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この怪人、感謝状贈っていいですか?

緑色の大男が道路で暴れている。

無敵鉄人はそう連絡を受け、現場へ急行していた。


(また十条寺さんの監督不行き届きかなあ...)


などということを考えてしまうあたり、早くも慣れてきているヒーローだった。

しかし鉄人は警察組織の一員であるセーフガード所属である。

主が広告塔であるとはいえ、指示が下った以上確保へ向かわなければならない。

ならないのだが...


(十条寺さん本人は居ないといいなあ。)


ヲネエな格好の敵幹部が若干トラウマじみてきた鉄人だった。




数分後、鉄人は指示された場所に到着した。

そして、目の前の光景に絶句する。



身長2m超、幅もおそらくは2mに達するかもしれない。

絵本に描かれる鬼の如く巨大。

樹木の幹にも匹敵する太い腕に鋭い眼光。

Tシャツにハーフパンツという薄手の身なり。

最も特筆すべきは鮮やかな緑色の肌。

奇怪な巨人がそこに居た。


だが、言葉を失った理由はそこではなかった。

肌の色が違う程度の並みの怪人ならばそろそろ見慣れてきているのだ。

その巨人は普通ではなかった。

いや、ある意味それだけ異質な風体だからこそ、そのありきたりなことが異常に見えたのかもしれない。


その巨人は、


緑色の怪物は、



駅前十字路で交通整理をしていた。



ご丁寧に安全第一と書かれたタスキをかけて、赤色灯までかざしながら。

しかもこの路線は高速道路の入り口へも繋がるためいつも混雑している場所だ。

怪人はかなり手馴れているらしく、邪魔することなくスムーズに車両をさばいていた。

少しではあるものの、いつもより混雑が緩和されているのがまた憎い。

ついに鉄人は叫んだ。


「ご協力感謝致します!!」


鉄人は鉄人で割と寛容だった。

本来は止めさせた後、指導しなければならないのだが鉄人はスルーした。

怪人も怪人で、にこやかに敬礼を返して整理を続けている。

現在時刻は朝9時。もう30分もすればラッシュも終わる。

話はそれからでいいだろう、この時両者は理解しあえていた。


怪人が交通整理に集中している間にヒーローは無線を取り出す。

相手は出動指示を出した上司、陣野鈴音その人である。

聞きたいことはただ一つだった。


「暴れてる怪人なんか居ないじゃないですか!超喜ばれてますよあの人!」


「えー...でも怪人見つけた以上、とりあえず捕まえないといけないし。暴れてるーくらい言わないと君は出動しないじゃない。」


いつも通り、ひどい上司だった。

それから約30分、改めて注意と感謝を言って解放すればいいと言うヒーロー(サラリーマン)と、それじゃつまらんふん縛って技術部へ送れと無茶を言う司令官(OL)のやり取りが続いた。

結果残念ながら、鉄人の上司は口で勝てる人間ではないと分かった。


「査定に響くぞ労働者。」

「イエス!マム!」


という最後の応酬があったから、とは思いたくない鉄人だった。

怪人も一仕事終えていい笑顔で歩いている。

まず目の前の仕事を片付けよう、結局鉄人はそう結論付けた。


すると、


「じゃあ始めようか、ヒーロー。」


怪人は急にファイティングポーズを取った。

いきなりのことに追いつけない鉄人に向かって怪人が言うには、


「俺はヒーローと戦うのが小さい頃からの夢だったんだ!」


だそうである。

酷いとばっちりだ、と鉄人がゲンナリしていると、


「俺の名前は超力怪人バルク!さあ勝負だ!」


などと名乗る始末。

その見た目と相まって色々とギリギリな名前だった。


絶賛やる気が最低ラインの鉄人だったが、怪人と相対した直後に横へ飛び退いた。


ギュンッ!!


猛烈な勢いで風を切る音が響いたのだ。

見れば鉄人が立っていた先の街路樹に目新しい傷が付いている。


(拳圧だけで木の幹が抉れたのか!)


思わず鉄人の背中に嫌な感覚が走った。

ナックルパートが来る、漠然とそう判断していた程度では済まされない威力の一撃が秘められていた。

一方で鉄人の纏うヒーロースーツは強力無比、直撃しても破壊されることはないのだが、


(このスーツの致命的な弱点、それは、)


「斬撃、銃撃、摩擦にも強いが着用者への衝撃が殺しきれない!ドクターの言葉は当たってるみたいだなあヒーロー!」


バイザーに隠れた鉄人の顔は屈辱で歪んでいた。

怪人の言った通り、着用者への衝撃は守れない。それがスーツの弱点だった。

ほんの数回見せただけで相手の参謀は看破してみせたらしい。

そしてこのヒーロースーツは戦いも考慮されてはいるものの、所詮は元々広報活動用である。

そもそも長時間の運用は考えられていないのだった。

少し距離を取りつつ鉄人は相手について考える。


(徒手空拳だけど、あのパンチじゃ下手に武器を持たれるよりも危ない。何より百鬼さん達とは違って戦うことが前提になっている。力を削いでからじゃないと拘束できない...!)


