第6話 もう一人の潜入捜査官
1
「ブラックパンサーからモスキートへ。Αチーム降下地点に以上無し、Bチーム降下地点はどうだ?」
「こちらモスキート、Bチーム降下地点に異常無し。予定通りユニットを展開させる」
時刻は深夜、エリアB3の上空を二機のUH―1ヘリがどこかへ向かっている。
飛行する二機の内、一機の機内には二名のパイロットと一名の機付整備員の他、重装備のSRT突入班の隊員達が五名搭乗していた。
機内の人員は皆、治安調査局・第11支部に所属している者達。
現在の治安調査局・第11支部所属のSRT突入班の装備はジミーが第11支部にいた頃とは多少変化している。
SRT隊員達は暗視装置対応照準器を付けたM4A1アサルトライフルで武装。
全員が頭部に両眼暗視装置を装着させた黒のケブラーヘルメットを被り多数のマガジンポーチやグレネードポーチなどの様々な装備が装着された黒いボディアーマーを着込んでいて、その下に戦闘服として着用しているのはCWU-27/Pのノーメックス・フライトスーツで統一されていた。
ヘリに搭乗している五名のSRT突入班の隊員にはそれぞれ役割があり、現場で部隊の行動を指揮するチームリーダーの下でポイントマン、バックアップマン、ブリーチャー、メディックといった隊員で構成される。
ポイントマンは前方を警戒し、バックアップマンはそのポイントマンを援護。
ブリーチャーはドア開け要員で、突入に必要なドア用爆破装置、12ゲージショットガン、工具などを携行している。
メディックは作戦中に負傷した仲間の応急処置はもちろんのこと、保護した潜入捜査官が負傷していた場合の応急処置も行ない、他にもチーム全体の援護が任務に含まれる。
SRTは全隊員が一応は戦闘で負傷した際のための応急処置の知識・技能を持っていて、チームが五名編制の場合に、メディック以外の四名の利き腕が同じなら、これら四名の隊員は身に着けている装備品の同じ位置にファーストエイドキットポーチと呼ばれる応急キットを装着している。
これはチームの中で誰が倒れても応急キットの場所で悩まないようにするための工夫だ。
メディックは他のSRT隊員より上のランクの医療知識と技能が要求され、それらの医療行為を行なうためのメディカルバックパックを背中に背負い、さらに足にも応急キットに近い機能を持たせたレッグポーチを装着している。
メディカルバックパックの中には止血用器具や野戦外科キットなどの様々な応急処置用の装備が入っているが、意外な物に非常食としてチョコレートが入っていたりする。
レッグポーチの方には軽い負傷者が出た場合に最初に素早く取り出して使用したい装備を中心に入れられている傾向が強い。
目が疲れてきそうなくらい様々な装備を運ばなければならないSRTのメディックはパッキング技術というバックパックなどに効率良く荷物を詰める技術も高いレベルが要求される。
しかもただ単に道具を沢山詰めていけば良いという訳ではない。
負傷者が出たら逸早くその時に必要な道具を取り出せるように考え、考慮しながら装備を詰めていくのだ。
SRT突入班の中に大きめのバックパックを背負っている隊員がいたら、それはメディックを担当する隊員と思って間違いないだろう。
チームリーダーは士官または准士官が務め、ポイントマン、バックアップマン、ブリーチャー、メディックは下士官またはそれ以下の階級の隊員が務めることが多い。
ヘリの中のSRT突入班はこれら五名の隊員で構成されていて、もう一機のヘリにも同じ編制でSRT隊員達が搭乗している。
つまり二つのチームが空中を移動しているのだ。
昔の治安調査局は予算が少なくヘリを飛ばすのにも苦労していた。
現在も軍と比べればその予算は少ないが、今の治安調査局は潜入捜査官が手に入れた情報を活かすために現場へとヘリを使いスピーディーにSRTのチームを派遣する能力を持ち、その能力を組織が維持するだけの予算を貰える立場にまでなったのだ。
ここまで組織としての立場が変化したのは昔、若い頃のジミーが取った行動のおかげだが、この話しはまた別の機会となる。
「おい、さっきも言ったがゼブラ模様のパーカーを着た奴がアキラだから絶対に撃つなよ」
「隊長殿、丁度自分はアキラに借金があるんです、誤射の許可をお願いしますよ♪」
「ハハハ!」「ハハハ!」「ハハハ!」
「今から実戦なんだぞ、少しは緊張感を持たんか馬鹿共が・・」
街の上空を飛ぶヘリの高度が段々と低くなっていく。
二機のヘリが高度を下げれば下げる程、周囲に砂煙が舞い上がり静かな夜も騒がしくなる。
そのまま二機のヘリは車が通らなくなった道路に着陸、そして機体のドアが開き完全武装の男達が外へと跳び出して行った。
「こちらブラックパンサーより本部へ、全ユニット展開、繰り返す全ユニット展開・・」
SRT隊員達を降ろしたヘリはその後直ぐに離陸してどこかへと飛んで行った・・一方のSRT隊員合計10名は全員が同じ方向を速いスピードで走って行く。
隊員達が走るその場所はスラムと化した市街地。
重い装備を物ともせずにその足取りは確りと地面を蹴り、そして全員が全周囲を警戒しながら移動している。
しばらく走っていると気になる者達が隊員達の視界に入った。
上下青い戦闘服を着てその上には黒いタクティカルベストを着た東洋人達が一ヶ所に四名集まった状態で街角の遮蔽物に身を隠しており、そこにいる全員がアサルトライフルを構え静かに待機している。
持っているアサルトライフルは殆どM16A2だが、89式小銃を持っている者もいる。
彼らは青パジャマと呼ばれる二級住民の警察官でヘリで移動して来たSRTの仲間だ。
ここにいる青パジャマは全て二級住民の日本人。
付近で展開している青パジャマの班は全部で四つ、一班どれも四人。
彼ら青パジャマの配置は一軒の建物をその四つの班が囲むようにして配置されている。
状況はこうだ、潜入捜査官から送られた情報により日本人テログループ戦斧の幹部の一人が部下を連れて三階建ての建物に集まり集会を開く事が分かった。
そこで治安調査局はエリアB3の二級住民地区警察と共同で集会に集まるテロリスト達に対する掃討作戦を行なうことを決定する。
集会を行なうだけでこんな手荒な事をするのかとも思うが、悪党に民主主義は不要という中央政府の価値観が決めた判断なのだろう。
集会が行なわれる建物の周辺にはその建物へと繋がる道が四本ある。
青パジャマが待機している位置は丁度その四つの道を封鎖できるようにも機能している。
これは作戦中に民間人がそこを通り犠牲者にならないようにするために青パジャマが道を封鎖しているのだ。
そしてその間にSRTの二チームが目標の建物を強襲する。
「よう、元気か?」
「ボチボチだ、内部の状況はどうなってる?」
到着したSRT・突入班Aチームのチームリーダーが日本語で青パジャマの巡査部長に話しかけている。
今回の作戦のようにSRTは青パジャマなどの二級住民警察と共同作戦を行なうことが多いので、そのチームリーダーには日常会話ができる以上レベルの日本語力が必要とされるが、最悪チームリーダーが日本語をマスターしていないチームの場合は日本語を話せる日系人のSRT隊員が随伴して通訳の代わりをしなければならない。
このチームも全隊員が威嚇用の簡単な日本語くらいはできる。
「潜入者の情報だと集会には20人以上の民間人が集まっているらしい」
「民間人?過激派予備軍の間違いだろ、どうせろくに働きもしない糞ガキ共だ、遠慮なく射ち殺してくれ」
「そんなこと言うから警察の評判が悪くなるんだぞ、まだ若い奴らには考え直すチャンスはある」
「おまえらはこの街に住んでいないからそんなことが言えるんだ。あいつらは人間のクズだよ、この先あの馬鹿共がやれることなんて盗みと放火に暴力騒ぎ、最悪殺人事件さ、善人が被害者になる前にクズは殺した方が良い・・」
治安調査局が青パジャマのような二級住民警察の人間に潜入捜査の情報を提供する事は原則としては無い。
昔は二級住民警察の中に日本人テログループの協力者が混じっていたことも多かったため、潜入捜査官の安全を守る意味でもその捜査情報はもちろんのこと、捜査官自身の情報を二級住民警察の組織に提供することは今もあってはならない・・はずなのだが、このSRTのチームリーダーはペラペラと目標の建物の中に潜入捜査官がいると知られるかもしれない情報を自身の口から青パジャマの人間に提供しているのだ・・これは良くない。
チームリーダーはこの青パジャマの巡査部長を余程信頼しているのだろう。
「予定通り俺達のユニットが突入するからお前らはいつもの様に発電機の停止と道の封鎖を続けててくれ」
「了解した」
2
「ここに集まって来たおまえ達も思っているだろうが、この世の中はまちがっている!」
その室内は叫ぶその男の言葉をつまらなそうな顔で聴く日本人の若者達で溢れていた。
若いと言っても顔立ちを見るにその年齢は様々。
十代と二十代くらいの歳の者が多く、女も何人か混じっている。
その中を見渡すと一人ゼブラ模様のパーカーを着た背が高く体格の良い男がいた。
身長は180センチはある。
地黒なのか日焼けなのかは分からないが浅黒い肌の顔をしており、頭髪は長く背中まで伸びていて、そして無精ヒゲも濃く、だらしない。
長い前髪で隠れそうな目の眼力は強く、人によっては威圧的な印象を持つかもしれない。
「この国は元々俺達日本人の国なんだ!なのにどうして俺達が二級住民なんだ!?」
「(閉塞感を作るからだろ・・)」
「おかしいだろうが!」
「(おかしくねぇーよバーカ・・)」
叫び散らす男は戦斧の幹部。
黄色いジャージを上下で着た細身なその男の顔はどこか神経質な性格をしていそうな印象を受ける。
この男の左横には一人護衛の民兵がステン短機関銃の密造銃を構え集会参加者に睨みを効かしている。
男に話しを聴かされている若者達から見てその男の立っている右後ろの壁には時間が経過して黄色く変色した2メートルぐらいの粗末な紙が横向きに貼られていた。
紙にはこう書かれている、打倒ファーイーストランド政府。
「このまま俺達が何もしないでいたら政府の思うつぼだ!今こそ武器を手に取り闘う時なんだ!」
「あの~ちょっと良いっすか?」
ゼブラ模様のパーカーを着ているあの男が突然気の抜けたような声で戦斧の幹部に話しかける。
「なんだおまえは!まだ俺が話してる途中だぞ!」
「あ~すいませんね~でもどうしても訊きたいことがありまして」
「なんだコラ!言ってみろ!」
「戦斧のみなさん方は階級住民制度を無くして全ての民族が同じ権利を持った社会を作ろうとしてるんですよね?」
ザワザワ・・
「だからそうだと言ってるだろうが!おまえは俺の話しを聞いていたのか!?」
幹部の顔が赤くなっていく・・。
「え~そりゃもちろん聴いて・・」
「我々戦斧の掲げる目標は階級住民制度の撤廃!そしてファーイーストランド政府解体による日本国の復活だ!そうすることで全ての日本人が本来あるべき環境へと解放されるんだ!わかったか!」
「わかりました」
「だったら少しおとなしくしてろ!」
「へへ、すいません」
「あ~おほん・・それでだ我々は現在勇気ある志願兵を募集している・・ここに来たということはお前達も・・」
ボン・・
集会を行なっていた室内の照明が突然消える。
集会の参加者達は当然ざわめき立つ。
「落ち着け!ただの停電だ!そのうち直ぐに復旧する!」
エリアB3のスラムでは停電は日常的な上にこの施設の設備もかなり老朽化している、だから室内が完璧に暗闇に包まれても幹部のその男は落ち着いていた。
「いいか、このような惨めな環境での生活を強いられているのも現中央政府による・・」
幹部の男が語り続けている時だった・・。
ダダン! ブゥン!「ぐっ・・」
突如銃声が鳴り響き参加者達が慌てふためく。
「よし良いぞ、明かりを点けてくれ」
バッ
室内に光りが戻り視界が回復するとそこは先程の状況とは大きな変化が起きていた。
