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ep 8

『鬼神と月兎』 第四章:朝の稽古

翌朝、異世界の太陽が放つ柔らかな光が、宿屋の窓から差し込んできた。鬼神 龍魔呂は、昨夜と同じく壁際で夜を明かしたが、その意識は常に覚醒していた。微かな物音に気づき、そっと目を開けると、ダイチが既にベッドから起き出し、部屋の隅に立てかけてあった練習用の木剣(宿の子供たちの遊び道具だろうか)を手に、部屋を出ていくところだった。

興味本位か、あるいは気まぐれか。鬼神 龍魔呂も音もなく立ち上がり、ダイチの後を追って宿の中庭へと出た。朝の空気はひんやりと澄んでおり、鳥のさえずりが聞こえる。中庭の隅で、ダイチが一人、木剣を振っていた。その表情は驚くほど真剣で、昨日までの怯えた様子は薄れている。強くなりたい、守られるだけでなく自分も何かしたい、という意志が感じられた。だが、その動きはやはり、ぎこちなく、危なっかしい。

鬼神 龍魔呂は、しばらくの間、柱の影から黙ってその様子を見ていた。やがて、痺れを切らしたように、あるいは見かねたように、静かに声をかけた。

「おい、小僧」

びくり、とダイチの肩が跳ね、恐る恐る振り返る。

「た、たつまろさん! おはようございます!」

「……そんな振り方では、蠅一匹斬れんぞ」

鬼神 龍魔呂は表情を変えずに指摘する。

「腰が引けている。足の踏み込みも甘い。それから、剣を持つ手に力が入りすぎだ。それではすぐに疲れるし、動きも鈍る」

立て続けの鋭い指摘に、ダイチはしゅんとうなだれそうになる。だが、彼はすぐに顔を上げ、言われた点を意識して構え直そうとした。その素直さに、鬼神 龍魔呂は内心で少しだけ感心する。

「ちっ、貸してみろ」

溜息をつきながら、鬼神 龍魔呂はダイチのそばへ歩み寄ると、彼の手から木剣を(半ばひったくるように)受け取った。そして、軽く構えると、ヒュッ、と風を切る音と共に一閃。それはただの素振りだったが、速く、鋭く、一切の無駄がない洗練された動きだった。剣術の専門家ではないはずだが、あらゆる武術に通じるであろう彼の体捌きは、ダイチの目には達人の動きに映った。

「こ、こう…ですか?」

ダイチは目を輝かせながら、鬼神 龍魔呂の動きを真似ようとする。

「違う。もっと肩の力を抜け。足は…こうだ」

鬼神 龍魔呂は、ぶっきらぼうながらも、ダイチの構えや足運びを具体的に修正してやる。言葉は厳しいが、その指導は的確だった。ダイチは必死に食らいつき、何度も繰り返し素振りを続けた。昨日までの恐怖心はどこへやら、今はただ、強くなりたい一心で鬼神 龍魔呂の言葉に耳を傾けている。

「ふふ、おはようございます。お二人とも、朝早くから熱心ですね」

穏やかな声と共に、ユイが中庭に現れた。その手には、水差しと木のカップが三つ乗った盆を持っている。彼女は宿の窓から、微笑ましげに二人の様子を見ていたのだ。

「あ、ユイさん! おはよう!」

ダイチが汗を拭いながら明るく挨拶する。

「少し休憩にしませんか? 美味しい湧き水ですよ」

ユイはテーブル代わりの切り株に盆を置いた。

鬼神 龍魔呂はユイからカップを受け取ると、無言でダイチに「ほらよ」と差し出した。

「え? あ、ありがとう、たつまろさん!」

ダイチは少し驚きながらも、嬉しそうに両手でカップを受け取り、こくこくと水を飲んだ。その無邪気な笑顔に、鬼神 龍魔呂は一瞬だけ、ほんの少しだけ面食らったような表情を見せたが、すぐに「ふん」とそっぽを向いて自分の分の水を飲んだ。

ユイは、そんな二人の間に流れる空気が、昨日出会った時とは比べ物にならないほど和らいでいるのを感じ取り、自然と笑みがこぼれた。この厳しくて強い人も、ダイチ様の前では少しだけ、本当に少しだけだけれど、壁が低くなっているのかもしれない。

「よし、もう少しやるぞ」

水を飲み干したダイチが、再び木剣を手に取ろうとする。その時、鬼神 龍魔呂の大きな手が、ダイチの頭を無造作にぐしゃっと撫でた。

「!?」

ダイチもユイも驚いて鬼神 龍魔呂を見る。彼は相変わらず無表情だったが、その手つきは乱暴なようでいて、どこか温かみがあった。

「…飲み込んだらやれ。焦りは禁物だ」

そう言って手を離すと、鬼神 龍魔呂は再び指導の位置についた。ダイチは、自分の頭に残る感触に少し戸惑いながらも、すぐに嬉しそうな顔になり、「はい!」と元気よく返事をして、再び木剣を構えた。

異世界の朝の光の中で、鬼神と勇者の、奇妙で、そしてどこか温かい師弟関係が、静かに芽生え始めていた。

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