第09話「決意」
「お? もうこんな時間か。もう昼だな」
机に突っ伏した清吾に、勇志が温かいお茶を差し出す。
「お疲れ様です」
「ありがと。……ようやく見通しが立ったな」
「にしても清吾さん、少し休憩を挟んだとはいえ、凄い集中力ですね」
ひと息ついて顔を上げると、勇志は尊敬の眼差しでこちらを見ていた。
「お前だって、根気強く作業してるじゃないか」
「いや、俺はレンジャーの訓練で鍛えてるし、そもそも当事者だし……」
(……とはいったものの、明らかに効率が落ちてるな。さっきも部品を間違えていたし)
そこでふと、清吾が思いつく。
「レンジャーか……。お前、良い体してたな。筋トレとかしてるのか?」
「はい。でも今は……そんなことしてられないし」
どうにも煮え切らない言い方だ。もしやと思い、提案してみる。
「お前、本当は思いっきり体動かしたいんじゃないか?」
「え……っ!? あ、いや……っ」
まぁ、何となく予想はついていた。
作業を始めてからずっと、どこか落ち着かない様子だった。
「確かに運動するのは……好きです。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃないし……」
「その責任感には感服するが、モチベの維持は仕事においても大切な要素だ。根を詰め過ぎても、ロクな結果にならないからな」
「…………」
「お、そうだ! 確か、前にクジ引きで当てたのが……」
◇◆◇◆◇
「せいっ! やっ! はぁ!!!」
「お、良いぞ勇志、その調子その調子♪」
清吾はリビングに設置してあるテレビを使って、勇志にフィットネスゲームをさせていた。
「ぜぇ……っ、はぁ! き、気持ち良い~!! 清吾さん、これ良いっすね!」
「気に入ってくれたようで何よりだ。まぁ、俺は10分で力尽きてリタイアしたけどな」
もちろん、最初は渋っていた勇志だった。
なので一度だけ無理やりさせてみたが、やはり体を動かせない鬱憤が溜まっていたのだろう、後は勝手に自分で遊びだした。
「俺……レトロゲームってちょっと侮ってたけど、やってみるとハマりますね!」
(まぁ、未来の勇志にとっては“レトロ”ってことか……)
ちなみに未来ではどんなゲームが? と聞こうと思ったが、きっとベガに怒られそうなので止めておいた。
◆◇◆◇
「ぜぇ……っ、はぁ……っ! ふぃ~……」
勇志は汗だくで満足げにリビングの床仰向けで倒れた。
「フィットネスゲームを8時間ぶっ続け……!? お前、どんだけ体力あるんだよ」
清吾が半ば呆れたようにテレビ画面を見つめる。このゲームはフィットネスをはじめ、ヨガやボクササイズなど多岐に渡って収録されているが、既に画面は「mission complete!」の文字だらけだ。隠しステージまで出現しており、プレイ回数がカンストしているミッションも何個かあった。
勇志は満足そうに汗をぬぐいながら、どこか照れ臭そうに笑った。
「気づいたら……ついやりすぎちゃって」
「いや、やりすぎにもほどがあるだろ。隠しステージの解放条件、ほとんどプレイヤーへの嫌がらせレベルだったぞ?」
「へへ……♪ でも、体動かすと頭もスッキリしますね!」
まるで水を得た魚のようだな、と清吾は内心で苦笑する。
「……まぁ、スッキリしたんならいいけどな。明日からまた作業再開だ、今晩はしっかり休めよ」
「はい! あ、シャワーで汗流そうと思うんですが、一緒にいかがですか?」
「そうだな。水道代もったいないし、一緒に風呂入るか」
「……うっす♪」
◆◇◆◇
ゴシゴシ……。
勇志は慣れた手つきで清吾の背中を洗っていた。
「ふんふんふん~♪」
「お? 何だか随分気分が軽くなったみたいだな」
「あ、す……すんません、こんな時に不謹慎ですよね……」
「いや、良いんじゃないか? 余裕がなくなれば判断も鈍るもんだ。物事をどれだけ客観的に見て判断できるかは、先導者として重要な資質だと聞くし」
軽快に動いていた手がピタリと止まる。
「先導者……か。俺、父さんみたいに立派になれますかね」
急に不安気な声色になる勇志。
「どうした? 何か気になることがあるなら言ってくれ」
「その、俺……ずっと周りから父さんと比べられてて。いや、そんなの当たり前なんだけど、けど……っ」
(なるほど、周りからのプレッシャーで、自分で自分を追い込んでしまっているのか)
こういった葛藤は、親が偉大過ぎる子供には陥りがちなケースなのだろう。本来は挫折や失敗を繰り返しながら乗り超えていく。だが、経験が足りないせいかそこに込める“想い”や“信念”は、勇志にはまだ固まり切っていない気がする。
(……急ぎすぎてもダメだな。こいつのペースで、じっくり進めていくか)
清吾はそう自分に言い聞かせながら、ふと勇志に問いかける。
「なあ、勇志。お前、未来に戻ったら……何がしたい?」
問いかけに、勇志は一瞬目を見開いたあと、少しだけ考える素振りを見せた。そして、迷いのない声で答える。
「……父さんと、仲間たちを守りたいです」
その目には、確かに“未来”が映っていたように感じた。
「ふっ、やっぱり真っすぐだな、お前は」
「でも……正直、少し怖いです。未来に戻ったら、また失敗するかもって……」
その言葉に、清吾はポツリと呟く。
「勇志、俺の好きな言葉があるんだ」
「言葉……ですか?」
少し真剣な顔をしてから、ゆっくりと言った。
「『口を閉じず、耳を塞がず目を開き、手足を動かし歩みを止めるな』ってな」
「……どういう意味です?」
「進むべき道が見えなくても、まずは行動しろってことさ。問題を直視して、他人の意見に耳を傾け、話し合って、動き出すことが大事なんだ。ありきたりと言えばそうだが、だからこそ忘れちゃダメなんだ」
「……そうか、俺。全部自分で何とかしようって、独りよがりになってたのかも」
勇志は清吾の方をまっすぐに見つめる。
「清吾さん、ここで過ごした日々は、きっと俺にとっての支えになります。貴方と過ごした、普通の朝ごはんや、こうして汗を流した日々が……きっと、俺を前に進ませてくれると思うんです」
「お前は、自分の行いを反省できている。それはリーダーにとって必要な資質だ。焦らなくて良いんだよ」
「は、はい……っ!」
と、勇志は少し照れくさそうに目を逸らした。
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