「おら!おまえら床に伏せろ!」
室内に入り込んだフル装備のSRT隊員達がアサルトライフルの銃口を集会の参加者達に向けながら怒鳴り声を上げている。
「ほら!グズグズするな!床に伏せて両手を頭の後ろにしろ!」
「おい!お前もだ!何やってる!早くしろ!」
怒鳴り散らすSRT隊員達の迫力に集会の参加者達は肝を冷やし完全に恐れおののいたのか、抵抗する意思を見せようとする者はいない。
戦斧の幹部と護衛の民兵はどうしたのか?それは床を見れば一目瞭然だった。
短機関銃で武装していた護衛の民兵は射殺されたようで、胴体から血を噴き出した遺体が床に一つ転がっているが、SRT突入班の一人がその遺体をビデオカメラで撮影している。
あの幹部の男は既に取り押さえられ、両手を背中側からナイロン製の結束バンドを使って拘束されていた。
「クソ!放せ・・」
口内から出血しておりどうやらファーストコンタクトとしてSRT隊員から殴られたのだろう。
幹部の男は捕らえられた今も尚、隊員達を言葉汚く罵っている・・あまりにうるさく喧しいのか隊員の一人がダクトテープを使って幹部の口をグルグル巻きにしてしまう。
一方、集会の参加者達も床にうつ伏せにさせられ同じように両手の自由を奪われていた。
隊員達はそのままの状態の彼らから身体検査を始める。
「・・・・」ポンポン・・
一人一人の身体を凶器を所持していないか念入りにチェックしていく・・そしてあのゼブラ模様のパーカーを着たあの男の番がやってきた・・。
「・・ん、おまえ何だこれは!」
SRT隊員の一人がその男のズボンのポケットから一本のバタフライナイフを押収した。
「班長、こいつ武器を持っています」
「よし、ならそいつもこちらで連行する、他は青パジャマに引き渡すぞ」
ゼブラ模様のパーカーを着た男はうつ伏せの状態からパーカーのフードを隊員に乱暴につかまれ、そこから立ち上がることを強要されているように見える。
こうしてこの男と戦斧の幹部はSRT隊員達によって外へと連れて行かれた。
「おい、終わったぞ」
「状況は?」
SRT・突入班Aチームのリーダーが青パジャマの巡査部長に話しかける。
「テロリストは三名、その内の一名は射殺、残り二名はこちらで身柄を預かる。集会に参加していた民間人25人も拘束したがこいつらの身柄はそっちに任せるぞ」
「了解した、御苦労」
再び周囲にはヘリの音が聴こえてくる・・作戦を終了したSRT隊員達と彼らが捕らえた二名をパンフィッシュシティまで護送するためだ。
砂煙を撒き散らしながら二機のヘリが道路に着陸を行ない、そしてすぐさまSRT隊員達は身柄を拘束したあの二名を連れてヘリに乗り込む。
そうして二機のヘリは直ぐに空へと飛び立ち、闇夜へ消えていくのだった。
3
(パンフィッシュ・シティ治安調査局第11支部本部ビル)
夜のエリアB3から連行されたゼブラ模様のパーカーを着たあの長髪男は今シャワー室に裸で立っていて、右手にはバリカンを握っている。
このシャワー室は床にはタイルが貼られその上を延長コードを接続したバリカンのコードが通り、壁には何本ものシャワーヘッドが横一列に設置されていた。
床にある排水溝の蓋は外してある。
あの集会場でこの男の印象は長い頭髪と無精ひげのせいで不潔なオーラがあったが、こうしてこの男の裸体を観ていると本当に美しい。
身長は182センチ、体重は95キロ。
均整のとれた男らしい身体を持ち、腹筋は綺麗に割れていてその部分は腹部の数ヶ所に影を作っている。
太く発達した二の腕と太股や足腰は確りと引き締まっており何かスポーツを行なっていると感じられる身体だ。
ブー・・ジィージリジリ・・
男はバリカンのスイッチを入れると躊躇無くそれを自身の頭部へと走らせた。
そうしてポロポロと切断された髪の毛が床に落ちていく。
細かく切断された髪の毛が鼻の辺りを通る時に一瞬だが僅かに皮脂に似た臭いを感じ取り、男は心の中で「これだから長髪は嫌だ」などと思っていた。
割れた腹筋の溝には何本も切れた髪の毛が付着している。
男はそれを左手の人差し指を使い器用に弾き落としていて、腹筋の線をなぞるような動きだ。
ガタン・・
シャワー室に誰か入って来た。
バリカンで頭を刈る男のもとへ一人体格の良い男が現われた。
その男はノーメックス・フライトスーツを着ているが、よく見れば先程エリアB3のスラムで行なったテロリスト拘束作戦に参加していたSRT突入班のチームリーダーだ。
「何だよ俺のケツでも見に来たのか♪」
「馬鹿言えよ、男のケツなんか興味ねぇ」
「奴は元気か?」
「体調の方は問題無さそうだ、けどあれはまずかった」
「何がだ?」
「突入の時にジェイソンが奴の顔に右ストレートを叩き込んだだろ、あれで奴が歯を五本も折ってる。この事は弁護士にうるさく言われるだろうな・・」
「なら弁護士を呼ばなきゃいい。日本の伝統的な文化には警察の取り調べにおいて弁護士を同伴させないという風習があるらしいぞ、あの野朗も誇り高いニップの国士様ならそうしてやった方が喜ぶんじゃないか♪」
「フフ、まあそうする訳にもいかんさ。あ~そうだった支部長がお前を呼んでたぞ、それを伝えに来たんだ」
「何の用だ?さっき会って来たばかりだぞ」
「お前が持ち帰ったボイスレコーダーの操作方法が分からないらしいぞ、下手にいじって録音した証拠を消したくないんだろ」
「あのペン型ボイスレコーダーはミーペックの新型だからだな・・分かった後で支部長のとこに顔出すよ」
「そうしてくれ、ところで髪型はまた坊主にするんだろ?」
「ああそうだよ、長髪は痒くて嫌だね。潜入のために新しい顔としてやってみたがもうやらん」
「そのほうが良い、お前に長髪は似合ってないからな」
「ありがとうよ」
「じゃあな」
用件を伝え終えるとSRT突入班のチームリーダーがシャワー室から出て行き、その後も残された男はバリカンで自分の頭を刈り上げている。
この男の名はアキラ・ナカジマ。
日本人の一級住民で治安調査局の潜入捜査官、現所属は11支部で階級は二等軍曹。
母方の方のルーツは大地殻変動後に米軍に協力した航空自衛官と在日米軍基地でガードマンとして働いていた日本人の基地従業員。
父方の方のルーツは日系アメリカ人だと母親から聞かされてはいるが、アキラ自身は父親に会ったことがない。
だから母子家庭で育ち、母親は治安調査局で働いていたのだが、その頃は潜入捜査官をしていたので親子二代で潜入捜査官をしている。
アキラの年齢は二十代後半だがこれまで何度もエリアB3を始めとする二級住民地区に潜入を行ない、その収集してくる情報の質は上官や同僚達に高く評価されている優秀な男。
治安調査局で潜入捜査官として勤務するには潜入捜査官資格課程を修了しなければならないのでアキラも当然この資格課程を修了しているのだが、アキラは他にもSRT突入班資格課程も修了している。
潜入捜査官にSRT突入班の資格は必須ではないのだが、アキラは自分の経歴に箔をつける為にこの資格課程も受けて修了したのだ。
そのためアキラはSRT突入班での勤務経験こそ無いものの、銃器や爆薬の扱い、それに近接戦闘術と逮捕術に関してはそれなりの技術を持っている。
こんなアキラも大学時代はラグビーの選手だったのだが、自身の東洋人としてのフィジカルではポリネシア人や白人に全く歯が立たないことに悩んでいた。
そんな時に治安調査局のリクルーターからスカウトされ現在に至るのだが、治安調査局が大学などで東洋人のアスリートを潜入捜査官の候補生としてスカウトすることはそんなに珍しいことではない。
その競技にもよるが東洋人の体育会系学生は白人や黒人、その他の民族グループの学生達と比較すると身体能力の差からどうしても成績が伸び悩んでいく。
この傾向は特にラグビーやアメフトのような力を加減しないで相手にぶつかるフルコンタクトのスポーツなどでよく現われる。
こういった状況下で落ちこぼれた東洋人のアスリートを治安調査局は上手く説得して潜入捜査官にしているわけだが、一つ重要なのはスカウトする対象の東洋人アスリートが既にプロとして活動もしくは契約していないかである。
何かの競技でプロとして契約していると、とても潜入捜査官として働かせるのは無理だし、過去にプロとして活動してる場合はその映像が二級住民地区で流れている可能性もあり、これでは潜入捜査官としての人材としては不都合があると判断されているからだ。
だからこそ活躍していない東洋人アスリートが治安調査局には欲しい人材であり、また落ちこぼれていても何かのスポーツに対して長い時間を消費して取り組んでいた人間というのはガッツのある人物が多いので潜入捜査官の資格課程を修了し、その後も困難な任務に励んでいく場合が多いと治安調査局は評価している。
現にアキラもまた優秀な潜入捜査官の一人なのだ。
「よし、こんなもんだろ」
アキラは鏡を見て切り残しがないかをチェックしている。
バリカンが走ったその頭は見事にさっぱりと丸くなっていたが、無精ひげは残ったまま。
アキラはシャワーのハンドルを捻り水が熱くなるのも待たず、豪快に水を浴びる。
「シュワァー!」
4
『我々戦斧の掲げる目標は階級住民制度の撤廃!そしてファーイーストランド政府解体による日本国の復活だ!そうすることで全ての・・』
パチ・・
「お聴きしたとおり今再生した部分にある発言が政府に対する反逆の意思を示す充分な証拠です、この発言を行なう十二分前あたりでも同じような発言を行なっているんですが、自分としては今の部分の発言の方がインパクトが強くて良い資料になると思いますね」
頭が丸くなったアキラが支部長室の中でペン型ボイスレコーダーで録音した内容を再生して支部長に聞かせていた。
あの趣味の悪いゼブラ模様のパーカーは着ていない、今はMA―1型のボマージャケットとジーンズを着用している。
アキラの目の前にいる第11支部の支部長はジャンバーを着た中肉中背の白人男性でアキラより背は低い。
年齢は50代前半辺りで、仕事経験豊富そうな雰囲気のオジサンといった感じか。
この男は名をローマン・グルチコフと言う東スラヴ系の男で、今でこそ治安調査局第11支部の支部長を務める中佐だが、治安調査局に来る前はファーイーストランド陸軍にいた。
学生時代のグルチコフはフリースタイルレスリングに夢中なスポーツ青年だったが、大学卒業後は陸軍に志願入隊する。
グルチコフは陸軍に入隊する際にエアボーンコントラクトというものを軍のリクルーターと契約していたが、このエアボーンコントラクトを契約すると歩兵として基礎訓練を終えた後に空挺学校(ファーイーストランド陸軍ではラッカサンスクール)に行って空挺資格を手に入れることができるのだ。
グルチコフがエアボーンコントラクトを契約したのはファーイーストランド陸軍における精鋭部隊である第187空挺連隊ラッカサンズに入隊するためであり、フリースタイルレスリングで身体を鍛えまくっていたグルチコフは配属後も厳しい訓練が待っている空挺部隊でも自分ならやっていける自信があったのだろう。
歩兵基礎訓練とラッカサンスクールを無事に卒業したグルチコフは希望通り第187空挺連隊ラッカサンズに配属され、そこで再び厳しい訓練を受けた後に激戦区である九州に派遣される。
ラッカサンズは緊急展開部隊でもあるのでここに所属していたグルチコフは九州などに何度も派遣され、数年後には実戦経験豊富な下士官になっていた。
グルチコフに空挺隊員としての油がのりきった頃、上官から治安調査局の職員が自分に会いたがっているという話を聞かされたグルチコフは治安調査局の職員と会うことにする。
この時に会った治安調査局の職員はグルチコフを潜入捜査官としてスカウトしに来ていたのだ。
二級住民地区にあるロシア系のコミニティを調査するために当時の治安調査局は東スラヴ系の潜入捜査官を欲していたのでグルチコフにコンタクトを取って来たというわけなのだ。
