第04話「宇宙服」
リビングの扉が開き、勇志がゆっくり姿を現した。
清吾の部屋着――グレーのスウェット上下に白いTシャツ。
やや大きめではあるが、意外なほど違和感がない。
「……これで、良いか?」
どこか照れ隠しのように、勇志は視線をそらして立っていた。
清吾は思わず微笑みを漏らす。
「おぉ、結構似合うじゃないか。未来の奴がこんな普通のスウェット着るってのも面白いけどな」
「べ、別に……普通の服だろ。問題ねぇよ」
勇志はぶっきらぼうに言いながら、着ていたスーツのような服を床の隅に置いた。
「これでようやく落ち着いて話ができるな。……勇志君、怪我や火傷はないか? どこか傷んだりは?」
「……俺のことは勇志で良い。怪我は……多分してねぇ。この宇宙服着てたし」
勇志はうなずき、脱いだスーツを丁寧に畳み始めた。
「宇宙服? 何だか動きやすそうな……変身ヒーロースーツみたいだな」
「B・M社が開発した宇宙服だよ。色んな機能が付いてるって話だけど、支給されたばっかで詳しくは知らねぇんだ」
「へぇ? 未来の宇宙服ってのはそんな便利なのか」
「俺が事故に巻き込まれた瞬間、体が勝手に守られた。気づいたら、薄い膜みたいなものが広がってて、爆炎から守られたんだ。宇宙服の詳細はメーカーの企業秘密だしよく分からないけど、とにかく助かった」
「……でも結構倒れてたよな。全員同じ宇宙服は着てたんだろ?」
「ほとんど生命維持装置の機能低下による酸欠が原因だよ。船のパワーが落ちてたからな。ここに放り出されてなきゃ、俺もヤバかったかも」
(そうか……体は守られても、宇宙に居る以上、酸素は必要か)
だが、その話を聞いたとき漠然とした違和感が頭をよぎった。
何か引っかかる気がするが、何がおかしいのかまだ分からない。
清吾は少し頭を振ると、話題を変えた。
「そう言えば、どうしてあんな事故が起こったんだ? その……ブラックホールだっけ? そんな危険なものがあるのに、何故近づいた?」
「…………アンタには、関係ない」
勇志はプイッと顔を逸らせた。
(コイツ……。ガタイは良いくせに、子供みたいだな)
少し間を置き、言い聞かせるように言った。
「分かった、じゃあ何か食べるか。俺も腹減ってきたし」
◇◆◇◆◇
「……ふぅ。よいしょっと」
清吾はレンジで温めた唐揚げを袋から皿に移すと、勇志の前に差し出した。
「ほら、出来たぞ?」
「……俺は、いい。腹減ってない」
勇志は相変わらず、素っ気ない態度だった。
「けど、食わないと元気出ないだろ? 一個だけでもどうだ?」
「…………」
「お前なぁ……」
そこまで言いかけて、清吾は勇志の顔色を伺う。
明らかに暗い顔で、俯いたままだった。
(まぁ、そうだよな。一瞬見えただけだが、かなりの大惨事だったし……)
ふと思い出したのはさっきの宇宙船の光景。
あれだけの事故を経験したのだ、すぐに立ち直れというのも無理な話だろう。
「……まぁ、無理にとは言わない。でも、冷めたら美味くないぞ」
清吾はそう言って、自分の分の唐揚げに切っておいたレモンを絞ってかける。
勇志は無言のまま、じっと皿を見つめていた。
……ぽつ、ぽつ、と、静かに音が落ちる。
見れば、勇志の頬を一筋の涙が伝っていた。
「……っく……」
「おい……」
清吾が声をかけると、勇志は慌てて袖で顔を拭い、そっぽを向く。
「何でも、ねぇから。ほっといてくれ」
その声は震えていた。
「……あの事故に巻き込まれた人たち。彼らは、君の仲間だったんだろう?」
「…………」
勇志は答えない。けれど、その肩が小さく震えていた。
「……死んだのか?」
「……いや、この服のおかげで死んじゃいねぇと思う。でも、どのみち酸素が無くなれば……」
「…………」
沈黙が流れる。
