10 幕引き
「アンバーとレイモンド、そしてフェリクスを殺害したのは、貴方ですわね。
ゼーベルク侯爵夫人。」
「ええ、わたくしです。」
ゼーベルク侯爵夫人は否定も弁解もしない。
彼女は己のしたことが罪だとはまるで思っていないようだった。
リーゼロッテだけが、「そんなわけないわ。」と否定した。
「お母様がそんなことするはずがないわ。」と訴えるリーゼロッテに、カメリアは「ゼーベルク侯爵夫人は犯行が可能な唯一の人物です。」と断言する。
「一度目の犯行が行われた場所も、二度目の犯行が行われた場所も、一般客が立ち入ることはできません。
けれどもゼーベルク侯爵夫人は自由に出入りできます。」
リーゼロッテは目を見開いた。
「出航式の前、ゼーベルク侯爵夫人は石棺の状態を確認するため特別貨物室に入っています。
また、最上階を利用できるのはゼーベルク家の人間のみですから、リーゼロッテ様の部屋から出るレイモンドと鉢合わせる可能性があったのはゼーベルク侯爵夫人だけですわ。」
私は女性はレイモンドの遺体を運べないから犯人は男だと思い込んでいた。
けれども、遺体を運んだのが別人なら、非力な女性にも犯行は可能なのだ。
「問題なのは、貴方が殺人を犯した自覚がないことなのですよ。」
カメリアはゼーベルク侯爵夫人と目を合わせて言った。
ゼーベルク侯爵夫人は心底不思議そうに「わたくしは殺人などしていませんよ。」と言う。
「わたくしが撃ったのは、鼠ですわ。
鼠を駆除するのは当然でしょう。」
違和感の正体はこれだった。
侵入者に対する正当防衛のようで、どこか歪に感じられた理由は、ゼーベルク侯爵夫人の思想にあった。
ゼーベルク侯爵夫人は、殺した相手を同じ人間だと思っていない。
カメリアは強い声で「彼らは人間ですわ。」と訴える。
カメリアはゼーベルク侯爵夫人につめより、「フェリクスが何故貴方に復讐をしようとしたか、お分かりになりますか。」と問う。
ゼーベルク侯爵夫人は、「わかりませんわ。」と興味なさげに答えた。
「フェリクスは貴方の抱える歪みに気づいていたのですわ。」
カメリアの言葉に、ゼーベルク侯爵夫人は眉を顰める。
「貴方が平民を同じ人間として見ていない事を、フェリクスは誰よりも知っていたから、貴方を憎んだ。
だからフェリクスは、貴方の名誉を傷つける事で復讐したのです。」
私はあの夜のフェリクスの忠告を思い出した。
『わきまえなければ、命を落とすことになりますよ。』というあの言葉を口にした時、彼は何を思っていたのだろうか。
「カメリア嬢、貴方はフェリクスの肩をもつのですか。」
ゼーベルク侯爵夫人は冷たい声で尋ねた。
カメリアは「いいえ、そうではありません。」と冷静に答える。
「フェリクスのしたことは褒められたことではありません。
私はただ、貴方がまた人を殺してしまうことを危惧しているのです。
貴方の抱える歪みをそのままにしてはおけませんわ。」
「わたくしがまた人を殺すですって?
何故そう思うのですか。」
「ゼーベルク侯爵夫人、貴方は人の命を軽んじている。
貴方の中で正当な理由が見つかるのなら躊躇いなく引き金を引ける。」
カメリアに糾弾されるゼーベルク侯爵夫人は、何が悪いのかと言わんばかりに肩をすくめた。
「鼠が侵入すれば撃つのは当然のこと。
粗相を犯した使用人を躾けるのも当然のことです。」
ゼーベルク侯爵夫人の微塵の疑いもない声に、足が霞みそうになるのを感じた。
この人の理では、3人の人間の命を奪ったことは罪でないのだ。
目の前の老婦人は、理性のある人間でありながら、決して分かり合えないのだ。
カメリアは距離を詰め、「では、私のことはどうなさるおつもりですか。」と問う。
「私がリーゼロッテ号で起きた連続殺人事件の犯人はゼーベルク侯爵夫人であると公表すれば、ゼーベルク家の名に傷がつきますわね。
どうなさいますか、ゼーベルク侯爵夫人。」
私は恐ろしくなった。
カメリアと向き合うゼーベルク侯爵夫人の手には、拳銃が握られたままなのだ。
つい先ほど、ひとつの命を奪ったその拳銃が。
「カメリア様!」
私はカメリアの名を呼ぶが、彼女は銃口を前にしても表情を崩さない。
「私を殺しますか。
もしそうなさっても、ヒルダとリーゼロッテ様が貴方の犯行を目撃し、証言してくださいます。」
眉を引き攣らせるゼーベルク侯爵夫人にカメリアはさらに近づく。
「貴方が罪を認めなくとも、犯した罪をなかったことにすることは出来ませんわ。」
言葉に詰まったゼーベルク侯爵夫人は動きを止めた。
その一瞬の隙に、私は二人の間に滑り込み、ゼーベルク侯爵夫人の手から拳銃を奪った。
「これでもう私を殺すことも出来ませんわね。」
ゼーベルク侯爵夫人は諦めたような笑みを浮かべた。
「わたくしの負けです、カメリア嬢。」
窓からゆっくりと遠ざかってゆく青い波が見え、船内にごおっと汽笛が鳴り響く。
入港の挨拶を意味するこの音が、船旅の幕引きだった。




