序章 不沈空母ファーイーストランド(8~12)
8
あれから一ヶ月以上経過し、潜入捜査官ヨコタの立案した日本人過激派グループ戦斧の一派に対する掃討作戦の当日がやってきた。
ここ治安調査局第11支部ビルでは掃討作戦を担当するSRT隊員達が作戦のブリーフィングを行なっている。
「じゃあ目標の数は多くても30人以下なのは変化無しか?」
「はい、他で誕生日会に参加する人間がいるとすれば戦斧のメンバーではなく連中の知人友人の類だそうです」
お世辞にも広いとは言えないブリーフィングルームの室内では、情報管理部の人間が作戦の予定されている四階建ての建物を映し出している大型モニターの前でSRT隊員からの質問に答えていた。
室内の椅子と机は突入班や狙撃班などのSRT隊員達で埋め尽くされていて、その人数はおよそ28名。
この内の20名はSRT突入班の隊員。
治安調査局の各支部にはSRT突入班が五人一組で四つの班に分かれて組織されている。
四つの班はAチーム、Bチーム、Cチーム、Dチームの名称が与えられ、通常はこの四つの班の中から主力として任務に対応する二つの班を選ぶ。
残った二つの班は主力を務める二つの班に不測の事態が発生した時に応援として出動できるように待機しているか、状況によっては狙撃班の護衛を行なう、もしくは任務の無い場合は休暇をとっている。
そしてSRT突入班はこれらの主力と応援の役割を交代して行なっているのだ。
ここには20名の突入班以外に、8名のSRT隊員もいるが、こちらは狙撃班の隊員。
SRTは突入班も狙撃班も陸軍や海兵隊に入隊経験のある者ばかりだ。
室内には作戦を統括する立場の支部長と作戦には直接関係は無いジミーの姿もあった。
「次は情報管理部からみんなに、特に狙撃班のメンバーに伝えなければならない情報があります、捜査資料の28ページを開いてください」
全員が一斉に同じページへと向かうことで室内は紙の擦れる音で一杯になる。
彼らの見るページには作戦エリアの図面が載っていて、日本人過激派グループが集まると予想される四階建てのビルと距離的には離れているが、それを囲む様に存在する付近の四つの建物が確認でき、その四つの建物の図には何故か赤い×マークがそれぞれに記載されている。
「この赤いマークは狙撃班が待機するポイントか?だとすれば前回の捜査資料の待機ポイントより目標と離れているぞ」
狙撃班の一人が情報管理部の人間に質問をしている。
「その件については支部長より説明が」
イーストマン支部長が席を立ち大型モニターの前に立つ。
「たしかに君の言うとおり今回の資料では前回の資料に載っていた狙撃ポイントより目標から離れることになるが、これは私なりに隊員の安全を考慮して変更の決断をさせてもらった、前回の捜査資料通り作戦を決行させた場合、目標と狙撃班との距離が近すぎて敵からの応戦を受ける可能性が高すぎたのが気がかりだったんだ。そこで今日の午前中に潜入中のヨコタに連絡を取り狙撃ポイント変更のために再調査してもらった。結果新たに導き出した狙撃ポイントがその赤いマークと言う訳なんだ」
作戦の予定を当日に変更する行為はトラブルの原因か、それとも臨機応変と言えるのかは結果を見るまでわからないかもしれないが、狙撃班の隊員は特別不快な表情はしていない。
治安調査局は準軍事組織だが、そこに所属しているSRTの性質は警察系特殊部隊に近く、SRT狙撃班も例外ではない。
担当する任務の性質上、SRT狙撃班が活躍するのは住宅街やスラム街のような市街地。
この様な状況下での狙撃作戦における目標との距離は例外はあるにせよ通常100メートルかそれより近い距離で行なわれることが多く、今回の狙撃ポイント変更もその範囲内なのだ。
「諸君らSRT狙撃班が日頃から任務のために高度な訓練を受け、その技術を試したい気持ちは私も重々承知だが、今回君達に与えられた任務は突入班の支援であって彼らが仕留め損ねた目標の射殺だ、そのことを充分理解するように・・ではブリーフィングをこれにて終了するが狙撃班の者と突入班の各チームリーダーは悪いがこのまま残ってくれ、他の者は装備の最終点検に向かうように」
ブリーフィングを終え、部屋から出たジミーとブライアンが会話を始めていた。
「そういえばブライアン、今日イリーナの奴見たか?」
「俺は見てない、どうした?」
「いや、最近俺あいつに会ってないんだよ・・電話もつながらないし・・」
「う~んそういやあいつ最近おまえが仕事持ってこないって愚痴ってたな」
「本当か・・」
「でもそれと今日いないのは関係無いだろ」
「そうだな・・ああ、それと今日の作戦頑張ってくれ、無事を祈ってるよ」
「おう!楽勝だ!心配すんな!」
そう言った後、ブライアンは装備の保管庫に入って行く。
装備の点検を行なうためだ。
室内には既に他のSRT隊員が装備の点検を行なっている。
装備品保管庫内の中央は巨大なテーブルが配置されていて、部屋の壁側はテーブルを囲む様に大きめの個人ロッカーが並んでいるが、このロッカーの中にケブラーヘルメットやボディアーマー、タクティカルベストなどが保管されている。
大体11支部のSRT隊員は室内掃討作戦の場合、Tパターン迷彩戦闘服を着てその上に直接本体にポーチを付けられるボディアーマーなどを着ることが多いが、中には一昔前の軍や警察・治安機関などの特殊部隊がやっていたようにボディアーマーとタクティカルベストを重ね着する隊員もいる。
SRT隊員が使うボディアーマーやタクティカルベストなどの支給品は黒色で統一されていて、ケブラーヘルメットにいたっては隊員がわざわざ自分で黒に塗装している。
しかし黒色は一部の隊員から評判が悪い。
理由を挙げるとまずは直射日光に当たると熱を吸収しやすく暑くなり、着用者を不快にさせる場合があること、もう一つは黒色はスズメバチなどを呼び寄せる効果があるからだ。
スズメバチなどが黒色に反応して寄ってくる理由は天敵のクマだと思い防衛本能として襲ってくるなどいくつかあるらしい。
銃で武装した人間が小さな虫を警戒することを可笑しく思うかもしれないが、大地殻変動の影響から地軸が移動して赤道の位置が変化したので現在の関東は冬が短い。
だからハチが活動している季節も長いのだ。
隊員がハチを警戒するのも仕方ない。
その他に黒色が敬遠される理由に黒が人間の目を他の色より強くひきつけ目立つ効果がある可能性もあるが、この例はSRTには関係無いのかもしれない。
「なぁブライアン、この前のキリング・ケージ見たか?やっぱ今ヘビー級で最強なのはヒカルド・レイチだろ!今回も・・」
「おい!結果言うなよ!まだ録画したの見てないんだから!」
ブライアンは同僚のSRT隊員と会話しながら歩兵用単眼暗視装置の点検を行なっている。
この部屋は装備品保管庫と言っても銃器は置いていない。
これは安全上の理由もあるかもしれないが実際は銃器を置くにしてもスペースが足らない。
「悪い悪い・・」
「おまえは前も試合結果言いやがったからな、いい加減気をつけろ」
「分かった、ごめん・・なぁなぁブライアンもレスリングやってるんだろ?」
「ああ、フリースタイルを中心にな」
「MMAに興味無かったのか?試合に出てみたいとか」
「興味はあったけどパンチドランカーになりたくないから結局MMAはやらなかったよ」
「でもMMAはボクシングよりはパンチドランカーにはならないらしいぞ、オープンフィンガーグローブで打つパンチはボクシンググローブで打つパンチより脳へのダメージが少ないって聞いたぜ」
「う~んそれももう少し正確な統計が欲しいな・・どっちにしても殴る殴られで飯を食いたいとは思わないよ・・まぁその辺のことはジミーが俺より詳しいだろ、あいつはMMAでセミプロまで経験してるから」
「ああ知ってるよ・・でもあんまり強くなかったんだろ?東洋人に格闘技は向いてないよ、MMAもボクシングも東洋人にあまり良い選手いないしな・・」
「おい、ジミーの前ではそんなこと言うなよ、あいつ自分が東洋人だってことをコンプレックスにしてるから・・」
9
深夜二時頃、二級住民地区エリアB3のとある市街地、そこに建つ四階建ての廃ビル内部からは若者達の騒がしい声が外へと洩れている。
「本当だって信じろよ!」
「絶対嘘!嘘!あの川にそんなでかいナマズいねぇし!」
「いや本当だって!あれは1メーターは超えてたな」
「おまえはいつも言うことが大袈裟なんだよ~この前も一緒に釣りいった時だって・・」
その廃ビル内部の広い一室ではソファーが並べられていて、その上で男達がアルコール飲料を飲み、談笑していた。
彼らが囲むテーブルには温かいピザが置いてあり、あまり清潔的とは言えないこの空間に香ばしい匂いが漂っている。
やはりアルコールが入っているせいか皆一応に声がでかい。
その人数約27名、戦斧の民兵達だ。
年齢層は様々だが大体十代から三十代の辺りで男が多い。
ギラ付いた目をしていて、いかにも不良のオーラを発しているが、頭髪を不自然な形状にきめていたり、染めたりしている者、耳や口元にピアスをしたりしている者は見当たらない。
不良と言っても暴走族タイプではない、近いのはカラーギャングやチーマーのタイプ。
ジャージだろうがパーカーだろうが個人で好きな格好をして、さらに一部の凶悪なメンバーが密造銃などの銃器で武装した集団と言うのが二級住民地区にいる日本人民兵の主な共通点と言える。
彼らは普通の民間人のような格好をしている場合も多いので一度逃げられると摘発が困難なのだ。
そのため治安調査局が行なっている潜入捜査官を派遣しての拠点への調査とSRTによる掃討作戦は非常に効果的である、治安調査局に作戦を円滑に進められる程の予算があればの話だが・・。
