第01話「その出会いは突然に」
「よし、引継ぎも終わったし、これで完了……っと」
青山清吾は、退職手続きをようやく終え、ひと息ついた。
そこへ、通話アプリの通知が鳴る。
『先輩、お疲れさまでした! ちゃんと療養してくださいよ?』
「おお、ありがとう。すまんな、お前に押し付ける形になるが……」
「やめてくださいよ、そんな言い方! それに、正直俺はまだ納得してないんですからね?」
「はは……っ」
『あの、今さらですけど……考え直してはくれないんですか? アイツがああなったのは、先輩のせいじゃ……』
「良いんだ、退職金も貰えたしな。それじゃ、手続きに不備があれば電話かメールしてくれ」
清吾は小さな証券会社の部長職……だった。
責任も重く、日々多忙だったが、それも今日で終わりだ。
「はぁ……。まさか、階段から落ちるとはな……」
言いながら、右足に視線を落とす。
足首には包帯がぐるりと巻かれている。安静にしていれば痛みはないが、やはり不便だ。
あの日の、背後で誰かの息が荒くなった気配。
振り返る間もなく肩を強く押され、世界が斜めに傾いた感覚――。
(……思い出すだけで、胸が重くなるな)
清吾は小さく頭を振り、その記憶を追い払うように息を吐いた。
「とりあえず、まずは療養か。買い置きはあるけど……家事、どうするかなぁ」
洗濯物も溜まってきている。一人暮らしで動きが制限されるのは、地味に厄介だった。
「……仕方ない。家事代行サービスでも頼むか。たしか、前にポストに入ってたチラシが……押し入れの中だっけ?」
そう呟いて、松葉杖をつきながら清吾は押し入れに手をかける。
ガラリ。
その瞬間だった。
ビービービー!!
部屋中に警告音が鳴り響いた。
「っ……な、なに……?」
押し入れの奥には、棚でも布団でもなく、銀白色の金属の壁。パネルに埋め込まれた無数のライトが明滅し、機材がショートして火花を散らしている。
(……は?)
『警告:メインエンジンがダウン。船体内部に多数の亀裂発生』
どこからともなく機械音声が響く。
視界の奥、走り回る人影、点滅する警告灯、混乱する船内。
「くっそぉぉお!! ベガ、エンジンを再起動しろ!」
『不可能です。再起動に必要なエネルギー残量がありません』
取っ手にしがみつきながら怒鳴る青年の背中が見える。
(……映画? VR?)
思わず手を伸ばす。
「えっ?」
指先が、空間に沈むように――消えた。
「うわっ!? 手が……消えた!?」
慌てて引き戻すと、元に戻っている。どうやら一線を越えることはできないらしい。
『警告:生命維持装置のパワー低下。船内の酸素濃度が危険領域です』
「ゲホッ、ゴホッ……くそっ、酸素が切れる……!」
そのとき、指示を叫んでいた青年が振り向き――清吾と目が合った。
「……え? 誰だ、お前……」
次の瞬間――
ズガアアアアンッ!!
爆発が起こり、閃光が空間を裂いた。
そして――
茶髪の青年と、宙に浮かぶ球体が、押し入れから転がり込んできた。
「いってぇ……!? ベガ、無事か!?」
『はい。爆発の影響で別空間に転送されたようです』
「転送!? 何言ってんだ……エンジンを……」
「……おい、ちょっと、俺の上からどいてくれないか……?」
清吾の上にいた青年が、ハッとしたように飛び退いた。
「うわぁっ! お前、誰だ!? ここはどこだ!? 船は……アルタイルは!?」
『勇志、まもなく空間が閉じます』
球体の言葉と共に、押し入れの中の異常空間はスッ……と塞がれた。
「な、なんだよそれ……!? ……あれ? 息、できる?」
「おい! それはこっちのセリフだ! 君たち、何なんだ!?」
「え……? 家……?」
青年は呆然と立ち尽くしているようだった。
『先ほど、瞬間的な時間震を検知しました。強力な重力場により、時空間に歪みが発生した可能性があります』
「……じゃあ、ここって……どこなんだ?」
「俺の部屋だよ!! 何ださっきのは! って、あれ?……元の押し入れに戻ってる??」
清吾が指差した先、押し入れはただの棚と布団のある空間に戻っていた。
《計測終了。この時代が、300年前の地球である確率は99.789%です》
「まさか……過去に来たのか……?」
青年の顔は一気に青ざめていた。
「おいっ! 無視するな!」
ボカッ!
「いってぇ!? 殴るなよ!」
「こっちのセリフだ! 住居不法侵入で警察に突き出すぞ!」
「警察!? ちょっ、待ってくれ! 俺は調査船『アルタイル』の船員なんだ!」
「はぁ? 何だその肩書きは。漫画の設定か?」
「宇宙航路の調査だよ! 火星航行中に空間の歪みがあって……」
「……話が見えん!!」
『失礼、勇志の言っていることは事実です』
球体がふわりと清吾の目の前に浮かぶ。
「うわっ!? ドローン!? ってか、喋ってる……?」
『私はベガ。調査船アルタイルに搭載されたAIユニットです』
「……AI!? 凄いな、応答が自然すぎる……」
「くっそ! ベガ、今すぐ戻るぞ! 空間を開け!」
「まてまてまてっ!! 俺にも説明してくれ!」
『……勇志。まずは落ち着きましょう』
「くそっ、くそぉ……なんでこんなことに……!」
「おいっ! 暴れるな!」
『ターゲットロック……発射』
――ピシュッ
小さな光の矢が青年の首に命中。
「うっ……!」
ガクリ。 青年はその場で倒れた。
「なっ!? おい、何したんだ!?」
『鎮静剤を撃っただけです。おや、あなたも興奮気味ですね……?』
「ひぃぃっ!? け、結構です! 静かにしてます!!」
相手はただの球体なのに、底知れぬ圧を感じた清吾は、背筋に寒気が走った。
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