第07話「湯気越しの距離感」
『清吾。エンジンを点火するための“火種”として使える材料のレシピをタブレットに転送しました』
「助かる。……えっと、材料は……うん、これならネットで揃えられそうだな」
と、そこまで言ってふと眉をひそめる。
「……ちょっと待てよ。俺が作ったもんが未来の船を動かすって、それは時間規則的にセーフなのか?」
『問題ありません。清吾には、現代でも再現できる“素材”を作っていただくだけです。それを調査船で変換・補正します』
「なるほど、俺が用意するのはあくまで素材であって、それを実際に発電に使うのは未来ってわけだな」
『その通りです。構成はすべて現代技術の範囲内。未来の技術的機密には該当しません』
「…………」
と、ベガと自分のやり取りをふてくされて見ている勇志の視線に気づいた。
「どうした? 何か気になることがあるのか?」
「いや、その……。何か俺だけ蚊帳の外だなって……」
「そんなことはないが……。そうだな、じゃあしばらく俺の世話をしてくれないか?」
「……え?」
「ほら、俺はこの通り激しい動きが出来ない。日常生活を補助してくれないか?」
「まかせ……はい、お任せください!」
勇志はパッと明るい表情になると、ビシッと気を付けの姿勢で敬礼をした。
こういう所作は訓練の賜物といったところだろうか。
◆◇◆◇
「えっと、じゃあ今日から料理も俺が作りますね」
「へぇ? お前、料理できるのか。それはありがたいな」
「へへ……っ、一応俺もスペース・レンジャーなんで。遭難時の為に色々訓練は積んでるんです」
『では、勇志でも作れる料理のレシピも、タブレットに転送しておきます』
「分かった、まずは試作品完成に向けてチャレンジだな」
『よろしくお願いいたします。私は引き続き、エネルギー充填を再開します』
そういうと、ベガは再び天高く昇って行った。
「よし、必要な素材は購入した。明日には全て届くはずだ」
清吾はネット通販の画面を閉じると、勇志に向かって声を掛けた。
「勇志、早速だが……一つ頼んでいいか?」
「あ、はい。どうぞ!」
勇志は反射的にまたピシッと気を付けの姿勢を取る。まるで上官の命令を待っているようだ。
昨日の反抗的な態度と一変したその姿に、思わずクスッと笑ってしまう。
「昨日、風呂に入れなかったんだ。出来ればシャワーを浴びたいんだが、この足だから……」
「分かりました! 俺が責任もって風呂介助させてもらいます!」
「……二つ返事だな。良いのか? オッサンの裸見ることになるんだぞ?」
「いえ、俺……こんな事でしか役に立てませんから」
◆◇◆◇
シャァァア……。
浴槽に温かい湯気が満ちる。
清吾は、勇志のサポートで気持ちよくシャワーを浴びていた。
「……湯加減、どうですか?」
「ああ、大丈夫だ。にしても、お前まで全部脱がなくても良かったのに」
「いえ、脱がないと濡れますから。それに、せっかく貸してもらった服、大切に着たいんです」
「そ、そうか……? にしても、さすが良い体してるなぁ」
清吾は鏡越しに有志の鍛え上げられた筋肉美に感心する。
「へへっ! これでも一応、毎日鍛えてますからね!」
勇志は慣れた手つきで石鹸でタオルを泡立てると、ゴシゴシと清吾の背中を擦った。
「次、背中流しますね」
「何だか、随分慣れてるな?」
「え? あ、ああ……。その、父さんとよく銭湯に行くのが趣味で……」
(ああ、なるほど。やたら懐いてくると思ったら……)
「勇志、お前……もしかして俺に父親を重ねていないか?」
「…………っ!」
軽快に動いていた手がピタリと止まる。
どうやら図星のようだ。
「す、すんません。俺……っ。あの、迷惑……ですよね」
清吾は、しばし無言のまま湯気の中に視線を落とす。
そして、静かに口を開いた。
「……迷惑なわけがないだろう」
「……え?」
その言葉に、勇志は目を見開いた。
「上に立つ立場ってのは、時に孤独だ。弱音を吐ける場所もないし、誰にも見せられない顔ってのがある。……でも、今は違う」
清吾はゆっくりと勇志の方を振り返る。
「お前が俺を頼ってくれるなら、俺もお前を頼る。……そういう関係でも、悪くないだろ?」
その穏やかな笑みに、勇志は言葉を詰まらせる。
「……清吾、さん……」
