第7話 第一市街戦訓練場
1
かつてこの街を歩いたことがあるこの男には視界に入る街のあらゆる場所が懐かしく映っていた。
「・・・・」
潜入捜査官ジミー・スズキはエリアB3ムサシ区にある商店街を歩いている。
ジミーにとってはかつて美紀と出会った場所だ。
もうここは昔のような商店街跡地などではない。
ジミーは商店街のゲートを潜り道のど真ん中を歩いているが、道行く道にはどこも人がいて話し声は四方から聴こえる。
自身がかつて訪れた頃とは何もかもが違う。
昔と異なり廃墟と呼べるような埃くさい建物は一切見当たらない。
どの建物も改築・増築が施され中の様子が分かる店にはどれも人の様子や気配が窺える。
ある意味で商店街のこの変わり様はジミーにとって理想系とも言える。
以前のようなゴーストタウン化は得体の知れない者達の住処となるからだ。
しかし昔を知るジミーにとって活気付くこの商店街の変わり様はどこか寂しくもある。
それにしてもここまで地域の景色が変化するとジミーの昔の土地勘は当てにならないだろう。
これなら最初から自分ではなくエリアB3を担当する11支部の潜入捜査官達にタチアナ捜しを全部任せれば良いのでは?などと思っていた。
しかしである、さすがと言うべきかジミーは既にタチアナの所在地を特定していた。
何か特別な事をした訳ではない。
ジミーは数週間前にエリアB3の森大駅近くのトレーニングジムで開催されたアマチュア・キックボクシング大会、竜巻ゲートを観戦しに行っていた。
観戦しに行った理由に特別な意味は無い。
昔はMMAファイターを目指していたこの男にとって、年老いた今も格闘技は興味の対象である。
それならこっちのアマチュアキックはどんなものか見てみようと思っての行動だ。
その場所で選手として参加していたタチアナを見つけたのは本当にただの偶然で、おかげでせっかく楽しんでいた若者達の熱いファイトは頭から消え去り、すっかり観戦どころではなくなっていた。
それからタチアナとその一行達を尾行し、行き着いた先がこの商店街だ。
さらにジミーが驚いたことがある。
タチアナは商店街の中にある喫茶店で働いていたが、そこはかつて美紀が密造銃を売っていたあの場所を改築して出来た店だったのだから無理もない。
考えれば何とも世の中は狭いと思える。
偶然とは言えこれは何かの因果か。
そして今はまたあの喫茶店の前に来ていた。
カラン♪
「いらしゃいませ~♪」
喫茶店の取っ手に手をかけ扉を開けると意外とはっきりとした日本語が出迎えて来る。
「あ、おじさんコンニチワ」
「こんにちわ、元気が良いね」
自分を出迎えて来たタチアナと軽い会話をする。
「おじさん毎日来てくれるね、えーと席は窓側で良い?」
「ああ、それで良い、ありがとう」
タチアナに誘導され外の様子が分かる窓側の席に付くジミー。
スモーク色のテーブルは良い味を出している。
「注文はどうします?」
「昨日と同じであの天然水のアイスコーヒー一つとそれから・・Lサイズのクラブハウスサンドも2セットくれ」
「はい・・かしこまりました」
タチアナがサラサラと注文をメモしていく。
「あのさぁおじさん」
「ん、何だ?」
「おじさんの体格が良いのは沢山食べるから?」
「それもそうだがやっぱり鍛えてるからさ、いくら年をとっても定期的に身体は動かさないと駄目だ」
「若い頃は何かやってたの?」
「レスリングと総合格闘技を少しな」
「へぇ~だから良い身体してるんだ・・あたしも実は今ね、MMAのジムでキックボクシングやってるの」
「そうなのか、どこのジムだ?」
「ここの近くにある神奈川ピットブルってとこだけど知ってる?」
「あそこなら知ってる、まあでも女の子なんだからハードにやって怪我はするなよ」
「は~い♪」
そう返事をしてタチアナは奥へと消えていった。
「良い返事だな」
ジミーはもうこの店を何度か利用してタチアナにも顔が知れてるが、もちろん正体は明かしてない。
実は本部にタチアナを見つけたことはまだ報告していない。
直接捕まえて治安調査局を通して空軍にさし出すか、応援としてSRTを呼ぶかまだ考えているのだ。
ジミーにとってかつての相棒が持つ異能力を受け継いでいるタチアナは、厄介な状況になった時にどんなことが起こるかをある程度は想像できる分、色々慎重にならざるを得ない相手なのだ。
拘束のためにSRTを呼ぶのも良いが、あまり刺激してタチアナとSRTのチームが戦闘した場合に両者共が大きく負傷する可能性も高い。
いや、負傷者が出るくらいならまだマシだ。
最悪どちらかに死亡者が出るかもしれない。
本音を言えばジミーとしてはこういう面倒な問題は軍、それこそ今回なら空軍が自分達でやるべき事だと思っている。
しかしもう引き受けてしまった仕事だ。
いまさら愚痴を言っても始まらない。
今はただひたすら考えるのみ。
「うーん・・」
「どうしたんですか?」
「うわ!」
タチアナがジミーの前にいつの間にか注文したコーヒーを持って戻っていた。
「?」
「いや・・何でもない、少し考え事をな・・」
「そうですか、眉間のシワが凄かったですよ」
「は、はは・・まあジジイだからな・・」
「・・注文のアイスコーヒーはここに置きますね」
「ありがとう」
テーブルの上にはよく冷えたコーヒーがコースターを挟んだ状態で置かれた。
コップの表面はこれから冷気で発生した水滴が沢山付着するだろう。
「(うーん・・)」
ここ何日かの観察でタチアナがこの店を生活の拠点にしているのは分かっているので、ジミーとしては何か起きない限りここからさらにタチアナがどこか別の場所へと逃亡する可能性は低いと見ている。
任務に対して随分暢気な印象を受けるが、タチアナが何かとんでもない事件をエリアB3で起こしている訳ではないのと、彼女を見つけるここまでの過程がたんなる偶然で、しかも第8支部からジミーに与えられたこの任務は元々、ジミー自身がタチアナ捜索に関わっているという事実が欲しいだけ、自分の存在はお飾りみたいな物だったのだ。
だから最初から本当にタチアナを見つける気など無かったので、いざ本当に見つけた今になって対応に苦慮しているということだろう。
ただ、タチアナを見つけたことを第8支部や第11支部に報告すれば、やはりジミー・スズキは凄腕の潜入捜査官だと多くの同僚達が思うことは間違いない。
空軍からも感謝されるだろうとジミーは思っていた。
ゴクリ・・
「・・ん?」
注文したアイスコーヒーを一口ほど喉の奥へ流し込んでいる途中、視界には壁に貼られた一枚のビラが映りこむ。
「(何だこれは?昨日は無かったはずだ・・)」
そのビラをよく見るとなにやら色々と文章が書いてある。
主な内容はこうだ。
自警団への志願者を求む!
さあ!あなたも私達と一緒にムサシ区、そしてエリアB3全体の平和守る為に戦いませんか?
必要最低限の装備はこちらが用意いたしますので興味がある20歳以上の身体強健な方は是非我々にコンタクトを取って採用面接に参加してみてください!
未成年の方も保護者の許可で要相談。
自警団入隊に興味のある方は店が空いている時に店内タチアナ(金髪の可愛い娘がタチアナだよ!)までご連絡をください!