清吾はレモン汁が付いた手を拭き、少しだけ体を前に乗り出した。
「なら、まだ生きてるかもしれないな。諦めるのは早いと思うぞ」
「……どうやってだよ! ベガを説得して、事故前に戻るしか手はねぇのに!」
勇志が顔を上げ、目を見開いて清吾を見据える。その瞳は涙と怒りで濡れていた。
「……それは無理だと言われたろ? だから、他の方法を探すんだ。俺も協力する」
「っ……!」
「諦めて立ち止まるか、諦めずに進むか……どっちにするかは、お前次第だ」
勇志は唇を噛んだまま、俯いた。
「……俺に、出来るのかな」
「ああ、やれることはきっとあるはずだ」
その言葉に、勇志はまた少しだけ顔を上げた。
清吾は笑って、唐揚げが乗った皿を指差す。
「そうだな。まずは食うことから始めてみないか?」
……しばらくの沈黙のあと、勇志は小さく、呟いた。
「……一個だけ、もらう」
清吾が箸を差し出すと、勇志はそれを受け取り、唐揚げを一個、ゆっくりと口に運んだ。
「これ、うまいな」
「……そうか」
何気ない会話だったが、少しだけ心を開いてくれたように見えた。
◇◆◇◆
食後、軽くシャワーを浴びた勇志を連れて、清吾は松葉杖をつきながら寝室のドアを開けた。
「さて、まずはしっかり寝て体力を回復させないとな。ここを使ってくれ。普段から仕事でホテル暮らしが多かったから、ベッド以外は何も置いてないけどな」
勇志は部屋に足を踏み入れ、静かに周囲を見回した。
清吾は枕元の明かりを点け、ベッドを示す。
そのとき――勇志がふと、清吾の足元へ目を向けた。
「なぁ、アンタ。さっきから気になってたんだけど、その足……」
「ああ、気にしないでくれ。ただの捻挫だよ」
その時、清吾の脳裏にあの光景が浮かんできた。
転げ落ちた階段。薄れていく意識の中、見上げた先に居たのは男の影。
『どうしてだよ……アンタのこと、信じてたのに!』
その声が、いつまでも頭に残っていた。
「なぁおい。ボーッとしてどうしたんだ?」
勇志の声で一気に現実に戻された。
「あ、ああ。じゃあ、俺はリビングのソファで寝るから、好きに使ってくれ」
「……? 分かった」
勇志は、うなだれた様子でベッドにドカッと仰向けに倒れ込んだ。
「…………はぁ」
「……? どうした? 枕が合ってないか?」
「俺、こんなとこで何やってんだろ……」
ポツリと、自分に言い聞かせているように呟いた勇志の言葉。清吾は何となく心境を察する。
苦しむ仲間を放っておいて、自分だけのうのうと過ごして良いのか?
きっとそんな葛藤が、彼の頭をよぎっているのだろう。
「みんな、ごめん……俺……の、せいで……」
勇志の目が虚ろに揺れ、そのままゆっくり閉じていった。
今日の疲れが、抗いようのない眠気となって一気に押し寄せたのだろう。
(……自分だって大変な目に合ってるってのに、責任感の強い奴だ)
清吾は勇志に掛け布団をかけると、しばらくその寝顔を見つめながら、考えを巡らせた。
(何やってんだ……か。あの時の俺にも、言い聞かせてやりたいな)
そっと勇志の髪に触れてみる。
思ったより柔らかく、撫で心地が良かった。
(さて……SFはまったく未知の分野だ。かと言って、ベガの言う通り有識者に頼るわけにもいかない。なら、自分で何とかするしかないか)
清吾は小さく息を吐くと、ふと視線を枕元へ落とした。
昨夜、眠れずに動画サイトを眺めていたとき、そのまま置きっぱなしにしていたタブレットが、そこにあった。
(そうだ……)
手を伸ばし、画面を手に取る。
「まぁ、何が役に立つか分からない……よな」
独り言のように呟きながら、清吾は電源ボタンを押した。
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