握ったタオルが、濡れた手の中でくしゃりと音を立てた。
「……俺、ずっと怖くて。父さんに任せてもらったのに、失敗して……何もかも投げ出したくなって……。でも、清吾さんがいたから、こうして踏ん張れてる」
勇志は、ほんのわずかに目を伏せた。
「……父さん、優しかったんです。怒ると怖いけど、いつも正しかった。だから、信じてもらえたのが嬉しくて……。任された時、誇らしかったんです。でも――」
声が震える。
その言葉を聞いた清吾は、ふっと穏やかな声で口を開く。
「……きっと、お前は“背伸びしすぎた”んだよ」
「……背伸び……」
「責任を果たそうとするのは立派なことだ。けどな、無理して届かない場所に手を伸ばすと、身体ごと倒れるだろ。お前はきっと――誰よりも高く、遠くへって思いすぎたのさ」
「…………」
勇志は湯気に霞む視界の中、拳を握りしめる。
「……俺、間違ってました。もっとちゃんと周りを見て、身の丈を知るべきだった」
「気づけたなら、それでいいさ。失敗を無駄にしないのが、本当の意味での“任された者”の責任だ。どんな時も諦めず、模索し続けることが次に繋がるんだ」
清吾の声は、静かに勇志の胸に染み入っていく。
「……はい。俺、もう逃げません。父さんの期待も、仲間の命も、全部……背負って前に進みます」
その言葉に込められた決意は、もう震えていなかった。
「それに……俺には、清吾さんがいますから」
「ん?」
「こうして話してくれて、叱ってくれて、でも最後は……味方でいてくれるから」
真っ直ぐな目。先ほどまでの迷いが、そこにはなかった。
「清吾さん。俺……今の自分じゃ、まだまだダメだと思ってます。まだまだ半人前ですけど――」
「……皆まで言うな、傍に居てやるよ」
「清吾さん、やっぱずるいっすよ。そんなこと言われたら、惚れちまうじゃないすか……」
「ははっ、お前みたいなイケメンに惚れられるなら、悪くないな」
「あの、俺……っ」
勇志の瞳が一瞬潤んだように見えたが、すぐにバシャッと水音がかき消す。
「うわっ!? ちょ、冷たっ!?」
「さ、のぼせる前に冷水で引き締めだ」
「ええ~! 今すげぇ良い雰囲気だったじゃないですか!?」
どこか気まずそうに視線を泳がせる勇志のその姿が、まるで年下の恋人のようで、清吾は思わず吹き出した。
「ぷっ……いやいや、やっぱお前、可愛いとこあるな」
「なっ、なんすかその言い方っ!」
「いや、褒めてるんだぞ? 素直で大変よろしい」
「~~~っ!」
耳まで真っ赤にした勇志は、何か言いかけてぐっと飲み込み、慌てて清吾のタオルを握った。
「も、もう! いいから早く拭きますよ! 風邪引いたら意味ないし!」
「はいはい、よろしく頼むよ、優秀なスペース・レンジャーくん」
「ぐぬぅ~~~……からかってるでしょ!」
そんなやり取りをしながら、二人は風呂場を出た。
◆◇◆◇
その後、ドライヤーで髪を乾かし、パジャマに着替えた二人はリビングで遅めの夜食をつまんでいた。
「……にしても、清吾さんのパジャマって、着心地良いですね」
「それなりに良いやつだからな。……でも少し伸びてるな」
「う……ちょっとだけ、胸囲が合わなかったみたいで……」
「筋肉のせいだな。まったく、どんだけモリモリ育ってんだお前」
「す、すんません……」
「いや、お前が立ち直れてきたようで少しホッとしたよ」
「……っ、ありがとうございます」
勇志の笑顔はどこか照れていて、それでも誇らしげに映った。
ジャージの袖を少し引っ張りながら、勇志はソファの背に寄りかかる。
「……明日からいよいよ試作品づくりっすね」
「ああ。現代の“火種”が、本当に未来を救えるか……」
「絶対、救ってみせます。そうだ、俺が……やらなきゃダメなんだ!」
(何だ……? まるで自分に言い聞かせているみたいだな)
清吾はそう思いながら、テーブルのカップに手を伸ばす。冷めかけたスープをひと口すすると、わずかに勇志へ視線を送った。
「……なあ、勇志。無理してないか?」
ふいに向けられたその問いに、勇志は一瞬だけ視線を泳がせる。
「……いえ、俺、大丈夫です。本当に」
それは笑顔だったが、どこかぎこちない印象だった。
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