初期の日本人テログループや過激派は階級住民制度の廃止を訴える政治結社に近い組織だったので昔は支持者も結構いたのだが、現在はまともな職に就けない不良成年が集まる暴力組織になっているので同じ日本人達の間からも煙たがられているのが実状だ。
「なぁなぁ!この前のキリング・ケージのヒカルド・レイチやべぇな!ありゃ日本人で勝てる奴いねぇよ!」
「あたりまえだろ!あの外人ヘビー級だろ、俺達日本人にヘビーは無理だし!けどよ~軽量級なら俺らでもいけんじゃね?マッチョじゃねーのも勝ってるし!」
「おう、そういや格闘技って言ったら中山がキックのジム通ってんだべ?」
「そうなん?中山~おまえキックやってんの?」
「うん、週四回」
「へぇ~♪おまえ試合とか出るの?」
「アマチュアで二回試合したことあるよ。最初の一試合は判定で勝ったけど、先月参加した二試合目は判定で負けた」
「なんだよ、しょぼいな。総合はやんねぇの?」
「総合は私には向いてないよ、最近ちょっとだけ総合の練習やったけどさぁ~あれ寝技?とかが本当に難しいから・・あ、でも総合の練習は楽しいから今後も機会があればやるよ」
「おう、頑張れや♪」
「うっす♪」
「・・・・」
「あのさ~俺腹痛いから便所行って来るわ」
「早く戻って来いよ~おまえが主役なんだから♪」
「ああ、分かった、しばらくそっちで楽しんでてくれ」
右手で頭を押さえながら一人の男が部屋から出ようとしていた。
左手にはトイレットペーパーを持っている。
「あ、上田君大丈夫?俺も付いて行こうか?」
「いや、でかい方だからパス♪」
「ハハハハ!小便なら良いのかよ!」
「悪いマジで漏れそう・・」
「分かった!ごめんごめん♪」
「へへ・・」
皆に笑われながら外へ向かうこの男こそ潜入捜査官のノブヒコ・ヨコタ。
実はこの廃ビル内部に機能しているトイレは存在しない。
ようをたす場合は廃ビルの外で立ち小便するしかない。
大便の場合はトイレットペーパーを直接持って行く。
ヨコタがこのような廃ビルを会場になるように仕向けたのも自然と外へ出るためだ。
「こちら狙撃班Bチーム・・ヨコタがビルから出てきました・・」
遠方のビル内から戦斧の民兵が集まっている廃ビルを監視していた狙撃班の観測手が指揮所に無線連絡を行なう。
「指揮所より各班へ・・これより潜入者からの連絡を待つ・・各狙撃班は引き続き目標の監視、全突入班はそのまま待機・・繰り返す指揮所より各班へ・・」
11支部本部の指揮所から各班へ指令が降るが、目標廃ビル付近の空家に待機していたSRT突入班の隊員達の表情は落ち着いているようだ。
人数は合計十名で、その内の二名は背中にメディカルバックパックを背負っている。
SRT突入班は基本的に五名で一つのチームを構成するので、ここには二つのチームがいることになる。
彼らの多くは経験豊富だ。
待機している間、突入班の隊員達は既に身体を装備で身を固め、室内は物々しいオーラが充満している。
頭部に着用しているケブラーヘルメットにはマウントで単眼暗視装置が装着され、隊員達の持つM4A1ライフルには暗視装置対応照準器が付けられていた。
CQB(近接戦闘や室内戦闘)で使う暗視装置は単眼式であることが好ましいと言われているのだが、これは両眼式の暗視装置だと自分のいる場所が本当に暗くて安全なのかどうかの区別を瞬時に行なうことができないからというのが理由らしい。
しかし単眼式の暗視装置は非常に使いづらいので実戦では役に立たないという報告もある。
治安調査局のSRTが使っている単眼式の暗視装置は実は陸軍や海兵隊から譲ってもらった物である。
治安調査局は予算が少なく、自分達では性能の高い両眼式の暗視装置を買うことができないので陸軍や海兵隊から譲ってもらった単眼式の暗視装置を使っているのだ。
軍や警察の部隊が建物の中に侵入するためにドアや窓、もしくは壁や天井を破壊して入り口を作ることをブリーチングという。
そしてドアを破壊して侵入するための入り口を作ることはそのままドアブリーチングと呼び、ドアを破壊する方法も色々ある。
ショットガンを使ってドアのボルトや蝶番を破壊したり、爆薬でドアを内側にふっ飛ばしたりする方法がポピュラーだが、時にはハンマーなどで強引に叩き壊したり、車両を使って破壊する大がかりな方法もあるのだ。
ここにいるSRT隊員の中にはドアブリーチング用に12ゲージのポンプアクション式ショットガンを携行している隊員もいる。
他にはドアを破壊するためのハンマーをボディアーマーの背中に固定した塩化ビニールパイプに差している者もいた。
治安調査局のSRTや軍の部隊がテロリストが潜む建物に強襲をしかける場合に持って行くブリーチング器材を何にするかの判断は、治安調査局の潜入捜査官からもたらされる情報から判断することが多い。
潜入捜査官は捜査対象の建物の特徴をよく観察してそれを情報化して本部へと送るのだが、例えばそれが建物のドアの場合ならドアの数と位置、材質、予想される強度、蝶番の方向など細かく情報にして報告する。
そしてその情報を頼りに治安調査局のSRTや軍の部隊は現場に持って行くブリーチング器材を決めるというわけだ。
潜入捜査官が二級住民地区の情報を入手して、その情報を頼りに軍の部隊や治安調査局のSRTが動くわけだが、これだと軍の部隊と治安調査局のSRTは任務が重複していることになる。
一応それでも軍の部隊と治安調査局のSRTは任務の住み分けがされていて、テロ組織でも錬度が低いと予想され、小規模で現場の状況的にも鎮圧するのにそれほど時間がかからない組織に対応するのがSRTだ。
逆に錬度が高く、重武装で、組織的に活動できる強力なテロ組織に対しては、より高い戦闘力を持った軍の部隊が対応するのだ。
そしてこのような軍が対応するべき強力なテロ組織の中にはスラム化した街の一帯を占拠していたり、民間人を盾に潜んだり、最悪なら人質を取って拠点に立て篭もっている場合がある。
こうなると軍の部隊でも一般の部隊だけでは対応できないので、軍の特殊部隊やそれに準じた能力を持つ偵察部隊が作戦に参加するのだ。
酷い言い方をすれば治安調査局のSRTが担当している任務はやろうと思えば軍の部隊ができることだ。
それに治安調査局のSRTは軍の特殊部隊からは格下扱いされているのが現状で、実際にSRTの錬度・能力から見てもそれは妥当かもしれない。
それでもSRTが治安調査局に必要とされているのは潜入捜査官に不測の事態があった時のためだ。
仮に潜入捜査官が潜入中にテロ組織に身柄を拘束された場合に軍の部隊は直ぐには対応できないかもしれない。
軍は軍で自分達の任務があるから常に治安調査局に協力してくれるとは限らないからだ。
これは軍が治安調査局にいじわるをしているのでは無く、地理的な要因などが重なって治安調査局のために時間を割けない状況もあることを意味する。
だから治安調査局は潜入捜査官のために自前の救出チームとしてSRTを組織して潜入捜査官達に少しでも安心して二級住民地区へ潜入してもらおうとしているわけだが・・現実問題として治安調査局は予算が少ないのでSRTの能力は限定的である。
本当に潜入捜査官の身に何かあった時、本当にSRTは能力を発揮できるか疑問視され、SRT不要論もあるほどだ。
だから治安調査局はこのような不要論を払拭するためにブライアンのような海兵隊出身者などの外部から引き抜いた優秀な人材をSRTに入隊させ、軍のノウハウをSRTに吸収させることで少しでも部隊の能力向上に努めてきたのである。
しかし治安調査局の予算が少ないのは事実で、予算が少ないとどうしても満足できるほどの装備を調達することができない。
具体例を挙げると治安調査局のSRTは予算不足が原因でドアブリーチングに使う爆薬を装備に持っていないことが多い。
いくらなんでもドアを破壊する爆薬くらい買えるだろうと思われるかもしれないが、ドアブリーチングに使う爆薬を実戦で安全かつ効果的に扱うには定期的に何度も専門的に訓練を行なう必要があるので、当然だが訓練で定期的に爆薬を使うための予算が必要なのだ。
もちろん定期的に訓練で爆薬を使うとなるとその費用だって馬鹿にならないのである。
そして治安調査局のSRTには定期的に爆薬を使った訓練ができるほどの予算は無い、だから悪く言ってしまえば治安調査局のSRTは爆薬慣れしている隊員の数は少ない。
爆薬の扱いに慣れていない者が爆薬を扱うことは危険なので爆薬に熟知している隊員が少ない治安調査局のSRTでは爆薬を使ったドアブリーチングを行なうことは少ないと言える。
治安調査局のSRTは陸軍や海兵隊に在籍していた経験を持つ者も多く、陸軍や海兵隊にいた頃に爆薬を使ったドアブリーチングの訓練を受けている者もいるが、治安調査局のSRTに来てからは訓練ですっかり爆薬を使わなくなったという者も多い。
しつこいようだが爆薬を使ったドアブリーチングは定期的に訓練を行なったチームや実戦で何回も経験がある者が行なわないと危険である。
とにかく予算が少ない治安調査局だが、給料や退役後に支給される年金の額などの待遇なら陸海空軍・海兵隊それに沿岸警備隊と同じ水準なので人件費はケチっていない。
「こちらグークスキンより司令部へ・・」
グークスキンとはヨコタのコールサインである。
「予定通りターゲットはアルコールで判断力が鈍っている・・やるなら今です・・」
「聞いたか各班!突入班Aチームは発電機へ!突入班Bチームは予定通りエントリーの準備へ!狙撃班は待機!グークスキンは速やかにそこから離脱しろ!」
「よし!始まったな!行くぞおまえら!」
Aチームのリーダーが部下達にげきをとばす。
指揮所からの指示を受けてSRTの各突入班が行動を開始、突入班Bチーム五名も目標である廃ビル四階に向かう、その中にはブライアンの姿もある。
