序章 不沈空母ファーイーストランド(13~14)
13
「もうすぐだぞ!気を引き締めろよ!」
機内でパイロットが叫んでいる。
ジミーは無線機と接続したヘッドセットの状態を最終確認してからすぐさま頭部にODカラーのケブラーヘルメットを被る。
ジミーの目下には川沿いの工場街跡地が広がり、道のいくつかで人がヘリの襲来に反応している。
ただの民間人ばかりで武装はしていないようだ。
ヘリに搭載された機関銃が見えたのか、逃げ出し建物に隠れる人間もいる。
無論ジミー達にとって彼らなどに用は無い。
廃工場の建築物は詳しい人間ならその建物が金属加工系なのかそれとも食品加工系なのか分かるだろうが、ヘリの中にそれを判別できる者はいない。
「ジミー!一時の方角に屋上があるビルが見えるか!?」
「ああ、見えるぞ」
「あそこでおまえ達を降ろす!回収はそこから六時の方角の道路の真中にする、見えるか!?」
「ああ、見えてる・・だが大丈夫なのか?あんなど真中の道路を回収地点にして?」
「心配ない、こっちには戦える兵員が六名いるんだ。それに連中はヘリに大きなダメージを与えられる武器を持ってない」
「分かった、ありがとう」
「よし、準備しとけ!もう三分もかからないぞ!」
「OK」
降ろすと言っても屋上に着陸するわけではない。
今回は屋上の上を低空でホバリングさせてる状態から兵員を降ろすということで、これはヘリポートではない場所で屋上着陸するとその施設がヘリの重さに耐えられない可能性があるからだ。
「・・・・」
「おいイリーナ、ヘルメットは被らないのか?」
「ん?ああ、あたしはいい、あたしにはこれがあるからな」
そう言ってイリーナは頭のカウボーイハットを人差し指でクイっと動かしてから笑顔を見せてくる。
ロシア人のくせに本当にカウボーイハットが好きな女だ。
ヘリが着実に予定の建物に近づいていく。
近づけば近づく程、皆の口数が少なくなる。
ヴォヴォヴォヴォ・・
ヘリが建物の頭上に位置する屋上底面を擦れ擦れでホバリングする。
「よし!行って来い!」
ヘリから跳び降りたジミーとイリーナが駆け足で一気に螺旋階段へと向かう。
それと同時にヘリは再び動き出し、上空から地上への監視を始め、ドアガンナーは頻りにジミー達の周囲を警戒している。
階段を高速で下りて行く二人は無防備になる可能性が高いので、これは二人からすればかなりありがたい。
「イリーナ!しっかり俺について来いよ!」
「分かった!おまえこそ道間違えるなよ!」
カンカンと音をたてながら螺旋階段を下りた二人が周囲を見渡す。
道には何人かの民間人が確認できるが、皆一応に完全武装した男と金髪の不審者の出現に驚いている様子だ。
「まあ、これが当然の反応だろうな・・」
「ケっ、こっち見んなサル共が!」
「おまえが美人だからみんな見とれてるんだよ♪」
「不細工な東洋人に発情されても嬉しくねぇーよ」
二人は走る、目的地へ。
ヘリに搭乗中はローターの音で感じなかったが川沿いなので水の流れる音が微かに聴こえてくる。
街に車が走っていたら掻き消されている、それぐらい微かな音だ。
「はぁはぁ・・やべぇ・・」
走ってまだ僅か五分も経っていないがイリーナの呼吸が大きく乱れている。
「ハハハ、何だよおまえもう息あがってんの?」
「ち、違う!このプレートキャリアが重いんだよ!・・はぁはぁ・・」
二人は可能な限り周囲を警戒しながら工場街を駆けて行く。
重い装備を実にまとい走り続けるのは本当につらい事だが、それでもジミーはストレスが混じり合う果てしない高揚感が身体の内側から生まれ出ていることを感じていた。
いつもとは違う、いつもなら自分は仲間のために潜入して情報を持って帰るだけだ。
自分の持ってきた情報で仲間達が動きこの世界に不必要な悪党を討つ。
最前線で働いているのに自分の仕事の世間の評価は裏方だが、重要さも理解しているし、誰にでもできる仕事ではない部分にも最近は誇りを持つようにしてきた。
それでも時折自分自身もガンファイトに興じてみたいという衝動に駆られる時があるのだ。
ブライアン達のようなSRT隊員達が頻繁に銃撃戦をやっている訳ではないが、彼らが持って帰る土産話を羨ましく思う時もある、自分も悪党を撃ち殺して正義に浸りたいと。
もっと言えば弱い者虐めがしたいのだ。
それにジミーは銃を使った戦いが好きだ。
肉体と肉体が直接ぶつかり合うことが無いガンファイトは自分が経験したレスリングやMMAとは違いフィジカルのコンプレックスを感じずに戦えるからだ。
自身が感じている高揚感の正体がこのようなひねたメンタルから生まれてくる事も本人は気づいているし、自分の心の中では嘘をつく方法が無いことも当然分かっている。