「・・・・」
ビラの内容を確認した限り、どうやら何らかの組織へと勧誘する情報のようである。
タチアナもこの謎の組織の関係者である事を感じさせる文章だが、ジミーには詳しくは分からない。
この謎の組織が脱走中のタチアナ自ら旗揚げしたものならば大した行動力だ、等とジミーは思っていた。
「なあ、ちょっと良いか?」
席に座ったままタチアナを呼ぶジミー。
「はい、おまたせしました」
「いや、あのさ、注文じゃないんだ。壁のビラに書いてある自警団てのは何だ?」
「あ、興味が御ありですかな?」
「興味が無ければわざわざ訊いたりはしないさ、この自警団というのはいったい何だ?防犯パトロールの一種か?」
「はは、おじさん、うちの自警団はそんな甘っちょろいもんじゃないですよ。街に蔓延る悪党を成敗したり壁の向こう側からやって来る招かれざる客を撃退する武装組織ですから」
「武装組織ってお前な・・」
「おじさんも若くて暇してる子が知り合いにいるならうちの自警団のことを教えてあげてよ、今うちの自警団は人手不足だからやる気のある人を随時募集してるからさ」
「偉そうなこと言ってるが、どうせ大した装備なんて無いんだろ。各自で懐中電灯は持参か♪」
「ところがどっこい、うちは団員一人一人に銃を支給してます♪」
「!?」
タチアナの思わぬ発言に驚くジミー。
彼女の言葉が本当ならその自警団とやらは本当に武装組織と言える。
「・・その何だ、銃と言っても色々あるだろ、どんなものが支給されるんだ?」
「基本的にはアサルトライフル一丁とセカンダリーとして9ミリ口径のハンドガンが一丁だね」
「本当にアサルトライフルなんか支給するのか?銃の不法所持が事実なら違法だぞ・・」
「ん~違法だけどさ、エリアB3には密造銃で武装してる悪党が多いでしょ、そいつらと戦うにはやっぱり銃は必用だよ」
本当なら随分と物騒な話だ。
「そのアサルトライフルとかの武器はどこから入手してるんだよ、拳銃はともかくとして出来の良いアサルトライフルの密造銃なんてエリアB3の中じゃあ手に入る訳が無い。まさか警察からの流失品じゃないだろ?」
「もちろんそんな悪質な銃はうちの自警団には無いよ。みんな特別なルートで入手した綺麗な銃ばかりだね、でも入手ルートはおじさんには言えないよ」
実際にエリアB3内で流通している密造銃の種類はサブマシンガンと拳銃が多く、アサルトライフルの密造銃はそんなには無い。
密造銃以外で流通してる銃器は他に散弾銃や狩猟用のライフルなどもある。
これらは猟友会からテロ組織に流れたり、テロ組織が猟友会から奪った物が多いのだが、日本の銃刀法に合わせて装弾数が減らされていたモデルが多く、テロ組織の人間は散弾銃ならチューブを延長させて装弾数を増やすカスタムを行なっている場合もある。
「ん~・・で、お前もその自警団のメンバーなんだろ?」
「そうだよ、一番の新入りが私。でもこれからもっともっと団員を増やすってリーダーは言ってるね」
「・・・・」
「それじゃあおじさん、有望な若者がいたら自警団のこと教えてあげてね♪それじゃ」
ある程度は自警団の説明を終えるとその場を離れようとするタチアナ、しかしそれをジミーが・・
「ちょっと待ってくれ」
2
(ジミーの滞在先ホテル)
「はい、間違い無くあれはタチアナ・ウィックスです」
ジミーはエリアB3内にあるホテルの一室でイヤホンを付けた携帯電話型の端末を使い第8支部へと連絡を行なっている。
もちろんタチアナの件だ。
「やはり本当か、しかし君は本当に凄い男だな・・」
「いや、これは本当に偶々なんですよ」
「それにしたってなー・・ジミー、君は持ってるんだよ」
「何をですか?」
「潜入捜査官としての何かをさ」
「ふん、あるとすればそれは運ですよ・・それよりどうします?11支部のSRTに応援を要請してタチアナを捕縛させますか?」
「まずは私の方でヘイズマン少佐に連絡を取り空軍としてはどんな対応をこっちに望んでいるのかを協議してもらうよ。ジミーはその間もタチアナの監視をこのまま続けてくれ」
「分かりました、それとこの件に対して一つ意見があるんですが良いですか?」
「何だね」
「自分としては実はSRTにタチアナを確保させることは反対なんですよね」
「ほお、それはなぜだい?」
「俺はタチアナのモデルになったイリーナとコンビを組んでいたんで分かるんですが、あいつの異能力・・人差し指の先から発射させる衝撃波の破壊力は馬鹿にできないですよ。人体に命中させれば充分相手を殺す威力がありますし、軽く当たっても後遺症が残るレベルですからね」
「SRTを接触させた場合・・」
「高い確率で戦闘になると思いますよ、ましてSRTの連中は軍の部隊ほどは練度は高くないですからタチアナを無傷で確保できる技術は無いんじゃないですかね」
「それは少しまずいな・・」
「でしょ?もしタチアナに大きな怪我でも負わせたら空軍の連中もこっちを良くは思わないでしょう、逆にタチアナが11支部のSRT隊員を負傷、最悪死亡なんてさせたらそれはそれであなたが面倒臭いことになるんじゃないですか?」
「そうだな・・で、何か良い提案でもあるのか」
「はい、タチアナと親しい兵士をエリアB3に連れて来て説得させるんです。これが一番安全で確実な方法だと自分は考えていますが」
「うーむ・・タチアナの人格的にそのやり方を進めても心配は無さそうか?」
「ここ何日か会ってみた印象なら問題無いでしょう、ヘイズマン少佐も基地にいた時の生活態度には大きな問題は無かったと言ってますからね。それにうちは情報提供だけに徹して説得はあっちに任せれば何か起きた時の責任を丸投げにできます」
「お、良いねそれ。うちは上から褒められるだけだ」
「ヘイズマン少佐には俺の案を参考程度ということで伝えといてください」
「分かったそうしよう。所でどうだいエリアB3は?」
「結構景色や街並みは俺が11支部にいた頃と比べると大分変わりました、まるでウラシマ太郎の気分ですよ」
「私はね、あの話し凄い嫌いなんだよ。なんで亀を助けてやったのにお爺さんにされなきゃならないんだよって思わないかい?」
「あの話し一応は色々バリエーションがあるらしいですよ、俺も詳しく知りませんがね」
「ま、君は早くこっちに帰れると良いね」
「何です?ひょっとして寂しいんですか♪」
「ハハ、馬鹿言うな。君は第8支部の人間だからな、こっちへ来たらまた直ぐに若い連中共に潜入のいろはを教えてやってもらわんとな」
やはりジミーがタチアナを発見したこともあってモー支部長が上機嫌の様子だ。
無線機から聴こえる声からそれが分かる。
「でも俺がしばらく居なくたって他の奴がしっかりしてるから大丈夫ですよ、エリアU1も今は過激派の動きは大人しいもんですから」
「今、エリアU1の治安が安定しているのも君の世代の潜入捜査官が若い頃に頑張ったからさ、若い奴らはもちろん君らに続かなきゃならない」
「ま、上手く世代交代できると先輩としては嬉しいですがね」
「そうだ、そう言えばこの前おもしろい潜入捜査官候補生が一人いたんだよ」
「何です?」
「いや何、威力捜査チームはまだ存在しているんですか?って訊いて来た奴が一人いてな」
「・・威力捜査チームか・・懐かしいですね」
「そいつきっと君が若い頃の活躍や君の影響を受けた連中の話を聞いたんじゃないかね」
「はん、俺なんか大したことは何もしてないですよ」
「そうかな、私は君を最高の潜入捜査官の一人だと思っているがね。もし君が第11支部から異動せず第8支部に来ることが無かったらエリアU1は今とは異なる状況だったかもしれない・・それにエリックと君が指揮したOTTの九州での活躍は伝説と言って良い、あれが治安調査局による潜入捜査作戦が有効だという評価を決定付けたんだ」