空家から出たSRT隊員達は早歩きをしつつ、それでもお互いの死角を補うフォーメーションを維持したまま着実に目的地へと向かって行く。
そして突入班Bチームはすぐさま廃ビルの階段前に辿り着いた。
「・・・・」
音をたてぬように慎重な足取りで階段を上がって行く突入班Bチーム。
「こちら突入班Bチーム、エントリーの準備が完了した、待機する・・」
メディカルバックパックを背負った突入班Bチームのメディックが指揮所に突入の準備が完了したことを無線機で伝える。
既にパーティ会場前の扉には同チームのポイントマン(前方警戒員)を務めるブライアンが突入を今か今かと待ち構えていて、その扉の向こうからは日本語の笑い声が聴こえてくる。
突入班Bチームの何人かは既にマウントから暗視装置を下ろし、オンにしていた。
「こちら突入班Aチーム、発電機停止の準備が完了、Bチームのゴーサインを待つ・・」
「こちら突入班Bチーム、突入の準備は完了している、発電機の停止を許可する・・」
「了解、発電機の機能停止は今からこちらが1から5までの数字を数え終わってからだ」
「・・・・」
「1、2、3、4、5」
突入班Aチームの隊員が発電機のスイッチを切る・・
「こちら突入班Aチームより突入班Bチームへ発電機の機能が停止した、行って来い!」
発電機が停止したことで戦斧の民兵達が集まるパーティ会場は暗闇に包まれた。
室内の状況を無線機で理解した突入班Bチームのリーダーがハンドシグナルでブライアンに突入の指示を送る、ブライアンはゆっくりとドアノブに手をかけ・・ギィ~と音をたてる。
開いた扉の前方に民兵が一人。
「おい上田~発電機が止ま・・」
「コンバンワ♪」
「!?」
ブライアンは民兵の一人を前にして躊躇無くアサルトライフルの引き金を引く。
ダブルタップの射撃が民兵の心臓を見事に撃ち抜く。
「お、おい!敵だぁー!」
「へっ!?」
「やばい!やばい!おい懐中電灯持ってこい!」
慌てふためく民兵達。
「こいよ悪党!ぶっ殺してやるぜ!」
室内に銃声とブライアンの怒声が響く、アルコールの影響と暗闇による視界不良で民兵達は組織だった抵抗はしてこない・・。
そもそも満足な戦闘訓練を受けてない者ばかりなので仮に先述した状況ではなかったとしてもこれから起こる一方的な殺戮の結果に変化は無かっただろう。
既に室内ではSRT隊員達が撃つアサルトライフルの発砲音が響き渡り始めていた。
銃弾が民兵達の身体を滅茶苦茶にしていく。
胴体に二発撃ち込まれ絶命する者、壊れた大動脈から血液を噴き出す先程まで意思を持っていた遺体、そして逃げ惑う者。
ここはまさしく地獄と化した。
「クリア!おっし!リーダーとティムは二人一組で奥の部屋に行ってくれ!フィルは俺について来い!」
ブライアンの指示でツーマンセルの二手に分かれたチームは次から次へと民兵達を射殺していく・・それは戦闘というよりは一種の作業のようだ。
室内の制圧に十秒以上かけてはいけない。
突入によるパニック状態から室内の敵が冷静さを取り戻して反撃をしてくるまでの回復には十秒かかると言われる。
だから十秒以上かけてはいけないのだ。
「こ・・このアメ公がぁ!」
一人の民兵が短機関銃で応戦するが暗闇のせいで仲間に命中している。
「フィル見てみろ、あいつら仲間同士で殺しあってるぞ」
「所詮エテ公はエテ公だな」
同士討ちを観察しているブライアンとフィルは少し笑っている。
ブライアンは物陰からその民兵の頭部へとアサルトライフルの狙いを定める。
後は引き金を絞るのみ。
一発の銃声を後にまた一人民兵が頭のど真ん中に風穴を開けて倒れ込む。
その後、室内掃討戦は一分程で終了し・・
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!」「クリア!」
「こちら突入班Bチームより突入班Aチームへ、発電機のスイッチを入れてくれ」
明かりが点くとパーティ会場だった室内にはおびただしい数の死体と薬莢が散乱し、床には所々に血溜りを確認できる。
しかし室内には硝煙と血の匂い以外に柑橘系の香りも感じ取ることができる。
「おい、この匂いは何だ?」
「たぶん台所用洗剤か何かがこぼれたんだろ、家で使ってるのと匂いが似ている」
四人のSRT隊員が再度室内の散策を始める、一見は彼ら以外で動いている者はいなさそうだが・・
「あのロッカーをチェックしたか?」
「いや」
ブライアンが指差す方向に学校などでよく見られる掃除用具ロッカーがある。
「俺が開けてやるよ」
「待て、トラップがあるかもしれん」
不用意な同僚の行動を制止したブライアンは床に落ちていた雑誌をロッカーに投げつける。
ガン!「きゃあ!」
「!?」
「この声は女だな・・フィル、俺が銃を持って調べるからおまえはロッカーを開けろ」
「了解」
ロッカーを開けて見るとそこに一人の少女が恐怖で全身をガタガタと震えさせながら潜んでいた。
美紀の友人、中山麻里だ。
中山は瞳に涙を浮かべている。
「た・・たた助けて・・」
「殺るのか?ブライアン」
「いいや、このガキは連れて帰って色々訊き出す」
10
午前中の住宅街をジミーは一人歩いていた。イリーナの自宅に向かうためだ。
ジミーは茶色の屋根と白色の外観を持った合計四部屋のアパートの前に立ち止まる。
まだ綺麗で建造されてから日が経ってないこのアパートがイリーナの住む自宅だ。
そのアパートを前にしてジミーはイリーナが住む部屋の鍵穴を観察している。
「(ピッキング対策の甘いタイプを使ってんな・・それにこれじゃサムターン回しにも弱い・・今度直してやるかな)」
実はジミーの父親の仕事は鍵屋。
そんな父親からジミーは幼い頃から鍵の修理・開錠などの仕方を教わっているので鍵に関する技能と知識は一般人よりはるかに豊富なのだ。
この鍵に関する技能をジミーは潜入捜査にも活かしたことがある。
二級住民地区で過激派グループに潜入した時、そのグループの幹部が自宅の鍵穴の調子が悪いと言っていたので無償で修理を行ないその幹部から信頼され、それをきっかけに重要な情報を聞き出したのだ。
それにジミーのように鍵に関する知識が豊富なら敵が潜伏するアジトのドアの構造をより正確に情報として本部や軍の部隊に伝えることもできるだろう。
そういった細かな情報をダイレクトアクションを担当する部隊は欲しているのだ。
コンコン・・
「おいイリーナ、俺だ」
ガチャ・・
「おう、あがれよ」
「・・・・」
「どうした?」
「いや、おまえ今日スッピンだろ、化粧してないと相変わらず凄い童顔だな・・」
「あ、化粧すんの忘れてたフハハハ!」
軽い挨拶を終え玄関に立つとまず目に付くのが畳を敷いた茶の間があることだ。
「ジミーは中に入るの初めてだろ、靴はここで脱げよ、ここは和式なんだ」
「意外だな、日系人の俺の家は洋式なのに」
「畳で裸足になるのが好きなんだよ、知ってるか?畳の部屋がある家に住む夫婦は離婚率が低いんだ」
「独り者には関係ないだろ」
「まあそうだな」
「トイレはどこだ?」
「トイレはそっちを突き当たって右だ、何だよ我慢してたのか?」
「いや、確認したいことがあって・・」
ジミーは家のトイレを覘くと・・
「良かった~」
「何がだよ?」
「トイレは和式じゃなくて・・」
「あ~和式のトイレ苦手な人多いからな・・そんなことより早くこっち来いよ」
茶の間には既にイリーナが裸足であぐらをかき、折りたたみ式のテーブルの上にはスポーツドリンクが2本置いてある。
「座れよ」
「ああ、そうさせてもらう。やっぱり女の部屋は綺麗だな」
「ありがとう」
「ん?このスポーツドリンク、ミーペックが出してるのか」
そのドリンクのラベルには波打ち際の防波堤を模したデザインがプリントされている。
「そうなんだよ、製造は下請けの企業だろうけど、あの会社は今何でも作ってるよ。ミーペックはキリング・ケージのスポンサーもやってるから今後このドリンクもファイターに支給されるんじゃないか」
「そうか・・それよりあの件はどうなってる?」
「良い感じかな、空軍と陸軍が興味を持ってくれてるみたいだ」
治安調査局の潜入捜査官は通常あまりテロ組織に対して積極的に攻撃的な行動を取ることはない。
テロ組織に対する攻撃的な任務は基本SRTが行なうか軍の部隊に任せるので潜入捜査官はあくまで情報収集が主な任務なのだ。
しかしジミーとイリーナは他の潜入捜査官とは違い、自分達でテロ組織の掃討を積極的に行なっている。
「そうか、良かったじゃないか」
「これもジミーがあたしの実戦データをきちんと書類にまとめてくれたおかげだよ」
大地殻変動後の現在、軍や治安調査局はサイキッカーの持つ異能力を自分達の任務に使えるようにするための研究を行なっており、様々な異能力者達が見つかっている。
しかしそれでも必要とされる異能力は大きく二つのタイプ分けられているのだ。
まず一つは人間に対して直接ダメージを与える異能力。
物体を遠隔操作して相手にぶつけるテレキネシス、相手の人体を燃やしてしまうパイロキネシス、それにイリーナが人差し指から発射させる衝撃波も人間に直接ダメージを与える異能力に分類されるが、このタイプの異能力に最低限要求される効果とはずばり人間一人を一撃で戦闘不能に陥らせる性能だ。
これは戦いの場に銃が普及している今日の状況下において、銃というものが当たり所によって人間を一発で戦闘不能にできる性能がある以上は異能力にもそれが要求されるということである。
人間一人を戦闘不能にさせるのに五回六回とリアクションが必要な異能力に用は無いということだ。
相手を直接攻撃するタイプのサイキッカーの中でも一撃の破壊力が優れた物同士が戦うと短時間、もしくはそれこそ一瞬で決着が着く場合がある。