「おい、あれが落合の言ってた民兵達の溜まり場だ」
「はぁはぁ・・どれ・・お~あれか・・」
ジミーが指差す方向にはプレハブで組み立てられた大きな自動車整備工場が見える。
工場と言っても廃工場で機能はしていない。
簡単に全体を見回すと扉やシャッターは全て閉じてあり見張りの人間は見当たらない。
「・・監視カメラがあるか確かめる必要があるな」
ジミーはイリーナから渡された双眼鏡で工場を覗き始める。
「・・大丈夫だ、監視カメラは無い」
「正面から行くのか?」
「とりあえずだが、裏手にも扉がないか調べないとな」
「扉に鍵がかかっていたら?」
「12ゲージの出番だ、それで駄目ならドア用爆破装置もある」
「工場に入ったらあたしはどう動けばいい?」
「工場内の情報は少ないからな・・ツーマンセルで行動しよう。俺のバックアップを頼む」
「了解」
慎重な足取りで工場に接近していく二人。
近づくにつれて微かに声が聴こえてくる。
おそらく日本語だろうが、ここからでは何を言っているのか分からない。
工場裏手にも警備している人間はいない、あるのは焼けたドラム缶が一つだけ、中には色々ゴミが詰まっていた。
「見ろよイリーナ、やっぱり裏手にもドアがあったぞ」
「開いてるといいけどな・・」
カチャ
「・・開いてるぞイリーナ」
「ならやる事は一つだな」
そのままジミーはドアを素早く開くといったんは壁際に下がりその後室内を見ていく。
するといきなり金属製の仕切りがあり、その仕切りが右側へと狭い通路を作っている・・誰もいないようだ。
「・・・・」「・・・・」
先頭をジミー、その後ろをイリーナ、二人は無言で工場の内部へと足を運んでいく。
室内の制圧には速さ・奇襲・勇敢さという三大原則があるが、この二人でそれをやるには人数、事前情報、技術が足らない、せめて緊張感を持って慎重に行なわなければならない。
通路の終わりにさしかかった時、ジミーがミラー棒で向こう側を覗き込む・・ここにも誰もいないようだ。
「・・・・」
ジミーはハンドシグナルでイリーナに誰もいないことを伝え、室内の奥へと進む。
狭い通路から比較して広い空間に到着した二人。
更に奥にはプレハブの小さい事務所が見える。
壁の端にはダンボール箱が並んでいるが中身は分からない。
自動車の整備工場だったせいで工業用オイルが染み込んだのか床が妙に光沢を放っている。
確かにこの空間は何かオイルの匂いが鼻につく。
それでも工場として機能させる為に必要な機材は一つも見当たらない。
よく見れば床にいくつかボルトを外した形跡や他とは極端に色が異なる床があり、工場の設備はまるごと別の場所へ移動させたのだろう。
「・・・・」
「・・・・」
二人は周囲を見渡すが誰もいない。
残すはプレハブ事務所のみだ・・。
「うぉ~い!誰かいないのぉ~!」
「!?」「!?」
「ねぇ!聞こえないの!誰かぁ~!」
奥のプレハブ事務所から聞き覚えのある声がする。
美紀の声だ。
「はは・・おいイリーナ、ここを見張っててくれ!」
「了解!」
ジミーの顔に思わず笑みがこぼれる。
急ぎドアを開ける。
「おい美紀!無事か!?」
事務所の中ではそこに手足をロープで固定された美紀が地べたに放置されていたが、ひと目で彼女の様子がいつもと異なることに気づく・・顔の所々に殴られた痣があり、ちょうど眼の周りに円を描いたように黒く内出血していた。
鼻からも血が流れ出ていてその血が床に点々と乾いた水溜りを作り、その表情は疲労感に包まれている。
「みっ水野さん・・」じわぁ・・
ジミーを見て安堵したのか美紀の瞳からは涙がこぼれ出ている。
「ジミーって呼べよ・・それにしてもずいぶん酷い事されたんだな・・でももう安心しろ、この街から出してやる」
「ふぁい!」
ナイフで美紀を拘束しているロープを切断してハンカチで彼女の鼻の辺りを優しく拭う。
できることならハンカチを水で湿らせてやりたいところなのだが、今はそんな時間は無い。
「美紀、立てるか?」
「大丈夫、平気・・」
「ヘリの音が聴こえるだろ?あれがおまえを向こうへ連れてってくれる、だけど途中ヘリが来る回収地点までは自力で行かなきゃならない・・それでもおまえは根性あるからやれるよな!」
「もちろんです!」
美紀にはまだ強がる元気くらいはあるようだ。
「ハハ!そうだな、行くぞ!」
二人が話す途中だった、工場内に何かが弾けたような音が響き渡る・・イリーナの技が発射された音だ。
「ヘイヘイ!ジミー!イエロー共が出迎えに来たぞ!」
急ぎイリーナの方へ向かうと通って来た通路の出口付近に民兵二人が床に転がっているが、正確に言えば既に二人は遺体だ。
