序文
私は予てより、目には見えない神秘的な信仰と科学的に説明づけられる領域のあわいに浮かぶ霊の領域について、深く理解しようとしてきた。そうした理想に対する執着の始まりはと言えば幼少のころに感じた小さな疑問が火種となって、今もなおくすぶり続けている。その小さな火は哲学的な思考をはぐくみ、抽象的な物事の理解を進め、こうしていま私が立っているところまで松明を灯し続けてくれた。あの疑問がなければ、今の私はきっとここにはいないだろう。両手に数えきれないほどの思考と試行を重ね、いくつかの仮説は真実味を帯びては、確信していた仮説は塵芥となって消えていった。しかしそうした失敗の積み重ねこそが、今こうしてこの書を書かせている。この感覚を身に沁みて感じながら、私は縁について思いを馳せた。私は私個人で成立しているものではない。私をここまで連れてきた縁が私を作っているのである。さっき食べた夕食。その材料となった動植物たち。作ってくれた母親。買うための資金を稼いでくれた父。風雨をしのげる家。そこで暮らしてきた二十余年あまりの人生で出会った、数々の本と疑問たち。それを紡いでくれた顔の見えない学者と小説家と思想家。そして彼らに刺激を与えた古代ギリシャの哲人。彼らに考えることの素晴らしさを与えた古代エジプトやメソポタミアの名も知らぬ偉人達。彼らをまるで父母のように抱擁するこの地球と、太陽の光と、宇宙と、星々。その隙間に走り抜ける、数えきれないほどの法則。それらのどれか一つでも欠けていたならば、きっと私はここにいなかったし、あるいはまったく別の人生を歩んでいただろう。私は私一人で存在しえない。その関係性の中にこそ存在する、空白の一コマ。
本書は、そんな私がこの短い人生の間で脳内の閃絡をこねくり回して見つけ出した霊の領域について書き記す。もしこの解釈が正しいとすれば、私の知る限り魔術界に対して一筋の光明を差し出すことになる──そんな霊感がある。ただしこれを読む前に注意してほしいのは、これはあくまで私個人の解釈に基づく魔術であって、それを普遍的に強要し、これのみぞ是と提示するものではない。あくまで個人的なアスペクトに基づき作られた仮説と実験の産物であることを頭の片隅に置き、己が研究の足掛かりの一つとして活用してもらうことを願う。