そして二つに分けられた必要とされる異能力の内のもう一つは相手を直接攻撃せずとも情報を収集することで歩兵部隊や歩兵部隊に類似した現場で直接活動する組織を支援できるタイプの異能力だ。
このタイプの異能力で代表的なのは何と言っても遠隔透視および透視能力などだろう。
仮にとある建物にテロリストが複数の部屋に分かれて潜伏していたとして、遠隔透視や透視能力を持ったサイキッカーがいれば事前に、もしくはリアルタイムでその建物内部の情報を入手することができる。
後は入手した情報をその建物に強襲をかける部隊へ伝えることで作戦を安全に進めることができるのだ。
遠隔透視はサイキッカーの異能力の中でも比較的古くから研究されており、遠隔透視の本格的な研究は大地殻変動が起こる前の70年代にアメリカ陸軍・情報保全コマンドが行なったスターゲートプロジェクトからスタートしているので他の異能力よりも研究実績は長い。
これらサイキッカーの異能力はものによっては組織的に活動する敵勢力に対して強力な攻撃や圧力になり得る技があり、しかも銃火器などと違い、サイキッカー自身の体調が良ければその異能力は無尽蔵に使える技もある。
しかしサイキッカーを軍などの戦力にするには大きな弱点があった。
それはサイキッカーは誕生する条件に法則性が無い、だから戦力として安定供給できない問題点がある。
それを解決するために軍の一部の人間が考えたのがクローンサイキッカー計画。
優秀なサイキッカーのクローンを量産して戦力にする・・そしてその優秀なサイキッカーの候補の一人に選ばれたのがイリーナなのだ。
「俺もメリットがあってやってるから気にするな」
「メリット?」
「おまえの実戦データの書類を作る手間賃くらいは貰ってるんだぞ、知らないのか?」
「そうだったのか・・じゃああたしに感謝しないとな♪」
「フフ、そうだな」
もちろん軍もいきなりイリーナのクローンを作ろうとは思っていない。
ある程度はイリーナがクローンを生産するに相応しい能力の持ち主かどうか判断する資料が欲しい。
だからジミーは潜入捜査でテロ組織の情報入手して、その組織が小規模な場合はSRTではなくイリーナ一人に掃討作戦を行なわせてきた。
こうする事で出来たのがイリーナの実戦データだ。
この実戦データはイリーナがテロ組織と戦った結果以外にもイリーナが人差し指から発射する衝撃波がどんな物に対して有効であり、どんな物に対しては有効ではないのかを調べたレポートも含まれている。
このレポートはジミーが人気の無い空き地にドラム缶やベニヤ板、それに鉄筋コンクリートなどの様々な物体を用意してそれらをイリーナが衝撃波で射ち、その効果を確かめたりした結果を文章と写真や動画などでまとめたもの。
二人で色々やってみた結果で分かったのは、イリーナが発射するあの衝撃波は人体や鉄筋コンクリートなどの物体には有効なダメージを与えるが、金属加工した物体、例えばジュラルミンなどで作られたような物体には大したダメージを与えられないということだった。
それでもイリーナの衝撃波は撃ち方によっては自動車をひっくり返すくらいのパワーはあるので、当てることができればどんな物に対しても多少は何らかの影響は与えられるかもしれない。
「どうにか軍の連中にはあたしの能力を評価してもらいたいよ」
「おまえがクローンのモデルに採用されたらかなり金が入るんだろ?」
「そうさ、そしたらプール付きのでかい家を買うよ。それにイカした車も欲しいな、もちろん家の中には畳の和室も造るぞ」
「結構な夢だ、叶うと良いな」
実際のところイリーナはこれまでたいした訓練を受けていない過激派の民兵が相手なら圧倒してきたので、その能力はサイキッカーの中でも戦闘に適しているかもしれない。
ただ女性であるため、どうしても身体能力は男性に劣ってしまう部分がネックか・・。
「おいジミー、例のガキの方の件はどうなった?」
「美紀のことか、あいつには俺の正体を話した」
「な!どうして!?」
イリーナは驚きを隠せない様子だ。
「司法取引させてあいつを一級住民にする事にしたからだ」
「マジかよ・・単なる格闘ごっこじゃなかったのかよ?」
「最初はな・・でも一緒に練習したりあいつがたまに出るタイ料理屋のキックボクシングショーを見に行ったりして思ったんだよ、こいつ持ってるな・・」
持ってるとは才能のことだ。
「そんなに凄いのかそのガキ?」
「グラウンドはまだまだだが打撃は女の中じゃかなりのもんだ。タイ料理屋のキックボクシングショーでも凄いんだよ、相手の女の子がかわいそうなくらい実力差を見せつけるような試合をするんだよ、俺の目の前でKO勝ちしてみせたこともあるしな・・あいつは鍛えればトップを狙えるかもしれない、俺はそう思う」
「へぇ~そんなにか・・随分惚れ込んだもんだ、でも司法取引の材料はどうなんだ?」
「ばっちりだよ、あいつは自分が働いている店以外に四軒もテロリストの武器屋がある場所を知ってる、それに密造銃の製造所も二ヶ所知ってる。これだけの情報を提供すれば問題無い」
「でもガキはお前の正体を知って驚いていただろ?」
「ああ、逮捕されると思ったみたいで最初はもの凄いビビってたよ」
「そりゃそうだろ・・まあトラブルにはならないようにしろよ」
「大丈夫だ心配いらない」
「そうだ、ブライアンの事でおまえに訊きたいことがあるんだよ」
「あ~何かあいつの事で訊きたいことがあるって言ってたな」
「そうだ、普段あいつあたしのこと何て言ってる?」
「・・いや特に何も・・」
「何か無いのか?私のことをこう思うとか・・」
「なあイリーナ、ブライアンのことが好きなら直接本人に告白すれば良いんじゃないか?
」
「馬鹿言え!同じ職場なんだぞ!断られたら気まずいだろうが!」
「意外とデリケートなんだな・・とにかくおまえを嫌ってる様子は無いから安心しろって」
「そりゃあ嫌われるようなことをしてるつもりは無いからな・・ジミーはブライアンとは小学校からの付き合いなんだろ、あいつ小さい頃どんな子供だった?」
「うーん・・正義感は強い方だったかもしれないな・・元々あいつと俺が話すようになったのは俺が小学二年の時、クラスメイトの四人からいじめられてるとこを助けてくれたのがきっかけなんだ」
「ジミー情けないぞ・・」
「仕方ないだろ・・俺はその頃チビでガリガリだったんだ・・で、ブライアンはそんな俺のためにクラスメイト四人を一人でぶちのめしたんだぜ、あいつは小学校入る前からレスリング習ってたから力が同級生の中でも抜きん出た物を持ってた。その時も最初の一人を投げ飛ばして両腕を骨折させた後、二人目の奴の鼻の骨も頭突きで破壊して残り二人も速攻で殴り倒したからな・・」
「ブライアンかっこいいな・・」
「その後だったなブライアンが一緒にレスリングやればいじめられないぞって言うから俺もあいつと同じレスリングスクールに通うようになったんだ。まあレスリング始めたら今度はレスリングスクールの先輩達に良い意味でいじめられたんだけどな・・」
「ブライアンがきっかけでジミーはレスリングを始めたのか・・フリースタイル?グレコローマン?」
「俺もブライアンと同じでフリースタイルを中心にやってた、でも俺はブライアンと比べたら競技者としての成績は全然駄目だったよ、それに比べてブライアンは凄いぞ、あいつはフリースタイルの84kg級で高校地区王者を二回、大学選手権は96kg級の二位を一回、海兵隊レスリング選手権では96kg級で準優勝を一回、治安調査局レスリング選手権の96kg級を優勝二回取ってるからな」
ファーイーストランドは在日米軍が中心となって作った国家であるためか、一級住民地区のスポーツ文化は大分アメリカかぶれをしていてレスリングの人気は高く、二級住民地区でもレスリングの競技人口は増えている。
レスリングは紀元前3000年前から存在する世界最古の格闘技である。
勝敗の決め方は人間が1対1の状態から互いに様々な技術を使って組み合い、それらの展開の中で相手を倒し、そして相手の両肩をマットにつけた方が勝者という競技。
レスリングは通常そのルールがフリースタイルとグレコローマンスタイルの二つに分かれていて、フリースタイルは全身を攻撃することができるが、グレコローマンスタイルは腰から下を攻撃することはできない。
フリースタイル、グレコローマンスタイル共に国際式のルールが存在したが、アメリカ合衆国の高校・大学ではそれとは別にフォークスタイルと言われるルールも存在し、国際式ルールとは異なる環境でレスリングが行なわれていたのだ。
このフォークスタイルはカレッジスタイルとも呼ばれているルールで、フリースタイルでは可能とされるローリングなどが使えなかったりと国際式とはルールが微妙に異なるが、それでも米国では高い人気があったようで、フォークスタイルのルールで行なわれる全米大学レスリングは毎年数万人を越す人間が集まっていたとされる。
しかしアメリカスポーツ文化の影響を強く受けているはずのファーイーストランドでも、なぜかこのフォークスタイルのルールは殆ど行なわれず、国際式を主なルールとしてレスリングが行なわれている。
これには政治的な理由があり、当初はファーイーストランドの中央政府もフォークスタイルのレスリングを普及させようとしたが、仮にそれで日本人の強豪レスラーを倒してもルールのせいで負けたと言い訳される恐れがあるとして協議の末に国際式のフリースタイルとグレコローマンスタイルを国の力で普及させる決定をしたのだ。
ファーイーストランドが建国されてまだ初期の時代に行なわれた国際式レスリングの大会は、政府軍選抜チームと解体された自衛隊体育学校出身者による対抗戦で行なわれ、やはり国際式ルールに慣れた元自衛官達が政府軍選抜チームを圧勝で倒すという結果だった。