イリーナの方は人差し指を突き立てた右腕を前方にある通路の出口へ向け、その右腕の手首の下付近にフラッシュライトの柄の部分を逆手に掴んだ左腕をクロスさせて最後に両手の甲を重ね合わせるようにして構えている。
これはハリステクニックと言われるフラッシュライトの構え方で本来は拳銃などを構えながら行なう方法だが、イリーナは拳銃無しでこの構えを行ない、付近を警戒しているのだ。
「戦斧の民兵か!?」
「ああ、まだ通路に何人かいるかもな・・おうガキは無事だったか・・」
「・・・・」
「・・・・」
イリーナと美紀の視線が合い、お互い気まずい雰囲気を感じている様子だが、面識が無いからだろう。
「どうする?」
「様子を見てくる」
「気をつけろよ・・」
イリーナが通路を慎重に窺う・・敵はいない。
イリーナは射殺した民兵からステン短機関銃を模した密造銃を一挺とODカラーのショルダーバックを拾う。
ショルダーバックの中にはステン短機関銃のマガジンが数本入っていた。
「ジミー、大丈夫だこっち来いよ」
「美紀、行くぞ」
「うん・・」
「ん、これガキに持たせろよ、丸腰はやばいだろ」
「ステンガンの密造銃に・・そっちは?」
「予備のマガジンが入ってる」
「なあ美紀、おまえこの銃使えるか?」
「あ~これなら撃ったことあるから大丈夫」
「ならやばくなったらこれ使え、間違っても俺達を撃つなよ」
「分かった」
下手に素人に銃を持たせるのは誤射の元か、それとも人数が少ないチームの火力を上げるために必要か、どちらが正しいのかは分からない。
「おい美紀、おまえを拉致した奴等は何人だ?」
「五人だったかな・・ごめんはっきりとは覚えてない・・」
「いいさ、そこの通路でイリーナが殺した連中におまえを拉致した奴はいるか?」
「違う、こいつらじゃないね・・」
「そうか・・」
美紀の情報で敵の人数を把握しようと試みるが上手くいかない。
「おい!ぐずぐずしてらんねぇ行こうぜ!」
ジミーを先頭に三人は出口へ向かう。
ジミーは工場に入る時に使ったドアを素早く開けて直ぐに壁際に下がる。
そこからミラー棒を使って外の様子を窺うがどうやら誰もいない。
外へ出ると美紀の耳にはよりいっそヘリの音が強く聴こえてくる。
視線が空へと向かい体も自然とヘリを探していた、この間ジミーは無線機でヘリと交信していた。
「おい俺だ!目標を保護した!回収地点は予定通りで良いか?」
「問題無い!だが表通りは通るなよ!人が集まって来てる!その中に民兵がいないとは限らないからな!」
「だそうだ、イリーナ」
「まあルートは変えた方が良いよな」
「美紀、ここから先は民兵の連中もいるから気をつけろ、イリーナは美紀の後ろを守ってくれ」
「分かった!」「了解!」
三人は一定の距離を保ちながら離れて街の裏通りを進んで行く・・先頭にいるジミーは前方の敵だけでなく後ろにいる二人の状態にも気をつけなければならない。
ジミーの全身が微妙な緊張感に包まれ、何故か口元が笑っている。
ジミーはMMAの試合で相手から良い打撃を貰うと笑みを浮かべる癖があった。
不良系の格闘家が試合中に不利な状況に陥ると効いてないとアピールする時に見られるあれだ。
今置かれている状況がジミーの心境では試合中の不利な状況に近いのかもしれない。
裏通りは表通りよりも川沿いに近いので先程より水の流れる音がより鮮明に聴こえてくる。
五感の全てで情報を吟味し、現状を的確に判断しなければならないこの状況では普段なら何気ない水の音さえもやかましいのか、今度はジミーの眉間にシワが寄り始めていた。
「・・・・」
「・・・・」
劣化が進み変色の進んだ工場街を慎重に進んで行く三人・・周囲から段々と人の声が聴こえてくる。
いきなりだ、銃声が鳴り響く。
「!!」
建物の間から一人の民兵が飛び出し短機関銃を乱射してきたのだ。
ジミーはそれを冷静に対処、アサルトライフルで素早く応戦して見せた・・地面に横たわる民兵の遺体は胴体から溢れんばかりの血液が噴き出ている。
ヒュー!ヒュー!・・
突然辺り一帯にホイッスルの音が響き渡る。
敵に気づかれたようだ。
「やばい!走るぞ!」
十時方向から日本語の怒鳴り声が聴こえる、それもかなりの人数だ。
日本語が理解できないイリーナにも声の主達が怒り狂っているのが充分伝わってくる。
「ハハハハ!サル共がお怒りだぁ!」
「(今この人モンキーって言った!?)」
「おい!聞こえるか!?敵に気づかれた!」
ジミーがヘリのパイロットと交信している。
「だろうな、表通りの何グループかがそっちに向かってる、でも安心しろ!これでどいつが民兵か分かった!直ぐに援護してやる!とにかく回収地点まで走れ!」
「了解!」
三人は走る。
長い距離ではないが死と隣り合わせの状況が嫌な汗をかかせてくれる。
ヒュン!