空挺隊員としての勤務を楽しんでいたグルチコフは当初は治安調査局からの誘いを断っていたが、何度も治安調査局からラブコールを受けている内に潜入捜査官の仕事に興味を持ち最終的には治安調査局への転属を決意する。
空挺隊員であったグルチコフにとって潜入捜査官の資格課程は殆ど楽勝だったのだが、ロシア語を習う語学授業だけは苦戦した。
グルチコフは東スラブ系ではあるが、両親がロシア語を教えていなかったため一からロシア語を習得するハメになる。
それでも何とか全ての訓練課程を終えたグルチコフは治安調査局第11支部配属の潜入捜査官となりエリアB3などの二級住民地区に潜入、多くのロシア系コミニティやロシア系で構成される過激派グループの調査を行なった。
グルチコフが行なった任務の中には郷土解放戦線への潜入調査もある。
潜入捜査官として顔がばれ始めるとグルチコフは第11支部のSRT突入班に所属を移し今度は空挺部隊上りのSRT隊員として大活躍、その勇猛さで上官からも部下からも絶対的な信頼を得る。
治安調査局の第11支部は周りから人望の厚いグルチコフを将校として育成したいと考え始め、グルチコフは上官から士官候補生学校に行くように薦められた(治安調査局には独自の士官学校が存在しないので治安調査局局の将校には他の軍が運営する士官学校を卒業して来る者も多いのだが、これはアメリカ海兵隊が独自の士官学校を持っていなかったことと同じ様な状況と考えて良い)。
これを光栄に受け取ったグルチコフは士官を目指すことを決意して士官候補生学校に向かい将校になるための全ての教育を終え晴れて少尉として第11支部に戻って来る。
少尉になったグルチコフSRT突入班のチームリーダーを務め多くの作戦に参加して多くの作戦を成功に導いていった。
その後グルチコフは階級が少佐になった時に第11支部の副支部長に任命され、そして中佐になった現在は第11支部の支部長を務めている。
空挺部隊、潜入捜査官、SRT・・これらの部隊で多くの実戦を経験してきたグルチコフは現場の気持ちをよく理解できる上司として部下達からの信頼は厚い。
アキラもグルチコフのことを良い上司だと慕っている。
「そうか、だが私的には一回の発言を強調して伝えるより二回も政府に対して反逆の意思を示している・・いやもっというと複数回反政府的な発言をしているように誇張した資料を作りたい。どうかね?」
「良いと思います」
「集会にはやはり若い人間が多かったか?」
「そうですね、18ぐらいのガキもいれば20代、それこそ俺と同じくらいの奴もいましたし、30代くらいのも交じってましたね、全員スラム出身の奴らでしょう」
「やはりスラム街出身者は職に就けないから安い金で民兵になるんだろうな」
「確かにエリアB3の中でも学校教育をまともに受けてないスラムの人間なんかにはまともな職は殆ど無いですよ。そいつらを今は戦斧なんかは集会で集めて民兵に育てたりするんですが、集会を開くような幹部クラスの人間なんかは都市部で生活している中流階級の人間が多いんです、そいつらから見ればスラムの人間は自分達より格下の人間なんですよ」
「同じ二級住民の中にも格差があるとは聞いていたがやはり中流階級とスラム出身者には強い確執なんかもあるんだろうな」
「それはもちろんありますよ。例えばスラム出身者が戦斧のようなテログループに入った場合、最初にやらされるのは鉄砲玉みたいな使い捨ての下級民兵なんです。でもこいつらが出世して組織内で幹部になるなんて話は聞いたことがありません」
「最後まで使い捨ては使い捨てと言う訳か・・」
「それでも戦斧に入ったスラム出身の人間が民兵を辞めないのは他に仕事が無いからなんですが・・それも単なる甘えなんですよ、実際今日も見て来ましたが、民兵に志願する若い奴らを見てても本気で飢えてて痩せ細った奴なんか一人もいません、どうしてだと思います?」
「NGOの食糧支援だな」
「そうです、別に俺はNGOの支援が悪いと言ってるんじゃないですよ。もちろん生活困窮者が支援を受けるのも良いことだと思います。ただ問題なのはNGOの支援で生活してる人間が民兵になるってのがどうにも頭にくる・・」
この瞬間アキラが表情と両手を使い不快感を示してみせた。
こういうオーバーなリアクションをアキラのような東洋人が行なうと非常に格好が悪いうえに見せられる方は不愉快極まりないのだが、やはりこういった動きにはこっちで育った一級住民特有の特徴を感じる。
「うむ、確かにそれは私も思う・・今エリアB3で最大勢力のテログループは戦斧なんだろ、何か連中の動きに変わったこととかはあったか?」
「変わったことはありませんが一つ気になる噂を耳にしましたね」
「何だね?」
「実はエリアB3内で日本人テログループの民兵達が何者かに襲撃され殺害される事件が連続で起きてるんです・・」
「民兵が恨みを買って殺されることなんて別に珍しくもないだろ」
「いえ、そうなんですが、問題は目撃された襲撃者の姿なんです・・プロレス用のマスクを被った男がサブマシンガンで武装した民兵を素手で殴り殺し回っているなんて話を信じられますか?」
「何だそれは?」
「目撃された襲撃者の姿ですよ、グレーの覆面レスラーのマスクを頭に被り、手にはガッチリとバンテージを巻き、青のオープンフィンガーグローブを装着しているんです・・身に着けている衣類はグレーのパーカーと・・それになぜか下はTパターン迷彩戦闘服のパンツを穿いていて後はスニーカーです」
「本当にそんな奴がいるのか?」
「間違いないみたいですよ、戦斧なんかはそいつを殺すために数十人単位の対策部隊を臨時で作ったみたいですがその部隊の過半数はもうそのマスク野朗に殴り殺されたらしいです」
「信じられん・・民兵達は銃で武装してるんだぞ」
「おそらくマスク野朗はサイキッカーでしょう、ですがだとしてもこれだけのことをやれるんですから相当戦闘に適した能力を持ったサイキッカーでしょうね、じゃなきゃ無理です絶対に」
「なぜ民兵を襲う?目的は何だ?」
「今のところは分かりません・・ですがエリアB3内ではもう既にかなりの知名度になってますよ。あっちの人間達はこいつが被ってるグレーのマスクがコンクリート色をしてるもんだからセメント・フェイスと呼んでます」
「ハハ、かなり人気者じゃないか」
「実際その評判は賛否両論ですね、そりゃあもちろん戦斧から見ればその首に懸賞金をかけるくらいの大物ですが、民兵嫌いの住民達の間じゃあ救世主扱いですから」
「ではそのセメント・フェイスの調査チームを作る必要があるな・・」
「一応ですが国立の異能力研究所に連絡して該当しそうなサイキッカーがいないか調査を要請してみましたが・・」
「あそこの連中に協力は期待できないだろうな」
「調査チームには自分も参加しますか?」
「いや、君には別の新しい仕事を担当してもらいたい。まあやっと一つ仕事が片付いたんだ、一ヶ月ほど休暇を取りたまえ」
「いえ、休暇は一週間で充分です」
「フハハハ!」
「何か変なこと言いましたか?」
「いや、なに・・君はやっぱり日本人なんだなと思ってな」
「勘弁してください・・あっちの人間と一緒にしないでくださいよ」
「すまん、すまん・・あ~それとあのゼブラ模様のパーカーの効果はどうだ?」
「SRTの隊員から訊いてみたんですが一応暗視ゴーグルで見ると敵味方識別塗料が反応して誤射を防止する効果は期待できそうですが・・」
「どうした?」
「あんなダサいパーカーを着て潜入するなんて二度とやりたくないですね・・それよりも自分の新しい仕事って何です?」
「うん、その話をしよう。君はパンフィッシュ・シティの日本人街にあるアクアリウムという施設を知っているかね?」
「知っていますよ、十階建ての会員制フィットネスクラブです。信頼性の高いウェイトマシーンを数多く揃え、営業時間中は必ず常駐でトレーナーが待機している環境を客に提供しているんですが、何よりも最大の売りは大型のクライミングウォールを施設内に完備していることですね。施設の前面はガラス張りになっているから通行人がクライミングの様子を外から見えるようになっているはずです」
「詳しいな、もしかして会員か?」
「いえ、持ってた雑誌に宣伝記事が掲載されていた時に読んだことがあるだけです。パンフィッシュ・シティに限らず一級住民地区の日本人街にはアクアリウム系列のフィットネスクラブは多いですよ」
「そうか、実は今回はそのアクアリウムに行って潜入捜査を行なってきてもらいたい」
「アクアリウムには何があるんです?」
「うむ、アクアリウムにはAJAの司令部があるという情報が入ってな」
「たしか自分も情報管理部の人間からアクアリウムの会員にはAJAのメンバーが多いなんて話は聴いたことはありましたが、司令部があるという話は初耳ですね」
「だろうな、何せ君がエリアB3に潜入してる間にまとめた情報だからな。まずはアクアリウムがAJAの司令部になっているのではないかという根拠だが、君はタツヤ・テラニシという男を知っているか?」
「いえ、知りません。ですが名前からすると日系人ですか?」
「そうだ、この男こそアクアリウムのオーナーなんだが実はこの男、我々治安調査局とは縁が深くてな・・」
そう言ってグルチコフ支部長はデスクの引き出しから一枚の写真と数枚の資料を取り出した。
そしてグルチコフ支部長は写真をアキラに手渡す。
「・・・・」
その写真には完全装備のSRT突入班五名と共に上は白いTシャツ、下はジーンズにスニーカーを着用した軽装の若い東洋人一人が並んで写っている。
頭髪は短くさっぱりとした短髪にしてあり顔はまだ若く20代くらいだろう。
写真に写るその東洋人はなかなか良い体格をしていて身長は180センチ以上あるだろうか、近くに並んでいる黒人や白人のSRT隊員達と比べても見劣りしていない。
ワンサイズ小さいTシャツを着ているせいか発達した筋肉が窮屈そうにTシャツの生地を伸ばしていた。
だが何よりもアキラが気になっていたのはその男の耳だ、レスリングや柔道、もしくはアキラ自身も打ち込んでいたラグビーなどの競技者に見られる耳の変形、耳介血腫の状態になっていることだ。
この男は間違いなく何かをやっている、アキラはそう感じていた。
「・・・・」
「その写真に一人東洋人が写っているだろ、その男がタツヤ・テラニシだ」
「こいつの周りにいるSRTは第8支部の隊員ですね・・このテラニシという男は何者なんです?」
「説明しよう、タツヤ・テラニシ、親米派の日本国政党議員の一族をルーツに持つ日系一級住民で、かつて治安調査局で10年間働いていた男だ」
「主な所属は?」
「第8支部で潜入捜査官として7年間勤務、その後所属を第2支部に移してSRT突入班の隊員として3年間勤務した後退役している。今は大学に通いながらオーナーとしてアクアリウムの経営に関わっている」
「この写真の撮影日時だと今のテラニシの年齢は30代ですかね・・」
「そうだ。それと資料によれば幼少の頃よりスポーツを好む活発な人物だったらしいぞ、特に幼少から高校卒業まではフリースタイルレスリングに熱中していたようだ」
「ああ、どうりで耳が・・」
潜入捜査官にとって重要なことは二級住民地区に溶け込むセンスであり、潜入してる地域で周囲の人間の印象に残らないように活動することが非常に重要なのだ。
だから身体の一部などに特徴的なところがある人物はあまり潜入捜査官の人材として好ましいとは言えないが、耳が変形しているタツヤ・テラニシは、それでも7年間潜入捜査官として働いてきたのだから中々のセンスなのだろう。
「ただ競技者としての成績は振るわなかったようで、当時を知る友人の証言では高校卒業後は大学には行かずSPAの教えに夢中だったらしい」
SPAとは黒人や白人それにポリネシア系などのアメフト・ラグビー部などに所属している体育会系青年達、もしくはこれらの体育会系OBとその後援者達によって構成される政治結社。