しかしその後は政府軍選抜チームや一級住民のレスラー達も真剣に国際式ルールの練習を始め、このルールで勝つ技術を学び始めると日本人で構成された二級住民地区選抜レスリングチームは黒人や白人それにメスティーソやポリネシア系を中心とした政府の選抜チームには勝てなくなっていく。
重い階級からこの傾向が早くに現れ、現在は軽量級においても日本人レスラー達は蹂躙されているのが現状だ。
現在のファーイーストランドでは大学スポーツがディビジョンなど細かく分かれてはいないのでレスリングに限らずあらゆる競技で体育会系の強豪校とスポーツとは縁遠い印象のある理系の学校が対戦することも珍しくない。
それとレスリングはアメフトやラグビーなどとは異なり階級制によって体の大きな者から小さな者まで参加できるメリットがある競技なのでファーイーストランドでは大小様々なレスリング大会が開催され、多くの人々が参加しているが、そんな数あるレスリング大会の中でも大学選手権やインカレと共に最も権威のある大会の一つとされているのが全地区統一選手権という大会だ。
この大会はフリースタイル・グレコローマンスタイルの各階級で最強レスラーを決めるため一級住民と二級住民問わずに学生の選手から社会人の選手、軍隊に警察機関、それに消防署、果てはプロのMMA選手や柔道家などから各階級の代表が一ヶ所の会場に集まり、本戦を一ヶ月から二ヶ月かけて最強のレスラーを決めるのだ。
本戦の期間が長いのは一人の選手に一日数試合は行なわせず、一人一日一試合で大会が進んでいくトーナメントを行なっているからだが、計量の回数も多くなるので無差別級以外は減量のテクニックが非常に重要視される。
このレスリング全地区統一選手権は毎年行なわれる人気イベントで、この大会の効果もあってかファーイーストランドでのレスリングの社会的認知度は高く、レスリングはアメフト・ラグビー・MMAと共に四大スポーツと言われる地位を築いているのだ。
またレスリングの技術はトレーニングとしてアメフト、ラグビー、MMAに取り入れることが可能なのでレスリング界は他の三大スポーツとの交流も深い。
アメフト、ラグビー、レスリング、MMAが四大スポーツという地位を築いたのも中央政府が国家プロジェクトとしてメディアなどを使い印象操作を行なうことによって、多くの日本人にこれらのスポーツに対する興味を持たせることに成功したからだ。
それとMMA以外の三大スポーツに関しては競技施設の設立、学校教育への導入などを行なうことで日本国ではけして人気スポーツとは言えなかったアメフト、ラグビー、レスリングをファーイーストランドではメジャースポーツにすることができたのである。
またプロスポーツとして大金が動くのは現在はアメフト、ラグビー、MMAの三種のみで、他のプロスポーツは大規模なリーグ戦や大会を開催できる団体は存在しないのが現状だが、これも中央政府の圧力でフルコンタクトなプロスポーツにしかスポンサーが付かない土壌を作って来た影響であり、今ではフルコンタクトではないスポーツ競技の団体がスポンサーを見つけてプロ化するのは極めて難しい状況にある。
レスリングに関してはアメフトやラグビーのような大金が動くプロの大会は無いが、大学卒業後などにプロで活動したいレスリング選手の窓口としてMMAの業界が機能しているのだ。
このような現在の状況を中央政府が意図的に作って来たのは日本人が、というよりは東洋人が勝てないと言われる身体と身体が全力で接触するフルコンタクトな競技を人気スポーツにすることで日本人から国民的スターを誕生させないようにする目的があるからだ。
そしてそれと同時にこれらの四大スポーツで活躍する黒人や白人それにポリネシア系の一級住民を日本人に神格化させる狙いもあったからである。
さらに中央政府はフルコンタクトではないスポーツは本気で身体をぶつけ合わないので男らしくないスポーツという印象を国民全体が持つようにあらゆるメディアを使って働きかけ、現在のファーイーストランドではフルコンタクトに該当しないスポーツはフルコンタクトのスポーツより一段劣るという価値観が一般的になっている。
中央政府はその中でも特に野球はつまらないスポーツの代表格というイメージを多くの人間に持たせるための印象操作をあらゆるメディアを使って徹底的に行なってきたのだ。
その結果として現在、野球は一級住民地区はもちろんのこと、二級住民地区においても子供すらやらない不人気スポーツとなってしまっている。
中央政府が野球を特に潰しにかかった理由は、野球は元々日本人から人気のあるスポーツであり、日本人の選手も活躍できるスポーツなので、野球を観戦した日本人が白人や黒人の選手達に混じって活躍する自分と同じ日本人の選手の姿を見ることによって自分達日本人は外人に負けない強い民族なんだと感じる可能性を感じたからだ。
日本国において野球は国技と言っても間違いないくらいの社会的地位を持った競技であったので、身体能力の高い若者の多くは野球に人材として吸収されていた。
それらの人材が他競技に流れることがあれば日本のスポーツ界は変わると思っていた人物もいたが、実際にいざ野球を潰してみて他競技に人材が流れている現状でも、日本人がラグビーやアメフト、それに重量級のレスリングで活躍しているとは言い難い状況なので、やはり身体をぶつけ合う競技は東洋人である日本人には向いていないのかもしれない。
中央政府がフルコンタクトなスポーツこそがスポーツの頂点であり中心という価値観を国民全体に植えつけるプロジェクトを進めた結果、現在の日本人は自分達が活躍できないアメフト・ラグビー・レスリング・MMAに挑戦しては蹂躙され続けている。
そして黒人や白人、ポリネシア系のアスリート達にフィジカルのパワーで負ける日本人アスリート達の姿を何度も見せつけられた多くの日本人達は自分達が身体能力で劣る民族だと過剰に思い込むようになり、中央政府は結果として多くの日本人から民族としての自信を奪うことに成功したのである。
「そう言えばブライアンの家に行った時に見たけど部屋の棚にトロフィーとメダルがいっぱいあったな~」
「あれも全部レスリングの大会で取った物だよ、それと実はブライアンが海兵隊から治安調査局に来たきっかけもレスリングなんだぞ」
「なんでレスリング?」
「ブライアンはどうしてもフリースタイルの96kgで全地区統一選手権に出場したかったんだけど・海兵隊にはあいつよりも強い奴がいたからブライアンは海兵隊の代表には選ばれなかったんだよ」
「ああ、それで治安調査局に来たのか・・」
「そうだ、治安調査局のレスリングチームは陸軍や海兵隊と比べるとレベルは低いからな。現にフリースタイル96kg級でブライアンに勝てる奴は治安調査局にはいないんだよ、だからブライアンは全地区統一選手権に治安調査局の代表として出場してるんだけど・・さすがにあのレベルの大会になるとブライアンでさえ初戦負けしたりするからな・・」
「ブライアンは全地区統一選手権じゃあんまり成績は良くないのか?」
「そうだな、今のところは良くない」
「ジミーは何かの大会で優勝してないのか?」
「俺は何も無いよ、けど俺だってレスリングでブライアンに勝っている所があるんだぜ」
「何だよそれ?」
「耳が変形してない所だ♪」
「・・・・」
「笑ってくれよジョークなんだから・・」
「ハハハハ・・はぁ・・ねぇブライアンは十代の頃は女にモテてた?」
「そこそこな、レスリング部では一番女にモテてたよ。でも俺達の高校はアメリカン・フットボール部に良い男が集中してたからブライアンは女達からそんなに注目されるタイプじゃなかったな」
「ジミーはどうだった?」
「俺みたいに不細工で性格の悪い東洋人に需要があると思うか?」
「無いだろ!ハハハハ!」
「そこはそんなに笑わなくて良いぞ・・」
「ハハハ・・ごめんごめん・・今度はジミーのことを訊きたいな、どうして潜入捜査官になろうと思ったんだ?きっかけとかあるか?」
イリーナのその質問で先程まで楽しそうにブライアンのことを語っていたジミーの表情が急に大人しくなる。
「ふ~ん・・潜入捜査官になろうと思ったきっかけか・・」
「あれ?あたしなんかまずいこと訊いた?」
「いや、全然。俺は潜入捜査官になる前は大学を中退してプロのMMAファイターを目指してたんだ、アマチュアまでは戦績も良かったんだが、セミプロの大会で三連敗したのが一つのきっかけだな」
「それはどんな状況だ?もっと詳しく話してくれ」
「また少し恥ずかしい話しになるけど、俺のその時の試合での闘いぶりはそりゃあ酷いもんだったよ・・その日の対戦相手は俺と歳の近い黒人のマッチョマンだったんだが、俺は1ラウンドの開始早々そいつから金網際でテイクダウンを奪われてからパウンドとヒジの絨毯爆撃をくらってさ、そのまま1ラウンドTKO負けしたんだよ、負ければアマチュアに戻される大事な試合でな」
「・・・・」
「それから俺はしばらくジムに行くのもやめて働きもせず街をふらついてたんだが、その時期に従兄弟と再会してそいつから潜入捜査官の仕事を紹介されたんだ」
「おまえの従兄弟は何者なんだよ?」
「俺の従兄弟もその時潜入捜査官だったんだよ、奴は第8支部で働いてたんだが、俺が働かないでウロウロしてる話しを聞きつけてやってきたんだろ」
「今もそいつは現役なのか?」
「いや、従兄弟は二年前から行方不明だ、潜入捜査中にな・・」
「・・・・」
「で、俺はその従兄弟から潜入捜査官の仕事の内容を聴かされた時にこの仕事は俺に向いてるんじゃないかって思ったんだよ、それにこのまま東洋人の俺が格闘技やってても黒人や白人のファイターの様には強くなれないってのは感じてたからな・・」
「随分ネガティブな考えだな・・」