「おうっ!」「くっ!」「ひっ!」
三人の頭上を弾丸がかすめる。
後ろからだ。
振り向くと四人の民兵が短機関銃を乱射しているのだ。
距離は離れており、とても連中に当てられる距離ではないが、だからといって見過ごす訳にはいかない。
「あの野朗!」
イリーナが怒声と共に反撃を開始する。
敵のいる方向へ右腕を突き出し、その人差し指を相手の顔面へとめがけて突き立てる。
一瞬だ。
一瞬で四人の顔面付近に衝撃波が命中し、口内を撃たれた者は砕かれた歯を外部へと勢いよく撒き散らしていた。
まるでパーティ用クラッカーだ。
そして全員地面に倒れこむ、ピクリとも動かない。
「はん!サルのくせに調子乗るからだ!・・おいジミーやべぇ!後ろ・・」
「ああ!二十人以上来やがったな!」
倒した民兵のいた方向約150m先から更に二十人以上はいる民兵の集団が追ってくる。
ジミー達を見つけるや否や短機関銃や拳銃を乱射してくる。
イリーナと美紀が応戦しているが、このままでは火力負けする恐れがあるだろう。
「待ってろ今あのアホ共ふっ飛ばしてやる!」
ジミーがアサルトライフルの銃身下部に装着したグレネードランチャーに40mm高性能炸薬てき弾を装填し始める。
「(だいたい150mぐらいだな・・)」
目測で敵との距離を測るジミー。
「・・死ね!」
てき弾が地面に炸裂し、凄まじい音をたてる・・がその場所は民兵達のいるはるか向こう側だ。
「おいジミー!全然見当違いのとこに当たってるぞ!」
「うるせー!ならてめぇがやれ!」
ブロロロロロ・・
ドドドドドドドドドドドドドドド!!
突如民兵達の頭上に銃弾の雨が降り注ぐ。
ヘリのドアガンナーがジミー達を守るために機関銃による援護射撃を開始したのだ。
M60機関銃から発射された強力な7・62mmNATO弾が次々と民兵達をなぎ倒していく。
対抗できる装備の無い民兵達に対してその火力は絶大で一瞬にして彼らの組織的行動を無にしてしまう。
「あっはー!そうだやっちまえ!イエローなんかみんな殺しちまえ!」
イリーナが狂ったように歓声をあげる。
「うえ・・」
一方の美紀は対照的で自身の視界に入る民兵達の阿鼻叫喚の姿に不快な顔をし、目を背けている。
「ふう・・さすがだぜ・・」
汗を拭うジミー、そこへヘリからの無線連絡が入る。
「ジミー!敵は追っ払った!早く回収地点に来い!」
「分かった!助かったぜ!」
再び走り出した三人。
今度は前方からも民兵達が待ち構えている。
「どけ!クソ野朗!ぶっ殺すぞ!」
ジミーが前を塞ぐ民兵達の胴体へ素早くアサルトライフルの照準を合わせ撃ち倒して行く。
正面から何人現れようと無駄だ。
ジミーと民兵達とではガンファイトのレベルが違い過ぎる。
少し距離が離れていてもジミーが扱うアサルトライフルの放つ銃弾は確実に近い精度で狙った標的の胴体部を撃ち抜いていく。
その光景を横で見せつけられる美紀。
彼女からすればジミーがこんな事を平然とやってのける男だとは思ってはいなかっただろう。
「美紀!もうすぐだぞ!あの道路がゴールだ!」
四十メートル先に回収地点にした四車線の道路が見える。
回収地点の道路は四方八方を建物に囲まれている位置にあるが、ジミー達を待ち構えている者やヘリの着陸の妨げになるような人間や物体は見当たらない。
街を全速力で駆ける三人の額はどれも汗で湿り気をおびている。
「ふう・・よし、イリーナは美紀と先に回収地点に向かって無線機でヘリを呼べ、ヘリが到着するまで俺がこの道を守る」
「頼んだぞジミー、おし行くぞ・・」
「大丈夫なの水野・・じゃなくてジミーさん・・」
「心配すんな俺はプロだ、ほら早く行け!」
途惑う美紀を回収地点に向かわせて一人で道路前の道を守るジミー。
ヘリのローターが回転する音、民兵達の怒声、自身の心臓の鼓動、じっとしているだけでそれら全てが不快でならない。
考えている暇は無い。
ジミーはグレネードポーチから発煙弾を取り出してライフル銃身下部のグレネードランチャーに装填を始める。