「いやいや、褒めて頂けるのは光栄ですけど、いくらなんでもそれは俺を買いかぶり過ぎですって」
「フフ、そんなに謙遜するなよ。とにかくそっちは今もホットな場所なんだろ?」
「エリアU1と比べればですよ。まあここは戦斧にそれと対立する一日一善会、さらにゲートを越えて来るAJA・・ならず者や馬鹿共の数ならそっちよりは多いでしょう。後は最近こっちのニュースで見たんですけど格闘技のジムばかり襲ってるサイコ野朗まで出て来てるらしいですからね、本当に11支部の人間は仕事をしているのか疑わしいもんです」
「エリアB3は他の二級住民地区より広いし人口も多いから捜査も手間が掛かるから仕方ないんじゃないのか?」
「それもあるでしょうね・・あ~忘れてたもう一つ気になることがあるんですよ」
「何だね?」
「タチアナが自警団とかいう謎の組織に在籍しているようです・・」
「はあ?何だそれは?もっと詳しく説明してくれ」
「いや、自分もまだ正確な情報を掴んではいないんですよ、ただタチアナが俺に話したことが事実なら銃器で武装した何かのグループみたいですよ」
「脱走中だっていうのに随分と派手な事をしている様子じゃないか」
「あいつが言うには街の治安を守るために地域の過激派とかAJAと戦うグループらしいんですが・・ちょっとまだ組織の全体像はイマイチ掴めてないんですよ」
「うーん・・身柄を確保する前に何か起こさなければ良いがな」
「それはタチアナ次第の部分もあるんで何ともって感じですが、自警団の調査に関しては一応手を打ってありますよ、明日はその自警団てのに潜入しますから」
「何、もうそこまで手はずが整っているのか」
「ええ、この自警団とかいう連中はメンバーを募集していて、その面接を受けに行きます、それで自警団とかいう連中の正体もある程度分かるでしょう。それで手に入れた情報が重要なら11支部の連中に渡して後はそいつらの仕事ってことで良いですか?」
「ああ、そうしてくれ。問題ない」
「それと11支部にマモル・クロカワという潜入捜査官がいるんですが、何かあった場合はこいつに俺の任務を支援するために待機命令を出しておいてもらえるように働きかけてもらえますか?捜査資料を集めてもらうかもしれないんで」
「大丈夫だ、任せろ。そいつは君の知り合いか?」
「ええ、俺が指導した元教え子です」
「分かった、それなら今すぐ11支部の支部長に連絡を入れてみる、おっと・・君に一つ言い忘れてたことがあった」
「何です?」
「君そっちに着いてからセメントフェイスとかいう奴の噂を聞いたか?」
「いえ・・何なんです?そのセメントフェイスって?」
「私も11支部の人間から聞いただけで詳しくはないんだが、今君のいるエリアB3には過激派グループの民兵を素手で殴り殺し歩いている正体不明の男が話題になっているらしい・・でセメントフェイスってのはそいつに付けられた渾名だよ・・由来はそいつは目撃される時は必ずグレーの色をした覆面レスラーのマスクを着用しているからだそうだ」
「なんじゃそりゃ・・素手で民兵を殴り殺すって一応あいつらだって銃で武装してるんですよ」
「だからセメントフェイスはサイキッカーじゃないかって言われている・・でも幸いなことにそいつは軍や警察の人間を襲ったりはしていないようでな」
「あくまで標的は民兵・・」
「二級住民達の一部じゃ英雄扱いで凄い人気みたいだぞ」
「そんな奴の情報は自分の耳には全く入ってませんでした」
「ま、正確な事はまだ分からん。とにかく君はこの後も気をつけて任務にあたってくれ、それじゃあな」
「・・・・」
ジミーはモー支部長との無線連絡を終了させるとベッドへと背中から大の字になって倒れ込んだ。
「ふう~」
大きく一息ついて考える。
タチアナの事だ。
ここ何日か彼女と会っていて感じたのが顔は本当にイリーナに似ていると思った事である。
スッピンの時のイリーナにそっくりだ。
基地で見たイリーナのクローン達には同じ顔をしている人間がこんなに入るという摩訶不思議さに驚いたものだが、タチアナに関しては純粋にイリーナと似ているという部分をじっくりと感じられる時間があったので嫌でもかつての相棒とタチアナを比較してしまう。
容姿はともかくとして、性格に関してはタチアナがイリーナと似ているかはまだ分からない。
彼女とはほとんど接客中でしか会話をしてないので本当の性格が分からないのは仕方ない。
ただジミーには何となくイリーナから感じられたアウトローというか、もしくはアンダーグラウンドな雰囲気をタチアナからは感じられなかった。
声自体はイリーナと同じと言えるくらいそっくりで、タチアナの声は、若い頃のジミーの記憶にあったイリーナの声を鮮明に思い出させるものがある。
自警団への面接はタチアナに対して即興で考えた偽りの経歴を話すことで取り付けることができた。
ジミーが思いついた嘘の経歴はエリアB3の猟友会の人間で、職業は鍵屋という設定。
父親が鍵屋なので昔からなりきるのには慣れている職業だ。
タチアナは最初、ジミーに対して知り合いの若い子に自警団を紹介してほしい意思を示していたが、ジミーが銃の扱いに慣れた猟友会の人間だと思うと急に態度を変えてジミー自身を積極的に勧誘し始めたので流れをここまで持ってくる過程はそんなに難しくはなかった。
後は明日にタチアナとの待ち合わせの場所へと向かい、自警団の本部とやらまで道案内を彼女にはしてもらう。
タチアナの説明ではイマイチこの自警団の正体が分からない分、余計に好奇心をそそられる。
実際に見て何なのかを直接確かめてみたい欲望に駆られるのだろうか。
さすがにそうでは無いだろうが、潜入捜査官なら潜入先の地域ではほんの些細な事であっても気になるなら捜査しろ、という風に自分が若い頃に教官から教わった事を思い出した。
ジミーも今は潜入捜査官の候補生達を育てる教官も兼任してはいるが、候補生達に対してほんの些細な事であっても気になるなら捜査しろとは教えていない。
むしろ緊急事態を回避するプランが一つも無いなら危ないことには首を突っ込むなと指導している。
若い頃ならジミーは日系アメリカ人以外の東洋人はみんな死ねぐらいの考えを持っていた。
だから潜入捜査官として自分が持っている生き残るコツとなるテクニックやノウハウは絶対に同僚である多くの東洋人潜入捜査官達には教えなかったのだ。
それでいて白人や黒人にはゴマをすり、東洋人なら日系アメリカ人、もしくは女でないと優しくしない性格なのである。
無論のこと同僚の潜入捜査官達からは嫌われ、彼らがジミーに協力することも無い。
だがジミーの事を悪く言う同僚達に限って何故か潜入中に行方不明になったり、死体になって帰って来るのだ。
これは呪いでも何でもない、彼らには潜入のセンスが無く、ジミーにはセンスがあっただけなのだろう。
教官から同じ事を習い多くの東洋人が捜査官として二級住民地区に潜入する、そして死ぬ者も多くいるが、それでもジミーは今も生き残っているのだから。
そして今のジミーは歳をとり多少角が丸くなったのか、同僚の潜入捜査官達や候補生達には惜しげもなく自分のテクニックを伝授している。
特に候補生達には生き残る事、死なない事を第一に考えて行動するようにと教えているのだから人間歳をとると変わることもあるのだろうと思うかもしれないが、実は第8支部に移った時に良い上司であり、良い友人とも言える上官と出会ったのがきっかけだ。
周りの人間との付き合い方を改めるようにその人物から薦められたからだ。この人物とは今でも親しく、ジミーの妹分である美紀の夫でもあるのだが、この話は治安調査局の予算が増えた理由の話と共に別の機会となる。