SPAはスペシャル・フィジカル・アソシエーションの略。
この組織はフルコンタクトなスポーツこそが民族や個体の優劣を決める場であるという主張を行ない、身体を接触しない、もしくは接触する要素が少ない他のスポーツは民族や個体の優劣を決めることが出来ない女々しいお遊戯であるという考え・思想を世間に広めるために活動しているのだが、それと同時にSPAはフルコンタクトのスポーツで良い成績を出すことができない東洋人は劣った民族であるとも主張しているアンチ東洋人の思想を持った組織でもあるのだ。
彼らは優れた黒人や白人そしてポリネシア人などの血を保護する目的で東洋人と他人種の婚約・結婚の禁止、また東洋人の数を減らすために東洋人にだけ適用される一人っ子政策などの法律化を進めるためのロビー活動を行なっているのだが、大概はアメフト部やラグビー部のOBなどが中心となって動いている。
現在のSPAはこういった主張をデカイ声で発しているだけなので大した問題にはなっていない。
しかし全盛期は各一級住民地区において東洋人男性を見つけてはリンチして殺害し、その正当性さえも主張していたのだ。
さすがに大きな社会問題になったため、警察が介入してこれらの運動は下火となり現在に至るのだが、それでもSPAの教えに影響を受けた若者による東洋人への暴行事件は無くなってはいない。
最近でもこんな事件があった。
格闘技雑誌で記事を書いていた東洋人のライターが、とあるMMAの試合に出場したレスリング出身の白人MMAファイターの闘いぶりを「レスリング力はあるが塩漬けばかりの退屈な選手」と雑誌内で評したのだが、この記事に対して怒りを感じたアメリカンフットボール部所属の黒人青年4人と白人青年2人はその記事を書いた東洋人のライターにファンだと偽り接近、そのまま殴る蹴るのリンチを加え、その記事を書いた東洋人のライターを殺害してしまったのである。
警察の調べで分かったのは、殺害された東洋人のライターに退屈な選手と書かれたそのMMAファイターは加害者青年達が所属するアメリカンフットボール部にレスリングの指導によく訪れていたらしく、恩人を馬鹿にされたことが青年達は許せなかったのだ。
アメリカンフットボールは選手の肉体やタックル技術を強化する目的などでレスリングを練習に取り入れることがある、だから両競技の交流は珍しいことではない。
加害者青年の一人は「弱くて劣った東洋人のくせに強い民族の戦い方を上から目線で評価する行為が許せなかった」と供述しており、SPAの影響を感じられる。
「SPAはアンチ東洋人の思想の組織ですよ、こいつもどう見ても東洋人でしょ・・」
「だからSPAには入団できなかったので個人的に応援したりしていたようだぞ」
「気持ちの悪い野朗だ」
アキラは嫌悪感を表情に出している。
「資料によると治安調査局に潜入捜査官として志願したのはそれからしばらく経ってだな、潜入捜査官の資格課程を日本語のテスト以外は首席で卒業している・・その後の仕事振りも見事なもんだ、これを見てみろ、名のあるテロリストを間接的ではあるが何人も地獄に落としている」
そういって支部長は資料の一部をアキラに手渡した。
「・・確かに仕事はできるようですね。で、こいつ今はアクアリウムのオーナーをやってるんですよね、何か問題でもあるんですか?」
「この男にはもう一つの顔があってな、AJAの現リーダーなんだよ」
「うちの元職員のこいつが・・」
「うん、二年前に前リーダーが死亡してからAJAは活動を大人しくしていただろ、それが近年組織内で選挙を行なって新しいリーダーを決める動きがあったらしくてな、この選挙がいつどこで行なわれたのは分かっていないがとにかくこの選挙の結果でタツヤ・テラニシは現リーダーの地位に就いたようだ」
「選挙でリーダーに選ばれるくらいなら人望も組織内ではそれなりにあるんでしょうね」
「だろうな。それでだ、ここからが君の任務に関係する話なんだが、テラニシは潜入捜査官として7年活動してる間に何度も二級住民地区を出入りしてる訳だ、それでこの時期に色々と素敵なお友達を沢山作っているんだよ」
「素敵なお友達?」
「二級住民地区にいたサイキッカー達のことだ。テラニシは現役時代に潜入中の二級住民地区で老若男女様々のサイキッカー達と接触していたんだよ、自分の現地協力者として働かせるためにな」
「言葉も巧みって訳か・・」
「それはどうか知らんが潜入捜査官があっちで現地協力者を作り任務を遂行させることはそんなに珍しいことでもないだろう。君はあまり現地協力者を使わないらしいな」
「現地協力者は信用して裏切られた時のリスクを考えれば自分は使いたくないですね」
「そうか・・とにかくテラニシは二級住民地区で多くのサイキッカー達を現地協力者として育てあげたんだよ。そいつらはテラニシの命令通りにテロリストの殺害を行なったり民兵の拠点への破壊工作などで大いに活躍したそうだ、この時に活躍したサイキッカー達の何人かはその後に治安調査局の作戦に協力した功績で一級住民の権利を政府から与えられてこっちで生活している。それで今でもテラニシと交流を持つ者もいるんだよ」
「まてよ・・それじゃあ・・」
「そうだ、AJA内部にはそれなりの人数のサイキッカーが戦力として参加している可能性が高い」
「一ヶ所に何人もサイキッカーがいる組織が野放しの状態ってのはあまり良くないでしょうね、何かが起きてからでは遅い・・」
「そうだ、それにこうなってしまった状況の一端に我々治安調査局の活動が関係しているとなるとな・・それに第1支部がエリアC7でやらかしたあの不祥事を忘れていない真面目な人間も議会にはいる、だから当分は大きな不祥事なんて起こさない方が良い、分かるな?」
「自分も第1支部のあれはさすがにやり過ぎだったと思います」
「この件が大きい不祥事になってしまう前に我々は対策を講じなければならない。だからまず君には連中の司令部となっている疑いのあるアクアリウムへと潜入して現在のAJAにどれくらいの戦力があるのかを捜査してもらいたいんだ」
「捜査を行なう戦力というのは銃器を始めとする凶器、戦闘員の数、施設内の構造、それとどのような異能力を持ったサイキッカーがAJA内部に在籍しているかで良いですね?」
「それとこれはまだ噂の段階に過ぎないが、テラニシの指揮する今のAJAにはSRTや潜入捜査官だった元治安調査局の人間も何人か合流しているという話もある。君にはこの噂が事実なのかどうかと、もし事実なら何人規模で治安調査局のOBがAJAの活動に関与しているかも捜査してくれ」
「分かりました・・これはもしもの話ですよ、かなりの人数で治安調査局のOBがAJAに参加しているなら大問題になるかもしれませんね」
「そうでないことを祈るしかない、まあ何にせよ本部はこちらの潜入で得た情報からこの件への対処を考えるだろうな」
「一つお聞きしますがテラニシの周りにいるサイキッカーは治安調査局の現地協力者からこっちに来た連中なんですよね?ならそいつらの資料はこっちにあるんじゃないですか?」
「良い質問だ、確かに何人かのサイキッカーに関しては君に渡す資料にも情報はある・・しかしおそらくだがAJAと関係するサイキッカーはテラニシの現地協力者だった人間だけではない可能性が高いんだよ」
「と言いますと?」
「うん、テラニシは異能力研究所に何度か足を運んでいる形跡がある、だからこの時にAJAの考えに同調したサイキッカー達を引き抜いている可能性もあるんだ」
「なるほど・・」
「それと・・実は今回君にこの仕事を任せたいのには理由があるんだ」
「なんです?」
「君のお母さん、リサ・ナカジマ氏は潜入捜査官を辞めた後も治安調査局で日本語の教師をしていたのは知っているだろう?」
「ええ、もちろん・・それが何か?」
「タツヤ・テラニシに潜入捜査官になるための日本語を教えたのは何を隠そう君のお母さんだ」
「な、本当ですか・・」
「ああ、タツヤ・テラニシは潜入捜査官資格課程では体力テストの成績は良かったようだが、日本語の語学テストの成績には難があってな、発音に問題があったらしい。それで当時、君のお母さんがタツヤ・テラニシの日本語を修正したことで立派な潜入捜査官になれたそうだ」
「こいつと俺にはそんな接点があったのか・・」
「まあ治安調査局の現役とOBという点でも君達には接点はあるだろう。君のお母さんはタツヤ・テラニシにとっては恩師だ、その人脈を活かせる立場にいる君は今回の任務に適任だと私は考えてね」
「なるほど・・分かりました、やりましょう」
「おおう、ならよろしく頼むぞ」
「さっそく今日明日にでも潜入用のシナリオを考えてみますよ」
アキラは難しい表情一つ見せず、新たな任務を引き受けたが、治安調査局の潜入捜査官は本来なら二級住民地区に潜入するための人員だ。
だから今回のアキラのように一級住民地区の組織・施設に潜入する任務は稀である。
5
数日後、アキラはパンフィッシュ・シティにある日本人街に来ていた。
観光ではない、もちろんアクアリウムへの潜入捜査のためだ。
この日本人街という地域にはその名称の通り多くの日本人と日系人達が生活している。
現にアキラの近くを擦れ違う人間は東洋人ばかりだ。
ここで生活している日本人の多くは大地殻変動後に米軍に協力した功績で一級住民の権利を勝ち取った人々の子孫であり、他にも近年になって軍や治安調査局の作戦に協力することで二級住民から一級住民になった人々も少数ながら生活している。
後から一級住民になった日本人などは先住の一級住民の日本人にいじめを受けたりしそうだが、現在表立ってこういった問題は起きていない。
これはこの街のコミュニティに「新参者には優しくしても虐めない」というルールがあるからだ。
新参者をいじめて楽しむという行為は二級住民の日本人が行なう悪習であるという考えをこの街の人々は持っている。
中央政府に協力することで踏み絵を踏んだ人間は既に自分達の同志であるという訳だ。
この街を歩いていると店の看板など日本語標記の物が必ず視界に入る。
公共機関が建てた建築物、道路標記などは英語ばかりなのだが個人が経営する飲食店や古本屋などは日本語標記が多く、他の地域から来た一級住民などはこの街に独特のオーラを感じる筈だ。
この一級住民地区のなかでは異質な空気を作りだすこの街にはファンも多く、他の一級住民地区から他人種の観光客も訪れる。
以前はこの街にもアンチ東洋人を掲げるSPAの不良達が自動車で日本人の経営する店に突撃したり、銃撃事件を起こしたりなど物騒な出来事も多発していたが、警察の分署が建ってからはこういった事件も無くなっていった。
警察の分署が建つ以前はSPAの襲撃から住民を守っていたのは実はAJAのメンバー達で、彼らは勇敢にSPAの不良青年達と戦い、その姿をこの街の人々は見てきたのだ。
だから日本人街の住民にAJAのシンパは多い。
それどころかAJAに入団して構成員となっている住民も多いので、アキラが今向かっているアクアリウムがAJAの司令部になっているという情報に治安調査局が信憑性を高く感じるのは当然の事ともいえる。
一級住民地区にはここ以外にもいくつか日本人街があるが、こうした街が作られたのは比較的最近なってからで、ファーイーストランドが建国された当初は日本人のコミュニティを作らせないためにこのような日本人街を作ることを中央政府は禁止していた。
これはファーイーストランドを建国した権力者達は日本国の自殺率の高さに注目し、一級住民地区に日本人のコミュニティができると街が閉塞感に包まれ生きづらくなると考えていたからだ。
しかし一級住民地区にいる日本人達の殆どが中央政府に対して従順でおとなしく、揉め事を起こさない人間ばかりだったので中央政府の日本人の一級住民に対する警戒は薄れ、日本人街を建設していくことに許可を出すことになった。