ジミーは民兵達の進路を妨害するためにいくつかの道に発煙弾を撃ち込む・・毒々しい煙が周囲にモクモクと広がっていく。
この煙に殺傷能力は無いが、民兵達なら催涙ガスなどと勘違いして接近を躊躇するかもしれない。
注意しなければならないのは下手な場所に撃つと自分達の視界も遮ることになるのでよく判断しなければならない。
ブロロロロロロロ・・
「お~来たな」
「はぁ・・」
ヘリが回収地点に近づいて来る。
ヒュンヒュンヒュンヒュン・・
「おーいジミー!そろそろこっち来いよ!ヘリが来たぞ!」
「ああ!今行くから・・」
ビュン!「!」
一発の弾丸がジミーのヘルメットをかすめた、適当に撃った流れ弾か、それとも敵はジミーが見えているのかそれは分からない。
とにかくここに留まるのは危険だ。
「おい!ジミー早く来い!畜生どいつだ!?」
イリーナがジミーの元へと走り弾の飛んで来た方向を窺う・・その時・・
「がっ!」
イリーナの右肩から鮮血が迸る。
右肩に弾丸が命中したのだ。
イリーナがその痛みに苦しみながら噴き出る血液で道路のアスファルトを赤く染めている。
ジミーは直ぐにイリーナに駆け寄った。
「イリーナ!大丈夫か!?」
「つぅ・・大丈夫だ・・それよりヘリだ・・ヘリに乗ろう・・」
「・・・・」
この状況に混乱しているせいか美紀はヘリが着陸しているにもかかわらず無言で立ち尽くしている。
そんな中でヘリから衛生兵もイリーナに駆け寄って来た。
「撃たれたのか!?」
「みりゃ分かるだろ・・モルヒネをくれ・・」
「処置はヘリに乗ってからだ、運んで行くか?」
「大丈夫だ・・自分で歩ける・・」
ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・
「よし!全員収納したな!飛ばしてくれ!」
ドアガンナーの掛け声の後にヘリが空へと飛び立つ。
機内ではイリーナが衛生兵から迅速かつ適切な処置を受けていた。
とは言え機内で可能な処置は消毒を含めた止血作業を行ない、苦痛を和らげるためにモルヒネを使うことぐらいだ。
「ようこそお嬢さん♪」
「へ?」
パイロットからの言葉に戸惑う美紀。
「美紀、おまえを歓迎しているんだ・・悪いな美紀は英語が分からないんだ」
ジミー達が奔り回っていた工場外では民兵達が悔しそうに空へと銃を乱射している姿が見えた。
そんな民兵達の姿を尻目にヘリはパンフィッシュ・シティへと向かって行く。
14
陽射しの強い午前九時頃、ジミーはリュックサックを背負った美紀を連れパンフィッシュ・シティ郊外を歩いていた。
美紀の新たな練習場所を紹介するためだ。
あれから一ヶ月以上経ったが、あの時は本当に色々あって大変だった。
美紀をエリアB3から連れ出すことには成功したが、銃で撃たれたイリーナが入院する状態に陥っていたり、ジミーが別の支部へと異動が決まったりと忙しい日々が続いていたのだ。
イリーナの方は順調に回復し、明後日にも退院できる事をジミーは昨日見舞いに行った際にイリーナ本人から直接聞く事ができた。
ジミーが別の支部に異動する件に関しては、やはり白昼堂々エリアB3でガンファイトしてしまった男がその場所で潜入捜査を行なうのは無理があると判断されたのだ。
結局ジミーは治安調査局第11支部から第8支部への異動が決まり新しく一から別の二級住民地区に潜入することになる。
イリーナも今後どうなるかはまだ分からない。
実は治安調査局の支部は全部で四つしかない。
存在するのは第1支部、第2支部、第8支部、第11支部。
なぜ支部の数字がいきなり飛び級になっているのかと言うとテロ組織に治安調査局をより巨大な組織に見せるためだ。
四つの支部にはそれぞれ監視・調査を担当する二級住民地区が大まかに分けられていて、第1支部は四国、第2支部は九州、第8支部は北海道、第11支部は本州を担当している。
その他の小さな島は、その島に地理的に一番近い支部が担当することが多い。
担当地域は分けられてはいるが、それぞれの支部の人員は必ずしも担当地域だけで活動しているわけではない。