攻めあぐねる無敵に対して余裕を見せる怪人。

数瞬の間を空けて、怪人がふと思いついたように口を開いた。


「大事なことを忘れてた!悪ぃなあヒーロー!」


そのテンションの高さに思わず鉄人は呆気に取られてしまった。


「名前だよ名前!あんたの名前を聞いてなかった。」


自分が名乗っただけだった、と頭を掻きながら怪人は言った。

仕方なく鉄人も名乗ることにする。


「特殊機動部隊セーフガードの、無敵鉄人、だ。」


声だけは落ち着きを払って、バイザーの下では名乗りに渋い顔をしながら鉄人は答えた。

答えたのだが、


「そうじゃねえ!ヒーローの名前だよ、名前!何かあるだろ!」


鉄人の予想を完全に外して怪人は声を荒げた。


「だからセーフガードの...」

「そりゃ、組織の名前だろうが!」


ここまで言われ、鉄人もやっと気が付いた。

怪人は○×レンジャーとか、△□ライダーとかそういった名前を期待していたらしい。

しかし、そこでまた鉄人は困ってしまった。


「そう言われても、このスーツのヒーローにはそういう名前は無いんだ。セーフガードという組織名で売り込んでいるから...」


そう言った瞬間、怪人は手で顔を覆った。



「あんまりだ!そりゃァあんまりだろヒーロー!」



悲壮な声が響いた。

少しずつ姿勢が崩れ、膝を付く怪人。


「俺は!超力怪人バルクは!ヒーローと戦いたくて人間やめたんだよ!」


ちょっと涙声になり始める怪人。


「それが名前も無い、仕事でヒーローしてるだけとか!俺の夢、ぶち壊しじゃねえかよおォォォ!!」


ついに怪人は正座で泣き始めてしまった。

緑色の肌をさらす半裸の巨人が乙女泣きである。

クレームを付けられた鉄人こそ、大の大人の、むさくるしい男のそんな姿は見たくなかった。


「もういい帰る!俺は帰って不貞寝する!」


唐突に怪人は鉄人に背を向け歩き始めてしまった。


鉄人は呆然としていたが、通信の電子音で我に返った。

中継を見ているであろう上司からの連絡だった。

曰く、


「チャンスよ無敵。そのまま後ろからやっちゃいなさい。」

「それこそヒーローとしてどうなんですかねえ?!」


マイペースな上司は容赦もなかった。

またそれに逆らえる鉄人でもない。口論ではつい先ほど打ち負かされたばかりである。

覚悟を決め、鉄人は力を溜める。


刹那、弾丸のようにヒーローは怪人に飛び掛った。


狙ったのは延髄。どんなに鍛えようとも筋肉の鎧がつかない急所である。

中継のカメラに残像が写るほどの速度で放ったヒーローの蹴りは見事に怪人の首を捕らえた。


シュガッ!!


人の身では考えられない音が鳴った。

それでもそのまま倒れなかったのは『悪意の種』の力か、怪人の矜持か。



「ぐ、ぐふ...無念...」



怪人は最後まで怪人らしく崩れ落ちた。

彼の思う怪人像のまま、誇り高く。

対してバイザーで表情こそ見えないが、鉄人の顔には疲れがにじみ出ていていた。

彼もまた思う。


「もうちょっと、キャラ付け考えてもらおうかなあ...」


もしかしたら広報活動としてももっと早く考えるべきだったのかもしれない。

事後処理を進めながら、鉄人は考えにふけっていった。





事後処理を進める警察の面々を監視する4つの目が光っていた。

彼らは無理やり怪人を畳んでワゴンに押し込む職員とそれを見送る鉄人の様子を逐一観察していた。


「セーフガード...甘く見て良い相手ではなさそうだな...」


「ええ、背を向けた相手に容赦ない一撃、それも下手をすれば命を奪いかねない急所でした。」


「伊達に国家の剣を気取ってはおらぬ、ということか。恐ろしい相手だ。」


鉄人が聞いたらそんな評価もできるのか、と驚いたかもしれない。

正しいようでどうにも的のずれた評価を下す二つの影。

スモークガラスのワンボックスカーに所狭しと機材を押し込み、彼らは情報収集に徹していた。


「それに比べて、十条寺の作品はお粗末なものだ。」


「精神的な面、タガが外れる欠陥は未だ健在のようですね。」


「ああ。あれでは使い物にならん。つまり...」


「我々の優位は揺るぎませんね。」


「「くっくっくっくっ...」


晴天に恵まれているのに薄暗い自動車の中で彼らは気味の悪い笑みを浮かべていた。




「無敵さーん!あそこのワンボックス、そろそろ一時間路上停車したままなんで、警告お願いしますー!」


「了解です。」


そんな不審車両を警察が見逃すわけがなかったのだが、それはまた別のお話。

「くっ、気付かれたか!早く出せ!」という叫びと、急発進のせいかガードレールに車を擦る音が響いた。

呆然と見送るしかない鉄人だったが、


「あ、メモメモ...」


とりあえず、ナンバーを記録してブラックリストに載せるのだった。


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