第11話「清吾の過去」
清吾は天井を見上げると淡々と語り出した。
「アイツは、正直言って優秀とはいえなかったが……。それでも、部下の一人として出来るだけフォローしてやった、と俺は慢心していたんだ」
◇◆◇◆◇
「部長! すみません、俺……っ。あの時、俺が電話を掛けてれば、こんな事には……っ」
「いや、失敗は誰にでもあるさ。それより次に繋げるために、対策を一緒に考えよう」
「……っ! すみません、すみません……!」
俺に向かって何度も頭を下げたその瞳には、うっすらと涙も浮かんでいたのを覚えている。
それでも、怒鳴り散らすようなことはしなかった。
確かに顧客に電話を入れなかったのはコイツの独断だ。
けれど、気軽に相談出来るような環境を作れなかった俺にも責任はあるのではないか?
そんな罪悪感が自分を襲った。
◇◆◇◆◇
「清吾さん、その話。たしか……」
「ああ、前に話した続きさ。俺はとにかく損害を出した顧客を一軒一軒回って、謝罪した。海外での不意の事故だったこともあって、何とか誠意は伝わったけれどな」
そこで、清吾の眉間にしわが寄る。
「けれど、問題はそこじゃなかった。俺は……目の前の事案に掛かりっきりで、大事なサインを見逃していたんだ」
◇◆◇◆◇
「ええ、はい。ありがとうございました。では……」
清吾は自分のデスクの電話を切ると、大きな溜め息を吐いた。
「はぁあああ~……。な、何とか……許してもらえた……」
「お疲れッス、先輩。いやぁ~、部下の尻拭いも大変ですね」
後輩からコーヒーカップを差し出され、それを受け取ると清吾は一口すすった。
「いや、大変だったのはアイツの家庭だろ? 後で聞いたよ、父親が亡くなって身が入らなかったそうだ」
「でも、先輩。それってつまり……」
「……ん?」
――その時だった。
「おはようございます!」
「……!?」
一瞬、社内がざわついた。
葬式を終えたばかりの筈のアイツが、ケロッとした顔で出社してきたのだ。
「え……? お、おい。もう大丈夫なのか? もう少し有給取っても……」
「いいえ、部長! 俺、この仕事に誇りを持ってますから! それに、部長って本当に頼りになるなぁ~って実感したんです!」
「あ、ああ……。そうか? お前のコンディションに支障が無いなら……」
「はいっ! 部長! これからもご指導よろしくお願いします!」
軽く会釈をし、意気揚々と自分のデスクに戻っていくアイツの背中を見つめていると、後輩が耳打ちしてきた。
「ねぇ、先輩。さっきの話の続きですけど、アイツ……自分の父親が亡くなったその日に、平然と働いてたってことでしょ?」
(………確かに。まるで、父親の死を受け入れていないような素振りだな」
◇◆◇◆◇
「けれど、異変は次の日からだった。翌日出社してきたアイツは、まるでこの世の終わりのように暗い顔で、書類を持つ手が震えていた。そうかと思えば昼過ぎには明るくなって、やたらと俺の業務を手伝いたいと懐かれるようになったんだ」
『清吾、その彼の症状は……』
ベガも話を聞いていたのか、尋ねてきた。
「ああ。心の病気……だったんだろうな。アイツはどうやら、俺に亡くなった父親の影を見てた。でも、俺は部長と部下の距離を保ち続けた。会社は家族じゃないし、甘えさせるだけじゃ前に進めない。父親代わりになるつもりもなかった」
ふっと目を細め、ため息を漏らす。
「……その対応自体は、間違ってはいなかったと思う。でも、それが“正しい”とも限らない。部下のメンタルケアを怠った結果、逆上されて突き落とされたんだ」
勇志の顔が強張る。
「その後、あいつは逮捕された。しかし、逮捕前にあいつがSNSで呟いていた情報をもとに、ネットでは俺がパワハラで部下を追い詰めたという憶測が飛び交い、毎日のように誹謗中傷が会社に届いて業務にも影響が出た。だから俺は……責任を取って辞めたんだ」
「そんなの……清吾さんは悪くないだろ!」
「いいんだ。家族を養う他の部下たちを守るため、俺が選んだことだ」
清吾は少しだけ笑みを浮かべる。
「……実はな。俺のほうこそ、お前にあの部下の姿を無意識に重ねてたんだ。最初は確かに巻き込まれ事故だったけど、今は……お前の心に寄り添ってやりたいと思っている」
勇志は小さく息をのむ。
「でもな、そろそろお前も自分の足で立たなきゃいけない。確かに今すぐ未来に帰らなくても良いかもしれない。でも、結局それは問題を先送りにしているだけで、不安だけがどんどん膨らんでいく。お前はそれで良いのか?」
「……わかってます。でも怖いんです。また失敗するんじゃないかって……」
清吾は視線を伏せ、そっと手を伸ばす。
勇志の頭を、ゆっくりと、まるで壊れ物に触れるように撫でた。
「……心配するな。俺が支えてやる」
その一言で、勇志の張り詰めた感情の糸が切れる。
「清吾、さ……ん……っ」
嗚咽をこらえきれず、胸に顔をうずめる勇志を、清吾は否定せず抱きとめた。
「……大丈夫だ。お前はひとりじゃない。これまでも、これからも」
しばらくして、勇志は涙を拭って顔を上げる。
「行けるか?」
「……はい。最後は、俺の手で完成させます!」
『では、私も完成を見届けましょう』
勇志に続いて、寝室を出ようとしたベガを清吾が呼び止める。
「……ベガ、少し良いか?」
『はい、何でしょう?』
「実はな、ずっと気になっていたことがあるんだ。勇志があんな精神状態だったから、ずっと相談する機会がなかったんだが」
『その物言い、何か不確定要素があるのですか?』
清吾は、ゴクリと唾を飲むと続けた。
「……手が、消えたんだよ」
『……消えた?』
「実はな、最初に空間が繋がったあの時……俺は船内に向かって手を伸ばしたんだ。そしたら手が消えたんだ、すぐに引き戻したが」
『…………』
ベガはしばらく沈黙した後、続けた。
『清吾。折り入って私からも相談があります。聞いていただけますか?』
◇◆◇◆◇
リビングルームで、勇志は最後のパーツを入れ、ついに点火装置が完成した。
『完成確認。性能、問題なし。お疲れ様でした』
「……いよいよ、だな」
静かに頷く清吾の横で、勇志が力強く言う。
「もう逃げねぇ。未来に帰って……必ず、皆を守るんだ」
「ああ、男前になったな。勇志」
その瞳は覚悟を決めた男の目だった。
あとは、前に進むだけだ。
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