どこか一つの支部が応援を要請すると他の支部は余力がある場合には人員を応援を要請した支部へと派遣する。
特に一番広い地域である本州を担当する第11支部と激戦区と言われる九州を担当する第2支部は人員不足に陥りやすく、他の二つの支部は応援の人員を頻繁に両支部へと派遣している。
最初に創設された支部は第11支部で、他の三つの支部は第11支部が実戦で得たノウハウをもとに創設された歴史を持つ。
ジミーが異動することになった治安調査局・第8支部の本部ビルは北海道の一級住民地区、ロブスター・シティにある。
第8支部は北海道方面の二級住民地区、エリアU1の監視と調査を担当している部署で、ジミーは北へと生活の拠点を移さなければならない。
独断で美紀を救出したことに関しては大して問題にはならず、むしろジミーとイリーナの勇敢さを称える者が殆どだ。
「あ、もしかしてあれが・・」
「そうだあれがドージョー・ヤマダだ」
二人の視界にDOJO・YAMADAと看板を掲げた建物が見えてきた。
枠や骨組みは白を基調とし、外側は全面ガラス張りのモダンな造りをした建物だ。
遠目からではこの建物がMMAのジムには見えないくらい清潔感が感じられ、格闘技のジム特有の汗臭いオーラが出ていない。
そんな雰囲気を持つドージョー・ヤマダを見た美紀は口を大きく開けている。
「うわぁ~綺麗なジム~・・」
「だろ?俺がいた頃はもう少し汚かったんだけどな、最近になって改装したばかりなんだよ」
ジムへ向かう美紀の足取りが速くなる。
待ちきれないのか良い表情をしている。
ジムの脇にあった駐輪場には既に六台とめてあった。
「あ、だれか練習してる・・」
ガラスの向こう側では白人男性の二人組みがミット打ち練習を行ない、奥のスペースでは黒人女性がベンチプレスを行ない黙々とトレーニングに励んでいる。
「中も綺麗だね~、あ・・1、2、3、4、5、6、7、サンドバックが7本もある・・私のいたキックのジムは2本しかなかったよ・・」
「夜のプロコースだと7本でも足りないくらいだけどな」
しかも吊るされてるサンドバックはそれぞれ左右の間隔が空いているので、広いスペースを必要とする蹴り技の練習を複数の人間が同時に快適な環境で行なえるよう考慮されているのだ。
「よし、入るぞ」
ジムの営業時間が書かれたドアを開け中に入るジミーと美紀。
「こんちわ~ひさしぶり~♪」
「こ・・こんにちわ・・」
ジミーと美紀が軽い挨拶をするとジム内の十人近い練習生が皆一斉に返事を返してくるが、英語のリアクションに美紀は少々戸惑っている。
ジム内の練習生が一人近づいて来た。
身長二メートル近い白人の大男だ。
「お~う♪ジミ~ひさしぶりじゃ~ん♪今日は練習?となりの女の子は彼女?」
「練習しに来た訳じゃないし彼女じゃないよ。今日はもう先生来てる?」
「先生なら奥でスパーリング見てるぞ」
「そうか、今日は実はこいつを先生に紹介しに来たんだ。これからチームメイトになるから優しくしてやってくれ」
「はい♪どうもお嬢ちゃん♪」
そう言って大男が美紀に両手を差し出して握手を求める。
美紀はそれを恐る恐る受けると男の大きな手がすっぽりと美紀の手を包み込んでいた。
「わ、わぁ~お・・」
「ハハハハ!」「ハハハハ!」
笑い声が近くと遠く両方から聴こえる。
「美紀、先生に会う前に練習着に着替えろ、それと準備運動もここでしとけ」
「へ?今?」
「そうだ、あっちに女子ロッカーがあるぞ」
「分かった」
美紀は駆け足でロッカールームに入って行く。
「(ロッカールームも綺麗だな・・しかもシャワールームも完備してる・・私のいたキックのジムはホースの水で汗流してたな・・)」
美紀はリュックサックの中からラッシュガードとトランクス、マウスピースを取り出して練習着姿になると直ぐにジミーの元に戻って軽い柔軟と準備運動を行なう。
「しっかりと身体をほぐしておけよ」
「は~い♪」
「・・・・」
「・・・・」
十分後。
「準備出来たな」
そう言ってジミーは美紀を連れて奥へ向かい、ふすまのような構造をした扉を開けていく。
