9 ずれ
「人は誰しも、他者と同じ目でものを見ることはできません。
同じ場面に遭遇しても、捉え方にはずれが生じます。
今回の事件は、そうしたずれから引き起こされたのですわ。」
冷静な声で語り出すカメリアの言葉に、リーゼロッテもゼーベルク侯爵夫人も耳を傾ける。
「まず、最初の被害者アンバーについてお話ししましょうか。
アンバーは元々この船で踊ることが決まっていましたが、ヴァイオレットの客により怪我をさせられ踊ることができなくなってしまいます。
船に乗ることを諦めきれなかった彼女は、密航という手段を取りました。」
そこまではヴァイオレットから聞いている内容だ。
「ここで問題なのは、なぜアンバーが船に潜り込むことができたのか、ということですわ。
リーゼロッテ号は豪華客船。
高貴な身分の者が多く乗るのですから、その警備は甘くはありません。」
ゼーベルク侯爵夫人も、「わたくしは決して警備を怠らぬよう命じました。」と同意する。
「それでもアンバーが見つからずにいられたのは、協力者がいたからですわ。
それはフェリクスです。
彼が先ほど告白したのを皆様も聞きましたわね。」
命の燈が消えるその時まで訴えていたフェリクスの懺悔。
その声はまだ私の耳にこだましている。
「フェリクスのその行動が惨劇の引き金になりました。
フェリクスにとっては哀れみの対象だったアンバーは、別の視点からは全く違う姿に見えてしまうのですから。」
カメリアはそこで言葉を区切り、一歩前へと歩み出た。
「フェリクスの助けで特別貨物室に隠れたアンバーは、そこに現れたある人物と鉢合わせます。
その人物にとって、アンバーは許されざる侵入者です。
だからアンバーは駆除された。」
駆除、と言う言い方に私は背筋が冷える思いがした。
「そんな…。
まるで鼠を相手するかのように、躊躇いなく撃ったのですか。」
私の問いに、カメリアは淡々と「犯人には、アンバーは船に潜り込んだ鼠としか認識されなかったのですわ。」と答えた。
「すぐに駆除しなければ鼠が危害を及ぼすと考えたのかもしれませんわ。」
侵入者に対して身を守るために発砲したというなら、正当防衛になり得る。
けれども、何故だろう。
この犯人は、どこか歪だ。
「貨物室では音が外へ漏れにくいですから、銃声に気づかれることはなかった。
アンバーの遺体を発見したのは、石棺を持ち出すために特別貨物室に来たフェリクスでした。
フェリクスはアンバーが誰に、何故殺されたのか瞬時に理解しました。
そして彼は石棺に遺体を入れたのです。」
リーゼロッテが怯えた声で「フェリクスはなぜそんな事をしたの。」と尋ねる。
「殺人事件を発見したのに、なぜ誰にも知らせずに、遺体を石棺に入れたりなんかしたの。」
「アンバーを殺害した人物は、フェリクスが逆らうことのできない相手だったからです。」
フェリクスは自分のことを、『愚かで、弱かった。』と言った。
アンバーが死んでしまったこと、そして犯人が誰かわかっていながら誰にも言えないことに強い罪悪感を感じていたのだ。
「フェリクスは、遺体を石棺に入れたのは、『せめてもの復讐』だと言い残しました。
彼の復讐とは、この船に狂気的殺人鬼がひそんでいると乗客に思わせることでした。
この船旅が惨劇になることが犯人にとって何より耐え難いのだとフェリクスは知っていたのです。」
フェリクスの狙い通り、出航式でのアンバーの遺体が出現により、乗客は船内に潜む殺人犯に怯えることになった。
「そして、その日の夜22時に第二の犯行が行われました。」
それはレイモンドの殺害である。
リーゼロッテは息を詰めた。
「リーゼロッテ様の部屋から立ち去るレイモンドと犯人は遭遇してしまう。
二等客であるレイモンドは、本来一等客室に立ち入ることは許されていません。
犯人にとってレイモンドも排除すべき侵入者でした。
そして犯人は…。」
「やめて!」
耳を塞いだリーゼロッテはカメリアの言葉を遮った。
リーゼロッテは涙をこぼして、「言わないで…。」と懇願した。
「犯人はフェリクスに、後処理を命じました。
犯人にとってこの行為は当然のことですからフェリクスも当然命令を果たすと考えていたのです。
しかしフェリクスは、言われた通りに遺体を処分しなかった。
彼は人目につくように、レイモンドの遺体をデッキに置いたのです。」
カメリアはまた足を進める。
「レイモンドの遺体が発見され、犯人はフェリクスが命令に背いたことを知ります。
そして、石棺にアンバーの遺体を入れたのもフェリクスの仕業だと気づきました。
だから、フェリクスに罰を与えた。」
カメリアは彼女の真正面で足を止め、まっすぐに見据えて言う。
「そうですわね、ゼーベルク侯爵夫人。」
「その通りです。」
ゼーベルク侯爵夫人は、当たり前だと言わんばかりに答えた。




