1 豪華客船と遺体
「これほどまでに美しい豪華客船に乗ったのは初めてよ。
記念すべき処女航海に乗船できて光栄だわ。」
「なんといっても、このリーゼロッテ号はゼーベルク侯爵令嬢のご結婚を記念して造られた船だからな。
芸術好きなゼーベルク侯爵家の莫大な財力を注がれて造られたのだ。」
「出港式では、ゼーベルク侯爵家の貴重なコレクションがお目にかかれるというじゃないか。
急がなければ。」
すれ違う貴族たちは、乗船したこの豪華客船を口々に褒め称えている。
従者である私は出港式の会場へと向かう彼らとは反対に、主人の待つ客室へと向かった。
「カメリア様、紅茶をお持ちしました。」
扉を開ければ、カメリアは「ありがとう、ヒルダ。」と微笑んだ。
「カメリア様は出港式には参加されないのですか。」
カメリアは私が淹れた紅茶を受け取りながら「ええ。」とブラウンの瞳を伏せる。
「人が多いところは苦手ですの。
それに、華やかな出港式に私のような悪女が参加してはご迷惑かもしれませんから。」
公爵令嬢、カメリア・フォン・シュテルンベルクは、悪女と呼ばれている。
それは彼女が数々の殺人事件を解決した探偵であるからだ。
平民たちはカメリアの活躍に賛美を寄せる一方、貴族たちはカメリアは血を好む悪女だと陰口を叩く。
血生臭い匂いを持ち込むなと顔を顰められることもあった。
だからカメリアは、多くの貴族が集まるこのリーゼロッテ号の出航式に行くことをためらっているのだ。
しかし、カメリアのやわらかな髪と薔薇色の頬はあどけなさの残る少女そのものだ。
その外見と同じく、カメリアの心もまた繊細な少女であることを彼女に仕える私は知っている。
「カメリア様は悪女ではありませんよ。
それに、お招きくださったゼーベルク侯爵令嬢はカメリア様が出航式に来られても迷惑だとはおっしゃらないと思いますよ。」
カメリアは「そうですわね。」と納得した表情を浮かべた。
「招いていただいたのに挨拶もしないのは失礼ですわね。
私も少しだけ出港式に顔を出しましょう。」
私はカメリアと共に出港式が行われるレセプションルームへ向かった。
「リーゼロッテ号にはたくさんの方がお乗りになっているのね。」
カメリアはレセプションルームを見渡してそういった。
大理石の柱と高い天井が印象的なレセプションルームは、大勢の一等客たちで賑わっていた。
貴族である彼らは、高価な衣装で着飾りカクテルと料理に舌鼓を打っていた。
中央のステージでは、音楽隊の演奏に合わせて踊り子が美しい舞で乗客たちを楽しませていた。
「紳士淑女の皆様、ご注目ください!」
鮮やかな色の燕尾服をきた司会者が高らかに叫ぶ。
「今宵皆様にお見せいたしますのは、ゼーベルク侯爵家に伝わる、はるか昔異国の地で造られた希少な美術品でございます。
このリーゼロッテ号の処女航海を記念して、出港式のためにゼーベルク侯爵夫人がご用意してくださいました。」
司会者の口上に合わせ、ステージの上にはシルクの布がかけられた大きな品が運ばれて来た。
「こちらは異国の高貴な身分の者のために造られた石棺にございます。
当時の技術の結晶であるこの品は、美術品を愛する高貴な皆様もなかなかお目にかかれない品でしょう。」
司会者は大袈裟な身振りで美術品に被さったシルクの布を剥ぎ取った。
現れたのは、白く滑らかな大理石の大きな石棺だ。
棺の側面になされた神々の彫刻の精巧さは、畏敬を抱かせるほどだ。
しかし、人々が息を呑んだのはその美しさのためではない。
白い石棺の蓋のわずかな隙間から、赤黒い物が滴っているのだ。
そこから香る、隠しきれない死の匂い。
「ねぇ、中になにか入ってるんじゃないの。」
「馬鹿な。
まさか、本当に死人が埋葬されているとでも。」
人々の囁き合う声に、一人の老婦人が顔を顰める。
「つまらないご冗談を言うのはよしてくださらないかしら。
この品はわたくしが皆様にお見せするためにわざわざお持ちした物なのですよ。」
畏怖を感じさせる冷たい声で話すその老婦人こそ、ゼーベルク侯爵夫人だ。
ゼーベルク侯爵夫人は、「皆様は棺の中に大変ご興味がおありのようですから、蓋を開けてお見せして差し上げて。」と司会者に命じた。
命じられた彼は恐る恐る棺の蓋を開けた。
そして、会場は悲鳴に包まれた。
光沢のある白い大理石の中に横たわるのは、質素な服に身を包んだ、黄金の巻き毛の若い女性。
けれども、その淡い色の瞳にはもう何もうつらない。
彼女の胸元は真っ赤に染まっていた。
棺の中に隠されていたのは、女性の死体だった。