ガラガラ~
扉を開けてまず最初に目についたのがフルサイズのケージ。
形状は正六角形で中には既に二人の男がスパーリングをしている。
黒人の男が上になり下にいる白人の男がガードポジションからアームロックを狙っているが黒人の男もそれをしっかり感知して対処していた。
両者共に体つきと動きを見る限りバックボーンはレスリングか。
「うわぁ~!ケージがある~!」
ここへ来て今までで一番の歓声を挙げる美紀。
やはり金網に対して強い憧れがあるのだろう。
「ふふ、どうだ格好良いだろ?しかもキリングケージと同じ規格のモデルだ」
「ねえ何でさっきのサンドバックの部屋とここを仕切ってるの?ケージを外から見える様にすれば良い宣伝になると思うけど」
「ケージの中でスパーリングする時にサンドバックの叩く音がうるさいとセコンドの指示が聴こえづらいからその音を遮断するために仕切ってるんだ」
とは言え試合会場では客の歓声でセコンドの声がかき消されることもある。
ジムがどの様な構造になるかは最終的に責任者のセンスで決まる事が多いだろう。
他にも練習中にエアコンで冷房を作動させるか否かもジムの責任者のセンスで決まる。
団体にもよるが冷房が効いている試合会場は観戦客は良いだろうが、上半身裸のファイターにとっては肌寒い(試合が始まればそんなこと言ってられないし、興奮して勝手に身体が温まることもあるが)状況もあるので試合の環境に似せるためにあえて冷房を効かしているジムも探せばあるのかもしれない。
もちろん冷房は身体に悪い、もしくは練習中に冷房なんぞけしからんと言うジムもあるが、どちらが正しいかは不明だ。
大地殻変動で地軸がずれて春が長くなった関東だが、それでも汗をかけば暑い。
「よし!五分経ったぞ!その辺で終わりだ!」
ケージの外では一人で両者のセコンドをしている中年の男がいた。
その男の指示で先程までグラウンドの攻防を繰り広げていたケージの中の両者が互いにポジションを解いて立ち上がる。
最後に二人は軽い握手をしてスパーリングを終えていた。
セコンドをしていた中年の男は東洋人で身長は178センチくらい。
皮膚は浅黒く、黒髪の短髪で頑固そうな顔をしている。
ジミーは美紀を連れてその男に近づいて行く。
「おひさしぶりですヤマダ先生」
「おおジミーひさしいな」
二人は日本語で会話している。
「日本語!?」
こっちに来てからジミー以外で日本語を話す人間に初めてあったので美紀は驚いている。
「美紀、紹介する。この人がジムの会長ケン・ヤマダ先生だ、そして俺の師匠でもある」
「あ、はじめまして東山美紀です・・」
「んふふ、緊張しなくていいぞ」
「あの・・ヤマダさんは日本語が話せるんですね・・」
「もちろん、私はジミーと同じ日系人だからね。ジミーから聞いたぞ、英語が喋れないんだって?」
「はい・・」
「でも安心しなさい、私は英語も日本語も両方話す事ができるから分からない事があれば何でも訊くと良い」
するとジミーが二人の会話に入り込み
「だけどな美紀、日常会話くらいは早めに英語をマスターしろよ、試合後のマイクパフォーマンスは英語で喋れないとこっちじゃ人気者になれないぞ」
「えっそうなの?」
「あたりまえだ、昔アメリカで試合していたブラジル人ファイターの中には実力があったのに英語でマイクパフォーマンスができなかったせいで人気が出なかった選手もいるんだ」
「ブラジル人は英語じゃないんだ・・」
「ブラジルはポルトガル語の国だったからな・・とにかく、おまえも人気者になりたかったらまずここに溶け込め、そして溶け込むために必要なのは言葉だ」
「まあまあジミー、英語は私がゆっくり教えるから大丈夫だ。それより美紀ちゃん、バックボーンはキックボクシングなんだろ?おまえさんの打撃が見たい、軽くミット打ちでもしようか」
ヤマダの言葉に美紀が待ってましたとばかりな表情をしている。
「はい!」
「パンチンググローブなら好きなのを壁にかかってる物から選びなさい、バンテージの代わりのインナーバンドもその横にあるから。シンガードも必要なら借りると良い」