「でも実際俺達東洋人は肉体的には劣等民族だと思うぞ、俺はレスリングとMMA両方を経験したからそこは痛いほど感じるね」
「・・・・」
「まあとにかく俺は従兄弟の紹介でこの仕事に就いたんだよ」
ジミーは自分がMMAファイターとして大成できなかったのは自分がフィジカルで劣る東洋人に生まれたためだと思っている。
ジミーの見た目は日本人と変わらない、潜入捜査官の仕事はそんな自分のフィジカルを活かせる最適な職種だと当時のジミーは感じたのだろう。
現に今のジミーは潜入捜査官として素晴らしい実績をあげている、しかし今もジミーは自分が東洋人であることに強いコンプレックスを持っているのだ。
それでも日系アメリカ人の子孫であることには強い誇りを持っていて、自分とは格が違うとして他の東洋人を馬鹿にしたりする傾向があったりと中々に面倒臭いアイデンティティーの持ち主なのだ。
「おまえ本気で思っているのか?東洋人は肉体的劣等民族だって」
「俺個人の考えとしては東洋人のフィジカルは劣っていると思うね」
「あまり良くないぞ、ネガティブな考えは」
「レスリングやMMAに関してはこの考えは的を得ていると思うぞ」
「お偉い学者も東洋人のフィジカルが劣ってるなんて言ってないだろ」
「それは新しい人種差別を誕生させないために気を使ってストレートには言わないだけだろ、それにそいつらが何を言おうが言わないがSPAみたいな東洋人差別の団体があるんだ、それが世の中の俺達に対する素直な評価さ」
「・・・・」
「女々しい事は本当は言いたくないんだが、仮に俺が東洋人以外の民族に生まれてたら本当は強い格闘家になれてたんじゃないかって時々思うんだ・・俺はさ、黒人や白人のアスリートが羨ましいんだよ」
「・・・・」
「だから街で東洋人と付き合ってる黒人や白人の物好きな奴を見ると馬鹿なんじゃないかって思うぜ、一時の遊びならともかく将来結婚して子供を作った時に劣った民族の血が自分の一族に入るんだ、俺がそいつらなら東洋人なんかと・・」
「ジミー・・おまえってもの凄いコンプレックスの塊なんだな・・」
「ああ、俺は東洋人なんかに生まれたくなかったね」
11
昼の十二時近く、ジミーはエリアB3内の住宅地付近に位置する道路を歩いていた。
その道を歩くジミーの左手側上方には高架駅の鉄道跡地があり、そのガード下には路上生活者のような格好をした者達が各グループごとに集まり世間話をしている。
そこから少し離れたガード下には歳若い少年達がバスケットボールで球蹴りをしていて、彼らの遊ぶガード下には違法で設置されたと思われる移動式のバスケットゴールが二つあったが少年達はなぜかバスケットゴールには見向きもしていない。
ジミーがこの道を歩いているのは美紀の自宅に向かうためだ。
ジミーとしてはさっさと美紀をパンフィッシュ・シティに連れて行きたいのだが、美紀も知人友人に別れを告げる時間を欲しがっていたので数日間の期限を与えたがジミーもいい加減に痺れを切らしたのだ。
無論美紀も馬鹿正直に友人達に一級住民地区へ移住するとは言ってない、単に引っ越すとだけ伝えている。
ただ一人だけどうしても連絡が取れない友人がいる、同じキックボクシングジムの中山麻里だ。
美紀が彼女に会えず別れの挨拶言えないでいるので移住の計画が進まないでいる。
中山は美紀にとってキックのジムの親しい同門で、総合の練習にも常に協力してきた。
美紀としてはどうしても直接別れの挨拶がしたいのだ。
現在、中山麻里は治安調査局11支部で拘束されている。
だから美紀がどんなに中山を捜しても会えるはずがない。
問題なのはジミーは中山が11支部に拘束されている事を全く知らないので、時間を無駄にしている状況にあることだ。
ジミーも例の掃討作戦の結果は親友のブライアンが無事だった事もあって他の情報は簡単にしか訊いてない、しかも自分の件の作戦じゃないから詳しく知らなくても別に良い、というややいい加減な態度でいるからこうなるのだろう。
ジミーが歩き続ける道の風景が住宅地付近から繁華街へと変化する。
飲食店、カラオケショップ、雀荘など夜になればネオンの灯かりを光々と放ちそうな店が立ち並んでいる。
街の大通り自体は広々としていて道端のゴミも少ない。
どうやら店舗ごとに店の関係者が自発的に清掃を行なっているようだ。
ジミーは大通りの店には目もくれずに路地裏へ入ると自身の鼻を腐った生ゴミの悪臭が襲いかかる。
よく見れば倒れたポリバケツのビニール袋にまるまると肥ったネズミが頭を突っ込んで食事をしているのだ。
ジミーが近づいてもネズミに逃げる様子は無い。
大通りはそれなりに綺麗だったのに少し路地裏に入ればこの変わり様、外面だけは良く見せようとする日本人の気質をこの街からジミーは勝手に感じ取っていた。
路地裏を抜ければ直ぐに集合住宅が見える。
何年も手入れを怠っているのか所々塗装が剥がれた三階建てのマンションだが、ここの一室に美紀の自宅があるのだ。
建物自体は住むに問題は無さそうだが、すぐ近くが繁華街なので居心地はあまり良くなさそうだ。
過去何度か美紀の部屋に入ったことがあるジミーの印象は想像してたよりマシと言った感じで、各部屋シャワーを完備していることは評価している。
ジミーは美紀の部屋がある三階へと向かいドアチャイムのボタンを押し始めた。
ピーンポーン♪
「・・・・」
ピーンポーン♪
「いないのか?」
部屋の中からは人の気配は感じ取れない、ジミーが不意にドアノブに手をかけると鍵が解除されていることに気づく。
ドアを開けると玄関には四足ほどのスニーカーが散乱している・・全て美紀の物だが、注目すべきはそこだけではない、玄関から室内の向こう側まで土足で侵入した形跡と思われる靴の足跡が複数確認できるのだ。
「・・・・」
ジミーは懐のホルスターから使い込まれた45口径のハンドガンを抜き出し室内の散策を開始する。
足音を立てぬよう慎重に一歩一歩進んで行く。
前方に見える寝室を閉ざす扉を細心の注意を払いながら開閉し、室内を見渡す・・。
そこにはフローリングの床に寝袋と数冊の格闘技雑誌が転がっているだけだ、人はいない。
ジミーは続けてリビング、ベランダ、それにシャワールームとトイレ、室内全域を調べたがやはり誰もいない。
何かやばい感じがする。
室内に荒らされた形跡は無いが足跡の数と方向からして何人かが土足であがった様子だ、少なくとも穏やかな感じはしない。
「(いったい何があった!?・・)」
ピーン・・ポーン♪
「!」
不意にドアチャイムの音が鳴り響き動揺するジミー。
「(誰だ?)」
ジミーは銃を持ったまま足音を立てないように玄関のドアに向かい覗き穴から外の様子を窺うとそこに一人の男がドアの前に立っていた。
顔を見るにまだ未成年だろうか。
男はどこか落ち着かない様子だ。
「(何だこいつは・・)」
ジミーはゆっくりとドアを開ける、もちろん相手が襲ってくることも考慮しながら。
「!?」
「おい、おまえ美紀の知り合いか?」
ジミーを見た途端に男はその場から走り出し逃げようとする。
背を向け逃げる男の肩を左手で掴んだジミーはそのまま男の腎臓付近に右のパンチを叩き込む。
「あぁ!!」
クリーンヒットしたのか男はその一撃で床に仰向けに倒れ込んだ。
「うぅ・・痛い・・」
ジミーは倒れている男のむなぐらを掴み、男の喉元に銃口を当てながら拳銃のハンマーを下ろす。
自身の皮膚で金属の冷たさを感じ取った男は一瞬で痛みを忘れたのか、直ぐに恐怖の感情を顔に出し始めていた。
「おい!大人しくしろ!静かにして俺の言うことを聞けば何もしない!」
「ひっ・・」
ジミーの脅しに男は要求されていないにもかかわらず、倒れた状態で両手を上げ、抵抗の意思が無いことをアピールしている。
「よし立て、来いよ」
男を連れて美紀の自宅に戻るジミー。
リビングに到着すると早速ジミーが男への尋問を開始した。
「おまえは美紀の知り合いか?」
「は、はい!同じキックボクシングジムの練習生です!」
男は恐怖によって緊張しているせいなのか無駄に声がでかい。
「落ち着けって!もっと静かに話せよ!おまえ名前は?」
「落合賢二です」
「おい落合、俺は美紀に用があってここに来た、だがあいつはここにいない・・オマケに室内には誰かが土足で侵入した形跡がある・・何か心あたりはあるか?」
「あの・・じゃあ多分ですけど、美紀は戦斧のメンバー拉致されたんじゃ・・」
「どういうことだ!」
「つい先日のことなんですが・・戦斧の民兵達がどこかの廃ビルでパーティ開いてて、そこに治安調査局の部隊が突入したの知ってます?」
知らないはずがない。
「それがどうかしたのか?」
「簡単に言うとその廃ビルで民兵達がパーティーすることを美紀が治安調査局にちくったとか言う噂が連中の間で流れて・・」
ジミーの表情が見る見るうちに青くなっていく。
「な・・それじゃあいつ・・」
「やっぱり戦斧の民兵達が美紀を裏切り者だと思い込んで拉致したんだと思います・・僕がここに来たのは美紀に逃げるように伝えるためで・・」
「戦斧の連中の動きをおまえはどうして知っているんだ?」
「あの・・うちのキックのジムにも何人か戦斧のメンバーがいるんで、そいつらが近々美紀が焼き入れられる噂があるって言うから・・」
「だが何で美紀が疑われるんだ?あいつは何もしてないだろ」
「なんか美紀は最近怪しい男とコンタクトを取っているとかって噂も流れていたんです・・しかも急に引っ越すとか彼女も言い出すからそれが原因なんじゃないかと・・」
「(クソ!その怪しい男って俺のことか・・?)」
「・・・・」
「・・・・」
「・・あの~それで貴方はどちら様で・・」
「そんなことはどうでもいい!」
室内にはジミーの怒声が響いていた。
12
ガサ・・カシャ!
