ep 59
『鬼神と月兎』 第二十三章:大都市の喧騒と束の間の休息
宿屋「銀竜亭」に荷物を置き、ようやく一息ついた鬼神 龍魔呂たち一行。すぐにでも冒険者ギルドへ向かい情報収集を始めたいところだったが、ダイヤが意外な提案をした。
「ま、ギルドに行くのは明日からでもいいでしょ。せっかく大都市シルバリアに戻ってきたんだし、少しだけ街を見て回るのも悪くないわね。情報収集も兼ねて、よ」
(本当は、カナン村への往復で少しだけ懐が温かくなったので、何か掘り出し物がないか市場を覗きたかった、というのが本音だったりするのだが)
その提案に、ダイチとユイは目を輝かせた。
「本当!? 街を見て回れるの?」
「わぁ、素敵ですね! わたくしも見てみたい場所がありましたの!」
鬼神 龍魔呂は例によって「……好きにしろ」とだけ短く答えたが、特に反対する様子はない。こうして、一行のシルバリア観光(という名の散策)が始まった。
まず向かったのは、街の中心にある巨大な中央市場。そこは、まさに世界の縮図のような場所だった。色とりどりの野菜や果物、活きのいい魚介類(海が近いのだろうか)、香辛料の独特な香り、様々な国から運ばれてきたであろう織物や陶器、そして冒険者向けの武具や魔法道具まで、ありとあらゆる品物が所狭しと並べられ、売り手と買い手の威勢の良い声が飛び交っている。
「うわー! 見たことない果物がいっぱい!」「この布、すごく綺麗…!」
ダイチとユイは、初めて見るものばかりの世界に完全に心を奪われ、キョロキョロと辺りを見回している。シルヴァとノクスも、様々な匂いや音に興味津々で、ダイチの足元を離れずにクンクンと鼻を鳴らしている。
ダイヤはといえば、露店の隅に並べられた古びた短剣や、きらびやかな装飾が施されたペンダントなどに鋭い視線を送っていた。鑑定スキルで掘り出し物を見つけようとしているのだろう。しかし、時折手に取っては、値札を見て深いため息をついている。
「(ちぇっ、これも高い…! 足元見すぎよ!)」
彼女の金策の道はまだ険しいようだ。
鬼神 龍魔呂は、そんな仲間たちの様子にはあまり関心を示さず、人混みを避けながら、周囲の建物や人々の流れ、そして時折すれ違う衛兵や冒険者の装備などを冷静に観察していた。彼にとって、この散策もまた、情報収集と警戒の一環なのだ。
広場に出ると、陽気な音楽に合わせて軽快なダンスを披露する旅芸人の一座や、驚くような手品で観客を沸かせる奇術師などがパフォーマンスを繰り広げていた。ダイチは「わー! すごい!」と目を丸くして見入っている。手品師が観客の少年から借りたコインを消して見せるトリックに、ダイチが「えー! なんで!?」と本気で驚いていると、隣にいた鬼神 龍魔呂がボソッと呟いた。
「……単純な仕掛けだ。コインは袖の中に隠したな。それより、あの少年の懐から財布を抜き取ろうとしているスリの方が問題だ」
「えっ!?」
彼の指摘に周囲が一瞬ざわつき、慌てて財布を確認する者もいた。ダイヤは「もう、あんたは本当に夢がないわねぇ…」と呆れた顔をしたが、その観察眼には内心舌を巻いていた。
「あー! なんかいい匂いしてきたわね!」
市場を抜け、賑やかな一角に差し掛かると、ダイヤが鼻をくんくんさせて叫んだ。そこは屋台街のようで、様々な食べ物の香ばしい匂いが漂っている。
「串焼き! 焼き菓子! スープ! どれも美味しそう!」
ダイヤの目は完全に食べ物モードだ。彼女は一行を引き連れ、少ない小遣いを気にしながらも、気になる屋台に次々と立ち寄っていく。
「この『ドラゴンクロー焼き』(ドラゴンの爪の形をしたスパイシーな肉料理らしい)、絶品よ! ボウヤも一口どう?」「わ、ありがとう!」「ユイちゃんはこっちの『星屑キャンディ』なんてどうかしら? キラキラしてて綺麗よ」「まあ、可愛らしい…」
彼女は、ダイチやユイにも気前よく(?)おすそ分けしながら、食べ歩きを楽しんでいる。
鬼神 龍魔呂も、人混みは避けつつ、露店の店主から無言で受け取った、大きな骨付き肉の串焼きを黙々と頬張っていた。意外と、こういうシンプルな食べ物の方が彼の口には合うのかもしれない。シルヴァとノクスも、ダイチからおすそ分けをもらってご満悦だ。
屋台で買った軽食を手に、一行は街の中央にある大きな公園の噴水脇のベンチで休憩することにした。心地よい風が吹き抜け、街の喧騒が少しだけ遠くに聞こえる。
ダイチは噴水の水しぶきに喜び、シルヴァとノクスと追いかけっこを始めた。ユイは先ほど薬草店で手に入れたらしい古びた薬草図鑑を熱心に読んでいる。ダイヤは満足そうにお腹をさすりながら、「はぁ~食べた食べた。でも、これで今日の予算、ほとんど使っちゃったわ…」と早くも現実に戻って嘆息していた。
鬼神 龍魔呂は、ベンチに座ることもなく、少し離れた場所に立ち、公園で遊ぶ子供たちや、行き交う人々を静かに眺めていた。その横顔は、普段よりもほんの少しだけ、穏やかに見えたかもしれない。
やがて、夕日がシルバリアの街並みを美しい黄金色に染め始めた。
「わぁ、綺麗…」ユイが本から顔を上げて呟く。
「そうね…。さて、そろそろ宿に戻りますか? 明日に備えないと」ダイヤが立ち上がりながら言った。
「うん!」ダイチも遊び疲れたのか、素直に頷く。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。観光と美味しい食事でリフレッシュした一行は、心地よい疲労感と共に、再び活気づく夜の街を宿へと戻っていく。大都市シルバリアでの束の間の休息は、彼らの心を少しだけ軽くし、明日からの本格的な活動への英気を養わせてくれたようだった。