美紀がインナーバンドとパンチンググローブを装着する。
シンガードは着けてない。
美紀が準備を終えるのを確認したヤマダは突如上着のTシャツを脱ぎ捨て屈強な肉体をさらけ出す。
絞り込まれ、研ぎ澄まされたその身体は近代的なウェイトトレーニングと言うよりは、まるで精神論で鍛えたようなそんなオーラを外へと放出している。
ジム内で見かけたレスリングをバックボーンに持つ練習生の身体とは確実に異なる雰囲気を対する美紀もこのヤマダの肉体を前にして感じ取っていた。
「・・す、すげ~まるで超合筋だよ・・」
「美紀ちゃんはもう準備運動は済ませたのかい?」
「はい、あっちの部屋で終わらせてきました」
「ならパンチからやって次に蹴りを、その後にコンビネーションをやろうか」
「分かりました!」
ヤマダがパンチと蹴り両方に対応したキックミットを構えると美紀もそれに応じる様に構えた、その構えはアップライトではなくジミーが教えた腰を落として膝を曲げた総合仕様のものだ。
「ほ~う♪うちが練習生に最初に教える構えだ・・じゃあまず左ジャブから」
「しゅっ!」ボォン!
「1!」
「しゅっ!」ボォン!
「2!」
「しゅっ!」ボォン!
「3!」
「しゅっ!」ボォン!
「4!」
「しゅっ!」ボォン!
「5!うん!左ジャブはこれでOK♪立ち方のバランスが良いね~パンチの戻し方も上手い!次右ストレートに行こうか」
「はい!」
「しゅっ!」ボォーン!
「!!もう一回!」
「しゅっ!」ボォーン!
「女の子なのに力が強いなぁ!ジミーが言ってたけど蹴りにこだわりがあるんだろ?フックより先に蹴りが見たくなった!予定変更して次は左ミドルだ!」
「は、はい!ありがとうございます!」
美紀の顔には嬉しさと照れた表情が交じり合っていた。
トゥルルルルルル!・・
ジム内に携帯電話の音が鳴り響く。
「すいません先生俺のです・・」
「何だジミーおまえのか、せっかく盛り上がっていたのに・・」
「今外に行きますんで・・」
ジムの外へ出て携帯電話のディスプレイを見るとどうやらイリーナからだ。
「もしもし俺だ」
「やあジミー」
「どうした別れの電話か?」
「まあそんなとこ」
声を聞く限りイリーナは元気そうだった。
「昨日の送別会に行けなかったのはごめんな」
「何言ってんだよ、元々俺のせいでおまえが怪我したようなもんだろ・・具合はどうだ?」
「医者の言ったとおり明後日には退院できるし、体調も悪くない、元気なもんさ」
「そうか・・それなら良かった」
「ジミーは今例のMMAのジムにいるんだろ
?ガキは喜んでるか?」
「ああ、すっかり俺の師匠ともうちとけてるよ」
「へぇ~♪それならあたしも怪我をしたかいがあるってもんだ」
「そう言えば美紀がおまえに礼を言ってたぞ」
「ガキには恩に感じてるなら早く一人前の格闘家になって出世払いしろって言っといてくれ」
「ハハハハ、分かった、おまえも新しいパートナーと上手くやれよ」
「・・それに関しては自信が無いな・・」
イリーナの声のトーンに変化を感じる。
「何だどうした?」
「いや・・色々思い出して考えてたんだが私達のコンビが上手くいってたのは自分勝手な私のためにジミーが我慢してくれたからかなってさ・・」
「・・何だよいきなり・・おまえらしくもない」
「とにかくだ、今までありがとうジミー」
力強いトーンでイリーナはその言葉を口にする。
「俺の方こそありがとな、けどイリーナおまえは一つ勘違いしてる」
「へ?」
「俺達が上手くいったのはお互いが自分勝手だったからさ、だから本音で付き合えたんだ、俺はそう思ってる」
「ハハハ!たしかにそうだな!そういうことにしておこう・・」
「ああ、そうさ」
「おっとそろそろ行かないと」
「ん?何かあるのか?」
「最後の診察だよ」
「そうか、体には気をつけろよ」
「おう!それじゃあな!」
ツウー・・ツウー・・
電話の切れる音が聴こえる。
イリーナとの会話がこれで最後になることをこの時のジミーに知るすべはなかった。
続く