日本人街建設の許可が出たのには、日本国を乗っ取って建国したファーイーストランドは「日本人とも上手く関係を作っていますよ」というアピールや実績的な歴史を作るための意味もある。
とにかく今では一級住民地区に日本人街が存在するが、それでも一級住民地区では日本人以外の東洋人が強い政治力を持ったコミュニティを作ることは法律上では禁止されている。
なぜ禁止されているのかというと、東洋人が増え過ぎてしまうことで地域に強い影響力を持った東洋人のコミュニティできた街は人間が住みづらくなるという公式見解を中央政府が持っているからだが、なぜこのような見解を中央政府が持っているのかというと、一級住民地区を人間の暮らしやすい街にするうえで反面教師として参考にした街があり、それは大地殻変動で水没したカナダのバンクーバー。
夏は暑くなくそれでいて冬もそれほど寒くはないという良い土地だったのだが、カナダ政府はこのバンクーバーに大量の中国人を移民させていった。
ところが中国人などの東洋人の移民は残念ながらその土地に元からあるルールを守らない。
日本人には郷に入れば郷に従うという精神があるが、彼らにそれは無いのだ。
街中で平気な顔でゴミを捨て、どこにでも痰を吐く、交通ルールは守らない、やかましくうるさい声で話す、そして街の景観を破壊するチャイナタウンができていき、そこから怪しいコミュニティが生まれ、それが犯罪組織となって治安を悪くする。
世界各地で中国人の移民が行なってきたこれらの習性はバンクーバーでも例外なく行なわれ、やがてバンクーバーの街は汚くなっていった。
このバンクーバーの例を一つの参考にして一級住民地区が作られていったので一級住民地区では一つの地域に東洋人が集まって生活したり、集会などを行なうことを全面的に禁止する東洋人排斥法が存在する。
つまりファーイーストランドは中央政府が公式見解として東洋人には問題があると認めているような国家なので、一級住民地区では東洋人を差別することは悪いことではないという価値観を持った人々が多く住む地域もあるのだ。
それに一級住民地区にはアンチ東洋人を掲げるロビイストの組織は無数に存在し、活発に活動を行なっていて、特にSPAは独自の東洋人排他主義の教えを社会全体に広めている。
(SPA・東洋人排他主義の教え)
東洋人はフルコンタクトなスポーツで活躍できない、それはフィジカルで劣るからだ。
だから正々堂々と戦えないので、汚い手段で戦うことを好む。
東洋人がずる賢いのは他人種より身体が弱いからである。
だからずる賢いことしか取り得がないので東洋人のメンタルは物心がつき、世の中を理解した瞬間から加速をして汚れていく。
そしてこのようなフィジカルとメンタルの両方に致命的な欠陥を持つ東洋人という人種が増え、幅を利かす地域、国家は例外なく人間にとって住みづらい土地となるのだ。
だから東洋人を繁栄させてはいけない、黄禍論は正しいのである。
東洋人という人種がフィジカルで劣り、メンタルに欠陥があるのは定説であり事実である。
よって東洋人を差別することは悪ではないし、それは理不尽なことをしている訳でもないのだ。
仮にフィジカルとメンタルの両方が劣っている東洋人がこの地球上から消滅したとしても、人類全体にとって損失は何も無い。
東洋人に人種として保存されるだけの価値は無いのだから。
こういった教え・考えが昔も、そして今もファーイーストランドのエリート層には深く浸透しているので一級住民地区で、東洋人が議員になって政治活動を行なうのは事実上不可能だし、軍人や警察官のような尊敬される職業に就いた者でもないかぎり東洋人は一般社会からも馬鹿にされたりすることがあるのだ。
テレビのコメディアンなんかは公然と東洋人がフィジカルで劣りフルコンタクトなスポーツで勝てないことをネタにしたジョークを披露して笑いをとったりしている。
アニメでは黒人や白人のマッチョなヒーローが悪知恵を働かす東洋人の悪役に体当たりをかまし、その悪役を月までふっ飛ばすというような身体能力の違いをアピールするネタもある。
しかし、日本人一級住民の立場は他の東洋人よりはマシな方で、臆病で危険性が低い民族と認識されているので最初から東洋人排斥法からは除外されている。
それに地球上で唯一残された陸地を貸してくれている民族という風に政治的宣伝活動が中央政府によって行なわれるようになり、その影響で日本人一級住民のイメージは良くなっているのだ。
これはハリウッド映画で昔はネイティブ・アメリカンを敵役ばかりにしていたのに後から今度は彼らを勇敢な戦死として肯定的に描く動きと似ている。
それでも他の東洋人は今でも一級住民地区では本当に肩身が狭い。
だから東洋人には生きづらい一級住民地区から離れ、二級住民地区に逃げる目的で潜入捜査官となりそのまま帰ってこなくなる者もいたりする。
「・・・・」
街を歩くアキラの視界に入って来る店の看板、表札などはやはり日本語で溢れているのだが、もう一つ気になるのは飲食店や書店など建築物の壁に何かのロゴが描かれたステッカーもしくは貼り紙が結構な頻度で貼られていることだろう。
そのロゴのデザインは頭が大きくつぶらな瞳をしたサンショウウオの幼生が自分より小さなサンショウウオの幼生に頭からかぶりついているイラスト・・AJAのマークだ。
これは別にAJAの人間が壁に貼り付けているわけではない、その建物のオーナーが自主的に貼っているもので、形や貼り方にバリエーションがあるのは個人の手作りだからだ。
なぜこんなことしているのかは各人それぞれ理由があるだろうが、大体は建物のオーナーがAJAの支持者だからである。
AJAがいかにこの街の日本人から支持されているかをアキラは改めて感じ、それと同時に不快さも感じていた。
アキラはこれまで潜入捜査官として何度も二級住民地区に潜入を行ない、二級住民の日本人達を見てきて接したりもしてきたが、彼らを好きか嫌いかで言えばアキラは嫌いだと答える。
アキラにはどうしても二級住民の日本人の多くがいまいち好きになれない。
アキラから見ると二級住民の日本人はウジウジしている奴ばかりでスカッとした人間が少ない。
体育会系にも色々な人間がいるが、アキラ本人の性格は別にしても、アキラはスカッとしたタイプを好む体育会系の男だ。
体育会系と言っても、かつての日本の体育会のような陰湿な空気の中でアキラはラグビーをやっていたわけではない。
良い事があれば皆で盛り上がり、自分自身が過ちを犯したなら監督から殴られる世界にアキラはいたが、自分のチームの監督には体罰のセンスは充分あったと今でも思っている。
二級住民地区の体育会の話を聞いているとこういう指導者があっちにはいないらしい。
日本の体育会は旧軍から受け継いだ伝統なのだろうか陰湿な習慣とセンスの無い体罰が横行していたが、二級住民地区には今もこういうものが残っており、アキラは潜入中にそういうものも見てきた。
それに自分の言いたいことをはっきり言わない二級住民地区の日本人がアキラは大嫌いだ。
言いたい事があれば言い、相手に不満があるならハッキリと自己主張をする、そうでなければ世の中は良くはならない。
そう考えるアキラにとっては、そうではないあっちの日本人の気質は生理的に受け付けないものがあるのだが、じゃあだからといってAJAのようにあっちの日本人を自分達の価値観による判断で無差別に殺す集団を支持できるかと訊かれれば答えはNOだ。
AJAにそんな権利は無い。
AJAは自分達の掲げる大義の為に罪も無い無抵抗な人間を殺す、それが女子供であってもだ。
アキラはどんな理由があっても自分達の主義主張のために女子供を平然と殺す人間はさすがに許せない。
それにAJAが二級住民地区の日本人を殺さなくても、少子化と高い自殺率で二級住民の日本人は勝手に滅ぶだろうというのがアキラの考えだ。
エリアB3などの二級住民地区では都市部で暮らす中間層が少子化と自殺で人口をどんどん減らしているが、一方でスラム街に住むまともな教育を受けていない日本人の人口は増加傾向にある。
一級住民だろうが二級住民だろうが子供が生まれると普通なら出生届を出すので政府から身分証明書となる社会保障カードが一人一人生まれた時から発行され、この社会保障カードには英語と日本語の二ヶ国語表記で一級住民であるか二級住民であるかなどの個人情報が記載されている。
ところがスラム街の日本人は病院などでは子供を生まず、出生届も出さないのでスラム街出身者の多くは自分の社会保障カードを持っていない。
これが何を意味するのかと言うと、中央政府も地区政府も現在スラム街出身の日本人がどれだけいるのか正確に把握していないと言うことだ。
このまま何の対策もしなければエリアB3のような二級住民地区はスラム街出身者だけとなり、当然そうなれば二級住民地区は崩壊する。
AJAが活動しなくたって二級住民地区の日本人は滅ぶ。
だからアキラからすればAJAのやってる行為は二級住民の日本人に同情的なこっちの人権団体へ仕事と存在意義をくれてやるだけの無駄な行為だし、大声でAJAを支持するこの街の人間のモラルの無い態度もアキラは好きではない。
一級住民の日本人同士でもこの街で生まれ育った人間達と、そうでないアキラとでは価値観や考え方が異なるのは仕方ない。
それにしてもこの日本人街の人間は、よほどAJAが好きらしく、まだまだどんどんAJAのロゴはいたるところから視界に入ってくる。
AJAが自分達のロゴのデザインにサンショウウオの幼生を取り入れていることには理由がある。
サンショウウオの仲間の幼生は生息環境内で同種の生息密度が高いとその中から頭部を巨大化させる個体が現れる。
これは共食いモルフと言われる現象で、周りにいる仲間を食い殺して生き残るためにサンショウウオの幼生は自分の身体を共食いに特化した身体へ変化させ、頭部を巨大化させるのだ。
共食いモルフとなった個体は自分と同種の幼生を積極的に捕食していき、どんどん他の個体を体格で勝っていく。
この現象は狭いケースの中で幼生を過密飼育するとよく現れ、共食いモルフは他の個体よりも成長が早いという。
AJAはサンショウウオの仲間が持つ同種が同種を殺すという共食いに特化した性質と、自分達の日本人でありながら日本人を憎み、日本人を殺す行動に共通点を見いだして組織のロゴに取り入れたのだ。
共食いモルフが一種の環境適応への変化なら、AJAは自分達のことを閉塞感を作らず蔓延させない進歩した日本人だと自負している。
AJAがサンショウウオの幼生を組織のロゴに取り入れた理由は他にもあるが、これは自分達日本人はIQは高く、生産性も高い民族だが、それと同時に楽しい社会を作れない不完全な民族だという考えを持っていて、不完全であるとする自分達の存在と、不完全体であるサンショウウオの幼生をダブらせているのだ。
ロゴで捕食している大きい方の幼生が自分達AJAを表し、捕食されている小さい方の幼生が二級住民の日本人達を表している。
そして同種を全て食い殺して完全体となり陸地に上がるのがサンショウウオなら、二級住民の日本人を全て殺し、完全体となるのが自分達AJAであるという意味がこの組織のロゴにはこめられているのだ。
「・・・・」
しばらく歩き続けていたアキラがようやく立ち止まる。
アキラが立ち止まった場所は車道の真ん中、そこから見えるのは十階建ての水色を基調としたビル。
実際に見ると大きく、建築物としての規模はデパートに匹敵する。
建物としてのメンテナンスは定期的にしっかり行なっている様子で、外観は綺麗だ。
アキラから見てビル右側の外壁はガラス張りになっていて外からクライミング・ウォールが見えるがまだ利用者はいない。
ビルの下部左側には地下駐車場の入り口が確認できる。
「こうして見ると良い建物だな・・」
アキラが眺めているこのビルが会員制フィットネスクラブ・アクアリウム。
プップー!