ザッ
むくりと起き上がり、ベットから出るとハンガーにかけてあるベストへと手をかける。
そうして内ポケに入れてある45口径のオートマチック拳銃を取り出した。
ジミーが手に取るオートマチック拳銃はM1911A1のクローンモデル。
M1911A1はガバメントという名称で呼ばれることもあるが、この銃の故郷であるアメリカ合衆国ではM1911A1をガバメントという名称で呼ぶことはない。
M1911A1のシリーズはナインティーンイレブンと呼ぶのが普通で、これは現在の一級住民地区でも同じである。
ジミーのM1911A1は使い込まれてはいるがノーマルのM1911A1と比較して各所にカスタムパーツが組み込まれたいわゆるカスタムモデル、しかし奇抜な部分は一切無いオーソドックスで実用的なモデルに見える。
ただこの銃のオーナーであるジミー本人はこの銃を実用的だとは思っていない。
もし実用性を第一に考えるなら9mmパラべラム弾(9mmルガー弾)を使用するオートマチック拳銃などのほうが装弾数が多く実用的だというのがジミーの考えだ。
ジミーの持つM1911A1の装弾数は7発で弾薬はドングリのような・45ACP弾。
この弾薬は9mmパラべラム弾よりマン・ストッピングパワーが高いと言われているが、ジミーは・45ACP弾のマン・ストッピングパワーが高いという意見を懐疑的に感じている。
マン・ストッピングパワーとは発射された銃弾が持つ迫り来る敵をストップさせるパワーのこと。
長らく、そして今も・45ACP弾はこのマン・ストッピングパワーが高く、相手を一撃で倒しやすい頼れる弾薬とされ、ジミーも昔は・45ACP弾の威力を信じていたのだ。
が、色々なことがきっかけでジミーは・45ACP弾とそれを使用するM1911A1の実用性に疑問を持ち始める。
第8支部の任務で、ある時期にジミーはグリンベレーの作戦を支援することになった。
支援というのは潜入捜査による情報提供であり、グリンベレーのチームが必用としていたのはテロ組織の人員・装備、そしてメンバーの生活リズムなどの情報。
これはグリンベレーが行なう掃討作戦をより安全なものとするために必用だったのだ。
ジミーは潜入捜査によりこれらの情報をグリンベレー達が満足するまで収集して、結果としてグリンベレーのチームは損害を全く受けることなく作戦を完了する。
ジミーのような治安調査局の職員が陸軍などの作戦に協力すると感謝の気持ちの表しとしてメダルの入った額縁などをもらうことがある。
ただこの作戦は規模も大きく、ジミーも比較的長く潜入することになった困難な任務だったので陸軍はジミーにメダル入りの額縁を授与するだけでなく、沖縄のキャンプ・ハンセンにある都市型戦闘訓練施設への見学旅行に招待したのだ。
キャンプ・ハンセンは海兵隊の基地だが、この基地の都市型戦闘訓練施設はグリンベレーの隊員達も使っている。
ジミーも陸軍の誇る精鋭部隊が使う訓練施設に興味があり、沖縄へ向かいグリンベレー隊員達の訓練を見学したのだが、この時のジミーにとって印象的に残ったことの一つがグリンベレー隊員達の使うサイドアーム。
それまでジミーはグリンベレー隊員達はサイドアームとしてM1911A1クローンのカスタムモデルを使っているものだと思っていたが、実際に彼らがレッグホルスターに差していたのは軍採用のM9自動拳銃だったのだ。
それも特別にカスタムしている様子も無いメンテナンスは確り行き届いているだろうが、ごく普通のM9だ。
ジミーは隊員達にナインティーンイレブンは使わないのか?と質問してみると、隊員はM1911A1の少ない装弾数と強いリコイルをデメリットとして挙げた上でM9を始めとする9mm口径オートマチック拳銃のメリットと合理性をジミーに説明する。
この時の隊員の説明には・45ACP弾の持つマン・ストッピングパワーに関する懐疑性なども含まれていて、この隊員の所属するODAのチーム内ではM1911A1を実戦装備として持って行く隊員はいないとも話していた。
それとM9に対する不満も多く、他のODAにはM9以外の9mm口径オートマチック拳銃を使っている隊員がいることも教えてくれた。
もちろんグリンベレー隊員の中には個人的にM1911A1が好きな隊員もいるだろうが、ジミーが見学した時にはM1911A1を使っている隊員は見当たらなかったのだ。
しかしだった、ジミーとグリンベレー隊員がM1911A1の実用性について会話していると、その場にいたグリンベレー達にCQBを指導しているインストラクターがこの会話に入り込んで来る。
「おいジミー、その若造の言ってることは半分は正しい、だが半分は間違ったことを言っているぞ」
実は会話に割り込んで来たこのインストラクターは元グリンベレーで、退役した後もOBのインストラクターとしてグリンベレーに関わっているのだ。
「若造の言う通りナインティーンイレブンの装弾数は少ない、装弾数が少ないと言うことはマグチェンジの回数が多くなるということだが、これは近接戦闘において大きなデメリットになることもある。それに・45ACP弾を撃つナインティーンイレブンの強いリコイルとこの銃のメンテナンス性の悪さもプロのツールとして使うには大きなデメリットだろうな。それに比べて多くの9mm口径オートマチックは軽くて撃ち易く、しかもマガジンのキャパシティーが15発以上あっても悪くないグリップの銃も多い、だから私も戦場に持っていく拳銃は9mmオートにしろとこいつらには言っている、それはそれが合理的だからだ。だが・45ACP弾のストッピングパワーは本物だ、この弾薬には敵を素早く仕留めるだけの充分なパワーがある」
「・45ACP弾にそんなパワーが本当にあるのか?」
「ある、それは間違いない。私も現役の頃は私物のナインティーンイレブンを任務に持ち込んでいたし、実際にそれで敵を撃ち殺したこともある。だがナインティーンイレブンは扱いに手間のかかる銃だ。そこまで手間をかけてまで扱うほど武器としての価値がナインティーンイレブンには無いのも事実だ。だからナインティーンイレブンは本当に銃器の扱いをマスターしたプロだけが持つことを許される特別な武器と言って良いだろう。ここで私が指導している若い連中は全員が優秀な特殊部隊員だ、だが優秀過ぎて拳銃を使う前に敵との勝負にカタをつけてしまう連中が多い。だから拳銃で敵を仕留めた経験のある者達は多くないはずだ」
これはつまりライフルマンとして優秀過ぎると実戦で拳銃の出る幕が無いと言うこと。
またM1911A1を作戦部隊全体の規模で使っている精鋭部隊は存在する。
海兵隊のフォースリーコンという偵察部隊もその一つだ。
このフォースリーコンは厳密に言えば特殊部隊ではないが、特殊部隊と同等の能力を持った偵察部隊。
フォースリーコンも沖縄に駐屯している。
この海兵隊の偵察部隊であるフォースリーコンはMEUピストルという数種類のカスタマイズされたM1911A1をよく使用しているのだが、やはり・45ACP弾のマン・ストッピングパワーに信頼をよせているようだ。
ジミーは自分がアサルトライフルとハンドガンを扱う時に出てしまう悪い癖を修正してもらうために元フォースリーコンのインストラクターから訓練を受けたことがあるが、その時にこんなやり取りがあった・・
「オーソドックスなナインティーンイレブンは・45ACP弾を使うから装弾数も少ないしリコイルも強い、既に時代遅れな拳銃だとは思わないか?」
