも早く、わたしは《防御全耐魔法アップ》と《基礎ステータスUp》とファルモルを召喚させた。
そして!
「ファルモル! あの者を薙ぎ払えっ!!」
「──くっ! ファルモル! アイツを焼き払いなさいッ!!!」
発動タイミングはほぼ同じ、結果としてそれを避けることが出来ず、わたしもファルモルの直撃をモロに受けてしまった。が、《防御全耐魔法アップ》のお陰で、被害は抑えられた。
そして、ユイリの方はというと……。燻る火と煙の中から悔しそうな表情でムクリと起き上がり、口や目元に皺を歪に寄せ、醜いほどに表情を強ばらせていた。
「バ……馬鹿な! 貴様ッ!! いま、何をしたっ!?」
「で」
「ら」
「あ!」
「なっ!!?」
相手が同様している隙に、空かさず《防御全耐魔法アップ》と《基礎ステータスUp》を重ね。更に、《アルカミック=コンティニュ・アロー!》を召還。
その消滅した光り輝く弓矢を、連続でユイリに射った。
が、それは見事にすべて避けられてしまった。
流石に素早い!
「そう簡単にやられてたまるものか!」
そう言いながらも、そのユイリの表情には焦りが見えた。
「『我が名に従えし汝らに、今こそ命ずる!
《風の隷:シルフィル!》』」
「と!」
これは間に合わない、と咄嗟に感じ。今回は単発で召還魔法を使った。それにより、ユイリが召喚したシルフィルの攻撃を、幻火獣トナティウホルンが何とか防ぎ。そのままの勢いで、ユイリを殴打攻撃開始!
でも、それも際どい所で避けられてしまう。
「──つ、つくづく……。き、貴様には召還術士としての美学はないのかあああー!!」
「ハ?」
何のことだろ?? この人、何言ってんの???
突如として、ユイリがそう叫んできたのだ。わたしには、ちんぷんかんぷん。
「幾ら、《神気魔法・略式》があるからと言って、そんな手抜き感丸出しの使い方するなんて、サイテーだ! 恥ずかしい奴めっ! 同じ魔法を発動するにも、美学というものがあるんだよ! 美学が!
バーカ、ばーか!ばーか!! ぶあーーか!!! お前はうまだ、馬!!」
「…………」
なるほど……。
そう言えばユイリさん、かなりマニアックな呼び出し方してたもんね? そのお陰で、こちらが有利な展開になってるんだけど。それを改めて直す気は無いのかな?? これもオタクならではの拘りって奴??
まあ、そのお陰でこちらは助かってるんですけどね……。
「あ!!」
そうこう考えを巡らせてる間に、ユイリは次の召還魔法を仕掛けてきた。
「いや、ちょっと! 今は話の途中でしょっ?! ズルいよ!!」
「黙れ!ズルいのはお互い様だろが!! 手抜きしやがって!
『最強のもの、邪悪なるもの……天を衝くほど大いなる鋼の翼の持ち主よ。三頭、六眼の千術を操りし悪神の子よ……今こそ、我との契約に従いて、その力を示すがいい……。
《合成召喚:邪竜アジ・ダハーカ!》』」
「──!!!」
途端、目の前に光り輝く最大規模に大きな魔方陣が展開し、その中から3頭・6眼の大きな翼を生やした巨大な龍が現れた。
うっわ、ヤバい!!
とりあえず、減っていた精神力を回復するために魔聖水を一気飲みっ!
それから、《神気魔法・略式!》を使っての召還魔法を呼び出そうとしたが、向こうの方がやはり早かった。無理っ!
なので!
「トナティウホルン、全力防御!! ──って、うわっ!?」
「バカめ!! お前の相手は私だと、前回も言っただろう!」
相手の攻撃に上手く対応したつもりだんだけど。邪竜アジ・ダハーカの動きに気を取られてしまい、ユイリの本人の動きには、まるで気づいていなかった。ユイリは邪龍アジ・ダハーカではなく、直接、刃と化した杖でこのわたしを狙って攻撃してきたのだ。その為に、この結果……。酷い油断だ。
わたしは腕を深く斬られ、トナティウホルンの肩の上で片脚を着く。
く、苦しい……い、痛過ぎだし…。血、止まんないし……めちゃリアルだし…。
「アリス!!」
皆の声が背後から聞こえた。
ハッ!として目を向けると、再びユイリが刃と化した杖を、上から此方へ向け振り下ろしてくる所だった。
それをギリギリの所で転がり交わし、トナティウホルンに命じた。
「トナティウホルン、アレを捕まえて!!」
「遅いわ!!」
命じられたトナティウホルンが動くよりも早く、邪竜アジ・ダハーカが紅蓮の炎を吐き、その体力を奪い取って消滅させた。
うげ! あっという間っ!!?