「おいジミー、本当に行くのかよ・・」
カチャ!
頭に被ったカウボーイハットをいじりながらイリーナがジミーに話しかける。
声をかけられた方のジミーは物々しく物騒な格好をしていた。
いつもの私服と異なりTパターン迷彩戦闘服を上下で着込み、その上からODカラーのボディアーマーを着用している。
ボディアーマーに装着されたマガジンポーチには既に5・56mmNATO弾が装填された状態のSTANAGマガジンが収納されている。
STANAGマガジンはM16・M4シリーズからその他の西側アサルトライフルに多く使用されるポピュラーなマガジン。
ジミーのポーチに収まっているマガジンは30連発式のモデルだが、30発フルには装填しない。
このタイプのマガジンに全弾装填するとマガジン内部のバネに過剰なストレスを与え、それがジャムなどの作動不良の原因になることがあるからだ。
ジミーの場合は30連発式のSTANAGマガジンなら28発まで装填するようにしている。
「おい!聞いてるのか!」
「ああ・・聞いてる・・」
さらにジミーの下半身にはデューティベルトが装着され、右足のレッグホルスターには45口径の拳銃とフォールディングナイフが、左足にはレッグプラットフォームを装着し、そこにグレネードポーチが付けられていた。
ポーチの中には40mmグレネード弾が収納してある。
「やっぱ一人で行くのはよせ、今回もブライアン達に任せようぜ・・」
「・・そう言う訳にはいかない、元々この件は俺が持って来たんだ、自分だけ楽しようとは思わん」
「だけどさ・・」
二人が会話するこの場所はパンフィッシュシティと二級住民地区のエリアB3を遮断している例の壁の付近に存在する検問所の一室。
ジミーが今度は壁に立てかけてあったM4A1ライフルを手に取り始めた。
このアサルトライフルにはM203グレネードランチャーやダットサイトなどが装着されている。
アサルトライフル本体とグレネードランチャー、各種グレネード弾などは検問所の海兵隊から借りた物だが、他の装備は治安調査局の支給品とジミーの私物で構成されている。
一つ気になるのはジミーが借りたこのライフルにはグレネードランチャーが装着されているが、リーフサイト(グレネードランチャー用の照準器)は付けられていない・・特殊部隊や偵察部隊は目測で標的に命中させる訓練を行なっているがジミーは果たして・・。
それとストックをレスした12ゲージのポンプアクション式ショットガンを背中にスキャバード(鞘)で携行している。
これはドアブリーチング用だ。
「心配いらない、あそこは俺の庭みたいなもんだ、それに敵は素人の集まりだぞ、俺の敵じゃない」
状況はこうだ。
美紀の自宅でジミーは美紀の友人、落合賢二と遭遇し、落合から美紀が戦斧の民兵達に拉致された可能性が高いと言う情報を手に入れる。
その情報を整理すると民兵達は美紀を政府と通じたスパイと勘違いしているようで(ある意味間違いではないが)、現在捕らえられているとすれば美紀はどこかで尋問を受けている可能性が高い。
落合の話では川沿いにある工場街の廃墟に民兵達の溜まり場があると言う。
その場所に美紀が捕らえられている確証は無いが、現状では有力な情報がそれしかないのでこの情報をジミーは信じることにしたのだ。
ジミーがこれから行なおうとしているのは川沿いの工場街に位置する廃墟近く200メートル付近までヘリで移動、そこから目的地まで徒歩で向かい、美紀を救出した後エリアB3から脱出しようと言うのだ。
ジミーはこの事を11支部本部には報告していない。
本来の予定ではエリアB3内に安全なLZ(ランディング・ゾーン。ヘリの着陸地点)を作り、そこへ治安調査局のヘリを降下させて美紀を護送させるだけの簡単な作戦だったのだが美紀と連絡が取れなければLZを作りようがない。
少なくともエリアB3内でやるべき段取りは全てジミーが行なう予定だったので美紀の捜索まで本部に任せるのはジミー自身のプライドが許さないのだろう。
「おいジミー!こっちの準備は済んだぞ!」
サバイバルベストを着込んだ整備兵のドアガンナーがジミーに走り寄ってきた。
「悪いね、こんなわがままを聞いてもらって」
「いいさ、おまえにはいつも世話になってるからな」
検問所の手前にあるヘリポートには海兵隊のヘリコプター、UH―1Nツインヒューイが待機している。
ジミーをエリアB3に連れて行くためだ。
小火器などの貸し出しといいヘリのチャーターといい海兵隊はジミーにかなり協力的だが、これはジミーがエリアB3に潜入して得た情報を普段から海兵隊に横流しして作った人脈があるからだ。
通常なら治安調査局の潜入捜査官が二級住民地区に潜入してテロ組織の情報を入手した場合は手に入れた情報をまず最初に自分の所属している支部の本部か、近くの支部の本部に報告することが義務付けられている。
そして本部はその情報を調査・評価した上で軍に提供しているのだ。
だがジミーは自分が潜入して得た情報を11支部の本部を通さずストレートに海兵隊を始めとした軍の部隊に提供していることが多い。
この行為は治安調査局の手柄を軍に渡すようなもので、実際同じ潜入捜査官のヨコタはジミーが行なっている海兵隊への情報横流しの件を支部長に報告して問題にしようとしたが、イーストマン支部長もなぜかこの件を黙認している。
尚、ヨコタが支部長に横流しの件を報告したことを知ったジミーはかなり頭にきたらしく、その後直ぐにヨコタに絡んで殴る蹴るの暴行を加えた挙句の果てに、最後はV1アームロックでヨコタの右肩を破壊してしまったのだ。
この暴行の件はそれなりの騒動になった。
ジミーが海兵隊に情報を横流しするようになったのは友人のブライアンからの指示によるもので、この行動にはそれなりの理由がある。
それは治安調査局は予算が少なくSRTを輸送するヘリを飛ばすにも苦労しているのでスピーディーな過激派への掃討、摘発能力に欠けているのだ。
そのために潜入捜査官が命懸けで手に入れた情報を一番良いタイミングで有効活用できずにテロ組織の大物を逃がした回数は少なくない。
海兵隊から治安調査局に来たブライアンは特に予算不足による治安調査局の組織としての能力に限界を感じている。
それでも海兵隊なら治安調査局よりは予算を持ち、迅速にテロ組織に打撃を与えられる能力を持っている。
悪党をみすみす逃がすくらいなら他の組織の手柄にしてでも悪党を殺せという考えからジミーやブライアンは海兵隊に潜入捜査の情報を横流ししているのだ。
そしてそれが海兵隊との太いパイプを自然に作っていたという訳である。
また、ジミーは潜入捜査官が潜入して手に入れた情報をいちいち所属している本部に報告する必要は無いと考えている。
情報にも鮮度というものがあって、時間が経てば経つほどその情報の価値は下がっていく。
だからジミーは自分が命がけで手に入れた情報を鮮度の高い内に使ってほしいから軍に情報を横流ししているのだ。
どうせ治安調査局は予算が少ないので、手に入れた情報を本部は活かせずに余計な段取りに時間を浪費させ、情報という生ものを劣化させていくのだから、それなら手に入れた情報は軍にくれてやった方が合理的だというのがジミーの考えなのである。
ただ、やはり海兵隊への情報横流しは同僚の潜入捜査官達からジミーをより一層と嫌われ者にしていった。
より一層というのは元々ジミーは海兵隊に情報を横流しする以前から同僚である東洋人の潜入捜査官達から嫌われていたからだが、原因はジミーの職場での人種差別的態度にある。
ジミーは白人や黒人、メスティーソやポリネシア系の同僚には優しく、ゴマをするが、東洋人の同僚には異常な程まで冷たい態度を取るからだ。
このようなジミーの悪癖が現れたのは小学校の頃、レスリングを始め、自分の身体に力がついてきたと実感し始めて来てからだ。
ジミーは小学生時代の当初、白人や黒人の同級生達から虐められていた。
しかし同級生だったブライアンから誘われレスリングを習ってから自分へのクラスメイト達からの虐めはピタリと無くなり、またレスリングによって作られていった逞しい身体は自然とジミーの心を増長させていく。
一級住民地区で東洋人の学生はスポーツでは白人や黒人、メスティーソやポリネシア系の学生には勝てないので勉学に力を入れる傾向が強く、ジミーのように体育会系になろうとする者は同じ東洋人達からは変わり者扱いされることが多い。
幼少から一時的に通っていた大学時代まで、学生時代のジミーはあまり勉強が好きではなかったのでガリ勉の多い東洋人達とはあまり行動せず、レスリング部にいた白人や黒人などの東洋人以外の人種と交友関係を作ってきたのだが、東洋人でありながらスクールカーストで上位に位置する体育会学生と交友関係を持つ自分に変な自信を持っていた。
もっと言えばスポーツに積極的に挑戦しないガリ勉東洋人達を見下していたのだ。