「いや、私はそうは思わない。実戦において一番に考えられる拳銃を使う状況は敵と比較的近い距離で戦ってる最中にアサルトライフルなどメインの武器にトラブルが起きた時だ。そう言った状況では装弾数の多い拳銃よりも確実に相手をノックアウトできるパンチ力を持った拳銃の方が良い。それに室内での近接戦闘ではアサルトライフルやサブマシンガンなどより拳銃の方が有効な場合もあるが、このような状況で好まれるのはやはり・45ACP弾を使うナインティーンイレブンのような高いストッピングパワーを持った拳銃が良いんだ。だからナインティーンイレブンはCQBに向いた武器と言える」
「・・・・」
しかしこのインストラクターと真逆なことを言っている警察官の友人がジミーにはいる。
「・45ACP弾のストッピングパワーが高いって?んな馬鹿な。俺はパトロール中に逃走中の銀行強盗犯の一人と出くわしたことがある。パトカーの中には12ゲージのショットガンがあったがそんなもん取りに行く暇なんてなかったから腰にぶらさげていた45口径のナインティーンイレブンを持って逃げるそいつを追っかけたんだ。そいつは銃を持っていたし警告を無視したから俺は遠慮なく撃ってやったがそれでもそいつは止まらなかった。その後そいつは俺の前から逃げ切ったが結局そいつは俺の同僚に取り押さえられて病院に送られたよ。で、病院で分かったことなんだがそいつは俺に胴体を二発撃たれていたんだぜ、それでもそいつは死ななかった。そして今じゃそいつは刑務所で模範囚なんだぜ」
「じゃあ・45ACP弾のストッピングパワーが高いという話は嘘だと?」
「俺は雑誌に出てくるインストラクター達が言うほど・45ACP弾にそんなパワーがあるとは思えない。・45ACP弾を使うナインティーンイレブンは売れるからどのメーカーも作ってるだろ、インストラクターの中にはメーカーとタイアップしてナインティーンイレブンを出してる人間もいるくらいだから45口径のナインティーンイレブンを悪く言えなかったりしてな。そもそも45口径を使うナインティーンイレブンの有効性を唱えるインストラクターの中で実際にナインティーンイレブンで人間を撃ったことがあるガンファイターが何人いるんだ?」
「・・・・」
つまり・45ACP弾の有効性に関してはプロの間でも意見が分かれていると言える。
実のところ、・45ACP弾が9mmパラべラム弾よりマン・ストッピングパワーで勝っているということを証明する信憑性の高い正確なデータは無いらしい。
沖縄訓練施設での体験や色々な職種の友人達から聞いた体験談などからジミーはM1911A1に対してはあまり実戦的な銃という評価はしなくなっていったのだが、それでも今もM1911A1のカスタムモデルを使い続けるのは純粋にこの銃のデザインが気に入っているのと、日系アメリカ人としての独特の誇りがあるからだ。
レスリングとMMAで格闘技経験を持つジミーはヘビー級の選手が打つパンチを同じヘビー級の選手が受ける事と、ヘビー級の選手のパンチを軽量級の選手が受けるのとでは全然違うということを知っている。
それを参考にジミーが思うのは銃弾が持つマン・ストッピングパワーの効果も撃たれる側の体格によって大分変わってくるんじゃいか?ということだ。
それもあって・45ACP弾に関する体験談は千差万別なのだろうかとも思っている。
どちらにせよ・45ACP弾が持つマン・ストッピングパワーの効果が明確ではないのに対して、45口径オートマチック拳銃と比較すれば9mm口径オートマチック拳銃はマガジンの装弾数が多くなるという効果は明確である以上は実戦的なのはやはり9mm口径のオートマチック拳銃であるとジミーは考えてしまう。
ただし銃としてのM1911A1の性能と弾薬としての・45ACP弾の性能は分けて考えるべきだともジミーは考える。
ジミーが考える・45ACP弾のメリットは銃器にサプレッサーを装着した時に現われる効果だ。
初速が超音速である9mmパラべラム弾などは空気を力強く切り裂きながら飛ぶのでそれが銃声を大きくする要因の一つとなる。
だからサプレッサーの効果はあまり期待できないのでサプレッサーを使うなら弱装弾のほうが有効とされているが、対する・45ACP弾は元から亜音速で飛ぶので・45ACP弾を使う銃器は弱装弾を使用しなくても良好な減音効果をサプレッサーの使用によって得ることができるとされているのだ。
サッ サッ
ジミーは銃を両手で握りアソセレスからウィーバーへと色々なスタンスで構えてみせる。
手に握られたこのM1911A1は市販されているクローンモデルに後からアンビセーフティを装備させ、ランヤードリングを追加した物だ。
トリガーは3ホールタイプでリアサイトとフロントサイトにはホワイト・ドットが入れられている。
グリップセーフティはビーバーテールタイプ。
スライドに奇抜な装飾などはされていない。
実にシンプルな構成だ。
ただしバレルはそこそこ良い物を使っていて一般的なモデルより集弾性能は高い。
M1911A1の中にはアンダーマウントレールやマグウェルを搭載したモデルもあるが、ジミーは個人的にこれらのパーツを搭載したモデルの外観が好きではないので使用していない。
外観を気にして使ってるあたりはやはりジミーはM1911A1に実戦的な性能をあまり期待していない事が分かる。
治安調査局の潜入捜査官は二級住民地区に入る際、様々な銃器を持っていく。
同じ治安調査局内の組織であるSRTなどが割りと使用する銃器にチームでの統一感を持たせているのに対して潜入捜査官は使用する銃器が個人の裁量で決まる傾向は強い。
これは潜入先に持ち込んでも違和感の無い銃器を選ぶ必用と、潜入捜査官は必ずしもチームでは行動せず、個人で行動することも多いので弾薬や弾倉を共通化する必要が無い状況もあるからだ。
また、仮に潜入捜査官がチームで行動するとしても、持っている銃に変に統一感があると敵に怪しまれる可能性もある。
この辺のバランスは潜入前によく考えて銃器に限らずどんな武器を持ち込むのが相応しいか充分に検討する必要があるだろう。
時には二級住民地区で押収した密造銃で武装して潜入することもあり、こうすればかなり違和感無く銃で武装できる。
しかし密造銃は品質の安定性に欠け、作動不良も少なくはないし、最悪は暴発を起こして自分自身や仲間が負傷する恐れと隣り合わせなのだ。
出来が良く精度も良い密造銃もあるが、所詮は押収品であり、全ての潜入捜査官に行き渡る程の数は無いし、そもそも安定供給ができない。
そこで潜入捜査官は自分の所持しているまともな銃器を密造銃風に擬装させる場合もある。
銃の外観をスプレーで汚したりヤスリでキズを付けたりして、こうすれば性能が高い銃器を安全に持ち込めるとされている。
が、ジミーは若い頃なら密造銃を持ち込んだり、自分の銃を密造銃風に擬装させたりしていたが、今はそういうことをしていない。
ジミーの経験上、潜入捜査官が銃をわざわざ周囲の人間に見せながら二級住民地区を歩くような状況がまずは無いからだ。
だからわざわざ危険な密造銃を選んで懐に忍ばせたり自分の銃を汚す必要が無いというのがジミーの考えである。
潜入捜査官は過激派組織に潜り込み、潜入捜査のために民兵として活動する任務もある。
過激派組織の民兵はサブマシンガンや拳銃の密造銃で武装しながら自分達が縄張りとしている地域をパトロールしていることが多く、民兵に成りすまして活動する潜入捜査官も同じような装備が必用だろうが、密造銃はその潜入先の過激派組織から支給されることが殆どで、やはり潜入捜査官が自ら密造銃を持ち込んで武装するシチュエーションは少ない。
特殊な状況下でもない限り持ち込む銃は自分の手に馴染んだ物が最善というのが長年の経験から得たジミーの答えだ。