立ち止まりしばらくアクアリウムのビルを観察していたアキラに対して一台の自動車が思いきりクラクションを鳴らす。
「何やってんだあんた!はやくどいてくれよ!」
こう言われるのはアキラが立ち止まっている場所が車道のど真ん中なのだから無理も無い。
「おう、悪かったな」
アキラが主に潜入捜査を行なっているエリアB3内部の多くの地域では自動車があまり走っていない。
走っていたとしても国営バス会社のバスや警察車両、もしくは救急車か消防車、稀に軍の装甲車だ。
だからアキラのような潜入捜査官は歩行者天国の状態にある車道に慣れ過ぎてしまっている。
長いことあっちに潜入を繰り返していると今のアキラのようにこっちの生活中に変な行動を起こしてしまうことが潜入捜査官にはよくあるのだが、一種の職業病と言えるだろう。
建物の観察を終えたアキラはそのまま向こう側に受付の見える自動ドアへと歩く。
ここからでも受付の窓口にはショートヘアの女性係員が見える。
上に着ているのはラッシュガードで、背は低いが中々引き締まった身体をしている、もしかしたら彼女も何かのインストラクターをすることがあるのかもしれない。
ガラ・・
「いらっしゃいませ~♪」
開いた自動ドアを越えるとさっそくあそこにいた受付の係員がアキラに反応する。
「初めてのお客様でしょうか?」
「悪いね、俺は体を動かしに来たんじゃないんだ。ここのオーナーとは古い付き合いでね、問題が無いなら呼び出してもらえないかな?」
「えっと・・リーダー・・じゃなくてオーナーのお知り合いの方ですか・・少々お待ちください・・テラニシ・オーナー、テラニシ・オーナー・・オーナーに直接会いたいお客様がおこしになっています、至急受付まで来てください」
係員の女は少し戸惑ってはいたが、直ぐに館内放送を使ってアキラの目的の男を呼んでくれた。
「・・・・」
「・・・・」
しかし五分近く経ってもオーナーらしき男は現われない・・とは言えこれだけの大きさのビルの中なのだから直ぐにはこちらには来れないエリアにいるのかもしれない。
それでも係員の女はオーナーが遅いと感じたのか首を傾げている。
「・・あの本当に申し訳ありません、オーナーは施設内にいるのは確かなんですが、しばらくかかりそうなので別の者に直接探させます・・その間に施設内を見てまわるのはいかがでしょうか?」
「ならそうさせてもらうよ」
「ありがとうございます、それではオーナーが見つかりしだい内線でご連絡しますので・・」
こうしてアキラはアクアリウム施設内を見て回ることになった。
アキラが雑誌で見たアクアリウムの広告によれば施設内にはウェイトトレーニングが行なえるジムが二つ、ゴルフレンジ、フットサル場、スカッシュコート、クライミングエリア、体育館、各種プール、ジャグジー、サウナ、スパ、シャワールーム、ラウンジ、ロッカールーム、売店などがある。
体育会系のアキラならこのタイプの施設に興味を持ちそうな気もするが、プライベートな感情ではあまりこの施設に対して興味を持ってはいない。
あるのはあくまで任務としての興味だ。
少しはウェイトマシンの質などに興味はあるが、それでもアキラはオフの時は自宅と11支部内のジムで金をかけずに身体を鍛えているから今更会員制のフィットネスクラブを利用しようとは思わないのだろう。
「・・・・」
受付の近くには階段とエレベーターがあり、アキラは階段の方を使って二階へと行くことにした。
階段を上がって行くと途中の壁には何かのポスターが貼ってある。
ポスターには上半身裸体の男二人が手にオープンフィンガーグローブを装着してファイティングポーズを行なっている姿が写っていた。
よく見るとキリング・ケージのイベントを告知している物だが、そのイベントがこれから開催されるものなのか、それとも既に終わったイベントなのかはMMAに関心の無いアキラには分からない。
このポスターにファイティングポーズをとって写る男の片方はさっぱりとした短髪の日本人。
この日本人は小林良太郎というMMAファイター。
この手のスポーツの競技者によくあるように耳が若干変形しているが、太く逞しくそれでいて均整のとれた身体を持ち、縄文顔とも弥生顔とも言い難いさわやかな顔をしている。
外人からモテるかどうかは微妙だが、日本人の女にはモテそうな顔だ。
「ケッ」
アキラもMMAを何度か観戦したことがあるが、この男にとってMMAは退屈なスポーツだったようで、あんなものを真剣に見てる連中はアホなのだろうと思っている。
失礼な話、アキラはMMAをレスリングや柔道、それにアメフトやラグビーなど、他のスポーツで一流になれなかったアスリートが参加するショービジネスという認識を持っている。
だからMMAを真剣に見てる人間はアホだと思っているし、競技者としてMMAに命を懸けている人間がいたとしてもアホだと思っているのだろう。
アキラにとってラグビーこそが最高のフルコンタクトスポーツなのだ。
アキラ自身はそのラグビーの落ちこぼれなのだが・・。
「ちょっとオーナー!オーナーにお客さんが来てるんですよ!早く受付に行ってくださいよ!」
階段を上がる途中アキラの耳に女性係員と思われる人間の叫び声が聴こえて来た。
「・・・・」
「ちょっと待ってくれよ・・俺の知り合いならそんなにせっかちな人間はいないから大丈夫さ」
次に若い男の声が聴こえる・・声の感じから距離的には最初に叫んでいた女よりも遠くにいる気がする。
階段を上がり終えて二階に到着したアキラの目の前には巨大なクライミングウォールが現われた。
高さは20メートル・・30メートルあるだろうか?正確な高さは分からない。
横幅も広いその壁には赤、青、黄色・・様々な色をした小さな石が埋め込まれていて、壁の真下には万が一落下した時のために巨大な分厚いマットが敷いてある。
クライミングを行なう時には安全のためにクラッシュパッドというマットを敷くが、一般的にクラッシュパッドというものは携帯式の物である。
この施設で使われているマットは特注品の大型マットだ。
クライミングウォールの高さ18メートル付近の場所だろうか、そこに男が一人へばり付いている。
明確な定義は曖昧だが、フリークライミングでも2メートルから5メートルの高さの岩や壁をロープなどの確保無しで登るスポーツをボルダリングと呼ぶ。
ボルダリングは競技者自身が使用する専門的な道具はクライミングシューズと指の滑りを止めるチョークという粉とクラッシュパッドのみ、後はおのれの身体一つで岩や壁を登る。
アキラの目の前でクライミングを行なっているその男も身に着けている専門的な道具はクライミングシューズ以外には見当たらないのだが、男のいる場所はやはり18メートル付近だ。
上着は黒のラッシュガード、下はスポーツ用のスパッツだが、何度その男を見てもロープや身体にロープを固定するためのハーネスは装備していない。
この状況をボルダリングと呼ぶには安全対策が欠けているのではないだろうか。
「オーナー早く壁から下りてくださいよ」
「はぁ~分かった分かった・・今おりますとも・・」
下にいる女性係員は男がはりついている壁の高さは大して気にもしていない様子だ、ということはこのような危険な行為をあの男は日常的に行なっているのだろうか?などとアキラは思っていた。
アキラからは丁度、男の背中が見えていて、肩幅は広く、筋肉質で背筋が良く鍛えられていることが遠目からでも分かる。
男はかなり速いテンポで石を掴んでは放しの動きを繰り返して下に下りて来ているが、その動きと同時にラッシュガードの下に潜む男の鍛え抜かれた筋肉もまたゴリゴリとした反応を見せていて、この男が行なう全身の動きは大型のクモ類のそれを彷彿とさせる。
ポン!
高さが残すところ2メートル辺りから男はクライミングウォールから手を放し勢い良くマットへと着地してみせると、直ぐに係員の女がその男の方へと駆け寄り、話し掛け始めようとしていた。
「もう!オーナーったら!馬鹿なことやってないで早くしてくださいよ!お客さん待ってるんですから!」
「で、そいつはどこに?」
「あんたに用があるのは俺だ」
チョークを落とすため、手の平を擦るように叩く男にアキラが声をかける。
そうしてアキラの方を向いた男は180センチ以上の身長と屈強な上半身、そして鍛え抜かれた足腰を持っていた。
この男はアキラよりも身長は高く身体も大きい。
支部長から渡された写真に写っていた時の姿とよく似て短髪の髪型と変形した耳をしている。
間違いない、アキラの目の前にいるこの男はタツヤ・テラニシだ。
「・・申し訳ないがおまえ誰だ、知らん顔だな」
「だろうな、悪いが受付の子には嘘をついてここに来たんだ、本当にすまない・・俺はアキラ・ナカジマだ、よろしく」
今回の任務でアキラは本名を名乗ったが、それは相手のテラニシが元治安調査局の人間で、自分の母親の知り合いだからだ。
その人脈を使わない手はない。
それにアキラが所属している11支部にテラニシと何らかの関係を持っている人間がいないとは限らない。
もし何者かがアキラの素性に関する情報をテラニシに伝えることがあれば、その時に偽名を使っていると警戒され任務に都合が悪い。
だからアキラがテラニシに伝えるキャリアなどのあらゆる情報は探りを入れられても違和感が無いように可能な限り本当のものを伝えることにしたのだ。
「俺はタツヤ・テラニシ・・と言っても俺のことは知ってるみたいだな、で、俺になんの用だ」
「あんたリサ・ナカジマって知ってるよな?俺はその一人息子だよ」
「リサさんの?へぇ~息子がいるって話は聞いていたがお前さんが~俺はお前の母さんから下手糞だった日本語を直してもらったんだよ、おかげで治安調査局で長く働くことができたんだ、だから今でもリサさんには凄く感謝している」
アキラが自分の母親の話題を出すとテラニシの表情はグンと明るくなる。
もしこのリアクションが演技ならばテラニシはかなりのやり手だろう。
相手も潜入捜査官出身の男なのでアキラは警戒しながら接する。
「ありがとう、実は俺も母さんみたいに潜入捜査官として11支部で働いていたんだけど・・つい最近上司と害獣駆除のやり方で揉めてね、それでクビになっちまったのさ」
「ほぉ~ならお前もしかして困ってるだろ?」
「まあ、そうだ」
「あ~ちょっと二人で話しをしたい、いいかな?」
テラニシは女性係員を別の場所へと移動させて話しを続ける。
「しかしクビになるなんてよっぽどだな、何をやらかした?」
もちろんアキラは実際には治安調査局をクビになどなっていない。
だがアキラは支部長に頼んで本当に自分が治安調査局を退職したと思わせるように偽の情報を流してもらっている。
「捕まえた日本人の民兵を護送中に殴り殺しちまったんだ・・目つきがムカついてね」
「アハハハハ!そりゃあクビになるだろ!そいつを捕まえたのは自分か?」
「いやSRTの突入班だ・・」
「アハハ・・そりゃあならクビになることもあるだろうな、日本人は嫌いか?」
「ああ大嫌いだ、陰湿でウジウジしてキモい顔してる奴ばかりだ。俺が治安調査局に入ったのもあいつらを殺して飯を食っていこうと思ったからさ・・けどクビになっちまって行く所に困っているんだ、だからあんたの組織に入りたい・・」
「随分と俺のことを調べて来たみたいだな」
「ああ、最近はアマチュアもあんたみたいなプロが指揮官やってると聞いてね」
「ふ、それは俺を買いかぶり過ぎだな、俺だって今は元プロ、立場はアマチュアと変わらない」
「それこそ謙遜し過ぎってもんだ、俺はあんたの現役時代の話なら何度も聞いてきたからな、東洋人を殺すために生まれて来た東洋人だってね」
「はっ、嫌な噂だ♪」
「話しを急がせるみたいで悪いが俺をあんたの組織に入れてくれないか・・」
「ふ~ん害獣駆除をプロで経験してるってのは良い人材だ、それに~」
「?」
テラニシは舐め回すような視線を使ってアキラの身体を観察していた。
「良い身体だ、おまえ何かやってるのか?」
「中学から大学の途中までラグビーをやってた・・評価は悪かったけどな・・」
「ラグビーか、ならアメフトの連中とは仲悪かっただろ?」
テラニシの言っていることを説明するとファーイーストランドの特に大学におけるラグビー部とアメフト部による対立関係のことだ。
ファーイーストランドの四大スポーツはアメフト、ラグビー、レスリング、MMAなのだが、アメフトとラグビーは競技としての類似性からファン同士の対立が激しく、その流れが昔は選手間にも及んでいた時代がある。(実際に観戦して比べるとラグビーとアメフトは結構違う)
現在もアメフトの選手はラグビーをボールを持って突進するだけの馬鹿でもできる競技と主張し、一方のラグビーの選手もアメフトの選手を休んでばかりの怠け者と罵っている。
それでもこれくらいはまだ良いほうで昔は大学内でラグビー部員とアメフト部員の両者による乱闘、流血騒ぎが日常的に発生していたのだが、これがそれなりの社会問題となっていたのだ。
彼らのような身体の大きなアスリート達に組織的に暴れられると生身で止めることは困難である。
だから当時からミーペックなどの兵器会社は低致死性兵器の開発にも積極的で、なるべく彼らへのダメージを最小限に抑えて拘束できる装備を作ることにも力を入れているのだ。
現在でも一級住民の体育会系学生はそのルーツによって選ぶ競技が分かれると言われる。
