COUNT DOWN.4 苦しい。
「ぎりぎりセーフ…」
樹梨が教室に入ったのは、生徒がバラバラと席に着いている時だった。
数学担当の教師の眼を気にしながら、樹梨は自分の席に座った。
「あれ?柚依は?」
自分の席にさっきまで居た筈の柚依の姿が何処にも見当たらない。
樹梨は、隣の席の生徒に尋ねた。
「広瀬なら、頭痛するとかで保健室」
「えーっ。柚依までぇ?」
「までって…他にも居たのかよ?」
隣に座るのは、男子生徒らしい。
教壇に立つ教師の視線には気付かないらしく、2人とも普通の音量で会話を続けていた。
「うん…。ちょっとね…崇宏も保健室だって聴いたから…」
「池内も?進路決まってる奴は余裕だよなぁ」
「そうだねぇ…」
「お前達も、授業が始まっているというのに、堂々と私語とは余裕だな」
途端に、2人の会話が止んだ。
クラスの視線は、樹梨と隣の男子に集まっている。
「お前らも、進路は決まっているんだろうな?」
数学の教師の冷たい視線が2人に注がれる。
「「すみません…」」
俯いて、2人は謝った。
教師はわざとらしく大きく溜息を吐くと、「ったく…これだからこのクラスは…」などとぶつぶつ言って、教壇に戻った。
そう。
このクラスの生徒は――樹梨や柚依を含めて――、先生受けがかなり良くない。
授業は真面目に受けないし、宿題や週末課題もやってこない。
ましてや、定期考査のクラス平均は常に学年ワースト1…。
そんなこんなで、此処のクラスの生徒は、ある意味かなり自由に学生生活を送っている。
それでも、最高学年に『進路』はつき物。
樹梨のように、今更焦っている生徒もそう少なくは無い。
そんなクラスメイトの中で、常に学年トップの成績を誇るのが、広瀬 柚依。
さっき、樹梨と話していた女子だ。
そんな彼女も、大人を見下したような態度で教師に接するため、成績は良くても決して教師受けの良い方ではなかった。
これは余談。
暫らく、樹梨の授業風景を覗いてみよう。
「じゃ、今日はこの問題を解いて」
数学教師はそう言うと、黒板に問題集のページだけ書くと、さっさと椅子に座ってしまった。
この時期、進路の決まってない生徒は殆ど居ない。
大体の生徒が、進学なり就職なり決まっている。
であから、もう殆ど授業は無いに等しい。
スポーツで言う、消化試合のようなものだ。
それでも、予定授業日数をこなさなければ、卒業単位は貰えない。
樹梨は、問題集とノートを広げて、一応やるように努めた。
しかし、頭の中は数式ではなく、崇宏と柚依の事でいっぱいだった。
柚依…大丈夫かな…?
学校来る時は、いつもと変わりなかったのに…。
私が先に行っちゃったから、気分悪くなったのかな…。
ううん、それは無い。
崇宏、何か私の事避けてるみたいだし…。
でも、話しかければ話してくれるんだよね…。
2人きりの時だけど…。
あーあ…柚依、今頃崇宏と2人きりかぁ…。
あ、でも、亜貴先生居るんだよねっ。
なら、まだ安心…って、何考えてんの!?
柚依がそんな事する筈無いよっ!!
柚依、恋愛とか興味無さそうだし…。
でも…でも…もしかしたら…?
柚依、男の子とは誰とも話さないのに、崇宏だけは違ってた…。
もしかして…もしかしたら――………。
樹梨はそう考えると苦しくなった。
崇宏を盗られたくない想いと、柚依と正々堂々と勝負したい想い。
2つの想いがぶつかり合って、樹梨の頭はパンクしそうだった。