「・・・・」
部屋の隅に置いてある本来は釣竿を携行するために使うロッドケースの中には12ゲージのポンプアクション式ショットガンが入っていて、猟友会の人間であるように見せるためにこっちに来てから入手した物だ。
これも明日の自警団への面接の場にも持って行くつもりだが、別に戦いに行く訳じゃない。
このホテルに置きっ放しにしときたくないのだ。
ロッドケースに入った銃器を素早く取り出すことは不可能なので、いざ何かしらトラブルが発生した時のために愛用のM1911A1は直ぐに取り出して撃てる身体の場所に保持することになるだろう。
3
朝早い時間に人影もまばらな街でジミーが公園のベンチで座っていた。
足下に位置するベンチの真下には地べたにそのまま銃器の入ったロッドケースが置いてある。
「ん、来たな・・誰だあいつは?」
待ち合わせの場所でタチアナを待っていると予定の時間通りタチアナが現れるが一人ではなかった。
タチアナの隣に眼鏡をかけた見慣れない肥満体系の男がいる。
山本治だ。
「おはよう」
「おはよう、おじさん」
「おはようございます・・」
「あんたは誰だ?」
ジミーは山本のことを知らないので正体を伺う。
「僕は山本治、僕もタチアナと同じ自警団のメンバーなんです、よろしく」
「そうだったのか、俺は水野勝成だ、よろしくな」
すると山本の方から握手を求めてきた。
あまりこっちの人間がするようなタイミングのリアクションではないので若干驚いたジミーだったがとりあえずは手を握り合う。
ジミーから見て山本の印象はナードっぽいデブといった感じか。
「タチアナから聞いたんですけど、猟友会の方だとか」
「そうだ、だから銃の扱いならそこらの素人よりは慣れているつもりだ」
「はあ、それは良かった。うちのボスは水野さんみたいな人材を探してるみたいなんで多分ですがメンバーに入れてもらえると思いますよ」
「まあさ、詳しい話はタチアナが言ってるアジトでしようぜ、そっちもそれが良いんじゃないか?」
「そうですね、じゃあ・・あそこのトイレに三人で行きましょう」
「はあ?」
山本のよく分からない返答に困惑するジミー。
「あの、大丈夫ですよ・・変なことするわけじゃないんで・・」
「おじさん、大丈夫だから山本の言うとおりに」
「分かった・・」
こうして三人は公園のトイレへと向かう。
三人が入ったのは男子トイレで、タチアナも普通に入って来ている。
「あの~水野さん、そのロッドケースには釣竿入れてるんですか?」
「こいつには銃と弾薬が入ってる、悪党をぶちのめすためのな」
「武器を持参してくるなんて自警団やる気満々なんですね」
「まあね」
「え~と銃、触っても良いですか?」
「え?」
なぜこいつはそんな事を言うのか?とジミーは思っていると今度はタチアナの方が口を開く。
「おじさん、山本はテレポーテーションができるサイキッカーなんだけど自分以外の人や物を瞬間移動させるには一回手で触れないと駄目なんだ・・だから銃とかおじさんの着ている服も触らせてほしいんだよね」
「何?サイキッカーなのか?」
「そうです、試しにタチアナだけアジトに瞬間移動させてみますか?」
「ん・・そうだな見せてみてくれよ」
山本がタチアナの手を握ると二人のシルエットがほんの一瞬だけ歪み、ジミーの目の前から姿を消す・・本当に消えてしまった。
「マジかよ・・このタイプの能力はひさしぶりに見るな」
潜入捜査官を長年続けているジミーは二級住民地区で色々なサイキッカーに会って来たが、どうやら山本のようなタイプはあまりいないらしい。
ドサ
少し床から浮いた状態で山本がジミーの目の前に戻って来た。
少し着地の際によろけている。
「どうです?凄いでしょ?」
「ああ、なかなか便利そうじゃないか」
若干だが山本は得意気だ。
「それじゃあ銃を・・」
「待ってくれ」
「はい?」
「銃にはもう弾が入ってるんだ、今から俺が弾を抜く。俺の銃に触って良いのはそれからだ」
「なるほど、安全第一って訳ですね・・」
「悪いな、君の事をまだ信用しているわけじゃないんだ。でもこれはお互い様だろ」
「ハハ・・確かに」
「それとトイレに誰か来ないか見ててくれるか」
「分かりました」
ジミーはショットガンとハンドガンに装填されていた弾薬を全て抜き去る。
そして山本がショットガンに軽く触れてみせた。
「タチアナが言っていたが触れてみないと駄目なのか?」
「僕のテレポーテーションは自分以外の人や物を移動させる場合は僕が手に掴んでなきゃならないんですよ。僕が手に掴みきれないほど物がある場合は、まずは肉眼で確認してから手で触れて感触や重さを覚えた後に僕が手を掴んでいる相手に持ってもらったり身体のどこかに触れている状態が必要なんです」
「・・それでもさっきみたいに別の場所へ移動できるんだろ?充分じゃないか」
「でもあんまり細かい機械なんかはたまにですけど細かいパーツを移動前の場所に残してきたりしちゃう時もあるんですよね・・」
こんなことを言われると持参してきた銃がどうなるか少し不安になってくる。
とにかくそれでも山本が触れたショットガンをまたロッドケースに入れていく。
「次は服に触れるんだろ、その前にこれにも触っといてくれ」
そう言ってジミーはハンドガンに使う弾が入った状態のマガジンを4本手に握り、山本に手渡す。
「?良いですけど・・」
ジミーは山本が触れた後のマガジンの内の1本は直ぐにハンドガンの本体へと装填した。
「こいつは保険だ、これくらいは肌身離さず持ち込むことを許してくれ」
「ええ、それくらい良いですよ、当然ですって」
ジミーが警戒して接してくるのも山本は理解を示している様子だ。
まだお互いをよく知らないのだから当然なのかもしれない。
「じゃあ頼む」
ジミーは後ろ手に拳銃を握り、山本に自身が着用中の衣類へのタッチを許可する。
山本はポンポンと音を立てて軽く叩く感じにジミーの上から下までの衣類、そして履いている靴にも触れていった。
最後にジミーが右手を差し伸べるとそれを山本が掴む。
トイレの中でマッチョな中年男と肥満体型の男が互いの手を握り合っている光景。
第三者から見ればきっとそれは不気味に映るだろう。
「では行きましょう、心の準備は?」
「問題無い」
そうこうして掴まれたジミーの右手の平が強く握られる。
次の瞬間だった。
ジミーの視界は一瞬にして歪み始め、軽い頭痛に襲われる。
ジミーを襲うその頭痛は自分の頭の中から来るものではなく、外からの圧力によって不快感を与えられているように感じられるものだ。
思わずジミーは本能的に強い力で目蓋を閉じていた。
「ん、ぐうぅ・・」
気づけば山本に掴まれていた手の平は自由になっている。
目蓋を閉じ、視界が確保出来ていないジミーの両手が最初に感じたのはひんやりとした硬い感触だった。
ようやく目蓋を開けると自分の両手が触れていた物体の正体が打ちっ放しコンクリートの床である事を知る。
そして自分の今の体勢が四つん這いである事にも気づいた。
あれほど嫌な頭痛に襲われたのが嘘のように今は気分が良い。
不快な余韻は全く感じられないのだろう。
それにしても視界に入って来る光がやたら眩しく感じる。
この眩しさが総合格闘技の経験者であるジミーはフロントチョークや肩固めなどの絞め技で落とされた後に意識を取り戻した状況に似ていると感じていた。
「ちょっと、おじさま?大丈夫なの?」
なにやらジミーにとっては聴き慣れない若い女の声が耳に入ってくる。
若い女というよりは少女か。
ゆっくりと体勢を整え静かにジミーが前を向くとそこに学生服を着た少女が両腕を組んで立ち尽くしていた。
その少女は長い黒髪をしている。
