COUNT DOWN.7 想いと集い。
2人が教室を後にした後――
ところで。
皆さんは、樹梨の席は何処か気付いているだろうか?
柚依の近くだ、とは想像されているだろう。
樹梨の席――それは、柚依のすぐ後ろだった。
だから、当然崇宏と慎哉の2人が廊下で『誰か』を待っていたのを知っている。
柚依のすぐ後ろだから、柚依がケータイを取り出したのも知っている。
そして、柚依がケータイを仕舞ってすぐ、崇宏がケータイを取り出し、慎哉と2人で立ち去ったのを。
樹梨は知っている。
樹梨のココロが。
悲鳴をあげ始めた。
皆…皆、酷いよ…っ。
柚依も慎哉も…崇宏もっ。
皆、酷い…。
何で、黙ってるの?
何で、私には何も言ってくれないの!!
柚依も崇宏も、付き合ってるならそう言ってくれれば良いのに…っ!!
いつから付き合ってるのか知らないけど、すぐに言ってくれたら良かったのに…!!
そしたら、私も諦めて、笑って「おめでとう」って言ってあげられたのに…っ!!
何で、何で皆…。
私に隠し事するの…っ!?
泣きたかった。
泣けなかった。
否…泣きたくなかった。
泣きたいのは、本当。
でも、樹梨は教室で――柚依の前で――は、泣きたくなかった。
帰りのホームが終わるのを今か今かと待ち、終了の声が掛かった途端、真っ先に教室から走り去った。
必死に、溢れ出そうになる涙を堪えて…。
そんな樹梨を、柚依は不思議そうに眺めていた。
けれど、柚依には約束がある。
それに、樹梨の行動は、いつも柚依自身には理解出来ないような理由ばかりだったので、あまり気にしていなかった。
柚依は帰りの支度をして、真っ直ぐ玄関には向かわずに、保健室へ歩いていった。
「あー…暇」
「じゃ、帰れば」
「崇宏、冷たいわー。誰の為に残ってやってんねん」
「俺、頼んでないんですけどぉー」
「崇宏も可愛無い事言わんの。柚依は?」
保健室ではいつもの3人が、ほのぼのと放課後トークを楽しんでいた。
亜貴が差し出すお決まりのマグカップを受け取って、崇宏は溜息を吐いた。
慎哉は、そんな崇宏を気にも留めず、窓から見える桜と保健室の入り口を交互に見ている。
「柚依はぁーまだホームやってんの」
飲み物を啜りながら、慎哉は亜貴の質問に応えた。
崇宏は、何を思い立ったのか、保健室にある資料を読み始めた。
「そうなん?あ、けど、柚依んトコの先生、終わるん遅いねんな?」
「そうやねんっ。柚依、早来んかなぁー」
「呼び出した、張本人だしな」
結構ある資料をもう読み終えたのか、はたまた読み飽きたのか、崇宏はそれを戻しながら会話に口を挟んだ。
「なー此処、漫画とか無いん?」
「保健室にそんなんある訳無いやん」
「やって、暇なんやもん」
「俺も漫画読みたい…」
「あのなー…。此処は漫喫ちゃうねんで」
「茶店でも無いやん」
「タダだもんなー」
「ほな、これから払って貰おか」
「いやっそれはっ」
「勘弁してやぁ〜」
「なぁ。外にまで声聴こえてるんやけど」
3人の会話を遮って、ホームの終わった柚依がやって来た。
慎哉は、飼い主を見つけた仔犬のように、その大きな瞳を輝かせて柚依に駆け寄る。
「やっと来たぁ」
「っせーよ柚依」
「ごめんて。うちの担任、いつも終わるん遅いねん。知っとるやろ?」
柚依は、抱きついて来た慎哉を適当にあしらって、崇宏の前に座った。
その前に、亜貴がマグカップを置く。
「樹梨は?」
「あー…ホーム終わったか終わらんかったかぐらいに、教室飛び出したで」
「はぁ?何で?」
「知らんよ。何か、用でもあったんちゃう?」
「今朝は、そんな事全然…」
崇宏は落ち着かないのか、持っていたマグカップを机に置き、部屋を歩き始めた。
「別に、心配せんでも良ぇんちゃう?樹梨ちゃんやって、小学生ちゃうねんから」
「アホやなぁ。慎哉は」
「はっ?」
「好きな子を心配せんような男はあかんよ。崇宏は、良い男やね」
亜貴は、慎哉にそう告げると、同意を求めるように柚依に目配せした。
柚依は、少し苦笑しながらも頷いて亜貴の言葉に応える。
「樹梨…」
崇宏が心配そうに樹梨の名前を呟いた。
開け放たれた窓から、風が崇宏の言葉を浚って行った。
「ほな、最終の確認しょーかっ」
柚依の声で、3人は柚依の周りに集まった。
そして、再び密談が始まる。
窓から零れる優しい陽光と、小さな蕾をつけた桜が、彼らを優しく見守っていた。