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悪の幹部と名刺交換しました

本編開始に伴いキャラクター視点が始まります。

「捜索願いですか?」


本来自身の部署では扱わない書類に困惑してしまった。

セーフガードの本分は啓蒙とイメージアップ広告であり、この手の警察らしい仕事は回ってこない。

僕、無敵鉄人は思わず目を丸くしてしまった。


「実際にセーフガードが捜索するわけじゃないわ。」


上司である陣野鈴音じんのすずねさんはそう言った。

珍しく他部署と連携を取る仕事かな、とそんなことを考えながら目を通す。

と、


「同棲されている彼女さんから捜索願ですか。」

「珍しいのはそこだけではないわ。」


元医療品メーカーの研究員。

薬品による肉体強化を研究し、一定の成果を上げるが方向性の違いから同社を退職。

その二行にマーカーが振られていた。


「その人物はね、人間の身体を一時的に怪物にする薬を作り上げたそうよ。」


え?

思考が止まる。


「記録によれば、ちょうどこの前の百鬼さんみたいな感じ。かなり個体差が出るようだけど。」


つまり、この捜索願の出された人物は、


「我々セーフガードに敵対している恐れがある、ということよ。」


書類に添えられた写真と名前を確認する。

真面目そうな、精悍な男性だ。

名前は、


十条寺郭勝じゅうじょうじひろかつ


ちょっとだけ親近感が沸くキラキラネームだった。





そして後日、とある広報イベントの途中。

防犯関連商品の見本市でもあるため、某大規模イベントホールで一般企業と肩を並べていた時のこと。

セーフガードの主な業務である防犯啓蒙の真っ最中でのことだった。


「ヲホホホホホホ!」


増設されたスピーカーから耳障りなハスキーボイスが会場に響いた。

会場の照明が消され、少しだけ暗くなるとスポットライトが点く。

ガシャン、ガシャンと派手なSEと共に照らされた先には、


「アタシはドクターヒュドラ!この場を借りて、秘密結社バイスからメッセージを届けに来たワん。」


名状しがたい男のようなモノがそこに居た。

どこからツッコめばいいんだろう。


「我々バイスはこの社会に向けて敵意を表明するワ!」


会場のどよめきを無視してドクターヒュドラさんは言葉を続けている。

僕はセーフガードとして演台に向かって走り始めた。


「政府行政は何がしたいのかわからない!年金は還ってくる見込みがない!大手企業は癒着でドロドロ!保険も銀行もアテにならない!給料は減る一方!税金増やすならまず仕事をちょうだいよォッ!!」


