第12話「サイドエピソード:回帰」
※今回の話は勇志視点です。
次の日の朝、充填を終え、ベガが空から帰ってきた。
『お待たせいたしました。充填率100%。勇志、準備は宜しいでしょうか?』
「……おう、問題ねぇ」
宇宙服を着て、勇志は真っ直ぐ前を見据えた。その目にはもう曇りは無い。
ゲートをくぐる衝撃で落とさないよう、腕にはしっかりと点火装置をロープで固定した。
「……清吾さん、今までありがとうございました」
「……それじゃ、後のことは頼んだからな?」
清吾は頷くと、声をかけてくれた。
短く返した清吾の声は、どこか無骨で、それでも温かかったように聞こえる。
『……ではこれより、時空ゲートを開きます。スタンバイ』
ベガの球体が、押し入れに向かって光線を放ち始める。
勇志はほんの一瞬だけ口を引き結び、それから深く頭を下げた。
「――行ってきます!」
放たれた光が空間の一点から波紋のように広がっていく。やがて目の前に“亀裂”が生まれた。それはまるで、空間そのものを切り裂くような蒼いゲート。
その向こうに、あの船体の様子が見えてくる。
『ゲート、開通完了。勇志、速やかに行動を開始してください』
「おう!」
勇志は装置を確かめるように一度抱きしめ、それから足を踏み出す。
そして勇志はベガと共にゲートへと飛び込んだ。
◇◆◇◆◇
――バシュン!
「……くっ!」
転げるように一回転した後、顔を上げた勇志。そこは確かにあの事故が起こった船内だった。
『成功です。勇志、元の時間軸へ戻ってきました』
「……よしっ!」
見ると、まだゲートは残っており、その先には清吾の姿も見える。
「清吾さん、やりました! 俺……」
だが、ゲートの向こうの清吾の顔は引きつっていた。何か喋っているようだが、あちらの声は聞こえてこない。
『……勇志!』
その声にハッとし、すぐに腰の違和感に気付いた。
腰のロープだけが、まるで途中で断ち切られたように宙を揺らしていたのだ。
「あれ……? 装置が、装置が無い!?」
『……やはり、こうなりましたか』
「やはり? やはりってどういうことだよ!! お前、何か知ってたのか?」
『清吾が、手を伸ばした際に空間の壁を越えられなかったそうです。つまり、未来から過去へは行けても、過去から未来へは行けないということです。しかし、ゲートを実際に超えるまでは仮説段階だったため、確定情報として提示できませんでした』
「過去から未来へは行けない……? ってことはまさか」
『そうです。必然的に、過去の材料で作った点火装置も時空ゲートを越えられなかったということです』
「そんな、何で……何でだよぉぉおおっ!!!」
『勇志、いけません。船内の酸素濃度は危険値です。そんなに叫んでは……』
「う……っ、ぐ……!?」
勇志は急に息苦しさを感じ、胸をおさえる。
「はぁ……っ、はぁ……っ。俺達の、やってきたことは……全部、無駄だったの、か……?」
ゲートは、少しずつ閉じていく。清吾は目が合うと、表情を強く引き締め、ジッとこちらを見つめている。
そして、ゲートが閉じる寸前、彼は何かを言いかけた――だが、声は届かなかった。
(いま……、清吾さん、何か言ってた……?)
『警告:酸素濃度が危険値レベルです。シールド、32%にダウン』
「くそ……っ! どうする!? どうすれば……!
「ゆ、ゆう……し……」
すぐ近く、父親が倒れていた。
「父さん!? 父さ……ゴホゴホッ!」
体を揺するが、もはや虫の息だ。
『勇志。このままではこの船も、皆の命も保ちません』
「……分かってる。でも絶対、諦めねぇ! アルタイル、俺の宇宙服のインカムを、船内放送のマイクに繋げ」
『アクセスしました。船内放送オンライン、どうぞ』
「ふぅ~……!」
勇志は出来る限り息を吸うと、宇宙服のインカムに語り掛けた。
「みんな、俺は真間勇志だ。いま……この船は危機的状況に陥っている。その原因を作ったのは、間違いなく俺のヘマだ」
その放送は宇宙服に搭載されたインカムを通して、全員に聞こえていた。
≪みんな、俺のこと恨んでるよな? 怒ってるよな? でも、悪りぃけど今は後にしてくれ。この状況を乗り越えるために、みんなの力を貸して欲しいんだ≫
声は息も絶え絶えだったが、船内に響き渡る警告音より皆の胸に響く。
「俺は、ある人から教わった。どんな時も、諦めず、模索し続けること。それはきっと次に繋がる! だから――」
そして、最後にグッと拳を握って声を張り上げた。
「口を閉じず、耳を塞がず目を開き、手足を動かし歩みを止めるな!」
全員の宇宙服を通じて、その声が船内に響いた瞬間だった。
『パスワード、承認』
(え……?)