こんな風に育ったのはジミーの両親の教育にも問題があった。
ジミーは両親から白人や黒人から舐められても仕方ないが、同じ東洋人からは絶対に舐められるなと教わってきたのだ。
今でもジミーは人種や民族には優劣の順番があると考えている。
ジミーが思う人種や民族の優劣を決める判断の一つはまず身体能力、次に知能、そしてもう一つが大地殻変動で消滅したアメリカ合衆国への貢献度。
日系アメリカ人の子孫である事を大きな誇りとするジミーにとって地球上から消えた超大国の存在は宗教と言って良い。
ジミーにとってアメリカは宗教だ。
アメリカにより貢献した人種・民族こそが誇り高いルーツを作るというのがジミーの考えだ。
ジミーは自分のルーツである日系アメリカ人を高く評価し、全ての東洋人の模範であり頂点に位置する民族と考えている。
第二次世界大戦中は日米関係の影響から多くの日系アメリカ人は強制収容所に入れられるが、日系人で構成されたアメリカ陸軍の第442連隊戦闘団はヨーロッパ戦線において大活躍をしている。
第二次大戦後も日系アメリカ人は理不尽な差別に苦しんでいたが、それでもアメリカへの忠誠を誓い、日系人もしくは日本人の民族性を出さず、アメリカに同化していくことで信頼される民族になっていく。
ジミーは自分のルーツであり、このようにアメリカに尽くしていった日系アメリカ人達の歴史と、政府のために潜入捜査官として働く今の自分の姿をダブらせる事で自分を奮起させ、そして誇りに持つようにしている。
この感情が行き過ぎてしまいジミーの心には自分は他の東洋人よりもランクが高いという価値観が出来上がり、他の東洋人への差別感情を持っているのだが、ジミーが差別する対象には日本人も含まれている。
ジミーにとって日本人は自分の精神的母国であるアメリカに対して大昔に喧嘩を売った愚かな民族なのだ。
それと実際に二級住民地区に潜入したことで日本人の個を犠牲にし、個を尊重しないライフスタイルなど、日本人のあらゆる文化を知ったことでそれに対する激しい嫌悪感を懐いている。
あんな連中と一緒にされてたまるか。
ジミーは日本人が嫌いなのだ。
だからジミーは同僚である日本人の潜入捜査官達に対して差別的な態度を取る。
だから11支部内ではジミーの態度に腹を立ててジミーに喧嘩を挑む同僚の潜入捜査官もいるが、レスリングとMMAの経験を持つジミーに敵う者など中々いないので、みんな返り討ちにあっている。
ジミーも喧嘩になると周りの人間が止めるか相手が大怪我をするまで止めないので本当にたちが悪い。
ただ、ジミーは女性なら東洋人でも乱暴なことはしない、美紀への態度を見れば一目瞭然だろう。
同僚の潜入捜査官達がジミーに付けた愛称はブライアンの腰巾着。
「一応ヒューイにはM60を積んどいた、やばくなったら援護してやる」
「至れり尽くせりだな・・そう言えばゲートの歩哨台にM240G機関銃があるだろ、あれはM60シリーズと比べるとどうだ?」
「信頼性なら俺はM60シリーズよりM240シリーズを推すね、ただM240シリーズは・・」
「・・ちょっとお二人さんいいかしら?♪」
ジミーとドアガンナーの会話にイリーナが入ってくる。
「何だイリーナ?」
「私も連れてってくれ、力になれるはずだ、
ジミー一人で行くよりは絶対良いって」
イリーナの申し出にジミーは表情を難しくしている。
「イリーナ・・やっぱりこの件は俺が勝手に持ってきた問題だ、こんな事でおまえを危険な目に遭わせる訳にはいかねーよ」
「おいおいジミ~私達コンビだろ、今まで何時だって二人で悪党をぶちのめしてきたじゃねーか、今回も同じさ・・それに・・」
「それに?」
「最近は満足に暴れてないからな、フラストレーションが半端ねぇ・・これは誰のせいだ?」
そう言ってイリーナが攻撃的な笑みをジミーに向けて見せる。
「・・ふん、俺のせいだな、分かったよ、ならしっかり働いてもらうぜ、とりあえずそこのプレートキャリアは着てくれよ」
プレートキャリアとはボディアーマーと同じく胴体を守るために着用する装備だが、通常のボディアーマーがソフトアーマーとセラミックプレートを組み合わせた製品が多いのに対して、プレートキャリアは防御に関しては胴体の正面と背中を守るセラミックプレートを挿入する機能しか持っていない場合が多い。
プレートキャリアもカマーバンドを使えば個人装備を装着するポーチを増やしたり、脇腹などの腹部側面を防御するためのプレートを追加することも可能だが、シンプルなプレートキャリアは通常のボディアーマーより防御の効果は低いと考えられる。
そのかわりプレートキャリアは通常のボディアーマーよりは軽くなる。
だから機動力が欲しい状況では軍や警察・治安機関などの部隊はプレートキャリアを好む場合もあるのだ。
またソフトアーマーの上からプレートキャリアを重ねて着ることで通常のボディアーマーに近い効果出す着用方法もある。
イリーナの目の前に置いてあるプレートキャリアは胴体を保護する部位に前後で計二枚のセラミックプレートを挿入するタイプのモデル、既にプレートキャリア本体には前後二枚のセラミックプレートが入れられている。
イリーナは早速背中側のプレートを外そうとするが
「おい何してる、まさかプレートを抜く気じゃないだろうなぁ?」
「重いんだよ・・背中の方はいらねーよ・・」
「馬鹿やめろって、そんなことしたら背中撃たれた時に弾が人体を貫通した後、前のプレートで跳ね返ってとんでもないことになるぞ」
「そうなのか?知らなかった・・」
プレートを抜くことを諦めたイリーナはプレートキャリア本体前面左側のPALSウェビングにファーストエイドキッドポーチを装着し、右側のPALSウェビングには直接フラッシュライトを差し込んでいる。
上着を脱ぎ捨てて上はODカラーのラッシュガード一丁になったイリーナがプレートキャリアを装着する。
こうして見るとイリーナの二の腕は引き締まっていて中々格好が良い。
「背中のショットガンとショットシェルを貸せよ、あたしが持ってやる」
「いいのか?」
「荷物は分担した方が良いって、ほら早く」
「ありがとな、助かるぜ」
ササ・・ガサ・・
「よし、行こうぜ」
「ああ、姫様がお待ちかねだ」
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォ・・・
外に出ると耳にローターの回転する音が入って来る、時刻は現在15時頃。
陽はまだ明るい。
ヘリは地上で待ち構えていたかのように砂煙を放ちジミー達は反射的に眼を細め眉間にシワを寄せる。
グレーに近い色で塗装されたツインヒューイの操縦席には既に二人のパイロットが搭乗し、何やら談笑していた。
機内にいるのはパイロットだけではない、四名の武装した海兵隊員とコーマンも搭乗している。
コーマンとは海軍から海兵隊に派遣される衛生兵のことだ。
「遅れてすまない!」
「待ちくたびれたぞこの野朗!忘れ物は無いか!?」
「大丈夫だ心配無い!」
「ん?そちらの綺麗なお嬢さんは?」
「ジミーのパートナーのイリーナ・スレサレンコ伍長だ、よろしく!あたしも一緒に行くことになったんだ!」
「正気か!?あそこはデートスポットじゃねぇぞ!」
「ふん、馬鹿な事言わないでくれ」
ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・・
ジミー達を乗せたヘリが離陸を始めパンフィッシュ・シティゲートから飛び立った。
「ひゅ~♪」
ヘリが飛び立ってからイリーナは妙に上機嫌だ、暢気に口笛を吹いている。
治安調査局も自衛隊から接収したヘリを持っているが、予算不足で滅多に飛ぶ事はない。
支部によっては常駐でパイロットを維持できない組織もあり、民間のパイロット数名と緊急時のために契約してる支部もある程だ。
「見ろよジミー、この汚い街も空の上からなら違うものに見える」
「・・そうか?いつもと同じ汚い街だろ」
イリーナの指差す方には数多くの朽ちるにまかされた建物が無機質に並んでいる。
日を浴び劣化して割れたマンションの給水塔、錆びた鉄骨、ひび割れたコンクリートの壁、街のどれもが寂しげな雰囲気に包まれていた。
所々動く人間の姿も視界に入ってくるが高度600メートル付近からではその表情を窺い知ることはできない。
「イリーナ、ヘリに乗るのは初めてか?」
「まあね、悪くない感じだ」
口ではイリーナはジミーをパートナーと呼ぶには呼ぶが、ジミーはイリーナが自分の事を本当はどう思っているのか色々と自信が無かった。
だが今は何のメリットも無いこんな事に協力してくれているのだからこの何年かの付き合いも無駄ではなかった気がする。
「おいジミー!そろそろグークの巣に到着するぞ!」
パイロットがジミーに現在の状況を伝えた。
「いいこと教えてやる、俺達潜入捜査官はここを呼ぶ時にそんな言葉は使わない」
「じゃあ何て呼ぶんだ?」
「ここはカモフラージュゾーンだ」
続く