アメリカ合衆国をルーツに持つ者はアメフトを選び、ニュージーランドやオーストラリアなどのオセアニア地域をルーツに持つ者はラグビー選ぶ傾向が強い。
団体競技よりも個人競技を好む者や身体が小さくアメフトやラグビーを行なうには不利な者はレスリングを選ぶ。
レスリングは体重別階級制を導入している競技なので身体が大きくなれなかった者の受け皿になっている面もあるが、中には身体が大きくてもアメフトとラグビーの対立に巻き込まれたくないという理由でレスリングを選ぶ体育会系学生もいるのだ。
そして大学時代にレスリング、アメフト、ラグビーの競技生活に満足できなかった人間はMMAの選手を目指すという一つの流れがあると言われている。
また、中にはアメフト部とレスリング部の両方に所属したりして両方の競技で活躍する猛者もいたりするが、そうでなくとも身体の大きなレスリング部員はどうしてもラグビー、アメフト両方の部員達から関係を迫られてしまう。
それはラグビーもアメフトもトレーニングにレスリングを取り入れているので、身体の大きなレスリング選手はラグビー部とアメフト部の両者からトレーニングの際に協力を要請されることもあるからだ。
このような要請に大概のレスラーは好意的な対応を行なうので大学内で彼らによる争いが発生した場合には良い意味で仲裁者として機能していた。
だが時にはアメフト部とラグビー部がいつもの喧嘩騒ぎによって負傷者を出して試合に出れる状態の選手の人数が足らなくなると身体の大きいレスラーは助っ人を頼まれて、大してルールを理解しないままアメフトやラグビーの試合に出場してしまい大怪我をする。
その結果レスリングの重要な大会を欠場する破目に陥るという笑えない事態が多発してしまったのだ。
現在はこれらのトラブルが発生しないようにする目的で、ラグビー部のある大学にはアメフト部は置かない、その反対にアメフト部のある大学にはラグビー部は置かないといったシステムが完成していて、昔のように大学内での乱闘騒ぎは起きなくなったが、現在は部員達同士による喧嘩騒ぎが街中で起こることが稀にあり、大学内の揉め事が大学外の問題となってしまった今日では年に何名かの逮捕者を出している。
ラグビーもアメフトもその出身者からSPAのメンバー多く輩出しているが、同じSPAのメンバーになってもラグビー出身者とアメフト出身者は同じ派閥には入らずに別々に活動する傾向が強い。
「いや、俺はそうでもない、アメフトの連中とは喧嘩もしてないさ」
「なんだよそれは残念だな、お前からラガーマンの武勇伝を聞けると思ったのに・・」
「好きなのか、喧嘩の話が?」
「まあな、街でラグビー部とアメフト部の乱闘を見たことがあるんだが、あれは中々見応えのある格闘技だった、参加したいとは思わないがね・・おっと話がそれちまったな」
「・・・・」
「とりあえず会員が来ると話しづらいこともある、俺について来い」
アキラはテラニシについて行き、エレベーターへと向かう。
操作パネルを扱い9階へと向かうように操作する。
「これからどこへ行くんだ?」
「9階に小さい会議室があるんでな、そこでじっくり話そう、それにしても・・」
「何だ?」
「お前って顔はあんまりリサさんには似てないな、間違いなく顔は父親似だよ」
「・・でも肌の色なんか俺は母親似だと思うぞ」
「リサさんも肌は浅黒かったからな~お前もリサさんと同じで地黒なんだろ?」
「そうだけど別にいいだろ・・」
「それと良い名前をつけてもらったんだな」
「アキラって名前がか?」
「そうさ、その名前は俺が尊敬しているレスリングの選手と同じ名前だからな」
「・・・・」
エレベーターを降りて左側に向かって行くと会議室・関係者以外立ち入り禁止の札が付いた扉がある。
「さあ入ってくれ」
中に入ってみると広くなく狭い、確かに小さい会議室だ。
室内の中央にはノートパソコンとトランシーバーが置かれた白いテーブルとそれを挟む形で椅子が六席並んでいる。
部屋の隅には書類の保管された金属製の棚があり、他にこの室内にあるのは外の景色が見える窓が一つくらいか。
アキラが椅子に座るとテラニシがさっそく口を開く。
「さてアキラ、俺達AJAは志を共にできる仲間を常に求めている・・お前は見るかぎり身体はできているし、キャリアが本物なら使えそうな良い人材だ」
「なら俺を仲間に入れてくれるんだな?」
「お前は俺が恩を感じているリサさんの息子だ、しかも俺の後輩でもあるからな、ほおってはおけないさ。むしろ俺達の仲間に入ってくれるならこちらから歓迎したいくらいだ、これからよろしくな、アキラ」
そう言って握手のためにテラニシが右手をアキラに差し延べる。
アキラはその手をしっかりと掴み反した。
「お、力が強いな・・」
「ふん、あんたこそ」
握手を終え離れる二人。
「まああれだアキラ、いきなりお前に仕事の話をするのは俺も心ぐるしい。それでだ俺達AJAの仲間達を紹介してやる」
「それは助かる、できれば俺もあんたの仲間に早く自己紹介したい」
AJAにどんな人員がいるのか知りたいアキラとしては都合の良い展開だ。
テラニシはテーブルの上に置いてあるトランシーバーを手に取り施設内の誰かと交信を始めている。
「あ~俺だよ、キョウヘイとクニヒロを会議室に呼んでくれ・・アキラ、しばらくしたらまずお前に紹介したいやつがここに来る、少しここで待ってよう。何か俺の事で訊きたいことはあるか?」
「あんたはどうしてAJAに入ったんだ?そのまま治安調査局で働いてても悪くないキャリアだったはずだ」
「はあ~いきなりそこかぁ~そうだな・・まあ俺は二級住民の日本人が好きじゃないのはお前も分かるだろ、俺はあいつらが好きじゃない、俺は日本人の民族的な気質が嫌いなんだ」
「民族的な気質・・」
「そうだ、俺があいつらのことを具体的に知ったのは二級住民地区に潜入した時だな。とにかく性格の悪い連中だと思ったよ」
「ハハ、確かにな、それは俺も思う。無駄に生き急いでいるよな」
「ただな、俺があいつらを殺したほうが良いと思うようになったのはもう一度言うがやはりあいつらの気質に問題があると感じたからさ、あいつらは俺達と民族的には同じ生き物だが、精神的な部分が大地殻変動前の日本人と全く変わらないんだよ」
「あんたが嫌ってるあいつらの民族的気質とやらがそこにあるのか?」
「ああ、大地殻変動前の社会情勢を調べれば分かるが日本人という民族は勤勉性を持ち合わせ、社会のルールを守る非常に大人しい生き物だ。こう言ってしまえば聞こえは良いだろうが実際はどんなに社会のシステムに不満があってもそれを自らで改善しようという努力をしない欠陥民族だと俺は思っている」
「・・・・」
「この世に完璧な民族や国家が存在したことは一度もない、だから大地殻変動前に存在した日本国にも例外無く多くの社会問題はあったさ、例えばだ・・改善されることがなかった劣悪な労働環境なんかもそうだし分かりやすいだろうな。他の民族なら社会に不満があれば暴動を起こしたりして抗議活動なんかをするもんだが日本人は社会に不満があってもそんなことをしたりはしない、不平不満を口に出すことが情けないことだと思っているんだろう」
「働き過ぎで死ぬ奴がいるような連中だからな」
「日本人を我慢強く忍耐力のある人間が多い民族だと評価する人間もいるが、あれだけ自殺してるところを見ると俺はそう思わないね」
「もしかして心配しているのか?」
「ハハ、おいおいそんな訳ないだろ。俺としては日本人なんてどんどん死んでくれた方が良いくらいだ、俺が言いたいのは日本人の不満があってもその感情を表に出して行動に出さないという気質が後の未来にとんでもない問題を起こす可能性があると言うことだ」
「どういうことだ?」
「日本人のように自分達の言いたい事をハッキリと言わない民族が主要民族の国家はどんな圧政を布く政府が誕生しても立ち向う者が現れづらい環境に陥るんだよ、民主主義がいつでも死ねるってことさ」
「別に良いだろ、俺達一級住民には関係の無いことなんだし」
「・・アキラ、お前は本当に日本人を殺したいだけの理由でここに志願して来たんだな」
「そうだよ、俺がやりたいのは糞ニップ共を標的にしたマンハンティングさ」
「あ~アキラ、お前はあんまり世界史とか政治経済を勉強してこなかったタイプか?」
「最低限は勉強してきたさ、何か問題でも?」
アキラは堂々と答えてみせる。
「まあそれで良い、いいかアキラ、俺達の生きてるこの国は二種類の人間がいる・・その内の一種類が俺達一級住民、もう一種類があっちの二級住民だ。で、現在の二級住民の九割以上が日本人なのは分かるよな?」
「いくら俺が馬鹿でもそれくらい分かる」
「そうか、じゃあもしもの話だぞ、もし階級住民制度が無くなり、一級住民と二級住民の区別が無くなったら最大の多数派民族が日本人になってしまうのも分かるな?」
「ん・・それはそうだが階級住民制度は無くなるなんてことは起こらないさ」
「絶対にそうだと言えるか?」
「いや、だって・・」
「あのなアキラ、この世の中に絶対なんてものは無いんだよ。世界中にあった人間の生息圏を滅茶苦茶にした大地殻変動だって誰も予測できなかった。信じられないような事が起こるのが現実なんだ。例えばインテリ左翼が政権を取って階級住民制度が廃止されるなんて未来が存在するのかもしれない、そんな事は絶対に無いなんて誰にも分からないだろ」
「そこまで言われたらそうだ・・」
「だろ?もし階級住民制度が無くなり俺達とあいつらが対等な存在になってしまったらこの国は建て前では民主主義国家である以上あいつらの考えやライフスタイルが主流になる、民主主義が正常に機能してしまえばそれは数の暴力だからな」
「まあ確かにな・・」
「もしあいつらの考えやライフスタイルが主流になってみろ、この国全体が日本化して多くの人間にとって生きづらい世界になるだろう、地球上に唯一残された人間の生息圏がそうなるんだぞ、俺は絶対に嫌だね」
「(ちょっとこの辺は俺も同じことを思ったことはあるな)」
「だが幸いな事に最悪の未来を予防するために俺達が行なうべき行動はそれほど難しい事ではない。知恵を絞って武器を手に取り・・そして勇気を持って二級住民地区にいる腐った日本人達を殺せば良いだけだ。邪魔な日本人を殺し尽くせば最悪の可能性は一つ無くなる、どうだシンプルだろう?」
「いやいや全くのそのとおりだ、あいつらをみんな殺せば俺達や俺達の子供達の楽しい世の中は守る事が出来る」
「それに俺は白人や黒人の友人も多い、彼らやその子供達が日本式のライフスタイルを押し付けられて暮らす姿なんて見たくない。俺がAJAに入ったのはこういった最悪の可能性を潰すためだったてのが理由の一つだ」
「理由の一つということはまだ何か他にAJAに入った理由があるのか?」
純粋にこの部分が気になったアキラは思わず訊いてしまった。
「俺がAJAに入ったもう一つの理由、それは俺が東洋人不要論という思想を持っていて、地球上にいる東洋人の数を減らす必要があると考えているからだ」
ここで会ってから今までで一番強い口調でテラニシはアキラにそう答えた。
「なっ何だそりゃあ・・」
「今答えたままさ、俺は昔から思っていたことだが地球上に誕生したあらゆる人種の中で最も劣り価値の無い人種は東洋人だと思っているし、未だにこの考えに疑問は無い」
「ちょっと待てよ、いきなり何言ってるんだ?それなら俺やあんた自身、それにあんたを慕ってる仲間達だって一級住民の日本人・・みんな人種的には東洋人だぞ、それなのにそんな事を言うのか?」
「そうさ俺は自分のことだって劣った人種の固体だと思っているし俺は仲間達にだって俺とお前ら全員が劣等民族だって答えてるよ」
「何を言ってるんだあんた・・」
「まあまあアキラ、俺の話を最後まで聞け。アキラ、俺は治安調査局で働く前はレスリングの選手を目指していた。耳を見てくれれば分かるが人並みの努力は競技者としてして来たつもりだし、時には誰よりも練習して誰よりも強くなろうとしたもんだ」
「・・・・」
「けど俺はレスラーとしては落ちこぼれだ。どんなに頑張っても黒人や白人それからポリネシア系のレスラー達に戦績では敵わなかったんだよ。俺は自分の努力が足らなかったとは思いたくない、俺の努力が実らなかったのは俺が身体能力で劣る東洋人だからさ」
「・・・・」
アキラは言葉にこそ出さなかったが、テラニシの発言を女々しく感じた。
しかし共感できる部分もあるのだ。
アキラ自身もラグビー部時代に身体能力で他人種の選手に圧倒されたことがあるからだろう。
「なあアキラ、お前だってラグビー選手として一流ならこんな所には来てはいないはずだ、そもそも治安調査局にだって入っていないだろうな。白人や黒人、それこそポリネシア系に生まれていれば今頃はラグビーの花形選手になっていたかもしれない・・けどそんなアスリートとして最高な人生は東洋人に生まれた時点でお前や俺の運命には存在しない。だからアキラ、俺とお前は似ているんだよ」
「俺とあんたが似ている・・」
「そうさ、俺はレスラーだから黒人や白人、もしくはムラートみたいなそれらの混血アスリート達の身体がうらやましい。お前だってラガーマンならポリネシア系や白人の名選手達に憧れたことはあるだろう」
「俺は・・」
