最終話「サイドエピソード:未来へ」
※今回で最終回です。
勇志視点となります。
「ふぅ……。父さん、容体落ち着いたみたいで良かった」
事故後のバタバタが一段落し、ようやく落ち着いた勇志は私服に着替えて自室のベッドに腰を下ろし、カップの水を飲み干した。
『お疲れ様です。勇志』
「じゃあ、そろそろ聞かせてくれ。あれはどういう事なんだよ! 宇宙服に酸素供給の機能があったなんて、みんな知らされてなかったぞ!?」
『それについて、B・M社に問い合わせました。あの機能は、開発初期に宇宙服のプロトタイプへ搭載されたもので、当時は“緊急時の簡易呼吸補助機能”として一部設計図にのみ記録されていました』
「プロトタイプって……。じゃあ、まったく意図せず量産型にも残ってたってことか?」
『調査の結果、あの機能はB・M社の創業者が設計したものでした。のちに事業が拡大し、宇宙服へと設計思想が変わっていく中でも、エンジニアたちによって引き継がれていたのです。公式に発表されていないのは、当時の設計上の曖昧さや、過去の創業者の信念が“今の基準では根拠に乏しい”と判断されたためだそうです。しかし、皮肉にもその信念が、結果としてあなたの命を救ったのです』
「創業者の……信念?」
『気づきませんでしたか? B・M社の正式名称は“株式会社ブルーマウンテン”です』
「ブルーマウンテン……? って、青山!?」
勇志はそこで初めて事情を察した。
『そう、B・M社の創業者の名前は青山清吾。緊急酸素供給プログラムの基礎を設計したのは彼です』
「マジかよ……! で、でも! それって時間規則に抵触しないのか!?」
『清吾が設計したのはあくまで緊急酸素供給プログラムの基礎です。B・M社が宇宙開発事業に乗り出したのは清吾の死後ですので、この機能が宇宙服に搭載されることは知りえなかったでしょう。よって、時間規則には抵触しません』
「でも、清吾さんは確か普通のサラリーマンだったんだよな? そんな無関係な事業に携わる筈がない、だったら……」
『ええ。B・M社に資料が残っていました。彼はあの後、伝手を辿って、大学や各研究機関にアプローチし、退職金を元手に事業を立ち上げ、時に莫大な借金を背負ってまでこの緊急酸素供給機能の基礎を作り上げ、後世に残しました』
ベガの言葉に、勇志は一度カップを置いた。信じがたい、いや、信じたくない現実だった。
◇◆◇◆◇
淡々と語られるベガの言葉を、勇志は黙って聞いていた。
『清吾のアイデアは、当時では到底理解されないような代物で、誰にも見向きされませんでした』
記録によれば、時代は清吾に冷たかったようだ。
当然だ、宇宙開発なんて当時はまだ国家レベルでの話なのだから。
『周囲からは鼻で笑われ、彼のアイデアノートは何度も破られ、社会から爪弾きにされた挙句、借金の返済に追われて、夜は警備員や清掃員のバイトで生活をしていたと記録にあります』
ベガの説明を耳にしながら、勇志は胸が締め付けられた。
清吾の人生は、あまりに孤独で過酷だった。
事業を続ける傍ら、生活のために夜は警備員として立ち続け、食費を削っては参考書を買い、不慣れな回路図と向き合いながら……それでも彼は手書きのアイデアノートを描き続けていたという。
夜明け前の公園で紙コップのコーヒーを握りしめ、ただ『彼』のために未来を描き続けていたと。
『数十年後、ようやく彼の考えに共感した若き技術者たちが現れ、プロジェクトは動き出しました。それが現在のB・M社の前身です』
「……清吾さん……」
勇志は、何も言えなかった。胸に込み上げてくるものが、ただ熱い。
あの後、何十年もたった一人で戦っていたなんて。
「…………っ」
手が、わずかに震えた。
「なんで……そんなの、あんた一人が背負うことじゃなかったろ……っ」
声が詰まり、拳が沈黙を叩く。
けれど、それでも。
その背負った人生の先に、今、こうして“生き残った命”があった。
「俺が、あの人の人生を……狂わせちまったのか……っ」
『それは違います。彼は最後にこう言い残しています。“いつかどこか遠くにいる君に、希望が届けられるなら、それだけでいい”と』
「~~~~っ!! 俺に、希望を届けるために……?」
勇志は思わず俯き、拳を膝の上で強く握った。