吉田真冬だ。
自分の好みのタイプではないが、ジミーが客観的に見ても真冬は充分に美人の部類に入るように感じられる。
「君は誰だ?山本とタチアナはどうした?」
「僕はここにいますよ、タチアナならお店の準備があるんで帰りました」
声が聴こえた右側を向くと山本が壁に寄りかかっていた。
「そっちにいたのか」
「それよりおじさん身体の具合はどうですか?あれ慣れないうちは軽いめまいに襲われたりするんですよ」
「いやいや大丈夫、心配かけたな問題無い。それよりも俺が君達のメンバーに相応しいか見極めてもらおう、ここのボスはどこだ?」
「ここのボスは私よ」
真冬が再びジミーに声をかける。
「んな馬鹿な、お嬢ちゃんおじさんをからかうのは後にしてくれ」
「な、ちょっと山本、あんた私の事を何もこのおじさまに説明してないわけ?」
真冬が山本に噛み付くような強い口調で問いただす。
「いや、僕にそれを言うの?そこはタチアナの役割なんじゃ・・」
「ふん、段取りが悪いわね。おじさま、私が自警団のリーダー吉田真冬です、よろしく」
「俺は水野勝成だ、よろしく・・」
ジミーにとっては真冬がリーダーというのは驚きである。
まさか二十歳にすらなってもいない少女がリーダーという事実をまだ信じられないのだろう。
「タチアナちゃんの御知り合いなんですよね?タチアナちゃんのお話では水野さんは猟友会の方だとかって?」
「俺とタチアナは知り合いって言える程の仲じゃないよ、あいつの働いている店に客としてここ何日か通っていただけさ。猟友会ではイノシシの駆除で散弾銃やライフルをよく使っているから銃の扱いなら任せてくれ」
「それは頼もしいですね・・お仕事の方は何をなされているんですか?」
「仕事は鍵屋さ、もし壊れてる鍵があるならそいつもおじさんに任せてくれて良い」
「フフ♪、でも大丈夫ですよ今のところ鍵のトラブルは無いですから。さて・・本題に入りましょう・・知ってのとおりこの街は戦斧を始めとする過激派の活動が活性化してるし、最近は動きの無いAJAもいつまた活動を再開させるか分からない不安定な状況にあります・・水野さんが自警団へ志願した理由は何ですか?」
真冬が問うとジミーは下を向き浅く溜息をついて語り始めた。
「おじさんは若い頃に猟友会の仲間をAJAに殺されていてね、敵討ちとしていつかあいつらに仕返ししてやりたいと思っていたんだ・・」
「まあ猟友会のご友人が・・あのよろしかったらそれはどういった状況だったのか話していただけますか?」
「うん・・まあ言ってしまえば馬鹿みたいな話なんだが、昔おじさんの仲間の何人かがAJAに一泡吹かせてやろうとしたことがあってね、海辺に待機して上陸しようとするあの連中を銃撃してやろうとしたのさ」
「あの・・その事件ならもしかしたら私知ってます・・猟友会のメンバー7人とAJA側推定30人以上が海沿いで銃撃戦を繰り広げて猟友会側全員とAJA側12名が死亡したあの事件ですよね?」
「そうさ、世間では七人の猟友会事件なんて呼ばれているね、あの事件で死んだ猟友会の7人はおじさんの仲間だったんだよ・・」
「・・・・」
「あの7人がAJAと戦うって言った時におじさんはやめろって止めたんだけど、あの7人は聞かなくてね・・結果はあんな風に終わってしまったんだよ。おじさんみたいに銃を扱う人間なら分かると思うんだが銃というのは本当に強力な武器なんだよ、だからそれと同時にこれほど無責任に人の気持ちを大きくさせる道具は無いと言って良い。あの7人も銃の扱いに慣れ過ぎて気を大きくしていたんだろうな・・あの時あの7人をもっと強く止めるべきだったと今でも後悔している・・そしていつか仇は取ると誓ってね、だが結局はまだ一度も思うようにはあの連中に一矢報いることはできていない、だからあの喫茶店で自警団のビラを見た時に俺がやるべきはこれだと思ったよ。俺にはやり残した戦いがあるってな」
「なるほど・・そんな事情があったんですね・・」
ジミーの名演技に真冬は感情を揺さぶられるものがあったのか表情を重くしているように見える。
「おじさんはライフルで色んなものを撃ってきた、イノシシだけじゃないぞ正当防衛として民兵の奴らを撃ったことだってあるんだ。だからおじさんの経験は君らの力になれると思うぞ、どうだい?老兵はお呼びではなかったかな?」
真冬はジミーの表情と身体を見て考えていた。
ジミーが真冬に対して向けるその表情は真剣さが充分に伝わって来るものだった。
そして真冬の目から見てもジミーの身体は本当によく鍛えられた男らしい肉体として写っている。
そこらにいる草食系男子の若者なんかより目の前にいる年配のこの男の方がよっぽど頼れそうに感じられたのだろう。
おじさんとは言え肌の血色は良く、健康に問題は無いように感じられる。
そして何よりも志願する動機が真冬にとって好感を持てるものなのだ。
「分かりました、私は自警団の責任者として水野さんの入団を許可します。これから一緒に悪い奴らと戦いましょう♪」
「はは、いやいやよかった、おじさんだから採用されないんじゃないかと思っていたんだ」
「ふふ、私が言うのも変ですけど若いだけしかとりえの無い人間を採用するよりは水野さんのような経験者に来てほしいですから」
4
「ここが水野さんの部屋です」
真冬に連れられてジミーがいくつものドアが並ぶ居住区のフロアにやって来た。
コンクリートがむき出しのグレーの空間に人間が一人ずつ滞在できる部屋が何個も並んでいて、その中から真冬がジミーに紹介したのは左端から二番目の部屋。
実は隣の左から一番目の部屋は直美が使ってる部屋である。
ガチャ
「中はこんな感じです、ちょっと狭いかもしれないですけど・・」
「・・・・」
ドアを開けて中に入るジミーと真冬。
部屋の中はシングルベット、寝具一式、洗面所、トイレ、エアコン、空っぽの本棚が完備されている。
「そんなことはないさ、充分なくらいだ・・本当に家賃を払わなくて良いのか?」
「ええもちろん。自警団のメンバーである限りは先に見せたシャワールームとかの他の設備だって自由に使ってくれて構わないですから」
「それはありがたい・・」
紹介された部屋に銃器などが入ったロッドケースを置く。
ジミーもまさかここまで立派な自室が用意されるとは思ってなかっただろう。
「じゃあ水野さん、次はぜひあなたに見てもらいたい部屋があるんです」
「俺に?」
「そうです、部屋なら後にでもゆっくり見れるからまた私について来てください」
「分かった」
こうして再び真冬に連れられて打放しコンクリートの地下空間を歩くジミー。
そうこうしてる内、直ぐに目の前にドアパネルを二枚使ったスイングドアが見えてきた。
このスイングドアの右ドアパネルには銃器保管庫と書かれたシールが貼ってある。
「これは・・」
ジミーの顔に思わず笑みがこぼれる。
銃が好きな人間の自然なリアクションかもしれない。
「やっぱりこういうの好きなんですね」
「まあね・・入っても良いかな?」
「ええ、もちろん♪」
逸る気持ちと焦る身体を抑えずにドアパネルを両手で開けるジミー。
中に広がる光景は一面銃だらけ、特にアサルトライフルが多い。
左右の壁側にはガンラックが配置してあり、M16とM4系のアサルトライフルが何丁も整列している。
固定ストックや伸縮式ストック、長銃身から短銃身、ピカティニー・レールの有無、それにキャリングハンドルが着脱式であるか否かなど実に多くのバリエーションを揃えているが、口径は5・56mmの機種で統一して置いてあるようだ。
一方でそこから遠くに位置して分けられているガンラックには口径が7・62mmのバトルライフルやマークスマンライフルが整列してある。
