第08話「重なった背中」
次の日の朝、チュンチュンと雀の鳴く声で目が覚める。
「んん……もう朝か」
のそのそとリビングのソファから起き上がると、美味しそうな匂いが漂ってきた。
「清吾さん、おはようございます!」
キッチンのほうから勇志の声が聞こえてくる。
清吾よりも先に起き出し、キッチンでエプロン姿のまま軽快に包丁を動かしていた。
「お、ずいぶん気合入ってるな」
清吾はテーブルに移動するとグッと背伸びをしながら勇志に声をかける。
「はい! 今日からは俺が支える番ですから!」
手際よく皿に盛り付けられた朝食は、栄養バランスも見事に計算されていた。清吾は少し驚きつつも、素直に口に運ぶ。
「……うまいな、これ。店で出せるレベルじゃないか?」
「へへっ。父さんが料理得意で、ずっと教わってたんです」
勇志はすっかり懐いてくれていた。
屈託のない笑顔を見ていると、こっちも自然に笑みがこぼれてしまう。
「清吾さん、足……どうですか?」
「ああ、もう普通に歩けるようにまで回復したよ。俺がサポートするから、組み立ては頼めるか?」
「……はいっ!」
◇◆◇◆◇
その後、通販で注文していた材料が届き、作業が本格的に始まった。
電子部品を慎重に組み合わせ、現代の技術で“未来に繋がる火種”を再現していく。
「えっと、ここを……こうして」
「まて勇志、その部品はこっちだ。先にそれを作ってしまったほうが効率が良い」
「……っす! じゃあ、えっと、これと、これを繋いで……」
清吾がタブレットを見ながら指示を出し、勇志が組み立てる。二人の共同作業だ。
「なあ、勇志。そんなに張り切るとまた倒れるぞ?」
「清吾さんがいるから、大丈夫です!」
「……お前はほんと、真っすぐだな」
作業は順調に進んでいた――はずだった。
テーブルの上には、組み立て途中の装置と、いくつもの部品が並んでいる。
清吾がタブレットを操作しながら手順を確認し、勇志がそれに従って組み立てる。
呼吸を合わせるような共同作業は、心地よいものだった。
……だが。
「……あ」
小さな声とともに、勇志の手が止まる。
「どうした?」
「すみません、今の……逆でした」
「いや、大丈夫だ。まだやり直せるさ」
そう言いながらも、清吾は内心で小さく眉をひそめた。
先ほども似たようなミスがあった。
致命的ではないが、勇志の集中がわずかに乱れているように思う。
(疲れか……? いや、それだけじゃないな)
真面目で責任感が強い者は無理をしがちだ。
そして、無理をしている時ほど自分では気づかない。
「……一度、少し休むか」
清吾がそう言うと、勇志は一瞬きょとんとした顔をしてから、慌てて首を振った。
「い、いえ! まだ全然――」
「無理して効率落とすくらいなら、少し手を止めた方がいい」
言葉は穏やかだったが、有無を言わせない響きがあった。
勇志は少しだけ唇を噛み、やがて観念したように頷く。
「……分かりました」
二人は作業机を離れ、リビングのソファに腰を下ろした。
窓の外からは、昼下がりの穏やかな光が差し込んでいる。
勇志は背もたれに寄りかかるが、すぐに姿勢を直した。
落ち着かない様子で、膝の上に置いた手を握ったり開いたりしている。
(……どうも、空回ってる感じだな)
清吾は何も言わず、その様子を横目で観察していた。
「勇志、ちょっと良いか?」
しばらくして、ぽつりと声を上げる。
「……少し、一服したいんだ。お前もベランダで外の空気を吸ってみないか?」
「……は、はい」
◇◆◇◆◇
ベランダに出ると、外気は思ったよりも暖かかった。
昼下がりの風が、コンクリートに溜まった熱をゆっくりと逃がしていく。
清吾はポケットからタバコとライターを取り出し、一本だけ指に挟んだ。
カチリ、と乾いた音がして、小さな火が先端に灯る。
深く吸い込み、ゆっくりと吐く。
白い煙が空気に溶け、風に流されていった。
「……ふぅ」
勇志はその様子を横目で見ながら、少し距離を取って手すりに寄りかかる。
だが、空を見上げる視線は、どこか落ち着いていない。
「ベガからは外に出るなと言われたが、まぁ……ベランダなら問題ないだろ」
「……はい。ここは道路側からも死角になってるし、大丈夫だと思います」
しばらく、二人とも黙ったままだった。
遠くを走る車の音と、鳥のさえずりだけが、静かに流れていく。
勇志は、無意識のうちにその場で軽く足踏みをしていた。
気づいて、すぐに動きを止めるが、今度は指先が落ち着きなく動き出す。
(……やっぱり、肩に力が入りすぎてるな)
清吾は煙を吐きながら、横目でその様子を観察していた。
「……どうだ?」
「風、気持ち良いです」
即答だったが、その声にはどこか引っかかりがある。
勇志は視線を遠くに向けたまま、続けた。
「でも……じっとしてると、変な感じがして」
「身体が先に動きたがってる、って顔だな」
図星だったのだろう。
勇志は一瞬だけ目を見開き、苦笑する。
「……レンジャーの訓練、ほとんど休みなしだったんで。逆にこういう時間、慣れてなくて」
清吾は灰皿に軽く灰を落とし、もう一度タバコを吸った。
煙が肺を満たす間、頭の中で整理する。
(明らかにパフォーマンスが落ちてきている……。ストレスが溜まってるんだろう)
作業中の小さなミス。
ソファに座っても落ち着かない仕草。
今の、無意識な足踏み。
(無理に休ませても逆効果だな。こういうのは、止めれば余計に溜め込むタイプなんだろう)
勇志は少し目を伏せた後、こちらに向かって声を掛けてきた。
「あの、そろそろ作業に戻りませんか?」
「あ、ああ。そうだな、ベガが戻る前にキリの良い所まで仕上げてしまおう」
清吾は慌てて煙草を灰皿に押し当てる。
その時、ふとアイツの背中と勇志の背中が重なって見えた気がした。
(そういえば、アイツもよく窓の外をボーっと眺めてたな……)
胸の奥が、わずかにざわつく。
清吾は少し首を振ると、気を取り直して部屋に戻った。
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