7 銃声
「カメリア様、どうぞお掛けになって。」
リーゼロッテは海の見える窓際のソファをカメリアに進めた。
午後のお茶に誘ったカメリアを彼女は心よく受け入れ、自分が使う特別客室へ招いた。
私は運んできたティーセットを二人の前に並べた。
リーゼロッテのためだけに用意されたその部屋はとても広い。
この豪華客船の最上階はゼーベルク家のためだけに用意されているのだ。
「気分は悪くありませんか。」と心配そうにきくカメリアに、リーゼロッテは微笑みを返した。
しかしその微笑みは儚く、リーゼロッテがまだ立ち直っていないことが見てとれた。
「ヒルダにハーブティーを用意してもらいましたの。
ハーブの香りは落ち着くと思いまして。」
カメリアの命を受け、私はハーブティーを淹れる。
リーゼロッテは「ありがとう。」といってそれを一口飲んだ。
「リーゼロッテ様。」
カメリアは真剣な眼差しでリーゼロッテを見つめ、切り出した。
「ここには、私と貴方、そしてヒルダしかおりません。
ヒルダはとても信用のおける人物ですから、何も心配はいりません。
ですから、話していただきたいのです。」
リーゼロッテの琥珀色の瞳が揺れる。
「リーゼロッテ様は、昨夜レイモンドに会いに行きましたわね。」
「ええ。」
リーゼロッテは震える声で答えた。
「どうしてわかってしまったの。」
「レイモンドに最期に会ったであろう女性がなぜ名乗り出ないのか、その理由を考えましたの。
まず、彼女が犯人である、という理由が浮かびました。
しかし女性が犯人であった場合、レイモンドの遺体をデッキへ運びベンチへ座らせるのは困難ですわ。」
レイモンドは183センチと高身長だ。
台車を使えば移動させることは出来るかもしれないが、彼の身体をベンチに座らせるのは女性には難しい。
「私は彼女が犯人でなかったと仮定して、名乗り出ることのできない理由を考えましたの。
そして私は、その女性は本来レイモンドと会っていてはいけない人物なのだと考えました。」
あの夜、レイモンドを読んだ女性は二等客室のパーティーへ混ざることはしなかった。
それは、レイモンドと会っていることを目撃されてはならなかったからなのだ。
「私はリーゼロッテ様と長い間親しくさせていただいていますもの。
貴方が必ず約束を守る誠実なお人だと存じておりましてよ。」
カメリアは柔らかな声でリーゼロッテに言う。
リーゼロッテも笑みを返すが、その瞳は潤んでいた。
「一昨日の夕方デッキで、レイモンドは風に飛ばされた貴方のボンネットを拾ってくださいましたね。
一杯付き合ってくれと貴方を誘った。
リーゼロッテ様なら、その約束を果たすために彼に会いに行くだろうとそう思ったのですわ。」
リーゼロッテは「そうね、あのときカメリア様も一緒だったわね。」と震える声で答えた。
「結婚式を目前に控えたゼーベルク侯爵家の令嬢が、平民の男性と2人で会っていたことが露見しては誤解されてしまいますでしょう。
だから貴方は黙っていたのではありませんか、リーゼロッテ様。」
「少しだけ違うわ。」
リーゼロッテの長いまつ毛が震えて、琥珀色の瞳から涙が溢れる。
「誤解ではないから、名乗り出なかったのよ。」
リーゼロッテは苦しそうな表情を浮かべ、ゆらめく波間に視線を移した。
「彼は私が憧れた自由そのものだったの。」
赤く輝く太陽に、リーゼロッテは眩しそうに目を細めた。
「カメリア様が思っていたような誠実な女じゃなくて、がっかりさせてしまったでしょう。」
カメリアは「いえ。」と短く答えた。
「私が追求するのは、あくまでも事件のことですわ。
レイモンドが何時まで生きていたのか、それが知りたいのです。」
リーゼロッテは深く息を吐いて、気分を切り替えた。
「私が彼と別れたのは22時ごろよ。」
22時。
二等客のパーティーが終わったのと同じ時間だ。
「そのとき、何か異変はありませんでしたか。」
リーゼロッテはしばらく考え込み、そして思い出したように「あったわ。物音がしたのよ。」と言った。
「彼と別れてすぐ、廊下のほうからドスンって大きな音がしたのよ。
私はクッションにもたれていたからくぐもって聞こえたけれど、実際はもっと大きな音だったかもしれないわ。」
リーゼロッテの部屋はとても広いため、部屋の外の廊下で音が鳴っても距離があって聞こえずらいことも加味すると、かなり大きな音だったと思われる。
「もしかして、あれがレイモンドを殺した銃声だったのかしら。」
リーゼロッテは泣き出しそうな声で言った。
リーゼロッテの聞いた音が銃声なら、レイモンドが死んだのは22時ごろだ。
その後、早朝までに犯人は彼の遺体をデッキに運んでいる。
長身のレイモンドをベンチへ座らせることができた犯人は、恐らく男性。
そこまで考えたところで、私は重要なことを思い出した。
私はあの夜、犯人を見ている。
そうだ。
あの人が犯人なら、すべてに説明がつくではないか。
アンバーの遺体があの石棺に入っていたことも。
他の乗客が立ち入らない最上階で銃声が聞こえたことも。
あれはパーティーが終わった後、おそらく22時半ごろだ。
あのとき、あの人が運んでいたのは…!
「カメリアさま…!」
私はからからに乾いた喉で声を絞り出した。
「どうしたの、ヒルダ。」
「私はレイモンドが殺された夜の22時半ごろ、大きな荷物を運ぶフェリクスとすれ違っています…!」
レイモンドが殺された直後に、ゼーベルク家の従者フェリクスが運んでいた荷物。
カメリアはその意味を理解し、目を見開いた。
「フェリクスはどこへ向かわれましたか。」
「彼は客室へ向かおうとする私と逆方向に向かって歩いて行きました。」
「その方向にはデッキがありますわね。
22時にはデッキの灯りは落とされますから、一目につかずに死体を置くこともできますわ。」
何食わぬ顔をして私と言葉を交わしたとき、フェリクスは殺したばかりのレイモンドを運んでいたというのか。
私はぞくりと背筋が凍るのを感じた。
カメリアは「フェリクスに話を聞かなければなりませんわね。」と席を立つ。
私も彼女と共に行こうと足を踏み出した。
そのとき、銃声が鳴った。