青年の主張みたいなことを声高に言うもんだから、うっかりつんのめってしまった。

ヒーロースーツを着ていて良かった。あんまり痛くない。

床はコンクリート打ちはなしだ。

その間にも演説は続く。


「今の生活にあぐらかいてるリア充は覚悟なさい!あと、この場に自殺とか考えてる子がいたらうちに来なさい!社員寮と食堂完備で労働法遵守の待遇を保障するワ!」


会場が一気にざわついた。

…特にバイトで駆り出されている人達の目つきが変わった気がするけれど、見なかったことにする。


「警察や自衛隊の皆さんにはたくさんお仕事あげちゃうから覚悟しときなさいネ!以上よ!…あ、はい。終わりました。演出機材までお借りしてすみません。」


最後にドクターヒュドラは不穏な言葉と、マイクの切り忘れというお茶目をやらかしてくれた。

イベント運営会社さんには筋を通していたらしい。

ちょっと力が抜けたけど、僕は会場を去るドクターヒュドラを追った。




「待っていたワ!アナタがセーフガードね!」


白い商用バンに乗り込もうとしていたドクターヒュドラを呼び止めたのところ、この切り返しだった。

ヲネエな悪の秘密結社の幹部とか、見ていてつらい。

すみません、そろそろめげそうです。

でも頑張る。頑張らなきゃいけない。構図だけ見ればちゃんとヒーローモノっぽいじゃないか。


「この前の百鬼優希を警察署に差し向けたのもお前達だな!一体何を考えている!」


指を差して口上を並べていると、


「えええ!?」


驚かれてしまいました。

ひょっとして別の組織だったのだろうか。


「彼女は無事ですか?!何か事故とか、まさか狙撃されたりなんかしていませんか?!」


ヲネエキャラが、どっか行った。


「ちょっと待って。」

「はい!」

「彼女は無事保護されましたので、事情の説明をお願いします。」


お互いに理解が必要そうなので、まずは歩み寄ることにした。

なんだか急にいい人になってしまったし。


「百鬼優希さんには新薬の実用試験にご協力頂きました。あ、きちんとしたお仕事の依頼です。法令遵守がバイスの基本なので。」

「だけど、彼女は警察署で暴れているところを取り押さえられました。」

「ええ、実は彼女に副作用が強く出まして。」


ちょっと雲行きが怪しくなってきた。


「臨床試験の途中に増強された力で脱走、我々も足取りが掴めなかったんです。」


原因ではあったけれど、割とお粗末な事故だった。

すごく申し訳なさそうにしているが、見た目はドギツい化粧で白衣を着たヲネエなので反応に困る。


「その新薬についてお聞かせ願えますか。」

「はい!まず『悪意の種』と名づけられまして!」


超元気になったと思いきや、薬品には不穏な名前が付けられていた。


「意図的に超回復や急速な組織再生を誘発して心身の疲労や怪我を人間の力で癒す画期的な新薬なのです!」

「あ、平和的な医薬品なんですね。」


意外だ。というか、悪の組織じゃなくてこれじゃ新薬ベンチャーだ。


「さらには一時的な筋力の増強、体質改善もできるんです!」


すごい。けれど、ちょっとひっかかった。

筋力の増強?


「ですが、筋力の増強と心的ストレス緩和が困ったことになりまして…」

「…ああ、はい。」


なんとなく分かってきちゃいました。


「一時的な骨格の変質や、ええと、暴力的な行動を起こすようになってしまいまして。」


もはや薬でどうこうしていいレベルじゃなかった。

性格うんぬんはまだしも、人間をやめちゃったような外見変化だったし。

さらに驚くべきは、薬が抜けると元の人間に戻るのだ。

そっちを研究すればノーベル賞ものだと思う。


「百鬼さんは元々重度の精神疲労を抱えておられまして、実用化の前にご協力頂いた次第です。」


精神疲労って、例のアレですか。

アレが原因で怪人になっちゃったかあ…

詳しいことは聞かないようにしてたけど、もうちょっと百鬼さんは労ってあげていいかもしれない。


「元々その薬は別の会社で開発していたんですが、臨床試験の目前で却下されまして…」

「え?」


元々医療や怪人作成の目的でバイスで作った、というわけではないらしい。


「ですがその薬と技術を買われて今のところに転職した次第です。ああ、申し遅れました、これ私の名刺です。」

「あ、ご丁寧にどうも。無敵です。」


ヒーローと悪の幹部が名刺交換した。

蓋を開けてみればどっちもサラリーマンだった。

ちょっと切なくなりつつ名刺を見ると、



合同会社バイス

開発部主任研究員

十条寺郭勝


…じゅうじょうじひろかつ?



「捜索願出てたのあんたかよ!」

「ええぇー?!」


びっくりした。

セーフガードとして活動していれば出会うかもしれないとは思っていたけれど。

まさかの悪の幹部は捜索願が出されていたその人だった。

しかも悪の結社は合同会社。株式は確かに無理だろうけど、まさかの一般企業枠。

細かい連絡先は無いものの、メールアドレスはキッチリ載せていた。

メールは受け付けるのか。対応良いなあ悪の結社。


「彼女さんから捜索願が出されてます。せめて連絡だけでもしてください。」

「ああ、はい、すみません。」


まさかのタイミングで仕事の処理までできてしまった。

報告書と始末書は増えそうだけど、これはこれで良かったと思う。


「一旦元の部屋に帰って謝ってきます。ありがとうございました、失礼します。」

「あ、お気をつけてー」


当初の敵対ムードはどこへやら。

実に平和的に話は済んだ。

僕は手を振って見た目だけヲネエな十条寺さんを見送った。


見送って、しまった。




「始末書ご苦労様です無敵さん。」


百鬼さんの言葉が心に痛かった。


「むざむざ敵を見送るだけでなく友好を結ぶとか良い度胸ね、無敵君?」


上司はとても楽しげに、でも目だけは笑わずにそう言った。


その日の夜は自宅に帰れず、怪人ではなく書類と戦い続けた。


職場で飲む夜明けのコーヒーは、なんというか、苦かった。

無敵さんが親近感を抱いた理由がわからなかった方は「十常侍」でぐぐってみてください。

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