『勇志、覚えていますか? あのときの別れ際、清吾の顔を』
「……っ、あの時の……!」
それは、決して諦めていない男の顔だった。
勇志の目から、自然と涙が零れ落ちる。
涙は頬を伝い、服に染みていく。それでもただ、静かにその証を受け止めた。
『……彼は、あなたを信じた。その想いが、こうして多くの命を救いました。清吾の遺した希望は、時代を超え、幾度も形を変えながら……勇志、あなたに届いたのです』
「どんだけカッケェんだよ……あんた。それに比べて、俺は……っ」
勇志はますます俯き、落ち込んでしまった。
『……こら勇志、落ち込んでる場合じゃないだろう? しっかりしろよ』
と、突然聞き慣れた声がベガから聞こえてきた。
「え!? そ、その声……まさか!?」
慌てて顔を上げると、そこには清吾の姿があった。
「清吾さん!? いや、ホログラム……か?」
『正確には、彼の情報をコピーした疑似人格だ。まぁ、そっくりさんみたいな感じかな』
「どど、どういうこと……!? あの、ベガは!?」
すかさず天井からアルタイルの声が響く。
≪お忘れですか? 勇志。ベガはアルタイルの端末に過ぎません。メインエンジンの再点火承認の際にデータ同期は済ませています≫
『ベガが提案してくれたんだよ、これからもお前を支えて欲しいってな。で、この端末のデータベースに俺の……いや、青山清吾の人格と生体情報、そして記憶を書き込んだ。過去の物は未来に運べないが、これはあくまで端末の中の情報だからな』
勇志は言葉を失い、ただ呆然と“清吾の姿”を見つめていた。
「……なんで、そこまで……」
思わず漏れた問いは、自分でも意識していなかった胸の奥からの声だった。
『ははっ。そりゃ、決まってんだろ』
清吾のホログラムは、どこか照れたように頭をかく。
『約束しただろ、傍に居てやるって。もちろん、本人じゃないけどな』
「清吾さん……!」
『やっぱ偽物じゃ、不満か?』
「……そんなこと、あるかよ……っ!」
勇志は拳を握りしめ、強く言った。目元は赤く滲んでいたが、そこには怒りでも悲しみでもない、ただ純粋な感謝と、懐かしさがあった。
「俺にとっては偽物なんかじゃねぇ! またあんたの声が聞けて嬉しい……っ」
清吾のホログラムは、ふっと目を細める。
『……ありがとな。そう言ってもらえると、報われるよ』
「それにしても……どうせならもっと早く出てきてくれりゃ良かったのに」
『すまんな、あの時点ではまだアルタイルへの同期が済んでいなかったから、容量の問題でデータ圧縮されてたんだ。でも“あの言葉”を起動フラグにするとは、さすが俺だな』
「“あの言葉”って、緊急酸素供給機能の?」
『ああ、そうだ。もちろん“俺”も。後にどんな起動フラグが設定されるかはあの時点では知らなかった筈だ。だから奇跡を起こしたのは勇志、お前なんだよ』
勇志は、あのときの緊迫した船内放送を思い出した。
死と隣り合わせの中で、自分が仲間たちに叫んだ言葉。
「俺、必死だっただけで……」
『それでいいんだ。でも、お前の背中を押したあの一言が、後の時代じゃ“希望”になることもある。俺は……それを信じたんだと思う』
勇志は何も言えず、ただ、まっすぐに清吾のホログラムを見つめ続ける。
『お前は絶望の中でも立ち上がった。だから、俺の想いもちゃんと届いた。ありがとな、勇志』
ホログラム越しの存在なのに、なぜだろう。今にも、頭を撫でてくれそうな、そんな温もりを感じた。
――これからもずっと傍にいてくれるんだ。時を越えても。
勇志は、静かに頷いた。
「ありがとう、清吾さん。……俺、まだまだ頼りないけど頑張ってみるよ」
『ああ。この先も、しっかり見ててやるよ、相棒!』
清吾の姿がふっと淡く揺れ、端末のユニットだけが勇志の掌に残った。
勇志は目を閉じ、静かに深呼吸する。そして――ゆっくりと立ち上がる。
「……よし! 今度は俺が、誰かの希望になる番だ」
視線を上げ、清吾の端末をそっと胸ポケットに収める。
仲間の待つブリッジへと向かう足取りに、もう迷いはない。
清吾の想いを、その胸に携えて――
勇志は、未来へと歩き出していくのだった。
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