不穏な影
次の日、珍しくお昼にお父様とお兄様が揃って帰ってきたと思ったら、応接室に私とお母様を呼び、使用人たちはお茶とお菓子を並べると部屋を出て行った。
「…お父様、今何と言いました?トーキンが王家を倒そうとしてる?」
聞き間違いかと思いお父様に訊ねる。
ゆっくりとお茶を飲んでいるお父様はこの屋敷では滅多に見せない険しい顔をしている。
「ああ、陛下から内々に話をされてな。そんなことトーキンがするとは思えないと私に話してくださったのだ。」
「そんなの当たり前です。そんなことをして我が家に利は何一つありません。」
お父様もお兄様も我が家の懐を潤すために仕事をする人たちではない。
王家に忠誠を誓い、慎ましくトーキンを継いでいく。
貴族には珍しい誠実な人たちだ。
「陛下が私たちを一切疑わず信じてくださったのは貴方とラルフのおかげね。」
「そうだな。陛下にも疑われてしまっていたら考えたくないぐらい面倒なことになるからね。」
そう言って静かに寄り添い合う両親
日頃から側にいなくても支え合う2人
そんな2人の姿は、いつからか私の憧れとなっている。
「陛下はしばらく様子を見ておくと密告者におっしゃられたそうだが、逆に私に密告者を監視するよう命じられた。そして、この件に関してラルフだけでなくリリアにも話をしたのは、どうにも狙いがリリアのように思えたからなんだ。」
「私、ですか?…私は、目つきは悪いですが、王家の方をどうこうしようなどと思ったことは一度たりともありません。」
「そんなこと知っているさ。私たちのリリアは帝国一聡明で美しいからね。」
そう言うと頭を優しく撫でてくれるお父様
そして優しい表情のまま密告者が陛下に報告した内容を話してくれる。
『文官でもないトーキン公爵家の御令嬢が王太子殿下の執務室周辺でうろついているのを見た。』と。
さらに、『殿下の執務室に忍び込むなど、婚約者でもない立場で非常識であり、もしかすると王家の機密文書を持ち出そうとしたのではないか。』などと。
「…確かに私は先日、図らずも王太子殿下の執務室にお邪魔いたしましたが、決して忍び込んだ訳ではありません。」
「うん。そのことについてはラルフからも聞いたよ。『リリアはウィルが連れてきた。』とね。」
私のことは全然疑ってなくて良かった。
お父様たちに私が不躾な娘だと思われたくないもの。
それに、忍び込むもなにも私はあの時入るつもりもなかったし、むしろ1秒でも早く出たかったのだから。
「こんな雑な報告を陛下にして我々を陥れようとしているのはラージなんだ。」
お父様のその一言に私はとても面倒くさいことになりそうだと頭を抱えたくなった。
ラージ公爵家
先代王の兄であり、かつて第一王子殿下であった方が授けられた爵位
なぜ第一王子であったラージ公爵が王太子になれなかったのか。
詳しくは語られていないが、王太子としての資格がないとされ、先代王である第二王子が王太子となったそうだ。
さらに第二王子である王太子殿下を側で支えることを拒否したという第一王子は爵位を欲したという。
そして先先代王である第一王子のお父様が公爵という高い地位を授けられたと。
そして現在、その第一王子だったラージ公爵は70歳でありながら当主であり続けている。
表舞台には滅多に顔を出さないものの、元王族で公爵家当主という肩書きは強く、当主の息子であるジャン・ラージ様と公爵夫人、その息子、娘は悪い意味で社交界では有名人である。
横暴な言動が頻繁に見られるが、公爵家という地位と元王族が当主という強い背景があるため、咎められる人物はもはや王族のみに近い。
私たちトーキン公爵家も同じ地位であるが、トーキンの性格なのか面倒なものに自ら関わらない。
というのがトーキン家の皆の意思の中にあり、何か突かれても気高きトーキンの名に恥じぬよう優雅に交わすこと。
それは対ラージ家のみならず、勝手にトーキンを敵対してくる者に対しての社交術である。
トーキンは王家に忠誠をはらい、トーキン領の民のために繁栄する。
それがトーキン家の共通認識なのである。
「最近、ラージ公爵が孫娘を殿下の婚約者にしようと躍起になっていてな。そこに殿下の執務室に入っていくリリアを見て嫉妬したのかもしれないな。」
「公爵ともあろう方が、なんと短絡的な。」
「前に一度会議でその話を持ち出した時に、賛同する貴族もいたが陛下は渋られてな。『トーキンにも娘がいたな?』と話されたことがあったんだ。それでラージの孫娘とリリアが筆頭だと思い込んだのかもしれない。」
もちろん。リリアはどこに出しても問題ない素晴らしい自慢の娘だが。と優しい笑顔で言ってくれる。
「君たち2人に面倒がいかないようラルフと一緒に対処するが、社交界ではそうはいかないだろう。しなくて良い気苦労をさせると思うが、トーキンの名に相応しい私の妻と娘にはこれまで通り堂々といて欲しい。」
「もちろん。私たちは何もやましいことはありませんので。」
私が胸を張って言うと、お父様とお母様は嬉しそうに微笑んでいる。
私は何よりトーキンの名に相応しい娘だとお父様に言われたことが嬉しかった。
「本当にリリアは美しく育ったね。昔の君を見ているようだよ。」
「あら、今の私は美しくありませんか?」
「何言ってるんだ!君が世界で一番美しいよ。昔もこれからも変わることはない。」
娘の目の前で仲良く愛を囁き合う両親
そんな姿はもう慣れっこで、微笑ましくもあった。
いつか、こんな私にも愛を囁いてくれる方と出会えるのだろうか。
仲が良い両親を見る度に微笑ましさと羨ましさが湧き出るようになった。