置いてあるバトルライフルとマークスマンライフルはM14系かM16の口径を7・62mm化させたモデルが多い。
M14系に関してはストックが木製のクラシカルなデザインのモデルもあればグラスファイバー製のストックを装備した実戦的なモデルも置いてある。
また同じ口径のボルトアクション狙撃銃であるM24SWSやM700もあった。
簡単に見渡してもここには100丁近い数のライフルがある。
室内の中央には大きくて頑丈に作られてそうなテーブルが置いてあり、銃のメンテナンス作業に便利だろう。
既にテーブルの上には拳銃を収納した小さいガンラックと数種類に分けられた幾つかの弾薬ケース、それにアサルトライフルやバトルライフルに使用できるダットサイトやスコープ、それらを銃に装着する為に必用な各種マウントリング、それに様々な工具が置いてあるが、それでもまだテーブルの上のスペースには余裕を感じられる。
置いてある拳銃は口径が9mmのモデルばかり。
とにかく銃とそれに関する物が置いてあるがその中でもジミーが特に注目したのが狙撃用として使われるM118マッチ弾があることだ。
この弾薬は先ほど見かけたM14などと相性が良く、この弾薬なら通常の弾薬より高い精度を望めるだろう。
部屋の奥にはハンド・ロードという自ら手作業で弾薬を製造する行為を行なう為の専門工具が用意された作業台もある。
「おお、リローディングプレスがあるじゃないか・・ちゃんとパウダーメジャーにリサイジングオイル、それから・・」
ライフル弾などを自作する場合は弾頭、薬莢、信管そして火薬が必用となる。
これらを自分で組み合わせることで、市販の弾薬よりも自分の所有する銃に適合した精度の高い弾薬を作ることができるのだが、それを行なうための機材がここにはあるのでジミーが興奮しているのだ。
なぜ市販の弾薬よりもハンド・ロードで作った弾薬の方が命中精度が優れるのか?、銃は同じ機種同士でもその銃身は一丁ごとに微妙に異なる特徴・性質を持っている、だから自分の所有する銃に合わせて調整して作るハンド・ロード弾の方が市販の弾薬よりも命中精度で優れているのだ。
ガッ・・
しばらく銃器保管庫を見渡すとジミーは一丁のライフルを手に取って構える。
ジミーが手に取ったのはフルサイズのM14ライフル。
そのライフルのストックはグラスファイバー製でスコープはまだ装着されていないがスコープを装着して使用することを前提にしているのかストックには高さが調整可能なチークピースが装着してある。
「ん?セミオートオンリーなのか・・ならこいつはM1Aか?」
M1Aとは軍用ライフルであるM14からフルオート機能を外した民間用モデル。
M14のような7・62×51mmNATO弾などを主に使用する銃はフルオート射撃でのコントロールが難しく、セミオートで使用することが多いのでフルオート機能が外されていてもそれをデメリットとはしない使用者もいる。
「・・・・」カタ・・
手に持っていたM14ライフルを元のガンラックに戻すジミー。
ジミーは次に別のガンラックからM4系のアサルトライフルを手に取りセレクターレバーを確認する。
「こっちもセミオートオンリーか」
「ここにある銃は全て民間適合品なんでフルオート機能が無いモデルばかりなんですよ。だからあっちにあるM4とかM16はコマーシャルモデルのAR15のシリーズです。見た目こそ軍用ライフルですが販売してる時のカテゴリーはハンティングライフルとかスポーツライフルですかね」
後ろから聴こえてきたのは山本の声だ。
「ならここにある銃はミルスペックを満たしていないのか?」
「ここにある全ての銃がミルスペックを満たしているわけじゃないですが、そんなに品質の悪い銃はありませんよ。そもそも軍で使われているM4とかのミルスペックもそれほど高いハードルじゃないですから」
「そうか、さっき君は銃を売る営業マンだって言ってたな」
「そう、ここの銃は真冬ちゃんが僕から買った物なんですよ。試し射ちがしたいならそっちのドアからインドアレンジに行けますよ」
山本が指差す室内奥のドアには確かにインドアレンジと書かれたプレートが貼ってある。
「凄いなインドアレンジもあるのか・・この施設といい大量の銃といい余程金払いの良いスポンサーを見つけたんだな」
「いえ違います、この施設とその中にある物、全て真冬ちゃんのポケットマネーで用意したんですよ」
「何?あの子がか?」
「ええ、彼女はお金持ちですからね。何か足らない備品があったら僕か彼女に言ってください」
「分かった・・ところでなんだがこの施設はどこに建っているんだ?あ~つまり住所だ」
「そういえばまだ外を見てないですよね。実はここで水野さんが見てきた設備は全部地下施設なんですよ。で、ここはエリアB3第一市街戦訓練場内に位置してるんです」
「な、馬鹿な・・じゃあ訓練場の中にこんな施設が・・」
「本当です。ここ第一市街戦訓練場はエリアB3内に第二市街戦訓練場が出来てからは軍も警察もあまり使わなくなったので」
「それが本当でもよくこんなことができたもんだ・・」
「上の街は一見すると廃墟だらけのゴーストタウンですけど一応は今も警察署から派遣された青パジャマのチームが定期的に第一市街戦訓練場をパトロールしてるんで過激派グループの溜まり場になったりはしない安全な場所なんですよ」
「だが青パジャマのパトロールチームに見つかる可能性はあるだろ」
「いえいえ心配なく。警察署内の何人かに賄賂を払ってるんでパトロールに来る時間はこっちには洩れてますから♪」
こういう話を聞くと潜入捜査官は二級住民地区の警察機関を絶対に信用するべきではないことを再認識させられる。
「第一市街戦訓練場だって良い訓練場だったろ?どうして今は使われてないんだ?」
「確かにここ第一市街戦訓練場は良い訓練場だったんですが、ご存知でしょうけどここのMOUTとCQB訓練に使われる施設が全部鉄筋コンクリートの建物で構成されているんです・・で、これが問題になって良質な訓練ができなくなっていったんですよ」
「ああ、なるほど同じ建物でばかり訓練すると直ぐにパターンを覚えて慣れてしまうから訓練にならないからだろ」
「そうです、そこが第一市街戦訓練場の弱点だったんですよ。だから新しく造られた第二市街戦訓練場の施設は変形式のプレハブと木材製の訓練ハウスで構成されているんで建物の外部から内部の形状まで全て自由に変更したり、ドアや窓枠の位置も自由にレイアウトできるんです」
「それなら色々なパターンの建物で訓練ができるから慣れてしまったり飽きることもないな」
「それに新しい訓練施設を鉄筋コンクリートで造るコストと時間を考慮しても第一市街戦訓練場みたいなタイプの訓練施設は時代遅れと言われてますからね」
「それでも無いよりは良いさ、パトロールの青パジャマがいない時間ならせっかくだから外の施設を使ってMOUTとCQBの訓練もできるんじゃないか?」
「それは大丈夫ですよ、でもやるなら夜の方が良いですね。夜ならパトロールの回数は平均的に少ないですから。もしCQBとかの訓練をするならそれ用の装備も必用でしょう、隣の部屋にボディアーマーやプレートキャリア・・それからケブラーのヘルメットと暗視ゴーグルなんかもあるんで」
「ほんとサービスが充実してるよ、ここは」
少し呆れたようなしぐさでジミーが言う。
本当にここなら何でも揃ってしまいそうだ。
「・・・・」キョロキョロ・・
突然ジミーの挙動がおかしくなる。
「どうしました?」
「いや・・何でもない」
「?そうですか・・」
「(こいつが俺のパンツを公園に置いて来たことは言わんとこ)」
続く