第02話「ブラックホール」
「よいしょっと……。ふぅ、とりあえずこれで良いか」
清吾は気絶した青年をソファに寝かせると、大きく息を吐いた。
「悪いな、足を捻挫していなければベッドまで運んだんだが」
『問題ありません。バイタルは正常ですので、このまま寝かせておけば直ぐに目を覚ますでしょう』
「それで? えっと……ベガと言ったか。君たちは未来から事故でタイムスリップしてきた……ということなんだよな?」
『……信じて頂けるのですか?』
「正直、未だにリアルな夢を見ているんじゃないかと少し疑ってるが……。目の前であんな光景を見たら、信じざるを得ないしな」
そう言いながら、ちらりと押し入れの扉に目をやる。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は青山清吾、しがないサラリーマンだ。今は怪我をしてて自宅療養中だが」
『アオヤマ……セイゴ……?』
「ん? なんだ? 俺の名前、未来じゃそんなに珍しいのか?」
『……いえ、何でもありません』
ベガは、名前を聞いたときに一瞬間を置いた。何か引っかかっているようにも見えたが、すぐに話題を変えた。
『私たちは惑星間保安維持部隊、通称スペース・レンジャーです。第4警備宙域隊のメンバーで、特殊任務にあたっていました』
「スペース・レンジャーねぇ……? で、その任務ってのは?」
『我々の基本任務は、宇宙航路にある危険物を処理し、民間船の通行前に宙域の「安全確保」を行うこと』
「危険物って?」
『清吾、貴方は宇宙デブリというものをご存知でしょうか?』
「いや、あまり馴染みはないが、デブリってことは……つまりゴミ掃除か?」
『そうです。通常はどの船もシールドで対策していますが、そもそもデブリなど無いに越したことはない。そこで爆破解体や重力操作による軌道変更により、事前に航路の安全を確保する職業が出来たのです』
「なるほど……」
『そして今回、ある報告がありました。地球と火星間の航路に空間の捻じれが出来ているとの通報を受け、我々は現地調査に赴いた。そこで……』
「……そこで、事故があったんだ」
ベガの説明を遮るように、ソファに横たわっていた青年が低く呟いた。どうやら目を覚ましたようだ。
『おはようございます。勇志』
ベガが落ち着いた声で挨拶する。
「おっまえなぁ……いきなり鎮静剤なんて打つなよな。まだ頭がクラクラする……」
ゆっくりと身体を起こし、頭を押さえながら眉をひそめている。
ブツブツと文句を吐く姿は、どこか不満そうに見えた。
『直情的な獣を止めるには、これが最適解だと判断しました』
ベガの言葉は冷静そのものだったが、どこか皮肉めいた響きがある。
青年はソファに腰をかけ直し、静かに溜め息を漏らした。……どうやら、ふてくされているらしい。
「……よう、起きたか。そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったな」
清吾が穏やかに声をかけると、青年は一瞬躊躇したあとで口を開いた。
「……俺は、真間勇志」
「勇志か。宜しくな? じゃあ改めて。俺の名前は、青……」
そう名乗ろうとした瞬間、ベガが割り込むように言葉を被せた。
『……彼の名は清吾です。勇志、貴方の口から説明してあげてください』
なぜか清吾の自己紹介を遮るような形に、わずかに違和感が走る。
促されるように、勇志は頷いて重い口を開いた。
「……俺たちは、調査船『アルタイル』で通報のあった現場に向かった。丁度、火星から5万光年離れた所だ。そこで、ある現象に遭遇した」
「ある現象?」
清吾が首をかしげる。
「トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界だ。つまり、中性子星が持ちうる質量の上限が……」
「すまん、全然頭に入ってこない。もう少し分かりやすく、かいつまんでくれ」
難解な単語に目を白黒させた清吾に、勇志は苦笑しながら言い直す。
「……えぇっと、だな。要するに、ブラックホールが出来上がろうとしてたんだよ」
「ブラックホール!?」
清吾の声がひときわ大きく響く。その言葉のインパクトに、室内の空気がぴんと張りつめた。
「……ああ、聞いて驚くなよ!? 計算によると、なんと1cm規模だ!!」
勇志は身を乗り出し、まるで秘密を暴露するかのように叫ぶ。
「……え? たった1cm??」
拍子抜けしたように呟いた清吾に、勇志はあんぐりと口を開けて立ち尽くした。
「いや、マジで驚いてねぇのかよ!? たったって……っ、1cmだぞ!?」
声を荒げる勇志の横で、ベガが静かに補足する。
『ブラックホールは1cm規模で、数時間以内に地球を完全崩壊出来るほどの質量なのです』
「そんなに!?」
清吾はごくりと唾を飲み込んだ。想像を遥かに超える現実に、軽いめまいすら感じる。
「じゃあ、船内があんなに慌ただしかったのはそのせいだったのか……」
思い返すように呟く清吾。しかし、その直後――
「いや、あれは……っ」
勇志が言葉を詰まらせた。さっきまでの勢いが、まるで嘘のように。
(何だ? あからさまに顔が暗くなった……?)
清吾は訝しげに勇志の顔を見つめる。
場が静まり返ったところで、清吾が気を取り直すように問いかけた。
「えっと、じゃあ君たちの当面の目的は、元の世界に帰るってことだよな? 手段はあるのか?」
その問いに、ベガが答える。
『帰る手段ならあります。私は、あのブラックホールの情報を観測し続けました。全く同じ重力場を発生させ、一時的に空間を繋げることは理論上可能です。――そして、その方法でしか未来へ帰還する術は存在しません』
「そうか、だったら……」
安堵しかけた清吾の言葉を、ベガが遮る。
『いえ、いくつか問題が。まず、重力場で空間を繋げるには私の全エネルギーを消費する必要があります。ですが今はまだ充填が足りません。加えて……私は《アルタイル》に搭載された端末に過ぎません。本体とは違い、出力限界が低いため、この重力場生成は“一度だけ”しか行えません。二度目は回路が焼損します』
「つまり、一発勝負ってことだな。ちなみにエネルギーってのは……電気とか?」
清吾はなんとか話についていこうと食らいつく。
「似て非なるものです。ただ、太陽光で代替充填は出来ます」
ベガの説明に、清吾は今朝、朝食の際に付けていたテレビの内容を思い出しながら頷いた。
「……今朝のお天気コーナーじゃ、明日は雨だぞ?」
『問題ありません。雨雲を突き抜けるまで上昇し、成層圏で充填します』
「それで、その充填が終わるのは何時頃だ?」
『計算によると、今から充填を開始すれば約一週間後には完了します』
「一週間か……」
清吾はソファにもたれながら、ふぅと息を吐いた。
(いや、待てよ……?)
だが次の瞬間、何かに気づいて目を見開く。
「お、おいっ! 一週間って言ったか? それ、マズくないのか?」
清吾は思わず声を上げると同時に、身を乗り出した。
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