「いいかアキラ、身体と身体を加減無しでぶつけ合う競技に東洋人が選手として関わって、それなのに他人種の肉体に憧れやうらやましさ、そして妬みの感情を持ったことが無いとか言う奴らがいるならそいつらは全員嘘つきだ。俺は自信を持って言う、黒人や白人そしてポリネシア系のフィジカルが羨ましい」
「・・・・」
「もし自分が死んだ時、目の前に神が現れそいつが俺に対して次はどの人種に生まれ新しく人生をスタートさせたいかと問われれば東洋人なんて俺は絶対に選ばないね、二度も東洋人の人生なんてごめんだ」
「そこまで東洋人に生まれたくなかったのか・・」
「そうさ、お前だってそうだろ?違うか?」
「それはその・・」
「まあ言いさ、いきなり自分を否定しろとは言わない。ただ心の奥底は誰もが正直なもんさ、それとなアキラ、俺は東洋人が劣っているのはフィジカルだけだとは思わない。メンタルにおいても東洋人は劣っていると確信している」
「メンタルに人種は関係無い、個人そのものがどういう環境で育ちどんな教育を受けたかだろう」
「いや、それは違う。そうであったとしても東洋人の集団が作る社会で育った東洋人のメンタルは応じて糞みたいなもんだ、それは歴史が証明しているんだよ」
「何だそれは?」
「東洋人は自分達が性格の悪い人種や民族だという事を分かっている。例えばだ、大地殻変動が起こる前の世界において東洋人達はやたらアメリカやカナダ、オーストラリアとか欧米諸国に移民したがり現に合法不法を問わずにあらゆる方法を使って相手国に移民していたんだよ。食う物もろくに無いような最貧国の人間ならともかく極東の国々は豊かさでは欧米諸国に負けてはいない、それなのに東洋人は欧米諸国に移住したがるんだ、何故か?理由は単純だぞ、自分達の母国で暮らすのが息苦しいからさ。それは経済的に困窮している場合もあっただろうが、やはり性格の悪い東洋人が作った社会が東洋人自身も嫌なんだよ、そのくせに東洋人という生き物は移住した相手国のルールを守らない。だから他人種から差別されても仕方の無い歴史があったんだ、東洋人はメンタルに欠陥があるから陰険で、どこへ行っても気持ちの悪い行動を行なうんだろう」
「ちょっと待てよ日本人を他の東洋人と一緒にはするなよ、日本人が移民先の国で問題を起こしているなんて歴史は聞いたことが無い」
「その通りだアキラ、日本人はあいつらとは違う。若干だが他の東洋人と比較すると性質が異なるからな。だが俺が言いたかったのは東洋人という生き物がやたら他人の国に住みたがる性質があることなんだよ」
「それもどうかな、労働者として移民していった日系アメリカ人や棄民として国から見捨てられた日系ブラジル人の歴史を除いたら日本人は少なくとも他の東洋人よりは他国に移民していた民族ではないだろう」
「いやここで重要なのは他国に移民をしたか?してないか?ではないんだ。東洋人が他国へ移民をしたがる生き物だってことだよ、これは日本人だって例外じゃないさ。大地殻変動が起こる前のインターネット上の書き込みを見たりすれば分かるぞ、結構な数で外国へと移住して暮らしたがる日本人の多いことに驚いたね」
「そうなのか?」
「そうさ、日本の劣悪な労働環境が嫌だから欧米諸国に移住したい、北欧諸国は福祉国家だから移住したいとかアホみたいな事を言ってる日本人の書き込みが多くて見てて俺は呆れたもんさ。日本との国土や人口の違い、それに植民地の有無や移民問題を見ずしてよくあんなバカな事が言える。そもそも日本の現状が気に入らないから他国へ移住したいなんて考えが俺には気に入らない、自分達の国で幸せに暮らすために自分達の力で自分達の国を何とかしようという発想と行動力が無い時点で日本人も他の東洋人と大して変わらないってことだ」
「でも皮肉だな、そんなアホな書き込みをしていた奴の中にも日本にいたから大地殻変動を生き残れた奴だっていたんだろうに」
「ふ、確かにな。とにかくだ、早い話をすると東洋人が幅を利かす世の中っての例外無く息苦しい世界だってことだ。しかも東洋人は自分達で作ってしまった息苦しい世界を自分達で改善させる能力が無い、それを自分達でも本能的に知っているから他人の国に移住したがる習性があるんだ。だが俺達が生まれたこの時代に残された陸地は日本列島だけだ」
そう言ってテラニシは大げさに右手の人差し指を床に向けてジェスチャーしてみせる。
「まあそりゃそうだ」
「途轍もないくらい息苦しい世の中が出来上がってしまっても海外に逃げるなんてアホな発想は何の意味も無い、そんな事はもうできない、人間が暮らせる陸地はここだけだからな、ここを楽園にしなければいけない、そういう気持ちが大事なんだ、当然さ。だからこそ人間にとって生きづらい世界がこないようにするための予防としてフィジカルとメンタルの両方で劣る東洋人は殺してでも数を減らす必要がある、大地殻変動前の時代なら東洋人イコール中国人だったが、あの連中の殆どがあの史上最大の災害で死滅した。今、生息数の最も多い東洋人は日本人だ、だから東洋人の数を減らすイコールは二級住民の日本人を殺すことなんだ、そしてそれを実行に移せばこの世界が不幸になる可能性を少しでも減らせる、俺はそう確信しているからこそ日本人を殺しているんだ、AJAのメンバーとしてな」
「・・・・」
「俺は思う、東洋人が繁栄し、主役となる世界は不幸だと。東洋人は自分達が繁栄し過ぎてしまわないよう自らを律して生きるべきだ。東洋人による他人種への遺伝子汚染を止めるために俺は自分の人生を捧げたい」
「(こいつ頭いかれてるな)」
「それとこれは俺自身が持つ東洋人不要論の思想を無視した俺なりの客観的な考えだが、やはり今の日本人にとって理想的な生き方は白人を中心とした多民族国家の中で模範的マイノリティとして生きることだと思っている」
「どういうことだ?」
「大地殻変動が起こる前の世界に存在したアメリカ合衆国において日系人はその勤勉さから社会的に成功している者が多かったのは知っているだろう?言い方は悪いだろうが他のマイノリティよりも社会的地位の高い仕事にも就いていたはずだが、その状況は今俺達が暮らしているこの一級住民地区と似ているとは思わないか」
「まあ確かに俺達の民族から社会的落伍者は少ないだろうな」
「つまりだ、俺達日本人はマイノリティの状態でこそ光るんだよ、これがマジョリティの立場ならこうは行かない。融通がきかない性質を持った民族だから牧歌的な生き方や発想ができない、だから社会のルールを作ったりすることのセンスは無い、それは今は無き日本国の自殺率を見れば分かるだろう」
「(自殺をタブー視する宗教観を持っていないってのもあるんじゃねぇの・・)」
「だが日本人は他民族が作ったルールの中なら幸福を掴むことができる、現に日系人はアメリカやブラジルで成功していただろう、そして一級住民地区においても俺達は模範的マイノリティだ」
「なるほど・・」
「俺が何を言いたいかってのは日本人はマイノリティでいる方が幸福だってことだ。今こっちで暮らす俺達の社会的な立場は悪くない、分相応ってとこだろう・・ところでアキラ、お前は将来愛する人を見つけ家庭を作りたいとは思うか?」
「そりゃあ俺だって思うよ、いつかはな」
「そうか、それでいい。だが俺は将来家庭を作ろうとは思わない、もちろん子供もいらない。俺のようなフィジカルもメンタルも劣る東洋人の遺伝子を次の世代に残す必要は無いと思っているからな、そしてこれは俺という人間を構成する大事な思想の一つでもある」
「・・・・」
「でも俺のこの思想までAJAに集まって来た仲間達におしつけようとは思わない、これは俺個人の思想にしておく。将来お前が家庭を持ち愛する子供が誕生した時は同じ治安調査局の先輩として心から祝福してやるさ」
「ありがとうな・・」
「だがアキラ、将来家庭を持つということは自分の子供に良い社会を残してあげないと駄目だ。そのためには日本人が模範的マイノリティである今の現状を維持する必要がある。この理想的な現状を永遠のものにすることは不可能だろうが、より長いものにする努力は必要だ、そしてこの理想的な現状を破壊する可能性をあっちの日本人達は持っているんだ」
「二級住民地区の日本人だな」
「そうだ、さっきも言ったが現実というのは何が起こるか分からん、だからこそ最悪の予感があれば可能性の段階から潰さなければならない。二級住民地区に腐るほどいる日本人には日本人をマジョリティにさせる可能性を残している以上はその存在と脅威を無視してはいけない」
先程テラニシも述べていたが、仮にもし階級住民制度が無くなり全ての民族が同じ権利を持ってファーイーストランドの社会を構成した場合、最大の多数派は日本人になる。
「だから二級住民の日本人は殺す必要があると?」
「そうだ、そして俺は二級住民地区にいる日本人の存在に脅威を感じたからこそ奴らを効率良く殺せる組織をAJAの中に作っているんだ」
「そんだけの情熱があるからAJAのリーダーになれたんだろうな、大したもんだ」
「いやいや♪そんなに大したことじゃない。俺が入る前のAJAはあくまで素人民兵の集まりだったからな、その点俺は一応だが治安調査局で色々な技術を学んでいた。その技を組織の人間達に教えていたらいつのまにか人望もできていただけさ」
「その技ってのは潜入捜査官の技術か?それともSRT突入班の技術か?」
「両方だよ、他にも細かいことも色々・・」
ガチャリ・・
二人が語り合う会議室のドアが開き、二人の男が入って来た。
室内に入って来た二人共、お互い同じようなハーフスリーブのラッシュガードと格闘技用のトランクスを着用し、足には室内用のシューズを履いている。
二人共、着用してるラッシュガードがハーフスリーブのせいでパンプアップされた二の腕がかなり目立つ。
だが両者の体格は大きく異なっていた。
片方の男は身長はアキラやテラニシよりも高く、190センチ以上はありそうだ。
手足もアキラとテラニシより長く太く発達しているので、かなり体格に恵まれている。
頭部は左右を丸刈りにし、真ん中に残された短めの頭髪でモヒカン頭にしていた。
この男は強烈な髪形とかなり大きな身体をしているから、アキラも最初に目に留まったのはこっちの男だ。
そしてこの大きい男はアキラが情報管理部から渡された資料に載っていたサイキッカーの一人。
一方のもう一人の男は背は低い。
身長にして165センチくらいだろう。
それでも上半身とファイトパンツからはみ出た足の部分を見れば身体を鍛えていることが分かる。
隣にいる男が奇抜なヘアースタイルをしているのに対しこの男の髪形はスポーツ刈りが少し伸びた風な髪形をしていて、この男は耳が耳介血腫になっているが、テラニシの知り合いならレスリングをやっているのだろうか・・二人共なかなか手強そうだ。
「遅いぞお前ら」
「いきなり呼んだのはそっちじゃないですか」
「そうですよ・・この人は?」
背の低い方の男がテラニシに対し、アキラの存在を問いた。
「こいつは治安調査局でつい最近まで働いていた・・」
「アキラ・ナカジマだ、よろしく」
「でもってアキラはこれから俺達AJAの一員として働いてもらうことになった、だからお前達も仲良くしてやってくれ。アキラ、そっちのでかいモヒカンがクニヒロ・サムカワ、こっちの小さいのがキョウヘイ・オノデラだ」
「よろしく」「よろしく」
二人の男と続け様に握手を交わすアキラ。
掌を握り返す時は確りと相手の目を見る。
そうしないと舐めて来るようなオーラをアキラはこの二人から感じていた。
「アキラ、キョウヘイとクニヒロは俺達パンフィッシュ・シティAJAの幹部で二人共威力偵察隊の隊長を務めてもらっているが普段はここでインストラクターをやってる。アキラにはこれからキョウヘイの下で俺達AJAの戦い方を学んでもらう・・と言ってもお前はズブの素人じゃないんだから大丈夫だろう」
「期待を裏切らないように努力させてもらう」
「うん、良い心がけだ♪だが丁度俺達の戦い方も過渡期に来ている、だからお前も俺達と一緒に新しい戦い方を学んで行くんだ」
「新しい戦い方?」
「ああそうさ、俺達AJAが二級住民地区に入る方法は今まで小型船舶を使っての上陸作戦だったんだよ。そうやって上陸したチームがニップ共の駆除をやっていた。けど船をマリーナに停泊させるのも毎月それなりに金が掛かる、定期的に陸に上げて整備してやったりプロペラや船体に付いたフジツボも取ってやらないといけない。あーゆう海水に触れる物ってのはみんな手間が掛かるもんだが船なんかは特にな」
「その言い方だとこれからは船を使わないみたいだな」
「俺が考えた方法が上手く行けばおそらく船を使う作戦はもうやらない。俺達は元々上陸用に船を11隻持っていたんだが、どれも老朽化が酷くてな、それでも他にあっちへ上陸する方法が無かったから誤魔化し誤魔化しで船を使っていた。でもさすがにもうボロ船は駄目だって思って古い船の内、9隻は同盟関係にある別の反日本人組織の奴らに売ったんだよ」
「なら持ってる船は残り2隻だけじゃないか、もしその新しい戦い方ってのが上手く行かなかったら・・」
「そしたら新しい船を買うよ、でもきっと俺の計画は上手く行くと思うぞ、俺はもう船でエリアB3には入りたくない、海を通る度に沿岸警備隊に賄賂を払うのはウンザリだからな」
「海を使わないでどうやってエリアB3に入る?陸路か?まさか空からだなんて言うなよ」
「そのまさかだよ、これからの俺達は空からエリアB3を自由に行き来する」
続く