「ふん。まだまだ、こんなモンじゃないぞ!
『シケリア島の、美しき乙女。グラウコスに恋した、キルケーに呪われし悲劇の娘よ……。エンディミオンとの契約に従いて、今こそその怒りを力に変え、我の前にて示すがいい……。
《合成召喚:冥海神姫スキュレー!》』」
途端、巨大な魔法陣が目の前に展開し、その中から上半身は美しい女性、下半身は魚、腹部からは6つの犬の頭と12本の蛸状の触手が気味悪くクネクネとうねり。そして、上半身のその手には剣を携えた美しくも醜い化け物が現れた。
ぐわ! ここで、まさかのコレかあー!
つくづく、とんでもない奴っ!! こんなのとまともにやり合って勝てる気がしないよ。なにせ、水属性が相手だけに、ファルモルもトナティウホルンも通用しないのは確実。どうしたものか………イタタ。
城床の上に肩を押さえながら着地し、痛みを堪えながらすぐ様に「で」「ら」を唱え、更に「ご」を唱えた。
《行動速度&神速アップ》で相手よりも手数を増やす。
それから冬馬さんの秘策を使う! もうー、これしかない!!
「──なっ!!?」
わたしはスキルの力で、一気にユイリの胸元まで詰め寄った。
そして、驚きを見せるユイリへ、間髪入れずに放つ!
「レジナ!」
「ぐわあっ!!?」
すると、わたしを中心に青白い光りが周辺に広がり竜巻を起こし、天井まで行き着き消えた。
「…………は? クク、なんだ。大した攻撃力じゃないな。随分と驚かせ──」
「レジナ!」
「──ぬわあっ!? 馬鹿め!そんな程度の攻撃力でこの私が」
「レジナ!」
「レジナ!」
「レジナ!」
「くっ、執拗い奴め! 無駄だと何度も──うわあっ!?」
次の瞬間、ユイリが腕に嵌めていた腕輪が目の前で大破、消滅した。
「ま…………まさか、コレは!? ──しっ、しまったあああー!!」
「レジナ! レジナ! レジナ! レジナ!!」
「バっ、バカやめろ!! それ以上するな! 卑怯だぞっ!! コラっ! やめろって!!」
「レジナ! レジナ! レジナ! もう1つオマケに、レジナ!」
「うわあああああ。やーーめーーてーーっ!」
そうこうしている間に、ユイリの全装備は小破から中破、そして中には大破する装備まで出始めていた。
そう、レジナの正体は、《美しき女王の惨劇の嵐》。攻撃力自体は対したことないけど、防具全部被弾させてしまうかなり嫌な召還魔法。それを冬馬さんからのアイデアで連発していたのだ。
勝てないにしても、ユイリの強力な装備を少しでも痛めつけることで、今後の戦略として優位に立てることもあるだろうから……という事だったんだけど。所が状況は一変し、ユイリが今や逃げ出し、わたしがそれを追い掛ける格好となっていた。
ユイリは堪らず慌て逃げ出そうとしていたが、「で」「ら」で行動速度アップつつ、それを追いかけての「レジナ!」更に「レジナ!」もう1つ「レジナ!」トドメの「レジナ!」もう1つオマケに「レジナ!」で、ユイリの装備はボロボロになっていき、所々白い肌が顕になるにまで至り、終いには、恥ずかしさと悔しさからその場で膝をついて泣き出す始末。
そこまで来て、わたしはようやく辞めた。
「な、なんでよ……何も、ここまですることないじゃない。ひどいよーっ。えーん! えっえっえっ」
「んー……」
これまで散々、他のプレイヤーを一方的に残酷に倒していた人の言葉とは思えないけど。確かに、ちょっと可哀想だったかも?
少しだけ、反省……。
それから間もなく、これは信じられないことだけど。わたしが扱う《美しき女王の惨劇の嵐》に恐れをなした南東ワイズヘイル軍は、蜘蛛の子を散らすかのように皆んなその場から逃走し。わたし達は遂に、南東ワイズヘイルのNPC城主を倒し、勝利できたのだ。
【第三期】第13章《神気魔法・略式! アウラ・インフォーマル!》おしまいっ。




