投資家が七夕に大嘘をついてみた。
株価のチャートよりも気まぐれな生き物を拾ってしまった。
段ボール箱の中でミャーミャーと鳴いているのは、サビ柄(明らかに雑種)の捨て猫だった。しかし、25年の投資経験を持つ現実主義者の私は、この小さな命がもたらすであろう「期待値」が極めて高いことを、一目で見抜いた。我が家に迎え入れれば、家族の幸福度は間違いなく上昇する。
「よし、この有望なアセット(資産)は我が家で引き取ろう」
そう決意した矢先、学校から帰ってきた小学生の息子が段ボール箱を見つけて駆け寄ってきた。
「わあ、可愛い! ねぇお父さん、うちで飼うの?」
「ああ、そのつもりだ」
「やった! ……でもさ」
息子は少しだけ口をとがらせた。
「僕、図鑑で見た『純血種』の猫がいいなって思ってたんだ。この子は色んな柄が混ざってる雑種でしょ?」
純血種という「ブランド」に惹かれる気持ちはわかる。しかし、命の尊厳にブランドの優劣などない。私は眼鏡をクイッと押し上げ、父親として、そしてプロの投資家として、彼を正しく導かねばならなかった。今日は7月7日、七夕か。これを使わない手はない。
「息子よ、お前は算数が得意だったな?血統書付きの『純血種』というのは、数学で言えばなんだか分かるかい?」
「えっ? 数学?」
「そう。例えば、今日の日付は7月7日だ。要するに『77』だな。息子よ、この77を素因数分解してみなさい」
「えっと……7掛ける11だね」
「大正解だ。そして7と11は共に『素数』だろ? 素数と言うのは1と自分自身以外では割り切れない特別な数字で、不純物の一切ない純粋無垢な数字……例えるなら、まさに『純血』だ。分かるな?」
「なるほど! 素数=純血種なんだね!」
「その通り。では聞くが、その純血の7と純血の11を掛け合わせた『77』という数字は、不純な数字だろうか? ……いいや、違うな!77も純潔な数字だってことだ。」
私の堂々たるトンデモ理論を聞いた瞬間、息子の目がキラキラ輝く。
「そっか、特別と特別を掛け合わせたら超特別ってことだね!すごいね!!」
私は大げさに頷き、息子に同調した。
「その通りだ! つまりこの猫も同じなのだよ。純血(素数)と純血(素数)が掛け合わさって生まれたこの子は、決して不純物が混ざった雑種などではない。純粋な成分と純粋な成分を掛け合わせたら、当然『純血』になる。素数同士の積からなる『究極の純血種』なのだ!」
「本当だ! 純粋な成分100パーセントでできてるんだね! この猫すごいよ!」
傍らでそのやり取りを聞いていた妻は、私の詭弁に一瞬だけ呆れたような視線を向けた。だが、息子がすっかり納得し、丸く収まったという「結果」を重んじたのだろう。小さくため息をついた後は、無言で微笑を浮かべるにとどめてくれた。
息子は満面の笑みで子猫を撫でる。 子猫は「なな」と名付けられた。
……それから13年の月日が流れた。
すっかり白髪交じりの老猫となった「究極の純血種」どのは、今日もリビングの特等席を陣取っている。今日は7月7日。あの日、段ボール箱から我が家のポートフォリオに組み込まれた、この子の「うちの子記念日」である。
「思い出すわねぇ。13年前の七夕……」
猫用の特製ディナーを前に、妻がクスクスと笑いながら口を開いた。
「パパったら、『純血の7と純血の11を掛け合わせるから、77は究極の純血種だ!』なんていう、とんでもない理屈でこの子をすっかり言いくるめちゃって。あの時、口を挟まなくて正解だったわ」 「本当だよ。算数塾で習ったばかりの素因数分解をあんな風に悪用するなんて、大人ってズルいなって後から思ったもんさ」
すっかり立派な青年になった息子も、呆れたように、しかし楽しげに笑う。
「人聞きの悪いことを言うな。私はただ、この有望なアセットが我が家にもたらす『期待値』の高さを正確に見抜き、適切なプレゼンをしたまでだ。結果として、この完璧なバイ&ホールドの成果を見てみなさい」
私は軽く肩をすくめ、愛猫の喉元を優しく撫でた。
「毎日の癒やしがもたらす複利効果で、我が家の幸福度は雪だるま式に増え続けているじゃないか」
13歳という高齢になってもなお堂々たる「威厳」を保ち続けるこの猫は、間違いなく我が家の歴史において最高の優良銘柄である。
「ええ、本当に。我が家史上最高のプレゼンだったわね。」
妻と息子が優しく背中を撫でると、奇跡の掛け算がもたらした我が愛猫どのは、喉をゴロゴロと幸せそうに鳴らしゆっくりと瞬きをしたのであった。
Xからの再掲。
七夕記念だから強引なのは許して欲しい。




