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1LDKから始まる救出作戦 -The Hope I Pass to You-  作者: 流右京


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第03話「タイムパラドックス」

「君たちが事故に遭ってから、もう何時間も経ってるんだろ? その間、君らの船はずっと放置されてるはずだ。船員は大丈夫なのか?」


『はい、大丈夫です』


それに対し、ベガが即答する。


「大丈夫って……。船はもう事故に遭ってるんだろ?」


『理由は単純です。私たちが戻るのは、“今この部屋で流れている時間”のアルタイルではないからです』


ベガは淡々と続ける。


『帰還の際は時間座標を指定し、事故でこの部屋に転送された直後――約1秒後のブリッジへ戻ります』


清吾は思わず、まばたきをした。


「……つまり、ここで一週間経っていても、船にとっては“事故の1秒後”の状態ってことか?」


『その通りです。私と勇志は事故直後の時間軸へ再合流します。したがって、船員が長時間放置される事態にはなりません』


その説明に、清吾はほっと息をつきかけた――が。

瞬間、勇志がハッと顔を上げた。


「なぁおい! だったらさ、もっと前の時間に戻れないのか!? そうすりゃ、事故そのものを――」


『時間指定が可能である以上、技術的には可能です。しかし、それを実行した場合、タイムパラドックスが発生する確率が極めて高くなります。時間規則に違反する行為です』


「くそっ……! ダメか……!」


悔しそうに吐き捨てる勇志の横で、清吾が首をかしげた。


「……タイムパラドックス? え、それって何だ?」


清吾の問いに、勇志が少し考えるように視線を泳がせる。


「アンタ、『親殺しのパラドックス』って聞いたことねぇか?」


「いや……聞いたことないな」


「たとえばさ――」


勇志は一拍置いてから、続けた。


「タイムマシンで過去に戻って、自分が生まれる前の親を殺したとする。そうすると、その子供はそもそも生まれないだろ? じゃあ――『親を殺した自分は、どこから来たのか?』って話」


清吾は黙り込み、数秒遅れて小さく唸った。


「……確かにおかしいな。原因と結果が、完全にぐちゃぐちゃだ」


『そのとおりです』


会話の隙間に、ベガの声が静かに差し込まれる。


『それが“パラドックス”。すなわち、時間軸上に生じる矛盾です』


淡々とした声だった。

しかし、その言葉には、不思議な重みが宿っているように感じる。


『今回も同じです。もし私たちが事故の前に戻って、事故を未然に防いでしまったら――私たちは、ここに来る必要がなくなる。では今、事故でこの部屋にいる私たちは一体何者か? という矛盾が発生します』


「……そうか、事故がなかったら、君らはここに居ないんだもんな」


『はい。過去を変えることは、“今の自分たちの存在そのもの”を消しかねない。だから、私たちは時間を自由に行き来できないよう、時間規則という厳しいルールで制限しています』


「なるほど……少しずつ分かってきた。つまり、過去には干渉できないんだな?」


『そうです。不用意に過去を変えると、原因と結果――“因果”が崩れてしまいます』


「じゃあ、その“因果”を崩さずに帰る方法を模索するしかないのか」


清吾が、ようやく話を整理できたように呟く。

しかし、ベガの次の言葉で、その思考はすぐに打ち砕かれた。


『はい。そして、最大の問題が残っています』


その瞬間、室内の空気が一変した。

静かで、重く、言葉の続きが怖くなるほどの沈黙が満ちていた。


「……最大の、問題?」


『我々が元の時間に戻ったとしても――宇宙船の事故は、何一つ解決していないのです』


清吾はその言葉を聞いてハッとした。


「確かに、そうだな。その時間規則とやらのルールに抵触しない範囲で、何か事故の対策を講じないと意味が無い……か」


清吾は考えながら続ける。


「ここで考えていても(らち)が明かないな。誰か、俺の知り合いでSF作品に詳しい奴に聞いてみたいところだが……」


『申し訳ありません、これ以上の過去の人間との接触は好ましくありません。時間規則に違反します』


「それもダメなのか? 結構厳しいな……」


『はい、なので勇志。貴方もこの部屋以外での行動に制限を掛けます』


「はぁっ!? 何でだよ!」


『貴方の性格を考えると、考えなしに突っ走る可能性が高い。過去で起こした行動が、未来にどんな影響を及ぼすか予測がつきません』


「じゃあ、コイツは!? このメガネはどうなんだよ!」


(……おい、メガネって。名乗っただろうが)


『清吾の助けは必須です。既にここまで関わってしまっている以上、彼についてのみ特例として時間規則から除外とします』


「はぁ!? 何でだよ!」


『私の充填が終わるまでどのみち帰れません。勇志はその間、飲まず食わずで過ごせますか?』


「う……っ! そ、それは……っ」


(……仕方ない、そろそろ助け舟を出すか)


清吾は腕を組みなおすと、勇志に向かって声を掛けた。


「勇志……君、といったか。そろそろ決めたらどうだ? 君自身は、どうしたいのか」


「え……?」


「俺もここまで巻き込まれた手前、投げ出すのは(しょう)に合わん。一週間くらいなら面倒見てやるのも、やぶさかじゃない」


「けど……っ」


「物事は肯定的に捉えたほうが建設的だ。この事態はつまり、事故の対策を考える余裕が出来たってことだろ?」


「対策……」


「そうだ、このまま何もしないよりは良い。俺も出来る限り協力してやる」


「……分かったよ。好きにしろよ」


勇志はぶっきらぼうに返答する。


(やれやれ、初めて部下を持った時もこんな奴が何人か居たなぁ。でも、こういう奴は慣れっこだ)


こんな態度を取られてカッとならないのは、部長職で鍛えられたおかげかもしれない。


「まぁ、俺には彼の生活の面倒を見るくらいしかできないが」


『ありがとうございます、清吾。私はエネルギーの充填を行います。その間、勇志のフォローをお願い致します』


そう告げると、ベガは窓から外に出る。


『では、明日の明け方に一度戻ります』


「ああ、分かった。でも今から外に出て大丈夫か? 誰かに見つかるかも……」


『問題ありません、私は光学迷彩で姿を隠せます。加えて、現代の技術では私をレーダーで捕捉することは不可能です』


「そうか、じゃあまた後でな。飛行機にぶつかったりするなよ?」


ベガは清吾に向かって会釈するように少し球体を上下させると、そのまま一気に上空へと昇って行った。



ふと横を見ると、勇志はスーツを着たまま、ソファの端で落ち着かない様子だった。

慣れない時代に加え、こんなマンションの一室に不釣り合いな格好のままでは気持ちも休まらないだろう。


清吾は松葉杖を突いて立ち上がり、クローゼットへ向かう。


「まずは着替えだな。そんな硬そうな格好じゃ疲れるだろう。部屋着で良ければ貸してやるよ」


勇志は一瞬驚いた顔をしたが、すぐそっぽを向いて、


「……ああ」


とだけ答えた。


清吾はスウェット上下とTシャツのセットを手渡す。


「サイズはちょっと大きいかもしれないが、まぁ部屋着だしな。廊下で着替えてこいよ」


勇志は無言で頷くと、服を受け取り、リビングを出ていった。


清吾はソファへ戻り、深く息をつくと一人考え込む。


(下手な過去改変はタイムパラドックスが発生する……か。恐らく、この問題をどうするかが今回の(きも)だろうな)

Copyright(C)2025-流右京

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