殿下の執務室
背筋を伸ばし、心を落ち着かせる。
顔を引き締めて、心もぎゅっと引き締める。
「…今日、来客あったかな。」
「トーキン家の御令嬢です!殿下も先日夜会でお会いしましたよ!」
「トーキン家の…。ラルフに会いに?」
ほのぼのとした話し方で先日とは違う印象を受けるが、殿下の空間なのだから、気を抜くこともあるのだろう。
それに、部外者がいるのが悪いのだから。
「突然押しかけてしまい申し訳ございません。用は済みましたので、私はこれで失礼します。」
お兄様の荷物は既にテーブルに置いてあるため、私は一礼して足早に部屋を後にする。
「リリアちゃん!僕たちと一緒にお茶するんだよー!ラルフ〜!!リリアちゃん帰っちゃうよー!!!」
「ちょっ、ウィル様。声が大きいですっ。」
殿下の執務室なんですよ!と部外者の私が言うのもおかしいが。
ガチャッと後ろでドアが開き、お兄様が慌てた様子で出て来た。
「リリア!ダメだよそこ座って!」
私が目で訴えてもお兄様は手早くテーブルにカップを置いていく。
その間に私はウィル様に笑顔の圧でソファに座らされる。
「あ、殿下。もうよろしいのですか?」
「ありがとう。十分休めたよ。俺の分はある?」
「もちろん。」
ゆったりとした足取りで向かい側のソファに座ったのは、この部屋の主である殿下
殿下は私を追い出そうともせず、どうでも良いのかお兄様が放り投げた書類を取って眺めている。
夜会などで見かける殿下とは違う雰囲気を感じて、怒っているのではないかと冷や冷やする。
殿下とお会いしたのはこの間が初めてだが、噂で聞く殿下は誠実、麗しい、柔和、といったような感じだ。
貴族の御令嬢から聞こえたものがほとんどだから、異性としての感想ばかりだけど。
殿下は20歳であるが、婚約者はおらず、今も側に女性の影はないらしい。
そのため貴族の御令嬢たちは皆、殿下のお眼鏡にかなうために積極的に挑んでいく。
その御令嬢の集団に囲まれても殿下は誰一人適当にあしらうことなく、1人1人と話をするというのだから、そんな方が王太子殿下であることがウェルズリー帝国のさらなる繁栄を期待させる。
…そういえば、この国の王太子には神託が下されるはず。
それも未来の王妃となる御令嬢の神託
詳しいことは公表されないけど、いつだったか聞いたことがあったような。
「トーキン家の御兄妹は恋人って言われてんの本当だったんだな!」
「お前にだけは絶対やらないから。」
「何で!俺ほど将来性がある奴いないよ!?ラルフだってリリアちゃんに苦労して欲しくないだろ?」
「殿下、こいつクビにします?」
「殿下には俺が必要なんだよ!」
「リリアにお前は必要ない。」
「酷すぎる!さっきまでのデレデレ顔を俺らにもしろよ!」
なんだかんだ上手くやってる2人の言い合いを聞き流しながら、ぼーっと書類を眺める。
仮眠をとったほうが良いとラルフに言われて、1時間ぐらい仮眠した後、部屋に女性がいて寝起きの頭から切り替えるのが面倒で、とりあえず関わらないようにした。
下手に関わって何かあれば面倒極まりない。
ラルフの妹だというウィルの話を聞き流しながらちらりと令嬢を盗み見る。
透けるような白金の髪は儚さを感じ弱々しく見えるが、パーティーでの様子を見るに真逆なのだろう。
兄の元へ遊びに来て、わざとここに押しかけたのかと思ったが、ウィルがここまで案内したらしく、気まずそうにラルフが入れた茶をひと口飲んで、すぐに出て行った。
見かけによらず気の遣える、貴族の令嬢にしては珍しいタイプだった。
「ラルフと同じで優秀なんだろうな。」
ぼそっと呟くと、ラルフがパッと顔を明るくして嬉しそうに笑った。
「そこら辺の貴族令嬢と一緒にされては困るくらいに優秀です。今現在、我がトーキン領は母が治めていますが、リリアから手伝いたいと申し出、楽しそうにしております。」
格上の男性に見初めてもらうことが第一とされている貴族令嬢が、結婚より仕事を取るとは。
「面白い子だね。じゃあ、将来的にはトーキン領は彼女が領主になるのかな。」
「そうですね。俺は王家に仕えますので、リリアがいてくれると助かります。」
「じゃあ!リリアちゃんが結婚しなくて良いってことかよ!」
「お前みたいな禄でもない奴にやるくらいなら俺が一生側にいるって決めてんだよ。」
「リリアちゃんが俺のこと好きになったらどうするんだよー!」
また始まった言い合いを無視しながら執務を再開する。
トーキンは50年先まで安泰だと頭にしっかり入れて。




