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6 招かねざる客

挿絵(By みてみん)


一人目の被害者の名が判明したのは、彼女のものと思われる荷物が見つかったためだった。


わずかに血がついたその旅行鞄が見つかった場所は、特別貨物室であった。

その部屋は、ゼーベルク侯爵夫人が出航式に用意した美術品を運ぶために特別に用意させた部屋だった。

当然、一般客は通常立ち入り禁止のはずである。


旅行鞄のネームタグには、アンバーという名が記されていた。

ところが、乗客リストにはアンバーという名はなかったのだ。


その知らせを受けたカメリアは「アンバーは密航者だったのではありませんこと。」と推理した。


「そう考えればアンバーを目撃した人物がいなかったことにも説明がつきます。

船に忍び込んだ彼女は特別貨物室に身を隠していたのですわ。」


皮肉なことに、アンバーはあの石棺のためにつくられた部屋に隠れていたのだ。

遺体となった彼女が入れられた、あの石棺のための部屋に。


一人目の被害者の名が判明したことで、事件にもうひとつ展開があった。

乗客の中にアンバーを知っているという者が現れたのだ。

私とカメリアは、その人物に話を聞きに行った。



「黙っていたわけじゃないの。

石棺の中で死んでた女を見ても、誰だかわからなかったのは本当よ。

あたしはあの子の顔を知らなかったのよ。」


踊り子ヴァイオレットはそう語る。

彼女は出航式で音楽隊の演奏に合わせて踊っていた女性である。

顎の高さで切り揃えられた髪と健康的なつやのある肌が垢抜けた印象だ。


「あたしはあの子の名前は知っていても、会ったことはなかったんだもの。」


ヴァイオレットは気だるげに煙草の煙を吐き出した。

その仕草は自分の魅せ方をわかっている女性のそれだ。


アンバーは、ヴァイオレットが働くキャバレーと同じオーナーが経営する店の踊り子だったという。

もともとリーゼロッテ号の出航式に参加することが予定されていたのは、アンバーであった。

しかし出航式の3週間ほど前、不運にもアンバーは右腕を骨折してしまった。

ヴァイオレットは、アンバーの代理でこの船に来たのだ。


「豪華客船の出航式でのショーなんだから、最高のものを求められるでしょう。

オーナーは、店でいちばん人気がある子に踊らせたかったのよ。

だからあの子と同じ店の子じゃなくてあたしになったってわけ。」


アンバーはヴァイオレットは、それぞれ所属する店で最も人気のある踊り子なのだと言う。

ふたりはしのぎを削る関係だったのかと思いきや、そうではないとヴァイオレットは言う。


「同じ店ならまだしも、別の店なのよ。

店が繁盛してもあたしたち踊り子の稼ぎは変わらないんだから、アンバーに勝っても意味ないわよ。」


ヴァイオレットはアンバーの存在をさほど意識していなかったのだろう。

それは彼女がアンバーの顔を知らなかったことからも頷ける。


「アンバーが密航を図った理由に心当たりはございまして?」


カメリアの質問にヴァイオレットは「直接関わりはなかったんだからわからないわよ。」と答えた。

けれども「想像はつくけどね。」という。


「あたしたちみたいな者にとっては、船に乗って遠い土地にいくことはまたとないチャンスなのよ。

誰も自分を知らない土地で、新しく輝かしい人生を踏み出すことを夢見てるの。」


ヴァイオレットは少し視線を落とし、「そのチャンスがやっと手に入ったのに別の奴に奪われたら、たまらなく悔しいでしょうよ。」と唇を噛み締めた。

硬く握りしめるヴァイオレットの手をカメリアは見ていた。


アンバーは、密航という真っ当でない手段を取ってでも、新しい人生を送りたかったのだろうか。


「アンバーと二人目の被害者レイモンドの間に関わりがあったかはお分かりになりますか。」


ヴァイオレットは、カメリアのこの質問にも「わからないわ。」と首をふった。


「でも、あたしのいる店は高級なのよ。

あの子のとこも同じよ。

二等客室をとるような人が、アンバーの踊る店に足しげく通えたとは思えないわ。」


アンバーとレイモンドの間に面識はなかったのだろうか。

それならば、何故彼らは殺されてしまったのか。

彼らの共通点は何だろう。


「お話していただきありがとうございました、ヴァイオレット様。」


カメリアの感謝の言葉を受けてヴァイオレットは「役に立つことが言えなくてごめんなさいね。」と苦笑いした。

そんな彼女にカメリアは「ひとつ申し上げますわ。」と言った。


「隠し事はなさらない方が宜しくてよ。

彼女の怪我は貴方が望んだことではなかったのでしょう。

でも、貴方はその怪我の理由をご存知なのでなくって?」


カメリアの言葉に、ヴァイオレットは目を見開いた。


「探偵ってほんとうだったのね。

何でもお見通しなのね。」


「貴方の様子から想像したに過ぎませんわ。」とカメリアは謙遜した。


「新しい土地での人生を望んだのは、ヴァイオレット様、貴方もなのでしょう。

貴方は、アンバーはその機会を貴方に奪われたと表現した。

ひどく罪悪感を感じていらっしゃるご様子でしたわ。

その罪悪感には理由があるのでは、と想像しただけですわ。」


ヴァイオレットは「その想像、当たっているわよ。」と自虐的な笑みを見せた。


「アンバーが船に乗るって聞いた時、あたしやいちゃったの。

それでつい、客に愚痴を言ってしまった。

あの子が出れなくなったらあたしが出れるのにって。」


ヴァイオレットは深く煙草の煙を吐き出した。


「あたしもこの仕事長いんだから、自分に執心しきった客の扱いは気をつけなきゃってわかってたはずなのにね。

踊り子に狂った客は、どんなことでもやってしまうのよ。」


ヴァイオレットに執心した客は、彼女のためになると思い込んでアンバーに怪我を負わせた。

その結果、船に乗るチャンスはヴァイオレットのもとに来た。


「あいつ、あの子が踊れないようにしてあげたよって得意げに言ったのよ。

もちろん出禁にしたわ。

そしたら、心底不思議そうにするの。

君のためにやったのにって。」


そして、目前にしてチャンスを奪われたアンバーは、どうしても諦めきれず密航を犯した。


「あたしがあんなこと言わなければ、あの子は怪我なんかしなかったのに。

あんなことにも、ならなかったかも。」


ヴァイオレットは、涙を堪えるように上を向いた。


「アンバーに怪我をさせた客は、この船の中にいますか。」


「いいえ。

あたしが警察に通報して、アンバーに怪我をさせた傷害罪でつかまったわ。

実刑判決がくだったからここには来られないはずよ。」


「でしたら、犯人はアンバーに怪我をさせた人物とは別人ですわね。」


マイケルの想像は半分は当たったが半分間違っていたのだ。

乗船前からアンバーを付け狙う者はいたが、彼女の命を奪ったのは別人だ。


船内に潜む殺人犯が何故罪を犯すのか、私はその理由をいまだに想像もできずにいた。

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