突然、勇志の宇宙服から機械的な声が聞こえてきた。いや、それだけじゃない。
傍で倒れていた父親の宇宙服からもだ。
『パスワード、承認。酸素供給を開始します』
瞬間、宇宙服から透明なフィルムのようなものが出て、全身をすっぽりと覆い尽くした。
「え……!? これ、衝撃吸収用の……」
『いえ、違います勇志。これは……宇宙服から酸素が供給されています』
「どういうことだ!? 酸素ボンベは全部、格納庫の爆発で失ったはずだろ。でも、呼吸ができる……?」
『どうやらこの状況は、宇宙服自体に内蔵されている機能のようです。この酸素量なら、数分間は楽に呼吸ができるはずです』
すぐに父親に視線を向ける勇志、確かに父にも同じように透明な膜が覆っていた。
『船内スキャン完了。どうやら宇宙服に搭載されていたプログラムが作動した模様です。先ほどの言葉が、音声認証式の最終コードの起動キーになったようです。放送を聞いていた全員の宇宙服にも、プログラムの起動を確認しました』
「さっきの言葉が……!?」
『警告:シールド20%にダウン』
アルタイルからは尚も警告メッセージが放送されてくる。
『勇志、提案があります。現状、全員の酸素問題はクリアされました。さらに船体破損の原因は船外との気圧差によるものです。ならばあえて生命維持装置を切り、残った船内の酸素を排出して無酸素状態にすれば気圧差が無くなる。そうすればシールドも切れます』
「なら、その余剰分のパワーをメインエンジンの再点火に使えるってことだな!! 分かった、俺が承認する。アルタイルと同期して実行しろ!」
『了解。アルタイルとの同期完了、速やかにタスクを実行します』
しばらくすると、全員の体が宙にふわりと浮く。環境制御システムの一つである重力発生装置が切れたのだ。
「よしっ! 整備班、補助パワーを確保した。全パワーをメインエンジンの再点火に回せ!」
≪了解! 各ユニット、点火プログラムを再構成中!≫
≪制御システム応答確認! スタンバイ状態に移行完了!≫
≪コアブースター、臨界点まであと3%……!≫
次々に応答する船内各所の声が、宇宙服越しにインカムに響く。仲間たちは、まだ諦めていなかった――勇志の言葉に、再び立ち上がったのだ。
『報告:カウントを開始します。メインエンジン起動まで、10秒』
船内にアルタイルの音声が響く。
「全員、固定用ストラップを確認! 衝撃に備えろ!」
『……5秒前』
「……父さん、しっかり掴まっててくれ。今度こそ……俺が守る!」
『3、2、1――エンジン点火』
次の瞬間、艦全体が鈍く震え、そして――……。
ゴォオオオオン……ッ!!
船体の後方から重低音の振動が走る。推進の噴射音が宇宙服越しに伝わり、艦がゆっくりと再び軌道へと動き出した。
『報告:メインエンジン起動確認。各部位のパワー確保。警告を解除します』
≪やった! 推進力復活! 位置軌道、安定化に入ります!≫
≪電力供給、全エリア復旧! 環境制御システム、再起動確認!≫
≪宇宙ステーションから応答あり! 救助チームを派遣するそうです!≫
各部署から次々と歓声が上がる。勇志はそのどれもを聞き逃すまいと、口を引き結びながら耳を傾けていた。
「……やった……助かったんだ……!」
『任務成功です、勇志。あなたは――』
「いや、違う。俺だけじゃない、諦めなかったみんなのおかげだ。それにしても――」
勇志は宇宙服の手のひらをゆっくりと胸に当てた。
「この酸素、どうしてこんな機能が宇宙服に……?」
『……勇志、話があります。後で自室へ来てください』
「ベガ……?」
次回、最終回です!
Copyright(C)2026 流右京




