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一 魔力の基本原理


 魔術の基礎をなしている原理を鑑みて抜き出してみれば、それはごく単純に二つの基本原理から説明できる。これについてはジェイムズ・フレイザー氏の著作『金枝篇』によるものを参考にしており、次の様に示された。一つ。類似の法則。類似は類似を生む。あるいはその結果に似る。二つ。感染の法則。かつて互いに接触していたものは、物理的接触の止んだ後まででもなお、空間的時間的距離を超えて相互的作用を継続する。これらをまとめてフレイザーは共感呪術と呼んだ。これについてはそれらがどのようなものかは、魔術に慣れ親しんだ諸君には今更説明する必要のないものに思えるだろう。例えば芻霊などの人形を用いた呪術は有名で、説明の題材としてはわりとポピュラーだろう。呪術師にとって人の形をしたものは──それがたとえ紙を切り抜いただけのものでも、あるいはジンジャークッキーだとしても──人間を対象として術を掛けるための媒介物(霊媒)として活用できる。これが類似の法則である。一方で感染の法則と言えば、小学生だった時分を回想できるものなら誰でも一度は耳にしたことがあるいじめの鉄板ネタ、「○○菌」や、もしくは甘酸っぱい青春を夢見たものなら誰だってからかったり揶揄われた経験がある「間接キス」が相応する。これら二つは、私が思う限り魔力の基本原理として機能しうる基底の法則だといえるだろう。


 そのためにはまず、魔力とは何かを私の理解する範疇で定義を共有せねばなるまい。すなわち魔力とは思うに「霊的な世界に対する影響力」だと言えよう。ここで言う『霊的な』というのは、精神世界のことであったり、多くが知覚しえない混沌とした確率の世界の話だったり、目に見えない諸事情の連鎖だったりのことを示している。一言で言うならばこれは「縁」のことだ。古代ギリシャにおける錬金術のもととなった思想では、可能態や現実態と言った名前で現れる。可能態とは簡単に説明するならば「今はまだその状態ではないが、いずれ鳴りうる可能性のある態度」であり、ともするならば現実態とは反対に、「現状の態度」そのものであるといえるだろう。この二つは相関的にグラデーションで連結しており、しかしその行き先については多数の分岐点を所有している。これはよく、建築資材と家の比喩で説明される。建築資材はそれだけで将来家の形をとる可能態を含んでいるが、それ単体が家になるわけではない。家になるための条件がそろって、初めて家の形になるのである。すなわち可能態への分岐を決めるのは、それが成立するに足る条件の集合なのである。これがまさに「縁」の含意であることを、我々は察することができるだろう。


 魔力の基本原理、すなわち共感呪術が基底的な法則足りうるのはここにある。魔術とは、思うに条件を理想の形になるように整えるすべであると解釈する。霊的な世界に対する影響力というのは、例えば細かな思考の誘導や心理状態の変化、些末な心の働きのよって生じる身体の変異。そこから派生する後々の行動の変化をあらかじめ農地の予期しておき、小さな角度を与えて目的地を少しずつ誘導する。その基本的な誘導が、類似と感染の二つの心理的な連想形式によって成立するのである。


 例えば、ある占い師に「今年は不幸になります」と言われたとする。するとその占いを聞いた被術者は、自然と今年起こった不幸を無意識のうちに収集して記憶することになるだろう。結果、被術者は今年一年を通して不幸だったという感想を得るのである。実際には、例年と変わらない一年であったにもかかわらずに。この現象については脳科学的な説明が可能である。脳には認識を取捨選択するフィルターのようなものがある。このフィルターは一般に「注意」や「選択的認知」と呼ばれる機能として知られている。人間の脳は、外界から流れ込む膨大な情報のすべてを等価に処理することができないため、あらかじめ設定された関心や前提に沿って情報を取捨選択する。占い師の言葉は、この前提条件を書き換える役割を果たす。すなわち「今年は不幸である」という命題が与えられた瞬間から、被術者の認知は不幸を探し、不幸を拾い上げ、不幸を強化する方向へと偏向するのである。これは決して特殊な現象ではない。むしろ我々は日常的に、同様の作用を受け続けている。自己暗示、プラシーボ効果、ラベリング理論などと呼ばれるものも、本質的には同一の機構に基づいている。重要なのは、これらが「思い込み」であるから無意味なのではなく、思い込みであるがゆえに現実へと影響を及ぼす点にある。


 魔術とは、この認知の偏向を意図的に設計し、縁の流れを操作する技法である。先述した類似と感染の法則は、まさにこの設計を可能にするための足場となる。類似は意味の連想を生み、感染は時間的・空間的に離れた事象を同一の連続体として束ねる。これらが組み合わさることで、被術者の内面に一貫した物語が形成され、その物語に沿って行動と選択が誘導されていく。ここで注意すべきは、魔術による作用が即時的かつ劇的な結果を必ずしも伴わないという点である。むしろ多くの場合、その効果は緩慢で、気づかれぬほど微細な変化として現れる。視線の向き、判断の遅れ、言葉の選び方、足の運び方──そうした些細な差異の積み重ねが、やがて大きな結果の差となって顕在化する。

 有名な言葉がある。


「思考に気をつけなさい、それは、いつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それは、いつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それは、いつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それは、いつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それは、いつか運命になるから。」


まさにこの通りのことで、人間は些細な変化に引きずられ、最終的な結果を変更してしまうのである。たとえばそれは、今朝は夕飯にオムレツを食べようと思っていたとしても、職場のテレビでおいしそうなパスタをやっているのを見た直後では、気が変わってしまうようなものである。これについては少々短絡的かつ暴力的な例の出し方だが、しかしこの例の中で主人公は一日中食事のことについて考えているし、その結果食事に関連するニュースを無意識に拾いやすくなっている状態を取り続け、結果としてより魅力的な刺激に影響を受けて行動を変えたとも読み取れるわけである。


 魔術師ならば、小さな変化を無視してはならない。それがたとえ、頭の中のことでも、身体の些細な違和感に対してもである。鋭敏な感覚が魔術に関するすべての能力を底上げし、術の成功率を高めるのだから。



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