第05話「勇志の涙」
「うう……っ! う……く……っ」
浅い眠りの中で、勇志が呻いていた。
額には汗が滲み、眉間は苦しげに寄せられている。
「……勇志、おい。勇志!」
ベッド脇の椅子に座っていた清吾は、見ていられず肩を揺する。
「……うわぁああっ!?」
勇志は跳ねるように目を覚ました。
荒く息を吐き、全身が汗で濡れているのが、清吾にも分かる。
「夢……か……くそっ……!」
「随分うなされていたようだな。大丈夫か?」
声を掛けながら、清吾は胸の奥がざわつくのを覚えた。
「……悪りぃ。うるさかったよな」
「昨日の今日だ。無理もない。汗がすごいな。喉、乾いてないか?」
「いや、だいじょう……」
言いかけて、勇志の視線がタブレット端末へと移った。
画面には、映画のサムネイルが並んでいる。
「なに見てたんだ? これ、映画か?」
「『スペース・ウォーズ』だ。SF映画の傑作だよ。さっきは『スター・トラック』も観てた」
清吾が画面をスワイプすると、小説の一覧も映し出された。
「小説まで読んでるのか?」
「ああ。これは『時をかける熟女』、こっちは『果てなき時の流れの果に』。どれも名作だ」
「……なんで急に、そんなものを?」
「少しでも似たようなSF作品から、ヒントを得られたらと思ってな」
その言葉に、勇志の表情が一変した。
露骨な険しさが、顔に浮かぶ。
「ヒントって……所詮、ただの創作だろ? 何を学べるってんだよ!」
食ってかかるような声に、清吾は一瞬言葉を失った。
「……どうした? 顔が真っ青だぞ」
問い返すと、勇志は視線を逸らし、黙り込む。
清吾はそれ以上追及せず、再生していた映画を一時停止した。
「勇志。俺の隣に座ってくれ」
少しの間を置いて、勇志はベッドの端へ腰を下ろす。
「で……どんな夢だった?」
沈黙ののち、勇志は低く、絞り出すように答えた。
「……あのときの、事故の夢だ」
◆◇◆◇
警報音が鳴り響く船内。
酸欠で倒れていく仲間たち。
勇志が以前、断片的に語っていた記憶を繋ぎ合わせるだけで、
清吾の脳裏にも、想像を超える地獄の光景が浮かび上がる。
「仲間が……俺を責めるんだ。『お前のせいだ』って……父さんまで……」
勇志の息は荒く、肩が小刻みに震えている。
清吾は胸の奥に重たいものを抱えながらも、言葉を選んだ。
「……でも、それは事故だったんだろ? 君のせいじゃ――」
勇志は、静かに首を横に振った。
「……俺のせいなんだよ」
ぽつりと零れたその一言に、清吾は続きを促さず、耳を傾けた。
「調査船アルタイルの艦長は……俺の父さんだ。俺は、艦長補佐として乗ってた」
「そうだったのか……」
「操縦を任されたのが初めてでさ。嬉しくて……舞い上がってた」
その声の揺れに、清吾は後悔の深さを感じ取る。
「広域センサーを起動するのを忘れてたんだ。気付いた時には、ブラックホールの危険域に片足突っ込んでた」
指先が、わずかに震えている。
「スラスターの逆噴射も効かなくて……父さんは、反重力光子爆弾を使う決断をした」
「反重力光子爆弾?」
「ブラックホールを消すための爆弾だ。でも、あれは本来……距離を取って使うものなんだ。でも、もう俺達にそんな時間はなかった」
語られる現実は、生々しく胸に迫った。
「ブラックホールは消えた。でも、衝撃波で船体は大破して、エンジンもダウンした。致命的だったのは、酸素ボンベを積んでた格納庫が爆発したことだ」
「……酸素ボンベって、あの宇宙服のか? 外付けだったんだな」
「ああ。船内での動きやすさを優先した設計が、今回は裏目に出た」
(……そうか。それであんなに、うなされてたのか)
清吾は、ようやくすべてを理解した。
「くそ……俺が余計なことしなければ……」
「だから、時間を戻してやり直そうと提案したのか?」
勇志は目を伏せる。
「無理だって分かってる。でも……事故の前に戻せたらって……」
清吾は、静かに息を吐いた。
「勇志。過去に戻って、全てを無かったことにしたいって気持ち自体は、否定しない」
勇志が、わずかに顔を上げる。
「でもな、“自分に都合の悪い過去”だけを切り取って、『そこを直せば全部解決』と考えるのは、子供の発想だ。現実は、そんなに都合よくできてない」
「……」
「俺も証券会社で働いていたからな。一つの判断を変えたら、他の状況も全部ズレる。それに連なって起きる出来事も、全部変わる」
「……バタフライエフェクトってやつか」
「ああ。初期の小さな差が、後で取り返しのつかない結果を生むって話だ」
清吾は視線を落とし、静かに語った。
「以前に部下がな、顧客に一本、電話を入れるかどうかで迷ったことがある。でも『明日でいい』と判断したその夜、海外で大事故が起きて、市場が崩れた」
勇志は、何も言わない。
「電話一本早ければ救えた金だった。でも遅れたせいで、その人の何年分もの金が一瞬で消えた」
清吾は、そこで言葉を止めた。
「……なら時間を戻せば解決したか? いいや。別の事故、別の判断で、結果はまた変わってたかもしれない」
それ以上、清吾は語らなかった。
部屋に、しんとした沈黙が落ちる。
勇志は俯いたまま、しばらく動かなかった。
握りしめた拳が、微かに震えている。
清吾は悟った。
理屈は、もう届いているのだろう。だが、それだけでは足りない。
勇志は唇を強く噛みしめ、何かを飲み込むように喉を鳴らした。
「……それでも」
かすれた声が、沈黙を破る。
「俺が……俺があんなミスしなければ……!」
声は震え、抑えきれない感情が滲み出る。
「父さんだって……みんなだって……!」
勇志は、たまらず清吾の胸へと倒れ込んだ。
「くそっ……くそおおお……!」
清吾は一瞬だけ戸惑い、それから静かに腕を回した。
何も言わず、背中を撫でる。
勇志は子どものように泣き続けた。
声が枯れ、涙が止まるまで。
やがて嗚咽が少しずつ収まっていく。
そのとき、清吾は低く、しかし確かな声で言った。
「……証券の世界でも、きっと宇宙でも、生き残れるのは、最悪を知った上で、次の一手を打てる奴さ」
勇志の背中に、清吾は、そっと続けた。
「過去を消すためじゃない。……未来を守るために、考えるんだ」
「~~~~っ!」
勇志の体が、清吾の胸の中で大きく震えた。
「俺は……、おれ……は……! うう……うぁあああ……っ」
勇志は子どものように泣き続けた。
声が枯れ、涙が清吾のシャツを濡らしていく。
それでも清吾は背中を撫で続けた。
いま勇志が誰かに寄りかかれたことの意味を、痛いほど感じていたからだ。
「泣いていいさ。誰だって泣く権利はある。辛かったな、勇志」
勇志の嗚咽はすぐには止まらなかったが、やがて少しずつ震えが静まっていくのを清吾は感じた。
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